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子供時代が長いってのはこんな利点もあるんだな、と思う。センスもロックされてないんじゃないのか?とも。
ニムはめきめきと演奏の腕を上げている。初日はびょい~ん、びょい~んと鳴っていた弦も、今ではポロンポロンとビビリも音程のブレも無く、まだ音楽ではないものの、綺麗な音色を出している。幼い頃に少し心得のあったらしいトレドさんが嬉しそうに教えている。和音だとか楽譜だとかを聞いた僕にも答えてくれた。
「ああ、あるぞ。スケールもな。ただ、最初からこれ覚えろとか言われっとな……」
「ああ、なるほど」
「おう。今は楽しい事をすりゃいいんだよ。そのうち嫌でも覚える事になっからよ」
リュワにも簡単なパーカッションを作って与えてある。銅版を丸く叩き伸ばしたスプラッシュシンバルやカウベル、かなり小さめのスネアドラム、ウッドブロック等々。一日潰してキャンプをし、その間に水蒸気を吸わせた薄い木の板を曲げてシェルを作る僕にリュワが、これ何?桶?と聞いてきたが、出来てからのお楽しみと返すとわくわくしながらニムの練習を見に戻った。リムやらスナッピーやらは青空工房では無理なので、スネアというより和太鼓っぽくなったがそれは勘弁して欲しい。
スティックを作って、一式をリュワに渡したのは夕暮れ時。叩き方を教えて力加減に注意してねというと、恐る恐る叩いて、ポンと軽快な音が鳴ってからは喜色満面ニムとのセッションを楽しんでいた。僕もギター作ろうかな……
「移動中は音が漏れないように結界を張って練習してね?魔物が寄って来ちゃうかもしれないから」
とのシノの言葉に、はいですの!と返してからはほぼ四六時中結界が張られている。指先が痛くなればリュワが治療してくれるし、練習の音に引き摺られるように誰かがハミングすると、曲を通して聴きたがった。
僕が口ずさんだのは、ドライブに誘われて父親のカーステレオで聞いた昔の曲。英語で歌詞の意味は解らなかったけど、のどかな曲調に歌声。歌詞を言葉じゃなくて音として覚えるくらいによく聞いた。車の中にはいつもケースが置いてあり、ジャケットに写っていた蜜蜂の格好をした少しふくよかな女の子を、僕と似ていると感じたものだ。小さなステージに独りで立っている彼女の役割を、漠然とだが理解していたのかもしれない。
こちらでは聞き慣れない曲調と、聞いた事の無い言葉がニムの何かを刺激したのか、メロディラインを単音で追い始め、やがて次の目的地に着く頃には通して弾ける最初の曲になっていた。こっちでも聞く事になるのかと苦笑したけど、種を巻いたのは僕だ。父さん、貴方の孫は貴方が好きだった曲を弾いてます。
「トレドさん、落ち着いて下さいね。まずは脚を削っていきます。僕とリュワが気を引きますので死角に回ってください」
「おう、刃が滑るんだったな」
「ニム、私達は援護だから踏ん張った足元に穴を掘るわよ」
「はいですの!」
突っ込んできたサイみたいな魔物をかわして追う。くるりと振り向いたその鼻面に一歩速く追いついたリュワの鉢割が食い込む。続けて僕の鉄板入りのブーツがこめかみ辺りに到着し、完全にターゲットを僕達二人に定めた三本角が、突進しようと前脚に力を入れると地面に吸い込まれた。じたばたと暴れる後ろ脚をトレドさんが軽やかに斬りつけるが、刃が滑っているようだ。そういや得物はナイフだったな、と思い出して右手に持った白刃を投げて渡す。
「悪ぃ、借りるぜ!」
掴んでそのまま脚へと振り下ろすと、刃の半ばまで食い込んだようだ。踏ん張るべき脚が一つになった三本角は、それでも後ろ脚から血を撒き散らしながらなんとか前脚を抜こうと暴れる。
「眉間に矢を徹しますの!」
背後の声に僕とリュワは左右に別れる。その間を細く硬い魔力が通り、三本角を掻い潜って一本の矢が半ばまで埋まった。後脚は二本とも使い物にならなくなっており、少しもがいた巨体はそのまま地面に寝そべった。
「すいません、トレドさんの得物の事を失念していました」
「いや、俺もあんなに刃が立たねぇとは思わなかったぜ……しかし、これ凄ぇな」
裏に表に刃を返し、感触を確かめるように白刃を振る。ダフトさんの仕事を褒められて僕も嬉しかった。軽々と白刃を振り回すトレドさんは良く鍛えられているが、武器が軽いのは如何ともし難い。あとで希望を聞いてみるか。魔物狩りの入り口である滑刃獣を良く知らなかったところを見ると、人専門だったみたいだし。って当たり前か、裏家業で魔物狩ってくれなんて依頼、あるわけ無いし。
腰丈のチュニックに七分丈のパンツをはいたニムも近付いてきた。編み上げのショートブーツと裾の間からは装甲を配したレギンスがちらりと見える。ゆったりした袖口から覗く革製のグローブは肘の辺りまであり、これも装甲をつけてある。袖に隠れて見えないけどね。
全員が集まったところで解体のレクチャーが始まる。
「滑刃獣は刃が通り難いので、目や口などの開口部から刃を入れていきます。傷口があればそこからでも構いません。油が凄まじいのでこれを目的に狩りに出るなら砥石を……」
ふんふんと頷くトレドさんとニム。リュワは角をつついて、硬いねー、とシノと話をしている。
説明をしながら手を動かして作業は進み、丸裸になった巨体からその硬い三本の角を根元で叩き折って採り、死体を埋めて終わりとなった。馬車に戻って道を進み、程よい所で早めの野営の準備に入る。
「トレドさん、ナイフ以外で得意な武器はありますか?」
「んー、ずっと人相手だったからなぁ。武器の腕より接敵技術を磨けってエイクスにも散々言われたし」
エイクスなら言いそうだ。
「そういや、小さい頃は槍を持たされた事もあったな」
「槍ですか。良いと思います、間合いも取れますし」
しかし小さい頃に武器の訓練と楽器の手解きか。結構上流階級の出じゃないのか?
