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少しだけ滞在は延びた。理由は二つ。
エアの身体の慣らしが二体分、調子を見ながら行われたからというのが一つ。日中はこの身体の先輩であるリュワを先生に、ポテンシャルを確認しながら徐々に激しい動きに移ってもらった。リュワは僕が作る身体の段階を踏んで慣れていったから、人型でも制御は容易かったみたいだが、エアはあの身体から一足飛びだ。ゆっくりした動作ならば問題は無かったが、速い動き、複雑な動きになると少し戸惑っていた。それも二日目辺りからは問題無くなっていたが。
僕とロックさんは庭の片隅でカップを持ってのんびりしながら、あるいはお互いの持つ術を教えあったりしながらそれを見ていた。ある日、一緒に遊んでいたニムが転んで膝を擦りむき、ロックさんが魔法で瞬く間に治療した。それを見て傷や病の治癒魔法の話を聞いてみると、難易度が高い理由が解った。
「ああ、各種属性から治療に必要な要素だけを抜き出すんだ。それを複数、対象の状態によって選び取らないとダメだ。抜き出したらそれを混ざらないように束ねて、優先順位を持たせてから顕現させる。エルフでも研鑽を積んだ者が老齢に入ってからやっとって術だ。酷だが人の身ではおそらく無理だろうな」
「血を固める事なら僕も出来るんですが……それは少しどころじゃなく大変そうですね」
「ああ。御使い殿はどれくらい操れる?四筋くらいか?」
「いえ、もう少し。現在の限界は八筋です」
「……人だよな?」
「ええ、それも俗な方の」
「何が俗物だ。こっちじゃ過去の聖人でも五筋が限界だったみたいだぞ?」
姉さん先生の事だな。そうだ、せっかく公国に来たんだから墓……は無いんだっけ。なんかまだどこかで生きてるとか言われてるらしいし。最期の居住地に行ってみるか。
もう一つの理由は、トレドさんの外出だ。予想通りのお付きを従えて、頼まれて貸した馬車で仲良く一番近い街まで出かけて行った。勿論姿を消して。野盗から渡された袋の中身を数えてガッツポーズしてたから、予定より一日延びるんだろう。ひょっとすると異大陸最初の来訪者は案内人殿かもしれないな。
シノはその間、工房を借りなくても作れる小物なんかを作成していた。時たま僕にもお呼びがかかり、指輪や腕輪、首飾りなどを頼まれた。他の三国の派遣員に比べて幾分か暇だと笑っていた連合さんも居残り、僕の作業風景を見てその速度と正確さに舌を巻いていた。質問もされ、現在作成中の魔道具の部品についても意見を求められたので、アドバイスもした。
「うーん、このサイズで高精度となると……作業手順や技術よりも、治具の精度を上げる方が良い様な気がします」
「治具ですか……一品物だからと考えていませんでしたね」
「奇特な人間は量の多少にかかわらず、治具作成のための治具を作ったりもしますからね」
僕の事である。案の定おかしいと言われた。今でこそセンスの助けもあって治具無しでも精度が出せるけど、リュワの二つ目の身体とか、細かすぎて無しには無理だった。あのサイズの脊柱とか頚椎とか、無理すぎる。手とか地獄を見た。最初に作ったのは時計職人がつけるような拡大鏡だったし。
連合さんの精霊にも挨拶をした。名前はお互い名乗らなかったが、すぐに仲良くなれた。この精霊も口調は女性。姿は羽の生えた人の上半身に下半身は長い鳥の尾羽。足はなかった。物質界での身体はオウムに似た鳥だった。大きさは小型犬ほどで、連合さんは今はこの大きさが精一杯らしい。身体はなんと七体も持っているとの事。愛情溢れてるね。しかし、リュワとエアを見て少し羨ましそうだった。救いは連合さんが燃えていたこと。すぐに、とは言わないがそのうちに羨む事も無くなるだろう。
「要諦は族父様に伝えてあります。もしもヒントが必要なら聞いてみてください。僕が連合に戻った後に何か合作で作りたいですね」
