表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
往く河の流れは  作者: 数日~数ヶ月寝太郎
五章 遥か遠くを夢見る
91/110

24

「一日だけだったなー」


「そうねー。でもいいじゃない。ずっと黙ったままの長旅なんて気が滅入っちゃうわ」


 油がはぜる音の横で、ジャガイモにそっくりな、と言うかもうジャガイモで良いや。それを薄くスライスしながら漏れた言葉にシノが答えた。

 多重人格者のような魔族と別れた日、僕とシノは仕事の達成感に、リュワは自分と同種の友達との別れに、ニムは話でしか知らなかった故郷の香りに心身を委ねていた。静かな時間が一日に及んだのは、トレドさんが御者台に座ったからだ。いつもならその位置からでも会話を始めるトレドさんは、片手で手綱を握り、もう片方には女性物のハンカチを持って、じっと前を見据えていた。


「そりゃそうだけど、ずっと惚気の長旅もどうかと思うよ?」


 静かな一日の翌日は賑やかに始まったが、次の街への道中、デートの話を延々と続けるトレドさんを再び御者台に追いやって、僕達四人は相槌だけを機械的に口にしながら後部でトランプに興じた。トレドさんの気分を害するのも忍びないので、念話できゃいきゃい騒ぎながら。


「ふふ、本当は喜んでるくせによく言うわ」


 まぁ……ね。沈黙と笑顔で返す。

 実際、魔族とエルフの種族的倫理観の話を聞いていたので、一夜、あるいは滞在中の相手かな、と思っていた。当人同士がそれで良いなら、僕は脇から手前勝手な正義感を振りかざす気なんてさらさら無かったし、裏の人達ってそういうものかな、なんてそれこそ勝手な先入観を持っていたのも事実だ。

 それが、あの光景だ。トレドさんは先を見ていた。あの人の言葉を覚えていた。今まで背を向けていた日向へと、足を一歩踏み出したのだ。嬉しかった。


「さて、こっちは全部揚がったわよ」


「ん、じゃ最後はこれか」


 尖った細目の木の棒に螺旋の溝を掘り、中ほどに一枚、かすかに角度をつけた刃を横に生やした道具を取り出し、三つ残したジャガイモに突き刺す。刃の端に指を当ててくるくると回しながらジャガイモに刃を入れていくと、スプリング状に繋がったジャガイモのリボンが出来た。それも揚げて借りた皿に盛り付けてから、宿の人に礼を言った。


「厨房を貸していただいてありがとうございました。少ないですが油代と、これ。従業員の皆さんでどうぞ」


「おお、こりゃありがとう。早速皆で食べる……これ、どうやって切った?」


「これを使って。良ければ差し上げましょうか?」


「ぜ、ぜ、是非!!!」


 旅中の手慰みに作ったものだ。惜しむほどの物じゃないし、と使い方を説明して、油代と共に渡した。さて、リュワの念話もひっきりなく届いてるし、とっとと部屋に戻るか。山盛りのポテトチップスを持って。




 確かに治安はマシなものになっていた。門番はニムとリュワに目を瞠り、シノに見とれていたものの、旅行者ですと名乗った僕達の馬車を覗き込む事無く、通って良しと真面目に役目をこなしていた。裏通りのほうは知らないが、僕達が通った大通りでは衛兵が、少なくともおおっぴらに賂を受け取っている姿は無かった。怪しい動きをする人は、まぁ居たけど。

 雑踏の賑やかさには活気もあった。屋根があろうが無かろうが、商品を並べたその側では客を呼び込む声が上がり、足を止める客と客に近付く店員には笑顔があった。

 奴隷商の事務所もあるにはあったものの、それと知らなければ気付かない、商号のみ書かれた看板が架けてあった。ユシェットのように『人!激安!!』なんて、正気を疑う文言などは、看板からもドアマンからも見聞きする事は無い。

 連合でも奴隷は居るには居るが、ほぼ刑罰で労働刑を課せられた人達だ。少なくとも表には奴隷商は無く、街の行政機関に奴隷を借り受ける申請をしなければならない。それも誰でもというわけではない。事前に登録、それも厳しい審査を通過する必要があり、その登録を済ませている者に限られる。申請しても、管理責任者は再び審査にかけられ、労働現場で不当な扱いがあったと発覚すれば立場は逆転する事になる。ギルド設立前は食うに困った身売りなどもあるにはあったらしいが、今はそういった人にはギルドへ行くように指導がされている。

 

