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運び屋、椅子お貸しします‼︎

作者: 風連

折りたたみ椅子は、便利だ。

で、紐をからげ、ダンボール入りの弁当を乗せて、運ぶ。

慣れた仕事だ。

山の上のレストランから、下の商業施設へは、階段か、長いアプローチを使い、後は商業施設直結のエレベーターがある。

景色が良いし、風も気持ちの良い季節だ。

恋人達のブランコが、揺れる。

だが、影では地獄のブランコと、呼ばれていて、子供はまず泣く。

小高い丘の上の2人乗りブランコ。

丘には花が咲き、芝生が引かれているので、まあ、乗る。

だが、ひとたびこげば、足元から安定が消える。

丘を越え、海に飛び込むばかりのシチュエーションになるのだ。

良い年した大人でも、長く乗ると、具合が悪くなる。

人間、足の下が、無くなって見える事には、慣れてない。

高い所が、好きな人でも、海と空に飛び出すには、身一つは想定外らしい。

それでも、レストランは人気店で、初めての人達が乗って行く。

軽い悲鳴が、レストランに届き、楽しいんだなと誤解しては、又犠牲者が増える、地獄のブランコなのだ。

朝のバイキング目当ての客の1人が抱えられてこっちに向かって来る。

どうやら、ブランコから慌てて降りて、足をやったらしい。

かなり、痛そうだ。

呼び止めて、待ってもらう。

紐を折りたたみ椅子から外し、ダンボール入りの弁当を縛り直す。

そして、椅子を貸し、足を痛めた人を座らせ、そばにいた四人の人たちに、四隅を持たせ、エレベーターまで、運ぶ。

人は、いくらでもいるし、距離はそうないので、頼みやすから、これが老夫婦2人でも問題ない。

今回は、おちゃらけた青年だったし、仲間がいたので、話は早い。

エレベーター内でも、椅子に座って、何度もお礼をいわれるが、下に着いたら、椅子はサッと取り上げる。

で、お礼を言われる。

車椅子が、あるからだ。

この商業施設の事務所が、お得意さんだが、中に入ってるおみせの所にも、もちろん配達する。

うちの弁当は、日替わりなのは当たり前で、食材がいいから、ただのトマトスライスやキュウリが、また美味いんだ。

キュウリは、絶品で、3切れだったサラダの付け合わせを5切れに、かえたほどで、なんと20円値上げしてやった。

まあそれでも、やっと五百円だし、キュウリ信者が多いから、むしろ発注が増えた。

椅子とダンボールは、事務所に、おかさせてもらって、袋に、個数ごと入れた弁当を配達すると、残ったひとつを、フードコートの端っこで、食べる。

弁当を取ってくれてる店のオーナーが、気に入ってくれていて、いつも、好きな飲み物をくれたので、まあ、1円も使わない。

今の好みは、乳酸飲料の炭酸入りに、ブドウのジュースを半々に入れてもらっている。

乳白色なピンクで、美味い。

乳酸飲料だけだと、あますぎるから、ブドウの酸味が、爽やかだ。

混ぜると危険なフロの洗浄剤より、混ぜて美味しい方が良い。

相変わらず、ご飯もおいしい。

サラッとのったユカリが、いいアクセントだ。

に、しても、今日は、若い女の子が多い。

なんか、キャアキャア言ってる。

ガードマンの高輪たかなわさんに、聞くと、なんかのグループらしい。

芸能人にうとい2人が話すと、あれらしい、これかい、で、話は、まとまらず、迷走する。

そう言えば、さっきの足を痛めた、チャラいにいちゃんやあの取り巻き達は、見た事がある。

芸能人か。

出し物が終わったらしく、フードコートが、混み始めた。

これだから、日曜祭日は嫌いだ。

「若いんだから、せめてショーって、言いなよ。」

と、高輪さんに笑われる。

「無理無理、おたきさんに、鍛えられてるからさ。

もう耳年増通り過ぎて、死語の世界だよ。」

高輪さんが益々笑う。

「近所のおばあちゃんより、言葉のチョイスが、古いもんな。」

笑うガードマンをほっぽっといて、ジュースの入れ物を捨て、弁当箱をしまう。

箸も塗り箸で、箸箱にしまう。

