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久し振りでした。頑張りました。
男女で別けようと思っていたらニムが
「お許しいただけるならば私は精……リュワ様とお話がしたいですの」
と言ってくれたので見た目年長と年少で別れた。何処と無くささくれていた僕の気持ちはシノが癒してくれた。礼を言うと私も同じだと言われてその夜はそのまま眠った。トレドさんが合流するのは明日だ。流石に身内であろう襲撃者と顔を合わすのは気まずかろうと先に片付ける事にした。この街で観光する気には今のところなれなかったし、荒事を見て後悔するならトレドさんもあの人も居るここの方が選択肢は多いと思ったからだ。
宿を出る前に粗方の説明を済ませる。今の状況、これから起こると思われる事、それを見て意思が変わるならば意に沿うように最善を尽くす事も。
「では私はリュワ様をお守りいたしますの」
「ニム、リュワは強いわよ?」
というシノの言葉に対する返事で、僕もシノも彼女が刻んできた年齢を実感できた。
「強い弱いではありませんの。人の欲は人が受けるべきですの」
もう子供扱いは止めよう。それにおそらく何を見ても意思は翻らないだろう。覚悟できていないのは誰か、思い知らされた。言ったのは僕だ。彼女が望むならば何時までもと。ならば決定的な一言が無いうちは離れる事は考えてはいけない。
外が良かろうと門を出た。血蝶の得意先の封筒は唸るほどあるらしく、この街ではこれをと渡されていた。門番の下卑た笑いを媚の笑みに変えて外へと出た僕達を、薄い気配が追って来る。今ここで存在を消したら面白いだろうなと思うが意地悪は止めておいた。街の外はのどかなものだ。街は所詮人の業かと気分を変えずに思えた。リュワは楽しそうに横のニムとお喋りしている。昨夜で上手く友達になれたようで、幾分硬いところもあるもののリュワの名も自然と口から出ていた。
「あの樹は見覚えがありますの。エイクスさんが一度連れて来てくれましたの」
そう聞いた僕は進路を変えた。帰りに寄って行こうと皆と鞄の中の壷に声をかけて視界から樹が見えなくなった辺りで立ち止まる。
「用件があるなら伺いましょう」
少し大きな声で岩陰に声をかけると三人出てきて内一人は後ろへと走って行く。血蝶の構成員が減るが、いいだろう。トレドさんは居ないから相談もできないし、あの人はもう気にしないと思う。
「ふん、ちっとは出来るか。用件なんて決まってるだろ?」
「ええ、『頭が来るまで待ってくれ』でしょう?下っ端さんも大変ですね。交渉権も持たせてもらえないなんて」
相手の怒気が膨れ上がる。自分で白状してどうするんですか。
脅しの言葉を右から左に、装備品を取りつけながら時間を潰す。リュワには鉈を渡しておいた。ニムの言葉もあったから手出しなんてさせないけど、一応ね。僕はー?と聞くリュワにニムを護ってあげてねと答えると、非難の視線が突き刺さった。友達なんだからそりゃそうでしょ?と言うと収めてくれたが。そうするうちに人数が増えた。
「お前が拝ませ屋か。成程、連れは高値で売れるな。んであっちが……」
「へい、無影の女かと」
「野郎、使い潰して捨てたとか出鱈目こきやがって。拝ませ屋、解ってるな?」
「ええ、頭は何時来るんですか?待ってますから急がせてくださいね」
「手前ぇ……良い度胸だ。助言屋はしくじりやがったからもう一度チャンスをやる。一年タダ働きすりゃ許してやるよ。否はねぇな?」
「否しかありませんよ」
鞄から四本矢を取り出して何時ものごとく撃ち出す。遮蔽物を回り込むように軌道を変えた矢が止まった地点から、あらぬ方向に矢が四本打ちあがった。
これで残りは八人か。ざわつかないのは教育の賜物かな?全員顔色が悪いようだけど。
「……無事に済むと思ってんのか?」
「貴方方の有事無事なんて知りません。助言屋さんにでも聞いてください」
まだ何か言い募ろうとした相手に呆れる。
「仕事もそうやってこなすんですか?無影や助言屋は一流だと思ったんですが……貴方達、本当に血蝶?」
それでやっと弾けてくれた。短い指示の後に二人、そのすぐ後ろに二人。残った三人は僕達を迂回してリュワとニムに向かう。視線を交わしたシノが三人に向かった。
前と左から一人ずつが同時に打ち込んでくる。抑えるんなら間合いの長い右手の白刃だろうに。前に踏み出して軽く肩で押す。後続の一人は間合いがずれて動きが鈍ったようだ。さらに踏み込んで黒刃で目の前の一人を刺す。鳩尾から斜め上に突き上げると相手の身体が浮いた。
左の一人は空振りをそのまま前にと進み僕の右後方へ。空いた左後方には後続のもう一人が僕の背中へと剣を振る。さらに前に踏み込んで、勢いで死体を投げ捨てると、動きが鈍った一人の側頭部に斜め下へと蹴りを入れて地面に叩き伏せた。背中でヒュッと空を切る音を聞いて白刃を体の陰に隠すように回転すると、空振りした右手が良い位置にあった。下から逆反りの刃で掬い上げて腕ごと剣を飛ばして膝を蹴り砕くと、第一段階、膝を地に着いた格好になったので頭も割って拝ませた。
蹴りを入れた奴はまだ意識が朦朧としているようだったので、残った無事な一人に向かう前に、落ちている腕つきの剣を飛ばして頭の腿に刺しておく。
さて、と顔を向けると相手の膝が笑ってる。本当に血蝶だよね?
