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往く河の流れは  作者: 数日~数ヶ月寝太郎
五章 遥か遠くを夢見る
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 シノとニム、僕とリュワがそれぞれリースとルガーに相乗りして急げ急げと門を目指す。まだ寝てろよ、と門番に届かない念を飛ばして辿り着き、そっと門を押すと開いてくれた。飼葉と水の樽も買わなきゃいけないし、食料もほとんどを渡した。公国貨幣は物資を買い付ける分くらいしか残っていない。

 映画でよく見る、『じゃあな、くたばんじゃねぇぞ』『そっくりそのまま返してやるぜ、あばよ』そう言って二人はそれぞれの道を、的な別れなら格好ついたんだろうが、今の僕達はさながら、早く帰らないと門限越えちゃう、パパに怒られちゃう、と涙目で帰宅を急ぐ小学生。夜が明ければ家計簿を前に溜息をつく昼下がりの団地妻へとジョブチェンジすることになる。予定。

 宿に戻り馬を繋いでロビー、というほど広くは無いけど、そこで一人の従業員と会った。リュワとニムを見てぎょっとしている。あんたも噛んでんのかよ……


「お、遅くにお揃いでどうされました?」


「いえ、少しトラブルがありましてね。この子達が攫われたものですから」


 懐具合も寂しくなったし宿の払いは任せよう。泊まるのは僕達だ、支払いは君だ。自分の事が知られてるのかどうかが気になるのか、探りを入れてきた。


「取り戻されたのですか、それは凄い。お怪我はありませんか?賊は?」


「あんなの相手に怪我なんかしやしませんよ。賊はっと……」


 素材鞄を探って赤黒い染料を手に塗す。あれ、どこだ?と独り言を言いつつ真っ赤な手をちらちらと見せる。君の血じゃないんだからそんなに血の気を引かせなくてもいいのに。


「あ、ああ。大体わかりました、結構です」


「そうですか、こちらも全部わかりましてね。まだ少し鞄には空きがありますけど、良かったら入ってみます?」


 綺麗な土下座を見た。土下座の教本があれば写真に撮って例として載せたいくらいだ。とりあえず部屋に連行する。やり口がヤクザだな、と頭に過ぎってからちょっとだけ優しくなれた。随分とこの手で儲けていたらしく、宿代とアレストへのお土産代は浮いた。お土産と言っても貴族の知り合いだって居る。結構な額だけど、僕から二人を奪おうとしたんだ。尻の毛ぐらいで済めば御の字だろ。黒刃にも染料を塗して取り出し、僕達の存在も含めた全てを胸に収めて生きていく事を誓わせて解放した。

 空が白み始めたが、カーテンを引いて少し寝ておく事にする。彼の支払いだから金は惜しくないけれど、旅の合間の貴重なベッドだ。その感触は惜しかった。何よりここから先は騎乗で行くことになる。睡眠の必要が無いリュワはともかく、シノとニムには少しでも安らかな時間を楽しんで欲しかった。


 目を覚ました僕達は、準備を整えて宿を出た。引き攣った笑顔の従業員は自分の懐から金を出して宿代を引いてこちらに渡してきた。引き換えに意味ありげな封筒を殺気とともに渡して告げた。


「これを取りにもう一度来ます。預かっておいてください。いいですね?『何があろうと』戻ってきます」


 門番が繋がってたんだ。衛兵にも通じてる奴がいるかもしれない。下手に街中追い掛け回されちゃたまらない。連絡するならしてもいいけど、どうなるかわかってますね?そういう釘を刺しておいた。勿論戻ってこないけど。空の封筒だし。

 馬を引いて街中へ。買い物の間に蹄鉄を打ち直してもらうように頼み、僕達は昨日目星をつけていた店を回る。取り合えず素材鞄になんでもぶち込み、空の樽を四つ買ってリースとルガーを受け取る。樽を二つ紐で繋いで二頭の背にそれぞれかける。一先ずははこれで我慢してくれ。何とかするから。

 つまらないイチャモンで止めてくれるなよ、と祈りながら二頭を引いて徒歩で門へ。リュワとニムは存在を消して馬上だ。流石に出て行くときに袖の下は要求されなかった。入るときに払ってるんだし、そんな事をすれば人が減るぐらいのことはわかってるのかな。門を出てそれぞれが武装して馬に跨る。出来るだけ街から距離を取ろうと駆け足で進み、日が落ちかけた辺りで川を見つけて野営の準備に入った。


