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「ええ?大きい方から作るのかい?」
「技術的には小さい方が難しいですよ」
「そうよ、ロック。大きい的と小さい的じゃ小さい方が難しいでしょ?」
工房の出口に向かいながら今後の予定を話す。ロックさんはエアが喋る度に嬉しそうな顔になっている。作業中は尋常じゃない集中度で、騒がしさはおろか言葉そのものが少なかった。垣間見た、軽い男の真剣な表情に僕はなんとしてでもこの依頼を達成する気になっていた。
「だから二、三日、打ち合わせをしてエアの希望を聞いていきます」
「私は、ロックが笑顔になるならどんな容でも」
「僕が請け負ったんです。エアとロックさんの要望は出来る限り全て叶えます。笑顔も含めて」
「……ありがとう」
夜も遅くなっていたようで、本館に戻った僕達を迎えた館主さんは、すぐに夜食の手配をしてくれた。深夜に働くメイドさん達に詫びる。御気になさらないでください、と自然な笑顔のメイドさん達に話を聞くと、どうやらリュワに接し方を数度、指摘されたようだ。来た時より柔らかいのはそのせいか、と納得したがニムの存在もあったらしい。
自分達の基になった種族という事で、魔族とエルフは友好関係にあるらしい。その孤児を保護しているという事で感謝された。生贄の件もあったので、国許には暫く報告しないと約束をしてもらった。あんまり気にしませんよ、という事だったがまぁ、一応ね。
翌日から打ち合わせが始まる。出来ればロックさんの『人口顕現魔力結晶体』があればと言ったところ、その場で十個程、事も無げに作った。参考にリュワの身体について聞かれたが、よく考えれば僕が頭に描いた姿に了承を貰っただけだ。まぁ、僕の知識を吸収してまだ一年も経ってないからなんとなく子供かな、と思ったんだけど。
顔と髪は幽界そのまま、髪の毛はあっという間に伸びたロックさんの髪を切って白色に付与。出会って二百年という事で二十歳前後の女性型。一人称は私だし。
体型を決める段になってメイドさんを全員呼ぼうとしたので慌てて止めた。並んだ女性の身体を見ながら、これはちょっととか言おうものなら御客様だろうが族父様だろうが殴り殺されても文句は言えない。エルフ特有の長い手足に細い首、スレンダーな体型に、人に比べて少しだけ薄い胸と決まった。肌色は魔族に倣ってほしいとエアの希望ですんなり決定。
ここでシノと交代する。僕はニムと弓と防具の打ち合わせを、シノはエアと服の打ち合わせを。一日半を費やして、服は寸を取ってからということでシノは翌日から工房に入る事になった。
僕の方はさらに一日を使って、ざっと絵を描きながら体構造を説明しておく。各部を作りながら説明もするが、パーツがどう動くのか、指令や魔力は何処を通るのか、知ってたから操作は楽だった、とリュワに聞いていたからだ。医学書も勿論併用する。覗きに来たリュワから味が判ると聞いて、エアは飛び上がらんばかりに喜んでいた。
一日を完全休養に充てて、館主さんはじめメイドさん達にも先に詫びておく。
「では明日から族父様と工房に籠もります。何度か休養に戻ってきますが、基本的には籠もりきりになると思います。作業中に入室していただいても構いませんが、僕も族父様も極度の集中状態にあると思いますので、問いかけに御返事できない場合が多々あると思います。御用事はメモにでも書いて置いておいてください。緊急の場合は身体を揺すっていただければ気がつくと思います」
「躊躇いは無用だ。何かあれば遠慮なくそうしてくれ。我も客人も無礼は問わぬ。頼んだぞ」
全員が頭を下げて、了の返事を貰った。日付と時間のメモと一緒に軽食も置いて行ってくれるそうだ。ありがたい。
念話で伝えた日程を聞いて、シノが本館に戻ってくれた。必要になればリュワも呼ばなければいけないし、興味があればニムも覗きに来てくれていいよ、と伝えた。先ほどと同じように返事は出来ないかもしれないけど、とも。精霊様に立派な御身体をお願いしますと言われた。この子は良い子だ!