袋を片手に、時間までぶらつくのだが、オシャレな商業施設が、まあ、似合わない。

1番大きな吹き抜けの下に、来た。

ステージが、作られていて、看板にさっきのにいちゃん達が、笑っている写真が、貼ってあった。

ゴリラみたいに歯をむき出しに笑っていたので、ついつい見てしまった。

他にも出演者がいて、看板があったが、興味ないので、本屋に向かう。

皆に、婆さんクサイと言われる年上の女性が書くエッセイを探す。

小学生の夏休みの読書感想文に、選んでから、10年。

この作者さんも、結婚し子供を産み、離婚し、再婚し、また子供を産みと忙しい。

それを赤裸々にエッセイに書いている。

およそ同年代で読んでる人に会った事がない。

半年に1回、私生活垂れ流しエッセイが、出る。

親戚のおばちゃんの近況報告を聞くように、読む。

今回は、まだ新刊が出てなかった。

最近は、オーガニックや田舎暮らしに傾倒し出していて、引っ越したいな〜田舎へ、と書いていたから、楽しみにしていたのだが。

仕方なく、海外物のサスペンスを探す。

気にいると同じ作者ばかり読むので、かなり偏った読書家なのだ。

携帯のアラームが、時間を知らせてくれたので、弁当箱の回収に回る。

全てを椅子にくくりつけ、エレベーターホールに向かう。

無駄のない、一連の作業だが、初めての人と一緒のエレベーターは、気まずい。

なんか変な一団に囲まれて、乗る羽目になった。

上まで行くのは、うちのレストランのお客様だから、無愛想も出来ない。

じっと耐える。

1番始めに乗ると、最後に降りるというエレベーターの仕組みで、最後かと思ったら、開くのボタンを押してくれている。

「ありがとうございます。」

ちゃんと挨拶し、軽く会釈して、先に出る。

これはこれで、なんなんだろう。

やたらマスクをしてるこのグループの中を歩く羽目になった。

ボタンを押してくれた人が、後ろを歩いているのだ。

必然的に話が頭の上や横を飛ぶ。

あー、わずらわしい。

スロープと階段との分かれ道で、皆階段に向かったが、ボタンの人が電話をしながら、ついてくる。

足を早め、厨房の入り口に着くと、ホッとした。

このパイプ椅子は、足が畳めるタイプなので、足を出して固定させてから、しゃがむ。

慣れないと、地面に座ることになるから、すぐ覚えた。

紐を外し、弁当箱を椅子から降ろし、お滝さんを呼ぶ。

「ご苦労様、で、仕事だよ。」

怪力お滝さんにかかれば、カラの弁当箱の塊が、子猫を抱くより早く、目の前からなくなる。

椅子も紐も、消えた。

「さっ、行こう。ブランコはどっち。」

さっきのお客さんに、腕を掴まれ、反転させられた。

バランスを崩すかと思ったが、普通に立っている。

「その人をあのブランコに、連れていって、あげなさいって、オーナーさんから。

何せこのご時世だから、義理を欠いちゃいけないよ。」

「はい。」

よくわからないが、あんな近くのブランコを案内しなくちゃいけないらしい。

幼稚園児でも行けるのに。

「こちらです。」

手首を掴まれたまま、ブランコへの道をたどる。

確かに、厨房からだと、見えなかったが、三歩も歩けば、もうあった。

「大事なお客様に、粗相のないようにね〜。」

お滝さんの言葉で考え喋る癖がついているのが、笑える。

「はい。しっかり努めます。」

マスクとサングラスとなんか変な横文字のニット帽のにいちゃんを、ブランコに案内する。

大事に育てた花が、水色のグラデーションを作っている。

ウッドチップと、白い玉砂利が、交差してる所から、数歩で、ブランコだ。

「これか〜。そんなに怖くなさそうだな。」

うなずく。

怖い外観はしてない。

「そこが曲者なんです。」

「ヘェー、翔一しょういちが、足をくじいて、病院送りになった割に、清楚なたたずまいだね。」

清楚、なんて、久々聞いた。

「うちでは、地獄のブランコって、呼んでますが、一応、恋人達のブランコって、呼ばれてます。」

なんとなく、つっけんどんな態度が、出るのは、サングラスとマスクのせいかも。

