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往く河の流れは  作者: 数日~数ヶ月寝太郎
五章 遥か遠くを夢見る
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「場所はー、なんとー、じゃじゃーん!!公国に派遣してる部下の屋敷でーっす!えへへ、こんな事もあろうかと、一通りの生産設備は備えてあるノダ!お食事はー、なんとー、じゃじゃーん!山海の珍味を選り取り見取りー!!いや、あいつの料理マジで旨ぇから!目ん玉飛び出してもし・ら・な・い・ぞー!お部屋はー、なんとー」


 うっぜぇ……今からでも契約破棄してやろうかな。リュワが喜んできゃっきゃ言ってなければ馬車の屋根からとっくに叩き落してる。


「あ、ニムちゃんニムちゃん。あそこの樹なんかどうかなー?樹齢重ねて霊的な資質が開花しかけてるよー?可憐な貴女にはぴったりだとボカぁ思うなァ」


 魔族を統べる王にして強大な御使いの、あまりに軽すぎる雰囲気に呆気に取られていたニムがその一言でやっと再起動した。


「……シュウ様、あの樹でお願いいたしますの」


「シュウサマー!あの樹に寄っちゃってー!僕が採ってくるから!これ以上ないあの樹の大事な枝を、この俺が!」


「とっとと行って来てください」


「ん、もー!つれないんだからぁ~ん」


 ふいっと居なくなったかと思えば次の瞬間には四、五本の太い枝を手に屋根に現れた。見たところ節も無さそうだ、乾燥したら二張り作成して残りは補修材として保管しておくか。無言で受け取りニムにも触らせて、これで良いかい?と尋ねると、滅多に変わらない表情が嬉しそうに緩んで頷いた。頭を撫でて鞄にしまう。


「ふぐぐ……良い光景だ……優しい青年と旅をする少女……本にしていい?ねぇ、本にしていい?」


 頼む。少しぐらい浸らせてくれ。


「……はっ!何か怖い……あれ、夢か?」


 騒がしいのがもう一人起きたよ。決めた。超特急かつ念入りにこの仕事は終わらせる!そして説明は僕がする!


「おはようございます、トレドさん。彼はロクシュトーさんと仰いまして、貴方が寝てる間に知り合いました。魔道具職人を探してらっしゃるという事で、お屋敷の生産設備を借りる事が報酬の一部という条件で僕が仕事を請け負いまして。予定を変更して今から向かいます。御相談もせずに勝手に決めてしまって申し訳ありません」


「お、おう。おお?魔道具職人?シュウが……御屋敷に向かう……あ、ああ。いや相談はあれだ。一応リーダーはお前ぇだし、かまわねぇよ」


 よし、起床直後の刷り込み完了。二人の相手はきついんで、勘弁して下さい。


「お、旦那起きたねー?トレドの旦那。あっしはロクシュトー。ロックと呼んでおくんなせぇ。苦み走ったナイスミドルの頬も緩む桃源郷にご案内しやすぜ、旦那!」


「お、おう。ロック……桃源郷……ヨロシク」


 真似すんじゃねぇ!まさか部下もこんなじゃないだろうな。もしそうなら回れ右する覚悟は出来てる。こんなのが二人とか僕壊れちゃう。


(あの、ごめんなさい。いつもはもう少し落ち着いているんですが、長年私の事で塞いでいたので……)


(エアが気にする事じゃないですよ。ちなみに長年ってどれくらい?)


(かれこれ二百年ほどになります)


 絶句した。二百年前って連合で一番若いタルハマス建国とほぼ同時期じゃないか。我が身の非力さを噛み締めるには長すぎる年月だ。僕には四年が限界だった。単純比較するなら九百階から飛び降りなければ釣り合いが取れない。あるいは五十回。期間の問題じゃないとはいえ、その間エアと共に過ごすんだ。目の前には非力さを苛む容を、それでも嬉しいと喜んでくれるかけがえのない存在。喜びが大きければ大きいほど頭の中で考える。もっと上手く作れていれば、望むそのままの姿を与えてやる事ができていれば、と。

 僕なら頭を下げる、と思った。だが、そうしなかったロックさんは、言い方を変えればとてつもない勇気の持ち主なんじゃないだろうか。目の前の笑顔を容易く得ようとしたんじゃないのかもしれない。はるか先まで続く悔恨を覚悟しての事だとしたら。僕には出来ない。


(頑張るからね。エアもロックさんも笑えるように)


(ありがとう、シュウ)


(それまでもうちょっとだから、リュワと遊んで待っててね)


(うんー!ニムもー!)