「ニム、馬車がないから暫くは野営中か休憩時間くらいでしか練習できないけど、ゴメンね」


「お気になさらないでくださいですの。トレドさんから本を頂いておりますので、それで勉強しますの」


 見せてもらったら楽器の教本だった。コードもスケールも載っている。当然楽譜の読み方も。簡単な曲も数曲載っていたが、楽譜も読めず原曲を知らない僕にわかる筈も無く、ぱらぱら捲ってニムへと返した。少しだけ寂しくなった時間を過ごし、眠ったニムとシノを見ながら鞄の作製に入った。樽がすっぽり入る大きさのパニアだ。ぱぱっと作って付与を済ませて一つ一つ入れていく。左右ともに一つ分のスペースに二つ、計四つの樽が収まったのを確認したら、一度出してそのうち二つにも付与を施す。飼葉と水だ。


「リュワ、ちょっと水を汲んでくるから、素材鞄の中の飼葉をこの樽に移しておいてくれるかな?」


「わかったー」


 川で水を汲みながら、結局トレドさんの釣りの腕前は見れず仕舞いだったな、と思い出し笑いをしながら月が揺れる川面を眺めた。今頃仲良く寝てるのかな。魔道具を大盤振る舞いしたから魔物や賊の心配は無いだろうし、子守唄代わりにクオラーム大活躍かも。子供を気にかける原因も話を聞いてわかった。戻って数年したら引っ張ってでもあの村に連れて行こう。甥か姪かはわからないけど、トレドさんに抱いてもらえれば優しい子に育つだろう。

 そろそろ良いかと樽を上げて鞄に入れて担いでみる。よしよし、樽も鞄も重量軽減の付与が効いてる。これなら背負っていてもリースやルガーの負担にはならないだろう。戻って筒状に作っておいた左右を繋ぐブリッジ部分の中に綿を詰める。タンデム時のクッション代わりだ。鞍と繋がるようにベルトを配して完成させた。


「シュウー、ちょっと寂しそうー」


「んー……トレドさん賑やかだったし、急に居なくなったからなー」


「トッシュ達はー、楽しいんだろうねー」


「はは、そうだね。落ち込む暇なんて無いかもね」


 これから先、あの子達には様々な別れ道が待っているだろうけど、暗闇に向かう道にはトレドさんが立ち塞がる事になる。的確な助言と、低く落ち着いたクオラームの音色が迷う子供達を導くはずだ。隣には、多分怒ると怖い美人が立っている。二人の間に小さな存在が増えるかもしれない。鎖に繋がれた経緯を思えば、良かったねとは言えないけど、公国の街道で、門で、街中で暗い光景に沈む僕を、その度に明るい口調で引っ張り上げてくれたトレドさんが傍に居てくれるんだ。最悪とは程遠い。

 

「いいなー、アレストでー、トレドさんと散歩ー!楽しそうー!」


 何故かガルさんとトレドさんが、うひひうひひと笑い合いながらアレストの夜を楽しんでいる映像が頭に浮かぶ。あの二人への土産は同じ物でいいか。

 その夜はトレドさんの話に終始して、明け方近くなってから僕も寝た。リュワはまだ話し足りないみたいだから、明日も昨日別れたばかりの人の思い出話が続くんだろう。僕達にとって公国はニムと出会った国、トレドさんと旅した国。アレストとはまた違う喜びを知ることが出来た国。エイクスのお蔭だな。知り合った事が事だけに、これもありがとうとは言っちゃ不味いかもしれないけど。

 起きたら鞄の中身を整理してから北に向かおうと、まどろむ意識に書き込んでからお休みの言葉を最後に力が抜けた。




 起き出して諸々を済ませて鞄の中身を整理する。それが終わった僕の手には赤い蝶の封筒が一枚。どうしようかと少し考える。ブラッシングをするリュワとニムを眺めながらボーっと考えていると、片づけを終えたシノが隣に座る。僕の手を持ち上げ封筒の印を見てくすくすと笑う。


「デセットさんの時とは違うけど、重症ね」


「そう、なのかな……」


 顔は正面のまま。


「寂しいんでしょ」


「これも寂しいって言うのかな」


 二頭の向こう側をつい見てしまう。陽気な笑い声が聞こえてこないのはなんと言うか……


「物足りないんでしょ?」


「……ああ、それだ」


 笑った僕の手からシノがすっと封筒を抜き取って、元の鞄に入れた。


「全部はっきりさせなくても良いんじゃない?鞄の中でなんとなく手に当たった時に取り出せばいいのよ」


「それもそうか。トレドさんはそれ位の扱いで良いや」


「ふふふ、無理してるわねー」


 そう言って立ち上がったシノの声はいつもより明るく元気だった。シノも同じなんだろうな、と思ったら僕も立ち上がっていた。手を繋いでリースとルガーに向かってゆっくり歩く。


「リュワー、ニムー、そろそろ出発するよー」


「わかったー!」


 手入れ道具をぽいぽいと鞄に入れる二人を見てあれで良いんだよな、と思う。失くさない様にだけしておけばいいんだ。

 トレドさんは、そういう扱いで良いや。


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