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往く河の流れは  作者: 数日~数ヶ月寝太郎
五章 遥か遠くを夢見る
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32

 微かな潮の香りが顔を撫でる。取りあえずの目的地が近付いてきた証拠だ。

 

「この辺りで街道から外れて……あの丘かな?」


 教えてもらった見張り小屋の穴場へと馬首を巡らせる。広い草原じゃないからリースとルガーには不満かもしれないけど、手早く終わらせるからちょっとだけ我慢してもらおう。丘を越えて存在を消す。行く手に見える森の中で、伐採と筏の作成だ。樽はあの後、村に寄って四つ追加で補充した。四人と二頭だから浮力を得るための付与もしなきゃいけない。

 

「僕ー、船に乗るのー、初めてー!」


「そういえばそうだねー、船で渡るような大きい川も近くにはなかったし」


「船の上でー、お魚獲りたいー!」


「今回はちょっと無理かな……」


 このやり取りで気付くべきだったんだ。テンションが上がりきってる事に。なんでそうなってるのか考えるべきだったんだ。

 

 森に入って一旦抜ける。少し遠くに波の音が聞こえる。砂浜の音じゃないな……断崖だけは勘弁してくれよ、と思いながら真直ぐ進むと磯場があり、少し西にちらと砂が見えた。胸をなでおろす。

 再び森に入り、少しだけ木々に隙間がある場所を見つけると、そこをキャンプ地に決めた。とりあえず下草を掃って、土を固めた。滞在しても二、三日だし、適当で良いや。結界も張るけど、周囲に目立った気配は無い。切り出す木に目星をつけながら適当に用意する。


「さて、それじゃ始めようか」


「どんなの作るのー?」


 と尋ねるリュワに、地面に絵を描きながら説明を始めると、何故かリュワの興奮が見る見る落ちていく。


「……と、こういう風にロープで結んで、隅に四つ樽を取り付けるんだけど……リュワ、どうしたの?」


「これー、船ー?ユシェットでー、見たのと違うー……」


 しょんぼりしたリュワを見て、え、そんな本格的なの想像してたの?がっかりさせちゃったかな、と思っていると、言い難そうにだけど希望を口にし始めた。我儘とも言う。


「僕ー、もっとー、ちゃんとしたー、船がいいー……」


「リュワのこういうの、珍しいわね。どうして筏は嫌なの?」


「だってー、シュウもー、ニムもー、ちゃんとした船にー、乗ってきたんでしょー?シノはー?」


「私も王国に渡る時はそうだったわよ?もっとも港町育ちだから船にはいっぱい乗ったことあるけど……」


「僕だけー、乗った事ないー……」


 ああ、そういう事ね。何か仲間外れにされたような気になっちゃったのね。どうするべきか……我慢しなさいって言うのは簡単だけど、シノの言う通りリュワの我儘は珍しい。出来る事なら叶えてあげたい。かといって周りにはくりぬいてカヌーを作れるような大木はないし、竜骨やらなにやら作ってたら魔法を駆使したとしても時間がかかりすぎる。なにより詳しい作り方なんて知らないし。

 しかし、あの肩の落ちようは……むぐぐ、どうするべきか。シノとニムが、カムロに渡る時に乗れるから今回は我慢しましょ?と宥めているが、落ちたテンションで初航海というのもなー。仕方ない、角材を張り合わせて合成材を作って、と考えているとふと思いついた。


「ニム、船には乗ったことあるって聞いたけど、筏は乗ったことある?」


「いいえですの。そもそも乗ったと言っても幼い頃の船旅は覚えていませんし、こっちに来てからはあまり外には出なかったですの」


「シノは?筏の経験は?」


「……そういえば私も無いわね。船は周りにいっぱいあったから、筏なんて乗る機会無かったわ」


「僕も乗ったこと無い。リュワ、皆筏には乗ったこと無いんだ。これが皆初めてだよ?一緒に初めての筏に乗ろうよ」


 と、説得にかかったけど、それで終了だった。


「本当にー?皆初めてー?だったらー、僕も一緒にー、初めてがいいー!!!」


 やだ、この子可愛いわ。知っていたけど再発見だわ。抱きしめたい。

 テンションゲージがフル回復したリュワは張り切っている。凄いの作ろー!と満面の笑顔に頷く。リースとルガーが居るから大きさはそこそこの物になるはずだ。具体的に言うと六畳間二部屋分くらい。

