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「助言屋さん、彼にアドバイスをお願いします」
「このバカが、簡単にウタいやがって!拝ませ屋の頼みだ、家族には手出ししねぇから遺言書いとけ。文面は解るな?」
「許してくれ!お、俺は指示されただけで……」
「誰にだよ!」
「トガースさんから直」
「ウタうなっつってんだろ!!失格だ。次に何か喋りやがったら家族の約束も無しだ」
僕、こんな素直な裏稼業の人、初めて見た。
「すまねぇな、拝ませ屋にはタダ働きさせちまった」
「幹部が減ったのでしたらすいませんでした」
「いや、トガース一派が消えてくれて助かったぜ。規模は小さくなるが、バカを切欠に壊滅するよりマシだ」
それを聞いて昨夜出かけた僕が何をしたのか理解したのだろう。最後の望みが無くなった事も。俯いて諦めたようだ。この隙に彼の周囲に音声遮断の結界を張って、トレドさんに金貨の入った袋を渡した。
「これ、御遺族に渡してあげて下さい」
「バカ、大事な路銀だろが。受け取れるかよ」
「しかし、このままでは夢見が」
「安心しろ。大将が出す。表の仕事での事故死だ。補償金もそれなりに出る。言ったろ?俺達は気前は良いんだよ」
結界を解いてトレドさんに頷く。僕だって死んでいく人から何もかも奪う気は無い。あの戦で死んだ人達も国とギルドを信じたから迷わず逝けたんだろうし、国やギルドがそれに応えてきたから信じる事ができたんだろう。何よりも、あとは知らない、では後味が悪すぎる。
「ま、後の事は拝ませ屋が心配するこっちゃねぇよ。補償金も出るし、表の関係先に遺族の仕事斡旋すっからよ」
再びトレドさんへと顔を上げた男の涙が流れる。彼は信じる人も物も間違えた。街の暗闇で仲間を引き連れて女性を襲う男を信じてはいけなかった。女性を殴りながら語る男がトップに就く組織などを信じてはいけなかったのだ。
部屋にノックの音が響き、昨夜、暗がりの惨劇の後始末をかって出てくれた人が音も無く入ってくる。顔面蒼白な男を立たせて部屋を出て行った。それでこの一件は幕となった。
気分を変えた僕とトレドさん……は変えたのかな、そのままな気がする。とにかく二人でニムとリュワの部屋に入る。一連を報告すると、トレドさんの表情はとても優しいものになった。見るのは二度目だ。
「おじさんはエイクスの友達のトレドだ。嬢ちゃん、これからヨロシクな」
「よろしくですの」
思っていたリアクションが得られずに、ちょっと落胆していたが。
お近付きのしるしにご馳走するぜ、と夕食に案内された完全個室のお高い料理屋にはあの人も居た。彼は友達ではなく、以前大変に世話になったと自己紹介をした。この場では偽名しかないだろうが、トガースと名乗ったのには飲み物を噴出した。こっちを見てにやりと笑ったようだが気にしないことにした。どうせ店を出れば覚えちゃいないんだ。リュワの食べっぷりに大人二人は次々と注文をし、シノから世話係を半ば無理矢理に譲り受けたニムがあれこれと取り分けるのを温かく眺めていた。
「世話になったね。あの子をよろしく頼むよ。僕達三人がかりでやっと繋いだ次の主役だ」
「いーえ、『トガース』さん。貴方の事で面倒をかけたのはこちらですし」
「おや、お気に召さなかったのかい?」
「あまり良い趣味ではないかと」
「フフ、僕だって変わりはないよ。違いは今動いてるかもう動かないかだけさ」
鞄からナイフと魔道具を取り出す。ナイフはトレドさんに、魔道具はこの人に渡そう。僕はニムを託されたんだし、形見分けはこれで良いだろう。
「旅をするなら東へどうぞ。その品と僕の通称が道案内をしてくれます」