「んだな、持った事無い武器よりゃマシか。んじゃ頼むわ」
「では長さと重さから見ていきましょうか」
少し長めの棒の先に鉄板を括りつけて振ってもらう。若干短めの柄に結構な重さの穂先でも大丈夫そうだ。動きを思い出しながら振ってるみたいだけど、突きより薙ぎの方が多い。これは……
「トレドさん、昔振っていた槍って、形は覚えてますか?」
「ん、ああ。確かこんなのだっけな」
そう言って地面に書いた形は穂先が大きい物だった。グレイブだな。説明をすると、記憶がはっきり蘇ったのかトレドさんがそうそう、それ!と膝を打った。しかし……
「公国さんの所で聞いて作っておけば良かったですね」
ばらばらと鞄から剣を取り出す。野盗が使っていたものだ。比較的短めの物を手に取って柄をバラす。少し太いな。
「まぁ、あん時は戦闘は任せるつもりだったしな」
魔物との戦い方を教えてくれとトレドさんが言ってきたので、僕もシノも快く返事をした。連合さんに魔道具を貰っていたので、解体もしますがと言うと、んじゃついでにそれもと返された。何故とは聞かなかった。いつもと同じ飄々とした態度から真剣な理由が返ってくるとは思わなかったし、いつもと違う眼の奥が真剣な答えを返してくれたからだ。
五日程前に、血蝶の勢力圏の外れの街でふいと裏通りに消えた助言屋さんは、宿に先に帰り着いていた。僕達が公国さんのところで寄り道をしていた間に事態は結構進んだみたいで、夜になって僕の部屋に集まった時に、報告がある、と淡々と得た情報を話し始めたのだ。
「大将な、跡目を指名して引退したらしいぜ。繋ぎ役がよ、助言屋もさっさと帰って新規得意先の開拓に力貸せってよ」
「すんなり引退できたんですか?」
「その場で始末したって言ってたがよ、それが本当なら俺も的にかけられてるっつの」
「帰って来いっていうのは……」
「ガラを抑えて情報撒く為だろうな。わかったっつって帰って来たぜ。俺も自主退職だ。新規開拓なんざやってられっかよ」
「お疲れ様でした」
豪勢な料理で門出を祝いたかったけど、障子に目が光ってるうちは迂闊な事は出来なかった。リュワのお菓子を振舞ってもらって一先ずのお疲れパーティーとなった。安全圏で旨い物を食べましょう、と言ったらもう少し北に牧畜で有名な地方がある、とリュワにお菓子を貰いながら助言を口にした。牧畜の意味を聞いたリュワも大喜びで、翌日さっさと街を離れた今の僕達の主な議題は、どの調理法を選ぶか、だ。
美食を思い、音楽に身を委ねる。合間合間に血生臭い仕事が無ければ夢のような生活だな。急場凌ぎの武器を渡しながらそう思った。
「はい、暫くはこれを使ってください。次の街に鍛冶屋があれば炉を借りて作成しますので」
「おう、あんがとよ。大将は何使うつもりなんだろな」
「魔法ですかね?足りない間合いは人を入れればいいんですよ。前職の経験は生かさなきゃ。得意でしょ?スカウト」
「お前に自信を砕かれてからはそうでもねぇよ」
僕が今まで断ってきたスカウトを知ったら自信戻るかな、と考えたところで質問のような確認をしてきた。
「『天敵』に『天罰』、だったよな?」
「ええ」