 まずは木を選んで十五本程切り倒す。いや、大きな音を出さないようにリュワの魔法で支えてもらって、切った後に静かに横たえる。風刃を飛ばして枝を掃い、長さを揃えて半分の長さで切る。皆で魔力を紡いで一本づつ急速乾燥。縦に割目が走るけど、対岸に渡るまでだしいいだろう。ロープが擦れて切れないように割目のエッジだけは面取りをした。そこで一日目は終了。出来るだけキャンプ地の周囲の樹を切ったお蔭で空間が広がった。


「海のー、お魚ー、見れるかなー」


「見れると良いわね。カムロに渡る時は釣りが出来ると思うわよ」


「トレドさんにお話だけは伺いましたの。リュワ様、王国で釣りの練習しましょうなの」


「うんー!いっぱい釣れるようにー、頑張るー!」


 よし、向こうに着いたら釣竿買おう。僕も釣りは未経験だ。練習に混ぜてもらって一緒に上手くなろう。次に会ったらトレドさんと釣りも良いかもな。

 したい事、食べたい物、トレドさんの事、先の事の話に不意に混ざる思い出話。思い出が積み重なっていくから遠くまで見ることが出来るんだろうか。それとも、遠くを見たいから人と係わって思い出を生むんだろうか。前世の僕は、遠くを見たくなかったのかな。遠くを見れなかったのかな。筏作りも釣りの相談も楽しい。ただ単に、それが無かっただけなんだろうか。




 翌日は作業の続きだ。横に一本丸太を置いて、その上に縦に並べていく。ロープを編みこむように渡して締め、前と後ろに横木を固定したら、等間隔に横木を渡して同様にロープで編んでいく。中心部分の横木は横に大きく張り出させておく。その先端には樽を二つ取り付けて横転しないようにしておいた。余った丸太で腰掛台を作る。直に座り込んで腰を濡らさないようにね。後ろ半分は丸太の境目に枯れ枝や枯葉を詰め込み、リースとルガーの足がとられないようにしておく。念の為に数箇所を銅線で編み、万が一にも分解しないようにと注意して仕上げた。


「よし、これで完成っと」 


「わー!すぐ行くのー?」


「うーん、念の為に日が落ちてからにしようか。暗いから魚は見えないかもしれないけど……ごめんね」


「そっかー……カムロに行く時のー、楽しみにしとくー」


 少し疲れたので、ごろりと横になるとリースとルガーが寄って来て鼻面を押し当ててくる。下から撫でてやっていると、隣でリュワとニムがわくわく顔で横になり、順番待ちをしている。シノがお茶を入れてきてくれる頃には、きゃいきゃいとはしゃぐお子様が下からしがみ付くように馬を撫でていた。

 不法入国を企てる一行とは思えないほど、のんびりと午後を過ごし、やがて日が完全に落ちる。


「さて、んじゃそろそろ行こうか。皆、忘れ物が無いようにね」


「楽しみー!」


 全員が魔力を繰って、馬鹿でかい筏を持ち上げる。まるで浮き輪を担ぐような気軽さでひょいと縦に持ち上げて、木々の間を海岸へと向かう。目的地で筏を下ろしてそこらの小石を三つ拾い上げた。


「リュワ、指輪と同じ付与をしよう。夜の海で迷わないように」


 位置観測用の魔道具……魔道石か、を作って二つを左右に投げる。闇夜でUターンして公国を南下しても間抜けだし。ついでにリュワに頼んでリースとルガーにも心配しなくて良いからね、と伝えてもらう。波打ち際まで筏を運び、いよいよ船出だ。後ろを振り向いて、今は遠いトレドさんに行ってきます、と心中で挨拶する。

 リュワとニムがまず乗り込み、浮いてるー!とはしゃいでいる。優しくリースとルガーを撫でて、シノが手綱を引いて乗り込んだ。アレストを出る時は遠いと感じた海峡も、当たり前だけど進めば近付くんだな、と思いながら浮いた筏を押して海に入る。

 あの時と同じ暗闇へと踏み出した僕は、あの時とはまったく違う心境で、あの時と似たような浮遊感を味わいながら、今度は家族が待つ筏の上へと身体を持ち上げた。



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