「全部捨てろって言うのかい?」
「命だけは握り締めててくださいって事です」
「それが許される立場じゃないんだけどね」
「そのうち状況が後押ししてくれますよ」
多分、だけどね。交渉で首都での襲撃を調べると公国が言った手前、何らかの成果がないうちは諸々の事案も進みは遅くなるだろう。ならば何かを出す筈だ。詰め腹を切らされるのが誰かは知らないけれど、実行組織も槍玉に上がる。得意先からの依頼が無くなれば間も無くだろう。
「封筒の主からの仕事が目に見えて減るようなら思い出してください」
それ位しか言えなかったが、真剣な顔で忠告すると、ニムを見て僕と同じ表情で頷いてくれた。この表情は覚えていられるんだろうか。
「俺がいくら言っても聞かなかったくせによー」
「助言屋の手口は知り尽くしてるからね」
そこからは空気が少し変わった。作り物ではない笑顔も増えた。美味しいと笑うリュワも、リュワを見るニムも、子供達を見る二人の大人も、リュワが笑いかける僕とシノも。僕が思い浮かべたエイクスも、薄く笑っていた。今ならこの街を見て周ろうかという気にもなれるだろう。
生憎と時間は迫っている。起きていつもの習慣を済ませるとリュワとニムの部屋をノックして合流。鍵を返して宿の厩舎へ向かうとトレドさんがリースとルガーをブラッシングしていた。リュワが鞄から自分のブラシを取り出して走り寄る。追いかけたニムはちょっとビビッている。梳る二人に何事か言われて恐る恐る撫でようとした手にルガーが軽く頭突きしてきた。待ちきれなかったのだろう。驚いて尻餅をついたニムにリースが鼻面を寄せて、優しくつつくと、そこからは早かった。
馬車を点検してとりあえず全員で乗って揺すってみる。ギリギリかと思っていたが、まだ耐荷重量には余裕があるようだ。とはいえこれ以上は空間的に無理だけど。
「これ経験しちまうと、もう他のには乗れねぇよな」
「本当だね。僕も欲しいくらいだ」
馬を繋いでいた僕もシノも予想してなかった声にぎょっとすると、何時の間に乗ったのかあの人が馬車から顔を出した。エイクスよりも魔法の精度が高い。二重どころじゃないかもしれないな。今度は気に入ってくれたかな、と昨夜と同じ笑顔を浮かべていた。
あの樹まで、僕とシノが御者台に座って進んだ。全員で降りて手を幹に当てる。暫く黙祷してエイクスに出発の挨拶を済ませた。
「じゃ、見送りはここで済ませるよ。皆、幸せにね。トレド、君もね」
今はまだ僕が立ち入っていい事じゃない。真剣な顔を記憶させてくれたんだ。下手は打たないだろう。
「大将も昨日の約束を忘れるんじゃねぇぞ」
それで血蝶の創設メンバーの別れは終わった。もう一度樹に目を向けた彼は首を巡らせて東の空を一瞥した後、その場から消えた。
僕達は再び乗り込んで、東に馬車を向ける。
「おいおい、北じゃねぇのかよ?」
「いえ、北ですが……しばらく離れるんだし、弟さんに挨拶くらいはした方が良いんじゃないですか?」
少し、ほんの少しだけ間があった。
「バーカ。んなもん嘘に決まってんだろ。スカウトの切欠になってもらっただけだ」
「助言屋さんは助言以外はまだまだですね」
「うるせぇよ。ほら北だ、北」
リュワが名付けた『エイクスの樹』を新たな出発点に僕達は二人加えて北へと向かう。
血蝶が居なくなったら街はどうなるんだろうか、とふと思ったが答えはすぐに出た。人が作った街なんだ。何かが無くなればまた人は代わりを作る。去っていく僕に出来るのは、新しい物が少しでもいい物に作られるように祈る事だけだ。
あの人とトレドさんが居なくなってもそれが可能かどうか。その答えは出てこなかった。




