表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
往く河の流れは  作者: 数日~数ヶ月寝太郎
五章 遥か遠くを夢見る
94/110

27

 仇討ち、という言葉が僕を沈黙させた。シノもその筈だ。

 僕が見た光景、シノが聞いた最期。厳密には僕の仇ではないが、呼び覚まされるものがあったのは事実だ。戦場での事とはいえ、僕は強い繋がりを持った二者の間を断ち切った張本人だ。彼にしてみれば戦場の状況がどうであれ行き着く事実は一つだけ、親を殺した人間が今目の前に居る。僕だってシノだって、同じ状況になれば同じ言葉を出すだろう。


「……いかにも。僕はシュウです、かつてはアレストのギルド員として国境で貴方の御父上を討ち取りました」


 割って入ろうとしたトレドさんを手で止めて僕は真直ぐ彼の眼を見て名乗る。


「名乗りが返事と受け取って良いのだな。ついて来い」


 街から離れ人目につかない方へと歩く彼に尋ねた。


「立会人は要らないのですか」


「お前の連れが居るだろうが。街に戻って人を頼めば決闘の前にお前は縛につくことになる」


 交渉で一応の和議がなされたとはいえ、僕はほんの少し前に公国の旗に剣先を向けた人間だ。連合を出て武者修行に、なんて通用しない。もしもイーノスさんが上司、もしくは支配階級の誰かに立会いを頼めば、相手の僕の素性もばれる。口を割らせる前に死ぬかもしれない決闘なんぞ許されるわけが無い。僕とシノは捕縛され取り調べ、トレドさんはバレれば連合首都襲撃犯の一味として連合に献上される。リュワとニムなら魔法で強引に収めることが出来るかもしれないが、以前のニムの言葉もある。それは絶対に頼んじゃいけない事だ。


「騎士の名誉にかけてなどではない。父の最期は戦場だ。公の立会いなど頼めば家も父も逆に名誉を失う。私の私怨だ」


 それを最期に黙って歩く。決闘、それも仇討ちの。参ったで終わるものにはならないだろうし、イーノスさんが参ったを口にするとは思えない。言うならば僕の方だろう。シノを遺して逝くわけにはいかないし、がんばって長生きするとリュワにも言った。だけどそれではイーノスさんの気も収まらない。命乞いをしてリガルさんの最期を僕が貶めるわけにもいかない。そこまで考えて止めた。所詮行き着くところに向かうんだ。

 冬枯れが始まろうかという景色の中を、冷たい北方の風を感じながら殺気立った先導に続く。命の寂しさを感じさせる季節に惑わされないように、それだけを心に誓って歩いた。


「そろそろ良いだろう。作法はわかるか?」


 そう言いながら剣を抜き、鞘をこちらに差し出す。つまりは相手を殺して鞘を取り返すまでは剣を納める気は無い、生死以外に終わりが無い。先ほど僕に止められたトレドさんは、もう口は挟まない。他の三人は二人の力量を判断したようで、こちらも黙っている。僕が受け取って、自分の鞘を渡せば後戻りは出来ない。


「それ以外にはないのですか」


「ない」


 相手には逡巡は無い。視線も真直ぐ、剣を握る手も微動だにしない。最初から言葉の段階はなかったんだ。判っていた事だ、と覚悟を決めた。腰と脇から二振りを外してシノに渡す。鞄から刀を取り出して、相手の鞘を受け取る。背後に置いて、こちらも鞘から刀身を抜き放ち相手に渡した。


「それが本来の獲物なんだろうな?」


「ええ、あの時と同じです」


 質問の答えを聞いたイーノスさんは、一度目を閉じて歯を食いしばってから再度の名乗りを口にした。


「公国騎士リガルの子、イーノス。戦場で散った父の無念を晴らすため、シュウに決闘申し入れる」


「武芸者のシュウ、謹んで御受けいたします」


 リガルさんの物と良く似た剣だ。斜めに構えてじりじりと詰めてくる。僕は正眼に構えて動かない。イーノスさんの踵が浮いた瞬間に踏み込みつつ切先を回して横一文字に斬撃を放つ。咄嗟に飛び退ったイーノスさんの表情が険しい。それでも剣を握りなおして飛び込んできた。

 僕の間合いの直前の踏み込みで、つま先が僅かに右に向く。僕がそれに気付いた事を視線で判断したのか、姿勢を低くして逆に身体を振った。方向転換の力も剣に乗せて膝を断ち切りに来る。ほんの僅かな動きでもフェイントになる、と僕の実力を判断したのだろう。しかし剣は空を切る。横に回り込むように飛んだ僕の影がイーノスさんの背中に落ちる。続けて刀身が背骨と脇腹を狙うが、無理矢理捻った体と剣がそれを阻んだ。キン、と硬い音に続いて、体勢を崩したイーノスさんが地面に倒れ込むが、僕も着地の瞬間を狙われ足を払われた。なんとかバランスをとった僕と、素早く起き上がり間合いを取ったイーノスさんが向かい合う。

