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往く河の流れは  作者: 数日~数ヶ月寝太郎
五章 遥か遠くを夢見る
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19

 魔物の気配が薄いな、と思いながら食後のお茶を楽しんでいた。

 今日はトレドさんも僕達と話をしている。次の街まであと二日程、街に入る打ち合わせや情勢などを確認するためだ。とはいえのんびりしている。入る時は消える事になるだろうし、まだ距離があるとはいえ、公都に近付くに従って治安は良くなるという話をそれまでに聞いていたからだ。案の定話が落ち着くところはそう変わらず、他愛無い話に移りかけた時だった。


「シュウー……友達できたー……」


 樹を探すなら近くで頼むね、と言って探検に送り出したリュワとニムが背後の木立から声をかけてきた。以前も同様に小動物を連れ帰ったことがあったが、旅の身でペットというのも結構大変なんだと、泣きはしないが悲しそうなリュワに心を鬼にして告げたことがある。またあれを経験するのかと、顔には出さずに振り返る。


「友だ、ひぃ!」


 そこに居たのはホラーなオブジェだった。藁を束ねた手足を歪んだ木の板に鉄環で繋ぎ、頭部は無表情なマスクを手ごろな大きさの木の瘤に貼り付けた、製作者の正気を疑う悪夢の芸術品。それが長さの違う左右の足に木靴を履いて、カッ、こ、カッ、こ、と音を立てて可憐な少年と少女の間から近付き、歪な御辞儀をした後に動かない口から無表情な声を出したのだ。


「初メマして、異国のミ使いどノ」


 抜きかけたシノを責める事はできない。僕はただ動けなかっただけなんだから。トレドさんは腰を抜かして後退さっている。


「なななななな」


「シュウー、この子ー、僕と同じー」


「おなおなおなおな……へ?同じ?」


「同じー」


 魔物じゃない。魔物は死した生物に存在が結びついたものだ。その際に細部や大きさが変わる事はあっても、基となった生物からかけ離れた姿にはならない。目の前の恐怖は明らかに人工物の集合体、なんとかそう気付いた僕は潜る。そこにはリュワ本来の姿と並んだ、大きさはほぼ同じな存在が在った。少し脚が伸びた兎の身体に女性の上半身、髪は下半身と同じく真っ白で長く、上半身に比して長い手が胸の前で組まれていた。背中からは尻尾といわれても納得のふさふさした兎の耳らしき物が二本、孤を描いて垂れ下がっている。

 湧き上がったのは怒りだった。そのせいか幽界から弾かれる。


「誰ですか!君を、君とかけ離れたこんな姿に落とし込んだのは!」


 身体を持つ以上は契約相手が居る筈だ。不器用なのはしょうがない。でも、僕なら無理だと平身低頭謝る。間違ってもこんな姿にはしない。リュワはもう僕の中ではとても大きな存在になっている。美しく作れとは言わないけれど、せめて、せめて……


「オ怒りヲ鎮めテクダサい」


「無理です!そう離れられないはずだ、近くにいるんでしょう?!どこだ!!」


 それを聞いて、シノがトレドさんに眠りの魔法を放つ。気を利かせてくれたのだろう、と後で気がついた。

 僕の叫びに呼応するかのように、気を抜くと消し飛ばされそうな存在感が現れる。それでも怒りを忘れなかったのは、出来た身体を喜んでくれたリュワの笑顔が刻まれていたからだ。鞄から刀を出して鞘から抜き放ち構える。存在感が大きすぎて気配の方向が読めないけれど、知らない者に斬りかかれと手に指令を出した。

 

「君の怒りは尤もな物だ。我もあえて弁明はしない。エアリエラの姿が判る者なら当然の感情だ」


「ならなぜ!こんな姿のままにする!」


「君に頼むためだ。望みが闘いなら応じよう。だがその前に我らの願いを聞いてはくれまいか」


 やり合ったところで勝ち目など無い事は理解している。でも、自分を見つけてくれた存在がおそらく初めて望む物だ。言葉を交わせる相手を見つけた存在が口にする、おそらく初めての頼みだぞ!歩ければ、触れれば何でもいいなんて、そんなの許せないじゃないか!