突いてきたので黒刃でいなして横に回り、首の後ろに突き立てた。脚を押さえた頭へと向かう途中で蹴り倒した奴の首を断ち斬って、こっちは終了。シノももう終わってるだろう。
「で、無事に済みそうですか?」
ニコニコと声をかける僕に怯えた目を向けるこの集団の頭。引き攣ったような呼吸音が耳障りだ。傷口を押さえた手の甲に黒刃を突き刺して、手が離れないように手伝う。
「ぐあっ!か、勘弁してくれ。俺には家族も」
「僕の家族を売ろうとした貴方が何言ってるんですか。安心して下さい。助言屋さんに言って御家族は血蝶の資金に充ててもらいますから」
「それだけは本当に勘弁してくれ!なんでもする!」
「じゃ、僕に情報を売ってもらいましょうか。指示を出した人間の名前と特徴、使用武器、居所、そいつの弱み、家族構成、塒の位置、仲間の会合場所、後ろ盾。全部で銅貨二枚払いましょう」
「……」
「では、さよ」
「待ってくれ!」
「はいかいいえ」
「……はい」
銅貨二枚を渡してサービスですと血を止める。生きてもらおう、もう少しだけ。あれではいを選ぶ人間はどの道消される。出発は一日延びるかも知れないがトレドさんに渡せば良いだろう。深く穴を掘り、死体を埋めて頭はひとまず縛って転がしておく。一応結界を張って安全を確保しておいた。本人は気付かないだろうから少し魔物に怯えててもらおう。
四人でさっきの樹に向かう。ニムまで雰囲気を変えずにリュワとお喋りしてるのを見て、苦笑が浮かぶ。死んだ奴らは体が重かったはずだ。七つ同時に展開した魔法の精度は素晴らしく、まだ余裕がありそうだった。こりゃもし売られていたとしても大事は無かっただろう。精霊の導きで流れ着いたとか言っていたがそれも怪しい。発生したばかりの存在しか身体を求めてはいない筈だ。精霊に会ったのかどうかは知らないが、魔力を繰って航海したってところか?精霊信仰は厚いようだが、案外強かな種族なのかもな、エルフって。
「ここで、エイクスさんは色々教えてくれましたの」
「じゃぁ、ここで眠ってもらおう。街が近いから墓標は立てられないけど、エイクス。また皆で来るからね」
魔力を使わず穴を掘り、中に壷を収めた銅の箱を埋めた。少し考えて、僕ら四人と助言屋さん、あの人以外の人間の注意を逸らすように『結晶体』に魔法を刻んでもらって一緒に埋めた。ニムが選び紡いだ魔力を幽界で受け取る。温かく、優しい魔力に弔いの感情を載せてリュワに導いてもらう。ほんの少し効率は落ちるが、これはロスなんかじゃない。問題無く目的は果たせるさ。
まだ少し陽が高かったので、暫しそこで四人で他愛も無い話をして、荷物を拾って街へと戻った。
「エイクスさん、少し遅いかもしれませんけど、無事な御昇りをお祈りしますの」
肉体と幽体、この世との繋がりを二つとも無くした存在がどうなるのか。彼女達は知っているのかもしれない。
晴れやかな声と顔で続きの無事を祈るニムを見てそう思った。