結界を張ってシノと二人で過ごした。うつらうつらとしながら頑張ろうね、と誓い合った。
鍛冶工房、皮革工房、彫金工房、裁縫工房と場所を変えながら作業は進む。たまに息抜きに帰った日にはシノも帰って来てくれた。屋敷には大きい風呂もあり、皆で入る事もあった。シノは湯着をつけて、だが。ニムは何の恥じらいもなくトレドさんの前でも脱いでいた。話を聞くと、長命な代わりに出生率が極めて低いエルフは、言い方は悪いが貞操観念はあんまり無いらしい。勿論暴力を伴って、などは論外だが、交渉が成ればごく自然に肌を合わせるらしい。これは魔族も同様らしく、それを聞いたトレドさんがやる気を出していた。
「客人、という立場を利用しないでくださいよ?」
「んな野暮天じゃねぇよ」
次の休養日にはすっきりした顔をしていたので、妙に感心した。
作業を続け、接続を重ねる度に妙な変化があった。とても微かに器が広がる感覚があるのだ。あの世での経験が無ければそれとは気付かなかっただろう変化があった。作業の合間にロックさんに尋ねると
「感覚だけじゃなくて魔力の流れや筋肉の伸縮にも同調するから、差がありすぎるとバランスを取ろうと在り方が変化するんだよ。俺が小さくする事も出来るけど、まぁ礼の一つだと思ってくれ」
軽食というには些か豪華な料理をぱくつきながら、そんな会話で僕が学ぶ事も多かった。気がつけばリュワやニムの相手もしたし、メイドさん達と談笑もした。僕単独の時とは違って作業スピードは幾分ゆっくりだったけど、徐々に出来上がっていく自分の身体と、契約相手の真剣な表情を堪能できて、エアは随分ご満悦の様子だった。
そして二十日後、エアにとって二つ目の身体が出来上がる。何度も何度も仮に宿って確認はしていたけれど、この瞬間はやっぱり格別だろう。僕は気を利かせて先に工房を出た。三日間、休養と告げて。二百年分の喜びを噛み締めるのに三日じゃ短いかなとも思ったが、まだ次の身体もあるし、僕達の旅には目的もある。多少はこちらの事情も斟酌してもらおう。
扉越しに漏れる、なんてレベルじゃない歓声を耳にし、疲れた身体を多幸感に包まれながら、僕は本館へと戻った。
翌日は屋敷を上げてのお祭り騒ぎだった。族父様の精霊様が、と涙を流す館主さん達。僕に抱きつくエアと礼の言葉と共に手を取り握るロックさん。飲めや唄えの屋敷の騒ぎは敷地の外からはいつもと同じ静寂の中だろう。その事がなにやら秘密を共有していると感じさせるのか、本当の無礼講となってカオスな状況を生んだ。
休養の間にシノによる採寸も終わり、僕はニムの弓を二張り仕上げた。嬉しそうに受け取ってくれたニムは、早速メイドさんのうちの一人を捕まえて弓術の練習をしていた。
そしてエアにとっては三つ目。細かい作業に苦労するかなと思っていたが、何かを掴んだのか、集中はしているが軽口も出始めた。軽口というか惚気だな。美味そうに料理を食っているのを見て涙が出ただのなんだの。僕も負けじとシノとの惚気を披露したが、婚約者なんです、と言うと驚かれた。あれ、言ってなかったっけ?旅の予定も同様に話すと、なにやら考えてにやりと笑った。あの、非常にヤな予感がするんスけど。
十日ほどで三つ目も出来上がり、僕はさらに十日、工房の使用許可を貰ってニムの防具も作り上げた。ダフトさんにあらましを聞いておいて良かったよ。
皆は全てを作り上げた僕を待っていてくれたようで、完成の宴はそのタイミングで開かれた。見慣れない魔族が三人居るな、と思ったら紹介されて驚いた。
「連合担当派遣員です」
「私は王国を」
「我はカムロを」
魔族は各国とパイプを繋いでいるようだ。各国とも極めて限られた人間しか知らないが、一国につき一つだけの技術や魔術の提供を交換条件に、治外法権での滞在を許されているらしい。ここと同じように人里離れた一軒の屋敷という限られた領域ではあるが、領土も貰っていると。
「私は連合で魔物素材を加工する魔道具の作成とメンテナンスを請け負っております」
「魔族の方の手による物だったんですか?!道理で」
再現しようと試みても不可能だったはずだ、と言葉に出すのを寸での所で飲み込んだ。複製は御法度、だからね。苦笑した連合さんも心の内にしまってくれたようだ。
「しかしそれなら貴方も精霊と契約してるんでしょう?それなりの身体も作成されている筈だ。何故僕だったのですか?」
「私を始め、国許の技術者もそう思っていたのですが、戒めだからと仰られて……あの日、四人の王に目通りした御使い様と精霊様を私も見ておりました。技術に関しては私如きは井の中の蛙と思い知らされました。それで族父様に御連絡を差し上げたわけです」
そう言って、恭しく飾られた、僕が作ったエアの身体を見て感嘆していた。エアが宿れないその二体は、各国の屋敷を回った後で本国に送られて、王宮の奥に安置されるそうだ。国が買い取りますと申し出られて否があろう筈も無く、お願いしますと頭を下げた。
「それもあって集合をかけた。超絶技術の異国の御使い殿。仕事の報酬と代金だ。納められよ」
公国、王国、カムロの貨幣がそれぞれ同量で相当額。連合からは小型の魔物素材加工の魔道具が一台。流石に過ぎると遠慮したが許してもらえなかった。魔道具に関しては僕の様子を報告する事を条件に、特例が出たらしい。感謝しかない。一日待ってもらってこれまでの報告書を持って帰ってもらう事にした。
ニムのカムロ装備もお披露目した。おおよそは僕達と同じだが、右利きのニムに合わせて、左側の体側には鉄甲蟲の甲殻が連なり、袖も大きめに作った。胸当ては弓道の防具と同じ形に。袴の裾は脛宛の内にしまわずに広がり、細身の上半身から美しいラインを形成している。走る時などに備えて、裾には絞り紐をつけてある。鉢金ともう一つ、烏帽子も作成した。海の上で扇がでてくる事もあるかもしれないし。
腰に魔法の矢筒を、左の脇にミニ和弓を抱えて弓懸をつけた姿は、着替えたリュワと並んで酒の肴にうってつけの格好で、あちこち愛嬌を振りまいては料理だ御菓子だを口に運ばれていた。
シノ作成のドレスを身に纏ったエアは、族父の精霊という存在も相まって場の主役にと奉られて、ロックさんと共にこれ以上ない笑顔を見せている。
目立たない場所で綺麗なメイドさんと共に並ぶトレドさんも見つけて、僕は仕事をやり終えた充実感に身を任せた。
良かった、皆で笑えて。