 今現在、二人は寝た振りをしている。ニムは界を行き来するわけではないので動けないが、エアとリュワの話し相手にはなる。

 ロックさんの二百年を考えながら幽界から戻り、相変わらずの騒ぎを肯定的に捉える。優しい気持ちで口を開いた。


「ロックさん、一通りと仰いましたが、お知り合いのお屋敷にはどのような設備があるのですか?」




 当然の如く後悔した四日間だった。微に入り細を穿ち、飾る語は数え切れず、擬音を常に背に纏い、身振り手振りが次の言葉を紡ぐ。シノはとっととリュワとニムの輪に入り、こりゃ堪らんとトレドさんまで御者台に逃げ込んだ。弾き出された僕は屋根に誘われ、みっちり相手をさせられた。

 人里離れた遠い丘の上にぽつんと一軒、屋敷が見えたのを一番喜んだのはロックさんでもエアでもなく、僕だっただろう。シノがそそっと寄ってきて囁く。


「今回は適度に休みながらじゃないと身が持たないわよ。工房でも付きっ切りなんでしょ?」


 神よ……僕の聖域にまで試練を賜るのか……いや!工房での主導権は渡さない!造って欲しくば言う事を聞くのだ!と思ったが無駄だろうな……激昂する姿を見られてる。手を抜くとは微塵も考えていないだろう。はぁ……

 と溜息をついたところですさまじい魔力に包まれた。僕以外が完全に消えてる。これは……ロックさんの魔法か。それ以外ないか。尻の下に在るはずの馬車の存在さえ曖昧だ。開いてない門扉をすり抜ける。ここまでの魔法なんて人の身では無理だ。幽体のまま顕現したリュワがロスなく魔力を繰ってなんとか、というところだろう。

 ふっと全ての存在が現れる。屋敷の裏側、屋根の下。馬車を迎える人の列。全員がニムよりも少し肌色が濃いかな、という程度の見た目はエルフ。魔族だろう。


「ようこそ御出で下さいました。族父様」


「暫く世話になる。すまぬが設備を借りるぞ。こちらは御客人方だ。粗相のないようにな」


 お前、誰だよ。


「御意」


 慌てて降りて、挨拶しようとしたら遮られた。


「御客人、名を承れば公国へ報告の義務が生じます。私の事は館主とお呼びください。側の者はメイド、と」


 基がエルフだ。全員整った顔立ちをしている。謙られると勘違いしそうになる。特にトレドさんが!


「僕達の事は旅人とでもお願いします。一介の旅行者ですので、過分な礼儀はご遠慮願います」


「ではその様に」


 良かった、落ち着いた物腰の人達で本当に良かった。おそらく屋敷の周辺に公国の見張りもついているんだろう。あの魔法はその為か。リースとルガーは厩へと引かれて行く。

 リュワは傅かれている。精霊様と呼ばれて少し不満顔になったので慌てて念話を送る。ここでは仕方が無いんだ、我慢してね、と。


「その精霊はそういう関係を嫌います。友として扱ってやって下さい」


「御使い様の仰せに従います」


「僕もくだけていただいた方が気が楽なのですが」


「ではその様に」


 この集団にキーワード。必要が出来た。後でトレドさんに説明しなきゃな。

 ぞろぞろと案内されてまずは各々の部屋へ。僕は部屋に戻る事は少ないんだろうな。荷物を置いて居間へと集まる。館内設備を説明されたあと、衝撃の発表があった。


「今日から族父様の御力で、屋敷には結界が張られます。お子様方は御自由に庭で遊んでいただいて結構です。門から出るならば御声かけをお願いします。付き添いの者が魔法を行使いたします」

 

 屋敷丸ごとって……しかも作業しながらだろ?喧嘩売らなくて良かった……

 その他については万事御相談下さいと注意事項は終わった。食事まで間があったのでいったん部屋に引き上げる。トレドさん含めた四人を僕にあてがわれた部屋に集めて説明をした。何処から来たどういう存在なのか、何をするために何処へ行くのか。何が出来て何が必要なのか。全部説明した後でトレドさんは笑って聞いてきた。


「んで?俺に求める物は?」


「今まで通りの付き合いと、助言屋さんの本分を」


「なんだ、結局今までと一緒か」


 こういう人だから打ち明けようと思った。もっと早くても良かったのかもしれない。僕とシノが籠もっている間のリュワとニムの世話を頼み、シノと一緒にニムの希望を聞く。和装がぴんとこなかったようなので、僕とシノとリュワが着替えると、目をきらきらさせていた。いつの間にかロックさんとエアも室内に居た。たどたどしく褒めてくれたエアに許しを得て、今の身体にも手を入れさせてもらうことにした。新しい身体が出来てもエアは手放さないだろう。発声器官だけでも、せめて感情が乗るようにしてあげたかった。

 早速ロックさんと工房に向かい、ちゃちゃっとエアのレプリカを作って接続に許可を出す。マスクの唇部分にナイフを入れて、上下の間に薄く隙間を作り、声が籠もらないようにする。マスクは皮膚だ。瘤が頭本体なので、この程度の開口じゃ大して変わらないかもしれないけれど。

 その後に瘤に穴を開けて髪の毛を二本繋いだ革を張る。髪の毛の行き先は頭頂部に開けた穴に仕込んだ『結晶体』だ。途中ロックさんを見ると正確に僕の動きをトレースした後で、自分の身体用に調整して処置を施していた。魔法の補助が大分効いてる。

 続いて脚の長さを揃えて、簡単な金属棒で作った脚の骨代わりの構造物を藁束の中心に埋める。あまり変えるのも、と思い、あとは股関節を木を削って作って、体を楽に支えられるようにしたところで作業を終えた。


「なんて速さで作業するんだ。シュウは先生には向かないね」


「お褒めに預かりどうも」


 わざとおどけて深く御辞儀をした。

 改修できた身体に宿ったエアが、感情豊かに滑らかに喋るのを聞いて、跪いて縋り付き、良かったと涙を流した姿を見たからだ。


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