「じゃ、翔一は、無粋だったんだな。

男だけで乗ってたんだから。」

「男の人同士のカップルもいますよ。」

ケラケラと笑っている。

「じゃ、誰でも良いんだ。

一緒に乗ろう。」

まだ手首をつかまれていたので、そのまま、引っ張られる。

粗相のないようにって、このことか。

およそ、白いペンキで塗られたブランコに、そぐわない格好なので、案内はあっても、一緒に乗りましょうは、初めてだ。

まあ暇な時、乗ってるから、初めてでは、ないけど。

「はじの鎖をしっかり持ってくださいね。」

お客様だもんね。

「これって、真ん中に仕切りがあって、寄り添えないよね。」

当たり前、寄り添うより、安全第一で自分の身は自分でっていう、なかなかシビアな作りなのだ。

長めの椅子部分の真ん中に仕切りがあり、そこからも鎖がでている。

「手を離して、鎖の方を握ってください。」

「両手で、左右の鎖を持つのかい。」

大きくうなずく。

「先に降りたりしないでください。

しっかりつかまって。」

ブランコが、揺れる。

マスクとサングラスじゃ、表情はわらないが、まあ静かになった。

このブランコ最大幅に降る。

で、静かに、止まる。

「ゆっくりと、降りてください。

慌てると、転びますよ。」

だいたいここでこけるのだ。

なんか、じっとしてる。

「凄いね。」

やっと、声が出たようだ。

「ジェットコースター、得意なんだけどね。」

「皆さん、身体ごと飛ばされるみたいって、言いますよ。」

ウンウンとうなずく。

気を許してたら、急に立っておりた。

ヤバい。

足がうまく地についてない。

真ん中の鎖をつかんだまま、伸ばした片手で、ベルトのあたりを掴む。

「一歩、踏み出して、体制を整えて下さい。」

前のめりの体制を落ち着かせる。

「いや、ありがとう。

こんな感じで、こけるのか。」

丘の上のブランコは、足元も斜面で、前に倒れやすい上、丘から転げ落ちそうな恐怖を与える。

これも、地獄の罠のひとつ。

とにかく、横のベンチに座らせた。

大きく揺らしすぎたかも。

お滝さんに叱られるよ。

サングラスを外し、マスクを顎まで、下げると、笑っていた。

目が見えると、人間らしい。

「浮遊感より、空中に飛ばされるっていう、感じだな。

翔一と同じになったら、明日からの舞台が、大変な事になったかも。」

深々と頭を下げて、謝る。

「すみません。

揺らしすぎたかもしれません。」

「いや、頼んだのはこちらですから。」

電話が、鳴った。

「料理ができたようです。

今日は、ありがとう。」

「失礼いたしました。」

並んで、レストランの入り口まで送り、お辞儀して、退散する。

ヤバい、ヤバい。

厨房に、入ると、皆がご苦労様って、労ってくれた。

「オーナーさんの息子さんの同級生なんですって。」

1番若いアルバイトの涼子りょうこちゃんが、興奮している。

今、流行りの芸人らしい。

追っかけがいっぱいいるから、マスクとサングラスなんだって。

トレードマークが、髪の色で、ニット帽も外せないらしい。

不便な商売だ。

涼子ちゃんが、ファンなら助けてあげて良かった。

でも、やたら携帯で、つぶやく涼子ちゃんは、面倒も連れてくる。

案の定、次の日から、ブランコに、行列ができたのだ。

仕方なく、涼子ちゃんを派遣。

安全な乗り方のレクチャーをさせ、ツイッターでも、お知らせさせた。

知り合いがゾロゾロ来るので、チョットは、お仕置きにもなっただろうが、懲りない涼子ちゃんは、お滝さんに、自慢したが、通じなくて、大変だったらしい。

携帯もゲームもしない46歳独身子持ちに、通じる訳がない。

お祖母様が踊りの名取で、お母様がお花のお師匠さんで、代々シングルマザー家系のお滝さんが、レストランで、働いているのは、食への探究心のみ、なのだから。

四代目にしてお婿さんを迎え、娘さんに、まかせているレストランの一押しは、ポトフって噂。

食いしん坊では、負けないから、食べに行きたいが、時間がなかなか取れない。