 イーノスさんは何か思いつめている。予想はつくけど、そんな後味の悪い仕合は嫌だった。


「魔法を使っても良いんだぞ。それとも私が相手では全力を出すまでもないのか?」


「僕はこちらが本道です。手抜きなどはしてませんし、御父上との時も魔法は使いませんでした」


 この状況で手抜きなんかできるわけがない。あの戦の合間の一騎打ちとは違うんだ。父親に厳しく仕込まれたのだろうイーノスさんの剣筋は鋭かった。負けはしない。けど、気を抜いたら大怪我する。師匠ですら僕の木刀が掠ったんだ。

 寄っては離れの攻防が続く。悲壮な決意の剣戟をかわし、いなして刀身を刺し延べるが、イーノスさんも僕と同じようなスタイルのようだ。これでダメなら峰に返して骨の数本は仕方がない、と一旦間合いを置いて深く呼吸をした。

 無遠慮に間合いを詰める。イーノスさんから見れば歩法も何もなく歩いてくるように見えてるんだろう。その速度に応じたテンポで刀を振る。一足に一刀、素振りの要領だ。最初は払って反撃しようとしたイーノスさんだが、腕力の差に払えず受けるしかなくなっている。僕の振りの合間に手を出してくるがことごとく払われる。流石にイラついたのか、素早く頭上に振りかぶった剣を叩きつけてきた。鍔迫り合いの格好になり、肘は畳まれお互いの顔が近付く。

 次の瞬間イーノスさんの顎が跳ね上がった。僕が柄頭で斜め下から殴ったのだ。剣は刀の刃を滑り、伸びた顎は無防備に急所を晒している。足を伸ばして踵を払い、仰向けに倒す。意識が一瞬飛んでいたのか受身も取れずに転がったイーノスさんの手から剣を蹴り飛ばした。

 ぴたりと喉笛に張り付いた刃の冷たさがそうさせたのか、イーノスさんの意識が覚醒したようだ。目線が上下して状況を確認している。


「……なぜそこで止まっている……」


「もう決着はつきました」


「ふざけるな!鞘を受け取っただろう!!!」


「それ以外ないと言われたからです。僕は貴方には何の恨みもない。勿論貴方の父上も恨みで斬ったわけではない」

 

「私にはある!」


「だから殺せと?筋の通らない話です」


「父の仇も討てず無様に転がされて、恥を抱えて生きていけと言うのか!生きる意味を失う私に!」


「……生きる意味?」


「仇を討つ!それだけが」


 刀を引いて殴っていた。


「じゃあなんで僕に殺せと言えるんだ!泥に塗れようが地に這い蹲ろうが、僕を殺すまで生きるのが筋じゃないのか!仇討ちだけだって?リガルさんは、お前にそんなつまらない物しか与えなかったのか?!!」


 胸倉を掴んで引き摺り起こす。もう一度殴ってさらに怒りをぶつけた。


「痛みに耐えてお前を産んだ母親は、笑顔でお前を抱き上げた父親は、たった一人の武芸者を殺させるためにお前を育てたのか?答えろ!!」


 殴られて項垂れたまま、イーノスさんから返事はない。僕は自殺の手伝いなんて真平御免だ。ただ殺したくないだけだろ、とか自分にそれを言う資格はあるのかとか、色々な声が頭に生まれるが全部無視した。自分がそうできる事に驚いて、少し気持ちが落ち着いた。


「……それでも殺せと言われるのならば、人違いです。僕が斬った人はそんな下らない物しか遺せないような人ではなかった」


 力が抜けて、肩が小刻みに震えているイーノスさんから手を離す。蹴り飛ばした剣に向かって歩きながら言葉を投げた。


「人違いではないのならば、仇討ちはいつでもお受けいたしましょう。僕から降参も言いません。貴方は、もう一度誰かと話すべきだ。支えてくれる誰かと」


 そうだ、デセットさんの時の僕達のようにした方が良い。一人沈んで出した結論なんか碌なもんじゃない。

 抜き身の刀をシノに預け、二振りを受け取って腰につける。剣を拾い上げ、切先を地面に突き刺して剣腹に白刃の分厚い峰を叩きつけた。濁った音と共にくの字に曲がった剣をイーノスさんの前に置き、僕は自分の鞘を拾った。


「この立会い、貴方は鞘を取り返す必要は無くなりました。では」


 隠蔽結界を張った馬車へと戻りながら、トレドさんから言葉が出始めた。乗り込む頃には雰囲気はいつものものに戻っているだろう。

 冷たい風が吹く度に落とす葉がなくなった木の枝が揺れる。落ちた葉は自分の根元に、あるいは風に吹かれて他所の根元に積もり、これから先の季節で伸びていく力へとその役割を変えていく。暫くはその身に直接風を受けることになるだろう。でもずっとじゃない。繰り返す事にはなるがそれこそが力を蓄える理由なんだろう。

 のろのろと動き始めた気配を感じながら馬車に乗り込んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