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往く河の流れは  作者: 数日~数ヶ月寝太郎
五章 遥か遠くを夢見る
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 連合さんだけではなく、王国とカムロの派遣魔族さんも報告書作成の間、逗留してくれた。治外法権とはいえ、滞在国の情報を漏らすのは不味いだろうに、僕達の旅の助けにと聞かせてくれる為だ。善意の情報提供といえば聞こえは良いが、やってる事は紛うこと無きスパイ行為である。不味いだろうと断ったが押し切られた。


「王国としては、カムロと友好関係を望んではおりますが、侵攻とまでは考えていないようです」


「私が東部を探ったのは短期間でしたが、周辺の貴族は勇んでいるようでしたが……」


 王国さんの情報とシノの情報に齟齬があるな。またぞろ辺境領主の勇み足とかそんなオチか?辛いんだよ、あれ。勝ってるうちは略奪で恨みが増すし、負けそうになると親分に泣き付く。親分も放っておくわけにはいかないから和戦どちらにしても、一旦落ち着かせる為に軍を出す。出された方は応戦する。気がつけば泥沼だ。デレクさんとラギスさんでなければあの戦だってまだ続いていたかもしれない。


「あくまで王宮内の大勢は、という話ですが、領土拡大路線は採ってはいないと思います。尤も外からの客である私に見せないだけかもしれませんが。しかし、開拓技術指導員の私が毎回の如く会議に招かれている現状を鑑みても、間違いはないかと」


「我の方ではすわ国体の一大事、という雰囲気だな。王国よりの使者はまだ数えるほどしか迎えてはいない様だが、カムロ、特に南カムロでは騒ぎが拡大しつつある」


 直臣よりも陪臣豪族達が?いやいや、奥カムロでも表面化こそしていないものの結構な騒ぎだと聞いたけど……あの世で案内役の彼からの又聞きとはいえ、当事者たる藤守の御当主からの情報だからな。いや、それが故に、か?無念を話に乗せた、とか?


「王国はむしろ南の公国を注視しているようです」


 現在の公国領と海峡を挟んで北。便宜上、王大陸とでも呼ぼうか。その王大陸の七割を八十年、三代に亘って手中に収めた王国が、残り三割をじわりと呑み込み、東の海の向こうにカムロを見たのは約四十年前。支配者が変わったと、引越しの挨拶に手土産を持って来訪した使者をタツハマで迎えたのが秀の祖父様、藤守の先代当主だ。

 八十年の間に代替わりし、その時に後継者争いに敗れた王弟が王家から離れてハインツ公爵家を興した。興した家の初手柄にしろ、と南征を命じられたといえば聞こえは良いが、実情は、野心家で王位簒奪の気色が見え隠れする王弟を海峡沿いの小領に封じ、文句があるなら南に行けと半ば島流しにした。

 ところが意に反して公爵は発奮。怒涛の勢いで南進し、後の初代公王となった。今も王国南端に公爵領を持っている。王国がこれを召し上げれば北を攻める良い口実になると、統治なんぞ放り出して荒れるに任せている、というのが王国内の見識だ。

 カムロに面する領は、王大陸統一後も領主は変わらず、その人物を介して両国は良好な関係を続けていたはず……そういえば何時からなんだ?秀が産まれる少し前に、王国内で大々的な領地換えがあったとは聞いた。そこからか?両国を隔てる海が荒れ始めたのは。


「現在各国の視線は海へと注がれておるだろう。我と接触してから、見えぬ大陸に毎日目を凝らしておる。派遣員を通して今後の交流の判断材料にしたいと言ってあるからな」


 ロックさんが統治者モードで口を開く。だから連合の工業担当さんもあの場に居たのか。今後も外交が絡む場所には顔を出さなきゃならないんだろうな。公国との戦後交渉が穏やかで先を見たものとなった理由の一端は、存外魔族の皆さんの存在にもあったのかもな。なんにしろ、出会った後に向こうからのアプローチをじっと待つなんて、恋する乙女なら愛い奴、で済むが、統治者ならば阿呆と糾弾される。対等な関係を望むならば、はじめましてと挨拶されれば次の言葉はこちらから。これからよろしくと名乗って手を差し出すものだ。


「これは我と王国殿で、少し深く探りを入れる必要があるな」


「いえ、いけません」


 シノがすぐさま声を上げた。僕も頷く。


「しかし、ハッキリせぬままでは御使い殿も……」


「皆様は、初めて出会った者同士が最初に握り合う手です。その手が相手に盗みを働くなど、御国の格が落ちます」


「最初に躓けば、次は相手に倒れこむ事になるでしょう。血を流し、拳を握って睨み合う可能性などあってはいけません」


 シノと僕がテーブルを叩く勢いで立ち上がり否を唱える。仕事の報酬だって貰い過ぎなのに、国を賭けて僕達の為になど絶対にさせるわけにはいかない。どうしてもと言うならば、ここで回れ右して連合に帰ると語気を強めて宣言した。


「ふはは。御使い殿の道を塞ぐなどあってはならぬことだ。各々、品行方正を心がけよ」


 いや、貴方が心がけてください。酒を呷って諸肌脱いで、踊っていたのは貴方です。


「各派遣員の皆様にお屋敷へとお招きいただきましたが、立ち寄った際もその手の話が出たら即、お暇させていただきます」


 念には念をと釘を刺して、あくまで現状耳に入る範囲の話を聞いて終了となった。

 そして密かに個人的なメインイベントとして用意していた台詞を放つ。


「僕も異大陸には興味があります。全て片付けてから、それも造船、航海技術の発展を待っての事になるでしょうが、行って見たい、と。差し支えなければ御国の事など聞かせてはいただけませんか?」