芸人目当ての波が引くと、涼子ちゃんも厨房に戻ってきた。

しばらくして、いつもの注文以外の発注が来た。

余り高くは、積み上げられないので、その分は、脇に下げる。

ブランコ熱が、下がっていたので、静かにエレベーター乗り場まで来られた。

事務所に、置くと、残りの配達に、向かう。

同じ階の控え室をノックして、頼まれた分を、渡す。

後はいつも通り、フードコートを巡り、ランチタイム。

高輪さんが来て、この間の芸人さんが又来てるよ、と、教えてくれた。

涼子ちゃんの暴走の鎮火を教える。

高輪さんは、恐ろしい事を言う。「再燃して、又あのブランコ熱が、蔓延したりして。」

手を振って、否定。

「一回乗ったら、二度はないから、大丈夫でしょう。」

二人で笑う。

「でも、わからないよ。

うちの娘がファンで、一回行ったんだけど、又乗るって、言ってたし。」

高輪さんの一粒種ヒカリちゃんは、可愛い外見には似つかわしくない、お転婆さんだ。

ブランコから靴を飛ばすという暴挙に出て、それを空中キャッチした事を楽しそうに高輪さんが話す。

「あれ、今日はイチゴ入り。」

そう、あの苺。

「事務所の冷蔵庫に、高輪さんの名前書いて、入れてありますから、忘れず持って行って下さいね。」

「ありがとう、今度、お礼するね〜。

売ってないんだよ、このイチゴ。」

これは突然変異の苺で、市場に出てない。

三色苺で、紅い外側をかじると、白のふちどりに囲まれた、鮮やかな緑色が、不思議なコントラストを表している。

緑色の部分は酸っぱく、アクセントになっていて、美味しい。

ヒカリちゃんの喜ぶ顔が浮かぶ。

このフードコートで、奥様とヒカリちゃんに会った事があったし、食いしん坊では負けてない。

なんでも食べる子が好きだ。

「最近ヒカリが、クッキー作るんだよ。

今度、持ってくるよ。

ようやく手の後や指の後じゃない、クッキーになってきたからさ。」

思ったより、長く話してしまった。

お弁当箱を仕舞うと、会釈して立つ。

本屋に行き、欲しかったあのエッセイの新刊を買う。

ポケットに入る文庫本がいい。

猫が探偵を助けるシリーズ物も好きだ。

笑えるが、そこはミステリー。

毎回、人が死ぬ。

で、これは、まだ出ていない。

携帯が、鳴る。

出ると、オーナーからで、控え室のお客様からの要望で、いつもより遅く弁当箱を、回収して帰る事になった。

やれやれだ。

事務所に時間まで、空の弁当箱を置かせてもらって、少し時間つぶしをする為に、プラプラする。

ドッと笑いが起こる。

舞台を囲む女の子達が、波打つ。

吹き抜けの上も鈴なりだ。

人気は衰えず、涼子ちゃんへのお土産話が出来た。

外側をのんびり、群から外れ歩いてると、袖を引っ張られた。

あの翔一君だ。

マスクと目深にかぶったキャップで、顔を隠している。

引っ張られたまま、エスカレーターの影に来ると、お礼を言われた。

エレベーター内で、椅子に座れた事が、ありがたかったらしい。

いつものように、謙虚に答える。

何せ、レストランのお客様だし。

かなり腫れて、しばらく松葉杖だったようだ。

工藤くどうさんが、あのあと、あれに乗って、上の人に、進言してくれて、余り怒られなかったんです。」

苦笑いする。

マネージャーとかに、かなり脅されて、ビビってたと、教えてくれた。

歳は近いが、芸歴が、上なので、面倒を見てくれるとも、言っていた。

「見られないですよね〜残念。

今、工藤さん、舞台に出てるんですよ。」

まあ、無理だよね。

阿鼻叫喚の中に入る気は、さらさらないと、答えると、キョトンと、している。

あゝ、お滝さん語録だ。

「人が騒いでる中が苦手です。」

と、言い直した。

「工藤さんと、気があうかも。

なんか古典落語が、趣味で、俺なんかが使わない言葉、使うんですよね〜。」

アラームが、鳴る。

弁当箱回収の時間だ。

会釈して、翔一君と別れる。

彼も、影から影へ、どこかに消えた。

人気商売は何処も大変だなと、思った。

控え室に行くと、もう少し待ってほしいと、言われた。