技術者のプライドを損なわないように伝える。一緒に何か作りたいのは本当だ。工作技術は僕が上かもしれないが、こと付与にかけては僕など足元にも及ばないだろう。教わる事もお互いに多そうだと談笑していると、リュワやニムと遊んでいた連合さんの精霊が戻って来て何の気なしに言った。
「異国の御使い殿の精霊は男児なんですね、変わってらっしゃいますね」
「え?」
「あ、いえ。お気になさらず」
精霊の言葉に疑問の声が出た僕を、連合さんが焦って誤魔化そうとした。聞いておいた方がいい気がして尋ねると、少し言いにくそうに教えてくれた。
ファーストコンタクトは精霊からだが、それに関して御使いの精神も影響しているらしい。心の奥深くで求める存在と惹き合うんだそうだ。多くの場合は対となる存在を意識無意識にかかわらず求める事が多いため、基本的には異性、というか異性型の幽体構造を持つ精霊と契約する場合が多い、と。例外は少数居るが。
「勿論それが性癖に結びつくものではありません。が、悩む者も過去には居たようです。我々の大陸では奇異の目で見る者なども居ません。変わっているというのも、珍しいという意味ですよ」
「ああ、それでですか。いや、僕はその、なんと言うか、そっちの話は証明してくれる女性が居ますし。彼女が理解していてくれれば気にはなりません」
横で話を聞いて、そうだったのー?とからかってくるシノと一緒に穏やかに笑うと、連合さんもほっとしたようだ。エルフが従う『息吹』は感知できないらしいが、僕やニムが備える『眼』は基になったエルフの種族特性として魔族の身体に残っているようだった。
おそらく僕は、友人を求めていたんだろう。一緒に遊んで無邪気に笑える存在を。
そしてトレドさん達が帰って来た翌日の夜に送別会を開いてもらった。その場でトレドさんはお互いの名を知らないメイドさんに跪いて、指環と腕環を渡した。彼女への作法はシノに、族父への許しを願う言葉は僕にそれぞれ教わって、無事に贈り物と対となる指環と腕環をつけたトレドさんは周囲から祝福されていた。鷹揚に頷いたロックさんは、その少し後で僕とトレドさんが話しているのを見つけると寄ってきた。
「トレドの旦那!落ち着き先が決まったら教えてくんな!彼女、その国に配置換えすっからさ!な?言ったとおり桃源郷だっただろー?ウヒヒ、上手いことやりやがってこのー!あ、こっちに来るならそれでも良いよ!彼女も国許に帰して悪い虫つかねーよーに見張っとくから!」
結局ロックさんの素がどれなのか。僕には判断がつかなかった。
それが昨夜。今は僕一人曖昧な空間でこの一月余りを思い出している。下から感じるはずの振動さえ曖昧で、その浮いているような感覚は何処と無く幽界と似ている。今度は唐突に周囲が現れるのではなく、霧がゆっくりと晴れるように滲みながら世界が現れた。少し進んで街道に出た所で一旦馬車が止まる。
「シュウ。魔族もエルフも人も、産まれる時に親から身体を貰うのならば、私の父は貴方です。約束通り、貴方は私が望む物を創ってくれました。笑顔までも。ありがとうございます、父様」
エアが御辞儀をしてくれた。
「いや、僕は」
「義父さん!御義父さん!娘さんは僕が守ります!貴方の大事な大事な娘さんを、この僕が守ります!そしてお城のような家で幸せに暮らしますから御義父さん!食事に文句も言いません!だから御義父さん!僕を」
「お城のようなって、お城じゃないですか。少しは浸らせてもらえませんか……」
「そうしたかったら早く用事片付けて、とっととウチに遊びに来いよ。その時は御義父さん、一緒に酒でも飲もう」
「……必ず」
エアを抱いたロックさんがふわりと浮く。周囲から出た礼とひとまずの別れの挨拶がそれを追いかける。答える声が降ってきた。
「世話になったな、皆の衆。ではまたな」
エアには一つ、リュワには無い機能をつけておいた。微細な弁のついた極細の管を、小さな水袋に繋いでおいたのだ。有限の涙を、彼女が僕達との別れに流してくれたのだとしたら、それが一番の報酬かな、と開いた胸元についた水滴を感じながら馬車に乗り込んだ。