 食いつきはもの凄かった。先だっつってんのに何時来る何時来ると族父様は有頂天だ。来る前には何処のでも良いから派遣員に一報入れろ、国賓として迎える!とか。周囲も、初来訪は御使い殿だ、それまでは誰が来たとて寸土も踏ませてなるものか!とか物騒な方に向かう話を諌めるのに苦労した。


「この大陸のヒト種は一人も居ません。エルフ、魔族、獣魔族の三種族が居ります。このうち国家を形成しているのは魔族と獣魔族。エルフは中規模の集団で数年から数十年単位で流浪しております」


「流浪?定住しないという事ですか?」


「ええと、とある樹を中心に聖域を形成し、周辺に住んでおりますが、その聖域が不定期に移るのです」


「なんでも樹の息吹を追って行くと我は聞いた。彼らにしか見えない息吹としか言いようがない物が不定期に場所を変えるのだそうだ」


「息吹……ニム、何か聞いてる?」


「その話は聞かされましたの。どんなものか聞きましたが、見れば判る、としか聞かされてませんの」


 んー、なんだろ。想像もつかない……リュワみたいなのの凄い版かな?しかし、一言一句違う事無く本当に『樹と共に歩む者』だったとは。


「移る先は様々です。緑を湛えた巨木から今にも枯れそうな老木へと移る事もあれば、地中から顔を出したばかりの新芽に移る事もあるとか」


「へぇ……」


「なので、魔族と獣魔族はエルフの移住先については不問とする、とそれぞれで協定を結んでおります。昔は王宮の樹の周りに数年ですが移住した事もあったそうです」


「ああ、あれには我も参った」


 貴方の御家に居候しましたか。


「獣魔族については種の起源は我らと同じです。が、基となった獣人族はもう滅びました」


「それは……如何なる理由で?」


「エルフと同じく国はなく、しかも少数で森に寄って暮らしていたのですが、魔物の発生が爆発的に増えた時期がありまして……」


 うあ、それはもう、どうしようもない。生存競争の果てなら不運としか言いようがない。


「我らもエルフも、勿論獣魔族も助力を申し出たのだがな。滅ぶならばそれは大地の理だと言われてな……陰ながらの活動など焼け石に水だった」


「怪我人などは保護したのですが、なんと言うか、その……種を遺す事を拒否されまして」


 何か獣人族にしか解らない理由があったんだろうか。


「で、現在の獣魔族は獣人族のうちの狼人族が我が族父様と同じ経緯で、聖力を得られたとの事です。あちらの族父様も御健在です」


「ほほう、狼ですか」


「ええ。勿論、理性知性は残っております。些か頭に血が上りやすいそうですが。それとは別に密にコミュニケーションをとる種族特性が変容したのか、魔物と意を通ずる、と申しますか、使役する能力を持っております。比較的近い種、四足で俊敏な魔物に限られてはおりますが」


 ゲーム風に言うとビーストテイマー。種の成り立ちを考えると操る本人も相当な身体強度だろう。僕の予想はあながち外れては居なかったか。


「ペンギンはー?いるー?」


「ペンギン?精霊様、それはなんですか?」


 王国さんに一生懸命ペンギンの説明をするリュワ。よっぽど泳ぐ鳥というのに興味をそそられたようだ。


「ほう、そのような生き物がおるのか」


 僕に尋ねるロックさんに僕も話に聞いただけで、実在するかどうかは知らないと答える。


「一応、猪人族から力を得た存在も居るには居るのですが、完全に理性を無くしております。魔物と変わりはないですね」


「我らの住む大陸ではこれくらいでしょうか。他の大陸については長距離飛行が可能なのは族父様のみということもあり、我らも知りません」


 僕の興味は満たされた。メインイベントは終わったと思っていたのだが、目論んでいる男がもう一人そこには居た。


「あー、俺からもちっと質問いいかな?」


「案内人殿、なんでしょう?」


 比較的粗野な口調のトレドさんであるが、魔族の方々とは何故か上手く交流を持てていた。俺は案内役だから、と言ってからは案内人殿と呼ばれている。


「んっとよ、その……言い方悪いかも知れねぇから先に謝っとくわ。気分を害したら答えなくてもいいからよ。その、合いの子って居るのか?」 


「トレドさん、ハーフです」


「それだ!すまねぇ、学が無いもんでよ。ハーフって?居るのか?」


 慌てるトレドさんに視線が集中したせいか、一人、顔が赤くなっているメイドさんは僕以外には気付かれなかったようだ。これ、狙ってやったんだとしたら凄い告白と気遣いだな。すんなり目標達成した理由が解ったような気がする。


「種族特性を双方から受け継いだ、という意味ならばハーフというのは今のところは居らぬな。強き方、もしくは母方の種族が生まれるようだ」


 魔族とエルフ、獣魔族とエルフ、今は居ないが獣人族と魔族、獣魔族の間には魔族、獣魔族の子が出来るらしい。魔族と獣魔族の間には母方の種が産まれる。種は遺せるが形質を分け合わないって可能なのか?いや、母方の種族……結びつく力が強すぎて強い方、もしくは大きい方が取り込むような状態になってる?とするならば……


「人との間の事は解らぬ。まだ交渉を持った者が居らぬのでな。少なくとも『我は知らぬ』」


 トレドさんに視線を固定して答えるロックさん。咎めるような視線ではなく、どこか温かかった。僕も彼女を見ないようにする。気がついたのは僕だけじゃなかったか。

 何か納得したトレドさんがありがとよ、と礼を言う。出来たとしたら魔族か、とか思ってるんだろうな……とほっこりしかけた僕は気がついて打ち消す。

 いや、出来難い種族ったって対策しろよ!


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