英雄の奥様は…
第1話は短編の「英雄の奥様は…」と全く同じです。
短編をお読みの方は第2話からお読みください。
マリロード王国には、英雄と言われる将軍がいる。
マリロード王国は運悪く北からの蛮族に攻められることがあり、長年、北の国境にて、激しく戦うことが続いていた。
しかし、その蛮族の国を短期間で壊滅させて、マリロード王国に平和をもたらした英雄が現将軍のサイラス・アバードであった。
いまだに蛮族の残党の殲滅が残っているものの、平和になったきっかけに彼は結婚をした。
英雄になってから国中の女性が彼に憧れたが、彼が選んだのは、知名度の低いムスファ伯爵令嬢の次女スーザンであった。
スーザンは、地味な容姿と性格をしており、夜会でもいつも壁の花で、将軍の妻になってはじめて、多くの貴族が認識したくらいであった。
二人の出会いは、サイラスが将軍に就任したばかりの頃であった。
サイラスもまだ英雄ではなかったが、本人は若々しく美丈夫で、しかも現王の甥であり、将軍職かつ公爵位であるため、第一王子エドワルドの次には女性にモテていた。
そのため、肉食獣のような女性に囲まれて、その相手にウンザリしていた。
息抜きのために外の空気を吸おうと、一人で夜会の屋敷の中庭にでたサイラスは、中庭端の木の影で座り込んでいた令嬢が目にはいった。
具合でも悪いのかとサイラスが近づくと、ビクッとしたご令嬢は泣きそうな様子であった。
「どうかなさいましたか?」
「あ、あの……私、ここで、転んでしまって、足が……」
どうやら転んで、しかも足を挫いて立てないようである。
ハデに転んだようでドレスも泥だらけで、靴も片方が転んだ拍子に飛んだのか、少し離れたところに転がっていた。
サイラスはその靴を拾いあげ、その令嬢に渡した。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
「よろしければ、怪我をみせていただけますか?」
「痛くて、うまく動かなくて……」
「失礼します」
怪我した足を確かめようとサイラスは靴のない彼女の痛めた素足をそっと触れた。
その時だった。サイラスは彼女の肌に直に触れて、衝撃を受けた!
(な、何という肌触りだ!!)
人肌に触れたことは今まで何度もあった。それはもちろん、若い女性の肌も触れたことはある。しかし、ここまで非常にもちもちしていて、吸い付くような滑らかな肌は、初めてであった。それは赤ちゃんのプニプニの新品肌をも越えていた。
(足でこの肌触りか!不味いな、この肌は一度触れたらいつまでも触れたくなる肌だ。)と、怪我を確かめるふりをして、手を離しがたいサイラス。
怪我としては足首がすでにかなり腫れていて、転んでから時間がたっていることがわかった。
とりあえず、誰かを呼ぼうか、自分で運ぶか、彼女の肌に触れるまでは迷っていたが、今は彼女に触れながら自分が運ぶことしか考えられなかった。
しかも、涙目なうえに、月明かりのしたで白い肌が輝く令嬢に庇護欲をそそられていた。
また、彼女が夜会に出席している貴族の令嬢であるのはわかるが、あまり見かけたことがないため、何者かを確認もしたかった。
「足がだいぶ腫れておりますね。早めに治療された方がいいので、私でよろしければ控え室までお連れいたしますね」
「いえ、……あのどなたか、使用人にお伝えいただければ……」
「うーん、使用人を呼びに行く間、このままのあなたを置いていくのはしのびないので、どうか少々触れるのをお許しください」と言って、さっと彼女の脇と膝の下に手を入れて横抱きにした。
そのまま、彼女を抱き上げたサイラスは、来客控え室まで素早く彼女を連れて行った。
すぐに手当てのための医師と、泥だらけのドレスの替わりと着替えを手伝う侍女の手配を済ませたサイラス。
彼女の怪我を心配するふりして、また素足に触れて確認をした。
(やはり、なんて魅惑的な肌なんだ!)