「ここでは外から来た初顔の人間にゃ売りたがらねぇ。売らないって事はできねぇが、吹っかけられる。他所の倍からのスタートだ。売りに来た奴には半値だな」


「そりゃ買う方がどうかしてますね」


「見目麗しい婦女子なら値がつくかも知れねぇが、そういうのは奴隷に身を落とす前に出来る事が残ってるから皆無だな」


「へえ、他所とは何か違いますね」 


「ああ、ここは先代公王様が南征の時に躓いた三箇所のうちの一つでな」


 そう言って聞かせてくれた話は面白いものだった。当時のここの領主は戦上手の切れ者だった、と始まった。

 

 包囲網を敷く敵兵に頑強に抵抗し、侵入を許さなかったこの街よりも、王城が先に落ちた。その事実を告げて投降を呼びかける声にも首を縦に振らず、先代公王、当時は公爵が王に縄を打って訪れた。囚われの王より領主に命が下り、門から一人出てきた領主は言ったそうだ。『事ここに至れば抵抗はせぬ。然れども、我が君の身に縛を見ながら、おめおめと生きて敵前に膝を着く。この上城まで残しては後世に恥しか伝わるまい』 

 城から上がった一筋の煙に公爵は慌てた。そりゃそうだろう。南征は途中、無傷の城は次への拠点だ。泡を食って兵を城へと向かわせた。領主は街への略奪と引き換えに城の財宝の目録を公爵に渡し、占領地となるこの地への寛大な処置と引き換えに軍門に下る。王は助命の条件を撥ね付けて、領主の手による斬首を選んだ。話では聡明な王であったそうだ。その時の二人のやり取りも窺い知れるというものだろう。

 城の煙は先代領主の弔いの煙だったそうだ。タイミングが良すぎるその死は、謀の成功のための自害だったと言われている。かくして多少の徴発はあったものの、領民が生活に困って他所に移り住む程ではなく、当時とほぼ同じ街並みの中を、先祖代々の住人が代を重ねている。公国臣民に身分の上下はあるが、大多数の者が同じ階層に属するこの街ではそれは感じられない。当時と変わった事といえば、公国を建国した公王が南端に到達した時に、配下となった領主のかつての言葉の通りに城を取り壊した事くらい。

 ちなみに躓きの他の二つは南征の始めの上陸戦と、ここよりはまだ北の『聖魔女』と呼ばれた多重繰者の女性が指揮した、とある村落の攻防戦。姉さん先生の事だ。


「シュウー!これ食べたいー!」


 満面の笑みのリュワと、既に一つ、料理を紙で包んでこちらも満面の笑みの屋台のお兄さん。なんだか悔しかったので、追加に二人分を頼み、行儀は悪いが歩きながら食べて通りを行く。リュワもニムも幸せそうに口を動かし周りを見ては好奇心が刺激されてる。一口大の魚の切り身を揚げて塩を振った料理を一つ口に放りこみ、主にニムの雑貨を買い揃えながらのんびりと見て周った。

 庶民向きの、前世で言う雑貨屋のような品揃えの店でニムが立ち止まった。店先には幾つかの楽器。


「興味あるの?」


「これは何に使うものですの?」


「これは楽器だね。綺麗な音を出して音楽を奏でるんだ」


「どんな音が出ますの?」


 お店の人に聞くと、試奏用があるということで笛と弦が五本のバンジョーみたいな丸いボディの楽器を弾いてもらった。それぞれ短いフレーズを聞いて、ニムの眼が輝く。笛かな?と思っていたが、フィンガーボード上をせわしなく指が動くバンジョーもどきに興味が沸いたようだ。マストフ、という楽器らしい。もじもじし始めたニムを見て、こういうところは見た目通りなんだ、と感動する。


「ニム、弾いてみる?」 


 こっくりと頷くニムにちょっと待っててね、と声をかけて店員さんと奥にいって、少し小振りな物はあるかと聞いたところ少し音色は変わるがある、と持ってきてくれた。ニムに渡すと見よう見まねでボディを脇に抱え込み、たどたどしく単音を弾いていく。まだまだ音楽なんてものじゃなかったが、リュワと一緒に楽しそうにしているニムを見て支払いを済ませた。

 

「ニム、リュワのお世話を頑張ってくれてるから、プレゼントだよ」


 こうでも言わないと、シュウ様にご迷惑ですの、と恐縮するニムは受け取ってくれないだろう。ケースは僕とシノが作ろう。付与もしてあげたい。


「と、言う事でケース用の革はトレドさん、お願いします」


 俺だって何か買ってやりてぇよ、みたいな目のトレドさんにそう言うとみんなを急かして工房問屋で必要な分の革を買ってくれた。ふと目をやるとタイガーアイや瑪瑙などの天然石に混じって鼈甲もあったので石と一緒に買っておく。ギターと似たような楽器だし、ピックもあれば指弾きとは違う音色も楽しめるだろう、と思ったからだ。

 宿に帰って早速僕達の部屋に結界を張り、練習を始めたニムを嬉しそうにトレドさんが見ていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