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「いいか~坊主~。魚ってーのはな、騒が」
ゴガン!!
「わー!獲れたー!!」
「リュワ様、流石ですの!」
釣竿を手にトレドさんが僕を見てくるが知りませんよ。魚の獲り方教えてやるって言い出したの貴方でしょうに。
「シノー、全部でー、四匹しかいないー」
「お、そうか!しかたねぇ、おじさんが大物を」
ヒュボッ!!
「ぅわー!シノ凄いー!弓でもー、獲れるんだー!」
それは本当に知りません。僕は無関係なので非難はシノにお願いします。
続いて魚を捌く腕でも負けたトレドさんは待っている間、川原で石を積み上げていた。リュワが興味を示して並んで積んでくれたのがせめてもの救いだろう。追い討ちとかは思ってませんから恨みがましい目で見ないでください。
シノに弓の事を聞いているニムを見て、そういえばエルフって、と思い出した。僕も話に加わって希望を聞いた。
「非力ですので魔法しかないと思っておりましたの。シュウ様が矢を飛ばしているのを見て、あれを補助に使えば私もお役に立てると思いましたの」
武装しているのとしていないのとでは目のつけられ方が違う。あいつが弱味だ、と見られれば殺到されるだろう。年恰好のせいで目が向くのは仕方が無いが、武装していれば、寄せ手も間合いを取りながらになるかもしれない。弓とくれば尚更だ。間合いが取れれば魔法も生きてくるだろう。矢だけを持っていてもいいけど、不自然すぎるし。
試しにと、血蝶の襲撃の後片付けの際に拾っておいた弓のうちで張力が一番弱い物を渡してみたが、非力との自己申告に偽りは無く、びくともしなかった。
「これは複合弓は無理ね。丸木の小弓かしら」
「そうだね。魔法を補助に……というか魔法の補助だから本式じゃなくても良いだろうし、張力は度外視しよう」
今すぐ作るわけでもないし、構想だけ練っておこう。焼きあがった魚とパン、野草を入れた簡単なスープを食べながら、そうだ、エルフだし、と思ってニムに提案しておく。
「ニム、道中気に入った樹があれば教えてね。それでニムの弓を作ろう」
「はい、お願いしますの」
「僕もー、手伝うー!二ムー、探しに行こー!」
昼食後の予定は探検か、それじゃ待ってる間に防具の相談もしておこう。よっし!探検なら任せとけ!おじさんも小さい頃は、と復活したトレドさんを眺めながら、シノに相談しておこうと声をかけ、ミニ和弓と和装、洋弓と洋装の二通りを作ることに決まった。公国王国とカムロ式装備の出番は無さそうだったから、洋装だけでいいかなと思ったがシノが異を唱えた。
「一人仲間外れは可哀想よ。リュワを特別視してるんだし」
トレドさんが数に入っていない。まぁ、いいか。この数日間の道行きで、あの人の言葉を懸命にこなそうとするトレドさんに僕もシノも気を許していた。今の幸せは子供と遊ぶ事なんだろう。ニムは確実に年上だけど。今更カムロ式を見られたところで、あ、そう、で終わるだろう。僕達もトレドさんも。
ならば、やはりそれなりの設備は欲しい。布も鉄も鋼も魔物素材も豊富にあるから素材に関しては買い足す必要は無いが、炉が無ければ形は出せない、型紙も無しに勘で布や革を切るなんてしたくない。着るのはニムなんだ。ウチの子達に半端な出来の物は着させはしないとシノと頷きあった。少し大きめの街に行かなければいけないが、近くとなると……公都か……それは流石に避けたい。後でトレドさんに聞いてみよう。
「シュウ……あ、あの二人……体力……どうなって……」
「普通だと思いますけど……年ですか?」
馬車の中で息も絶え絶えに寝転ぶトレドさんに笑って冷たい言葉を投げる。反論も辛いのか呼吸音しか出さなくなったトレドさんに心中で謝る。流石にリュワの存在やニムの種族を必要も無いのに明かすわけにはいかない。魔法の助けもあるのだろうが、樹と共に歩む種族の面目躍如という事だろう。
肝心の樹は見つからなかったらしい。ニムを気に入る存在はあったらしいが、ニムが気に入る存在は無かったとの事だった。食後の短時間にもう少し大人しく探す、という条件で毎日の探検に了承する。トレドさんのHPを毎日ゼロにするのは避けねば。
暫く経ってむっくりと起きたトレドさんに質問する。
「西海岸で生産設備を借りられる大きめの街か……あるにはあるが、血蝶の勢力圏外だ。吹っかけられるぞ」
「ある程度は構いませんよ。金に換わりそうな物品も幾つか持ってますから」
設備さえ借りられれば魔道具も作れる。派手に売りさばく事はしないが、小出しにするためにも一気に作っておいた方が良いだろう。素材鞄のリストを見ながらシノとあれこれ相談した。ニムの年齢もあって初日は距離を測りかねていたシノも、友達あるいは歳の近い姉妹のような関係に落ち着いた。今は馬車の中で寸法を計りながらきゃいきゃいと言葉を交わしている。僕の横にはリュワを肩車して座るトレドさん。時々上からお菓子を恵んでもらいながら、リースとルガーを褒めている。
「五人で旅して以来だな。こういうのも」
「トレドさんの幸運の数字なのかもしれませんね」
「確かめてみるか?」
ニヤニヤと懐からサイコロを二つ取り出して聞いてくる。
「……僕はお相手できません」
受けて立つ!と喉元まで出かかった言葉が、賑やかさから一転、ひそひそ話に変わった馬車内からの冷たい視線に怯えて腹の奥底に回れ右をした。たまにはいいじゃないか!