先程の感触が一時の気の迷いではないことを確認できたサイラスは、早速、お互いに自己紹介をした。
「私はこの国の将軍職を担っておりますサイラス・アバードです。
せっかくの夜会で災難でしたね。でも、私があなたを見つけられて本当に幸いでした」
「わ、私はスーザン・ムスファと申します。
この度は、アバード将軍様のお手を煩わせてしまい、大変申し訳なく存じます。助けていただき、心よりお礼申しあげます」
(ムスファといえば、ムスファ伯爵の娘か。確か二人の娘がいたと思うが、どっちだろ?跡継ぎの長女ではないと良いが……)と思い、スーザンの身元の確認と、自分のアピールをしはじめるサイラス。
「ムスファ伯爵のご令嬢ですね。
会ったばかりですが、できれば私のことは、サイラスとお呼びください。そのかわり、私もあなたをスーザンとお呼びしてもよろしいでしょうか?」
「は、はい。大変光栄でございます」
「それでは、スーザン。本日はどなたかとご一緒で?」
「はい。父と姉と従兄と参りました」
(よし!!妹の方だったー!
確かその従兄やらが長女の婚約者だったな。父親にエスコートされてきたってことは、まだ彼女には婚約者はいないな、きっと!)と喜ぶサイラス。
「では、お父上たちにあなたがこちらにいることを知らせておきますね。
そういえば、なぜあそこで1人だったか教えていただいても?」
「あの、本日は父にエスコートされて参りましたが、父が知り合いと打ち合わせするということで、1人になりまして。それで、外の空気を吸いたくて、少々中庭を歩いていたら転びまして……。あのまま1人で動けなかったので、本当に助かりました。ありがとうございます」
「そうでしたか。お役に立ててよかったです」
サイラスとスーザンは、治療のための医師と着替えを持ってきた侍女がくるまで、他愛ない話をしていた。
無事に足の治療を受けて、着替えも済んだスーザンをサイラスは屋敷まで送るという口実でまた馬車まで抱き上げ、連れていった。
父親や姉たちが一緒に連れて帰ると言ったが、足の状態が心配という理由で、やや強引にサイラスの家の馬車にスーザンを乗せて、ムスファ伯爵家まで送り届けてあげた。
その後のサイラスは積極的であった。
スーザンのお見舞いということで、何度もムスファ伯爵邸へ訪れ、ムスファ伯爵はこれはもしやと期待していた通り、スーザンの足が治り次第、プロポーズをするサイラス。
「スーザン。私たちは運命的な出会いをしたと思います。あの時に私があなたに会えていなかったら、あるいは、あなたが足を挫いていなかったら、今、こうしてあなたを見つけられたかわかりません。でもこうして出会うべくして出会ったことを神に感謝して、あなたに結婚を申し込みます。
愛しています。
私の仕事は危険を伴いますが、あなたを守り、あなたの元に帰ってくるためならば、全力で頑張れます。
だから、どうか、私の妻になってください」と情熱的にプロポーズするサイラス。
一方、自分に全く自信のないスーザンはサイラスの気持ちを知ってはいたが、何故、自分なのかがわからず、やや返答に躊躇していたが、予定通り、断ろうと決めた。
「……サイラス様。何故、私なのでしょうか?
私ではあなたの横に立てるほどものが何もございません。サイラス様は望めばきっと国一番の美女や才女を妻にすることができるお方です。どうか、一時の気の迷いですので、考え直してくださいませ」
正直、サイラス程の高嶺の花に申し込まれた結婚なんて無理と思われたので、心苦しくはあるが、何とか断ろうと決めたスーザン。しかし……。
「ああ、スーザン。あなたは自分が国一番の何かがないから、私との結婚を断ろうとしているのですか?」
「ええ、まあ。私には何の取柄もございません。一応、伯爵家のものですが、家柄、その財産、容姿、頭脳等におきましても、地味で平凡ですので……」
「ふふふ。なるほど。あなたは自己評価が低いですね。でも、そんな謙虚なところも大好きですよ。
あなたには国一番のものがありますよ。だからこそ、私はあなたを意識しだして、今は全てにおいて誰よりも愛しているから選んだのです」
「?私が持つ国一番のものですか?」
「そうです」
「?国一番の平凡さとかですか?」
「まさか!」
「では、何でしょうか?」
「あなたは、国一番の肌をお持ちです!」
「は?……肌ですか?」
「そうです。初めてあなたに触れた時の感動を忘れられません!触れた手を引き離すことの何と難しかったことか!!