 激昂する僕の腰に小さな身体がぶつかってきた。知っている気配だったから手は指令通りに待機してくれた。


「シュウ!お願い!友達の頼みを聞いてあげて!」


 久し振りに聞く余裕を無くしたリュワの声に我に返る。怒りの度合いはちっとも小さくならないけれど、シノの姿も眼に入り、切先を下ろした。


「すまぬ。無理を聞いてくれて礼を言う。我の方には害意は無い。我が身を恥じるのみだ」


「……お話を、聞きましょう」


 胸に手を当て深呼吸して、どうにか口を開いた。瞬く間に気配と存在感は収斂し、それを抑えながら頭上からふわりとその存在が目の前に舞い降りた。

 身体と顔はエルフの特徴を備えたその人の肌は、僕に比べても少し色素が濃いようだった。黒人というよりは中東系の肌の色。幾分思考が戻った僕がダークエルフって奴かな、と思っていると、リュワが発した言葉が再び僕の落ち着きを乱した。


「シュウー、あの人ー、魔物だよー。オリジナルだねー」


 魔物の説明を聞いたときに可能性は考えないでもなかった。もしそこに人の身体が在ればどうなるんだろう、と。理性は消し飛び本能のままに魔物の一つと化すのか、それとも理性を生物的特徴として残すのか、と。最悪なのは理性が変容して物語に出てくる典型的な魔族のようになることだ。目の前の存在からは理性と知性が伺えるが、今はまだ油断するべきじゃない。しかもよりによってオリジナル個体だ。全ての同種の父として、母として異常な身体強度を誇る。エアリエラという存在と契約したという事は、魔法もお手のものだろう。一筋二筋と魔力を紡ぐ僕など比較にもならない。数え切れない数の魔法で下手したら魂ごと消されるんじゃないか?


「重ねて礼を言う。魔族たる我の存在を目にしてもいまだ闘志衰えぬ事に賞賛もしよう」


「僕の事などどうでも良いです。エアリエラの姿、説明を」


 はるか高位のはずの存在が、僕に対して膝を折った。


「貴公に頼みがあって参った。エアリエラに身体を造ってはくれまいか。値は如何程でも払う。我の力を望むなら終生かけて貴公に傅こう。不甲斐ない我の手ではこれが精一杯なのだ」


「契約者の手による物でなければ宿れないはずです。僕ではなく、エアリエラに頭を垂れるべきだ。出来ない事は仕方が無い。それを伝える事もまた誠意ではないのですか」


 幽体に触る感触を覚えて潜る。エアリエラから意思が伸びていた。繋がって聞いた。私の我儘なんです、と。どんな姿でも良いと駄々をこね、何度も詫びられた後に渋々作ってくれたこの身体を気に入っている、と。しかし動く私を見るこの人の目は悲しそうでそれが辛い、と。


「……お話は承りました。僕も短気が過ぎたようです。申し訳ありませんでした」


 拾った鞘に刀を納め、頭を下げて詫びる。出来なくて歯噛みした覚えもある。むしろ前世はその記憶の塊だった。理性ある集団の上位という事は立場だってあるだろう。今は一介の武芸者である僕に跪くなんてよほど思いつめての事だ。だが。


「僕で出来る事ならばいたしましょう。しかし貴方の手で成さねばならない事のはずです」


 腕を伸ばして肩に手を置き、着いた膝を伸ばすように促した。


「貴公は理を知る者と見た。宿った身体が理性を備えた物だったためか、我は人と繋がる術を覚えている」


「……僕には」


「だから頼みに来たのだ。貴公の深い領域には踏み込まぬ。あちらでは我自身が禁忌に定めた術だ。こちらでしか行使はできぬのだ」


 おい……観光に来た柔軟なイスラム教徒みたいなこと言ってんじゃねぇぞ。猫被ってんじゃないだろうな。


「頼む、作成の間、繋がってはくれまいか。条件は先ほどと変わりはない。我に出来る事全てを望んでくれても構わぬ」


「どうやって僕をお知りになったのですか?」


「連合に派遣してある同胞からの連絡だ。面白き御仁がいるとな」


 え、居たの?魔族が?しかも見られてたの?ま、まぁ、それは後々聞こう。


「踏み込まない保証は?」


「双方の合意の下でしか繋がれぬ。踏み込もうとすれば貴公にも判る。合意を破棄すればその時点で接続は断たれる」


 リュワに確認する。肯定が返って来た。


「……わかりました。エアリエラの望みに応えましょう。貴方のではなく、エアリエラの。従って報酬は要りません」


「道に窮してはいるが、物乞いではない。公国金貨で四百枚。でなければ我はエアリエラと共に去る」


 表情のないエアリエラの目が悲しそうに見えた。仕事と割り切るか。


「御依頼、承りました」


「マジで!やったー!!エア、ゴメンな!今まで辛い思いさせて……マジか!!うひょー!!!!二種類頼むな!本来の姿とそこの精霊みたいな人型と!!うおおお!エアリエラ、やったぞー!!!」


 くそ、やっぱ猫被ってやがった!

 エアリエラと一緒になって喜ぶリュワとニムを見ているシノに近付き、ごめん、少し時間がかかる寄り道になりそうだ、と詫びるとしょうがないじゃないと笑って答えてくれた。


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