「座ってて、今から食べるのよ。

出入りに時間がかかってしまって、帰ってこられないのよ。」

ここの事務所の前山まえやまさんから、丁寧に、説明された。

ペットボトルのお茶を渡され、買ったばかりの新刊を読み待っていると、工藤さんが入ってきた。

スタッフに混ざって、高輪さんと同僚のガードマンさんまでいる。

体力のいる仕事、ご苦労様。

前山さんが、お弁当箱をテーブルに用意し、熱いお茶が出さている。

蓋を開けた時、笑顔が広がった。

マスクもメガネもない、顔を初めて見た。

今日のメインは、シャケのコロッケだが、うちのシェフは、隠し味を教えてくれない。

サラダは、トマトときゅうりが、入っているが、あのパリッと感は、凄い。

なんでもない付け合わせのパスタも、絶妙な舌触りだ。

ニンニクを効かせ過ぎない塩ソースに、柚がアクセントになっている。

塩胡椒をした玉ねぎを牛肉で巻いた一品は、わけぎで縛られ、甘いソースが塗られていて味のコントラストを出していた。

黙々と食べ進め、苺を持ち上げた。

思わず、声をかけてしまった。

「半分かじってから、中を見て下さいね。

変わり種の苺なんです。」

こっちを見て、サックリと、噛むと、中を見てくれた。

「変わり種か。

熟してるのに、若い味もするんだね。」

嬉しい、的確な返答だ。

「これ、もう少し食べたいんだが、レストランに行けば、あるかな。」

気に入ってくれた。

「畑が厨房の裏にあって、今なら、摘めますよ。」

マネージャーらしき人の顔がくもる。

時間がないのだろう。

わかっていたら、摘んできてあげたのだが。

すっと、高輪さんが、入ってきて、どうぞと、差し出した。

ヒカリちゃんの分だ。

事務所は、直ぐ横だから、取りに行っていたのだ。

ありがとうと、受け取ると、早速開けて、食べようとしたので、洗う事を進める。

前山さんが、サッと洗い、お弁当のふたに乗せてくれた。

至れり尽くせりだよね、と、苦笑いしながら、苺を食べる。

心の中で、別のをヒカリちゃんに持ってこようと思い、高輪さんに、会釈する。

その場にいるスタッフもつまみ、苺は、食べられていった。

弁当箱をもらい、挨拶して控え室をあとにする。

杞憂の念で、苺の事を携帯とかで、書かないでください、と頼んでおいた。

ブランコの二の舞は、困る。

まだまだ、数が少ない苺だから。

高輪さんは、扉の外で、ガードマンの仕事に戻っていった。

人波を避け、事務所に戻り、レストランに、向かう。

背後で、動きがあり、歓声が、上がる。

休む間も無く、移動するらしい。

あの中にいるのは、大変だ。

遅れた分の仕事を済ませ、畑に行くと、苺を探した。

葉に隠れていて取り損ねた苺を探す。

半分と数は減ったが苺が取れた。

もう一度、商業施設に、向かう。

高輪さんが、事務所にいた。

ヒカリちゃんへの苺を渡す。

恐縮されたが、ヤッパリ嬉しそうだ。

あのあと、車に乗せ送り出すまで、大変だったらしい。

女の子と言えど、数が多いと、色んなところから、手が伸び、引っ張ってくる。

幸い怪我した子がいなかったから、良かったと、笑う。

前は、パネル倒して、騒ぎになりましたものね、と、前山さん。

ヒカリちゃんによろしくと立ち、さっきの機転にお礼を言い帰った。

もう、花もなく、苺は終わりだ。

次の日の早朝、石垣を直しながら、苺畑を巡っていると、取り忘れが3個あった。

小ぶりだが、紅く光る。

手に持って、あのブランコに行く。

朝のバイキングの仕込みは、もう終わっていたので、静かで暇な時間帯だった。

丘の上から、港街を見下ろす。

夜中に漁をした船が、かえりだしていてにぎやかだ。

朝靄がサッと流れるが、太陽が追いかけ、消していく。

最近は横に、注意事項を書いた看板を立てていたので、足をくじいたり、手をついて痛める人は減っていた。

柵を作る事も検討されている。

苺を口に運び、来年の事を思う。

石垣を広げ、レストランで出せるくらいにしたい。