その後も気のせいではないか、他の方でもそうなるかと色々と試してみましたが、あなたに対してだけしか、この湧き上がる気持ちは生じませんでした。
あなたの肌質は本当に国一番です!
もう全身1日中触れていたいくらい。
そして、今は、肌だけではありません。あなたのその謙虚さや、おしとやかさ、賢さ、冷静さ、ごてごてと孔雀のように無駄に飾り付けない簡素な美しさ、全てが私の好みであることに気付けました。もうあなた以外の女性を妻にする選択は私にはありません。
あなたの全てが愛しくて、他の誰にも渡したくないし、絶対、渡しません。
誰よりも愛しています」
「……そうですか」
「私の愛は伝わりましたか?」
「……そうですね。愛というより、欲望はよく伝わりましたよ。
サイラス様は私の体というか、肌に触れるのが目当てということが、よくわかりました。……結婚はお断りいたします」
「いや、やはり少しも伝わっていませんね」
「いえ、もう結構です」
「ああ、そうでした。
国王陛下よりすでに結婚許可書を頂戴しておりまして、我がアバート公爵家はもちろん、ムスファ伯爵家からも頂いております。ついでに、第一王子で従兄のエドワルドからはあなたへの祝福のメッセージをすでにもらっています。
あとはあなたのお返事だけですが……。
さあ!」
「……」(何が一体、『さあ』なのでしょうね?)
スーザンはこの時点でサイラスからのプロポーズを断れないことがよくわかった。
しかし、サイラスのことを嫌いではなかったが、そんなことを言われて、気持ち的には全くプロポーズを受け入れたくない思いでいっぱいであった。
スーザンの父親には、もしサイラスに結婚を申し込まれても断る旨を伝えていた。そして、自分にふさわしい縁談を父親にお願いしていた。
その時の父親は残念そうにしていたが、スーザンの地味さから、そうだろうなとも思っていたらしく、すぐに了承してくれていた。
それなのに、サイラスの方につくとは……。
ため息をつくスーザンに、サイラスは、
「そういえば、エドワルドからプロポーズを快く受け入れてもらったら青いカードを、もらえなかったら、こちらの赤いカードの方を渡すように言われていました。どうぞ」と言って、エドワルドからの赤いカードをスーザンに渡してきた。
『おめでとうございます』
その赤いカードの表紙にはそう印刷されたメッセージがあり、カードの中のコメント欄にエドワルドの直筆で書かれた言葉があった。
『我が従弟のサイラスのプロポーズを受けて、もう真実に気付かれたでしょうか。
もし断ろうとされているなら、無駄な抵抗はやめて受け入れた方が、きっと幸せが待っていると思われます。だから、どうかサイラスを受け入れてください。私を含めたサイラスの周りの人間達がきっとあなたを祝福し、全力でフォローさせていただきます。
人間、あきらめと開き直りが肝心です!!』
エドワルド殿下はスーザンの気持ちをすべてお見通しのようであった。
確かに!
そのコメントに妙に共感したスーザンは、カードのアドバイス通り、あきらめて開き直り、サイラスのプロポーズを受け入れるのであった。
そして、スーザンと無事に婚約できたサイラスは狂喜した。
しかも、サイラスは、早くスーザンと結婚したいがために、サイラスの能力を最大限に生かして北の蛮族を瞬殺して、国の悲願を達成し、英雄になった。
ちなみに、サイラスを受け入れたスーザンはその後、エドワルドをはじめとするサイラスの周囲からは救世主のごとく扱われるのであった。
英雄の奥様は、魅惑的肌をもつ救世主!