その様子を見てニヤニヤが爆笑に変わったトレドさんが、良い事知ったぜ、と漏らすのを軽く睨む。まぁいいか。こんな弱味なら握られても。
さしあたってのニムの服を買うために、次の街で物資補給をする事に決める。もうトラブルの可能性も少なくなっている筈だし、僕の気分も上向きだ。辺境伯領も今は後ろの空の下、西側ならば従軍した人も少ないだろう。魔道具の品揃えも見て値と売れ筋を確認しておこう。鞄は鉄板だと思うけど。
そう決めてから二日の間に賊と三回、魔物と五回遭遇した。リースとルガーは慣れたもので、滅多な事じゃ危険は無いと学習したのか遭遇しても足は止めるが逃げ出そうとはしなくなっていた。リュワとニムが大丈夫だからねー、と撫でてから片付けているのも大きいだろう。野営中にリュワの背をつついてブラッシングをねだる姿も毎度の光景になった。
賊のうちで口上中にトレドさんを見て固まり、平身低頭媚びへつらった集団が一つ。最初に軽く脅しながら掌を揺らし、金を受け取った途端にあんまり派手に動くんじゃねぇぞ、とアドバイスをする助言屋さんの姿に、昼行灯の同心が頭を過ぎる。
あとの二つは土の中へと潜ってもらった。片方は細切れになったけど。
「ああ?カズラじゃねぇか。綺麗なおべべ着て、結局身売りしたって訳か?」
「……その節はどうも、碌でも無いところをご紹介いただきまして。お礼申します」
「あらら、ボイドのところで可愛がられちまったか。だから俺のイロになれっつったろうがよ。俺の方がデカいし上手いし、売らねぇでたっぷり可愛がってやったのによ」
「カシラ、今からでもそうしましょうよ。お金持ちの若旦那が祝い金はずんでくださるみてぇだし」
「そうだな。お前らにも回してやっからな」
上がる歓声と下種な眼差し。シノの因縁だったか。もっとも今は僕の因縁でもある。ぞろぞろと広がる集団を見て、刀と長巻を鞄から取り出す僕とシノ。
「トレドさん、馬車を頼みます。リュワ、ニム。大人しく待っててね。あいつらは僕とシノがやる」
馬車を降りた僕へと聞くに堪えない野次が飛ぶ。応える声は二つとも冷たいものだった。
「「死ね」」
砂煙を巻き上げて殺到した賊共が、立ち込めた血煙から逃れようとするのにさほどの時間はかからなかった。勿論逃がすわけは無い。自称、大きくて上手なカシラは腱を斬られて小さく蹲り、周囲に散らばる立体パズルに震えていた。
まともに言葉が出ない最後の一人の前にシノが立つ。支離滅裂な命乞いなど聞く耳も持たずにシノが言うべき事を言う。
「感謝はしております。もう会えないと諦めていた御方に再会できたばかりか、望外の将来までこの身に得る事ができました」
「お、お、俺の口利きのお、お蔭なんだろ?たす、助けてくれ!」
「良人への悪口雑言と差し引きで命には届きませんね。では」
感謝の印と一撃で終わらせ、後始末を済ませて馬車に引き上げる頃には、僕もシノも気は静まっていた。
「……シュウ。博打に俺を誘うんじゃねぇぞ」
引き攣った笑顔で迎えてくれたトレドさんが、シノを見ないように僕に言う。
流石に博打如きでああはなりませんよ。