今は一回のお弁当で、なくなってしまう。

手から、苺が消え、工藤さんが、立っていた。

考え事に気を取られ、気がつかなかったのだ。

「はい、物々交換。」

昨日の文庫本だ。

カバーがしてあったが、なんとなく、恥ずかしい。

控え室に忘れてきたのだろう。

ありがとうございますと、頭を下げる。

二人でブランコに乗ると、バランスが、とれる。

足元をヒンヤリと霧が走る。

揺らす事なく、のんびり景色を眺める。

苺の事を聞かれる。

ブランコを降り、石垣に案内する。

斜面を利用した石垣は、朝日に照らされて、綺麗だ。

早朝バイキングのお客様が、レストランに、来る時間まで、まだ間があった。

涼子ちゃんが、ファンなので、暇だったら、すっ飛んで来るだろうけど、と教えると、首を振られた。

二人で、石垣を見ながら、歩く。

もう取り忘れの苺は無い。

忘れて届けてくれた本の事など聞かれ、工藤さんの好きなミステリーを教えてもらったりしながら、散歩していたが、時間なのだろう。

工藤さんは帰っていった。

それから時々、早朝にふらりと現れ、散歩する。

厨房で聞くのか、結構広く斜面で見通しの悪い場所に居ても、探して来てくれる。

お茶を入てた小さいポットと、昨日のディナーの小さい焼き菓子の残りを持ってきていたので、ベンチで、一緒に食べるようになっていた。

一度、来ない日は、1人で食べるのか?と、聞かれたので、はい、と答えると、笑っていた。

うちのパティシエは、腕が良いので、一晩ぐらいじゃ、味は落ちない。

将来の事なんかを、お互い話し出し、2人の夢が、お茶の湯気を揺らした。

トマト農家だが、上に兄が2人いるので、比較的自由にしてて、このレストランで、野菜のソムリエの資格を実地で勉強しながら取りたい事などを話す。

工藤さんは活動を縮小して、表舞台から、裏へ回る事を考えていると、話し出した。

若手が育ったから、事務所からの承諾も取れているらしい。

お弁当を運んで行くと、控え室で、待ってる工藤さんがいる。

テレビの露質を抑え出したので、人気がかげり出していた。

そんな調節もするだなと、感心するが、工藤さんは楽しそうだ。

もうすぐ、素顔で外を歩けるよ、と、笑う。

本当に、人気商売って、凄い。

それを手玉に取ってるのを直に見てると、ワクワクする。

やがて、女の子達は、翔一君達のグループに、呑まれていった。

1年後、この商業施設に、うちのレストランの支店がはいり、涼子ちゃんが、看板娘で頑張っている。

レストランは、早朝バイキングを止め、ランチとディナーの落ち着いた雰囲気になっていった。

弁当運びは、終わり、朝の散歩は、長くなった。

ここのディナーでしか出されない、三色苺のケーキが、噂になり、予約が、ビッシリになっている。

苺を一年中出すために、半年は、フリーズドライの焼き菓子に、これが美味いし、色が綺麗だ。

数量限定なので、買う人達も大変だろう。

パティシエの腕の見せ所満載のスィーツだ。

工藤さんは、この丘の下に、家を買い、脚本の仕事をしている。

携帯とFAXがあれば、どこででも出来ると、引越して来たのだ。

朝、2人で、お茶とサンドイッチを持ち、レストランの庭兼畑を訪れる。

雨の日は、オーナーが建ててくれた、東屋に行くが、大抵はブランコの横のベンチが指定席だ。

庭や畑の手入れをして、朝の野菜の配達を受け取り、厨房にまわす。

地面から立ち上がる水道の蛇口は、普段カモフラージュされていて、他の人達からは、わからなくしてあるので、工藤さんが感心してくれた。

手を洗ってから、朝ご飯だ。

2人で暮らし始めて半年。

明日、結婚する。

最初は、男の子に見られていた事は、仕方ない。

弁当の運び屋さんをしてたし、ボソっと話すし。

今も外見や中身は、変わってないはずだが、工藤さんが女の子扱いするから、女の子で通っている。

明日なのだ。

2人が初めてあった記念日は。

今は、ここまで。

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