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往く河の流れは  作者: 数日~数ヶ月寝太郎
五章 遥か遠くを夢見る
82/110

15

 しげしげと見つめる僕とシノの視線は意に介さずに、遠慮なく触るリュワに対してひたすらに恐縮するニムニシュカ。


「長いねー!」


「長いな」


「長いわね」


 顔の左右についた耳は、宿の部屋に入った途端に本来の姿を取り戻した。おそらく魔法で偽装していたのだろう。ぶつかる、といったリュワの言葉も理解できた。似たような魔法を重ねがけするには、繰った魔力の親和性にも気をつけないと効力が消える。左右で違う目の色と輝きを増したブロンドの髪、鼻も少し高くなってるかな?とにかく凄絶な美しさだった。間違いない、この大陸には居ないはずのエルフだ。というか、この世界には居たのか……本当に?


「エイクスさんが隠せと仰ったので隠しておりましたが、精霊様に偽りは許されませんの」


「えと、すいません。あの、差し支えなければどういう経緯でここに居るのかお教え願えませんか?」


 思わず敬語になった僕をシノが睨むが、仕方ないじゃないか。こちとら御伽噺やゲームでしか見られない存在に会ったんだし。


「あなた方がそう望まれたからですの」


「いや、そうではなく。もともとこの地に住んでたの?」


「いいえ、私も母様に聞いた話ですが」

 

 そう前置きがあって聞いた話は、連合の工業担当官が飛び上がって喜びそうな話だった。


 大体五十年前、ニムニシュカとその母上はこの大陸に流れ着いたそうだ。荒れた海を治めるために精霊への貢物として沖に小船で送り出されて、当の精霊に導かれたらしい。幼かったニムニシュカは覚えていないが、母からそう聞いたと。戦乱で荒れた当時の公国領で運良く心ある貴族に拾われた母娘は、母の美しさもあったのであろうがその貴族に匿われた。が、歳をとらず美しいままの母は正妻からの妬みと、運悪く出来が良くなかった次の領主候補の色欲の眼差しに晒されていた。

 数年前に老衰した当主が血蝶に渡りをつけたのは、果たして正気だったのかどうか。そこからはニムニシュカの実体験だ。ある夜、訪問者があった。存在が希薄なその男は窓を開けて仲間を邸内へと導くと、予定通りに仕事をこなし、それで御家は断絶。当主は道行きに母の命を望み、情も移っていたのだろう母はその願いに応じた。

 種族的な特性で、死に対しての感情が希薄なエルフとしては場に応じた悲しみをもって母を見送ったが、その姿にエイクスはなにやら感じたらしい。舌なめずりする仲間に自分の報酬でニムニシュカを保護すると言って連れ帰った。母と同じく夜伽に身を差し出した彼女に狼狽したエイクスは、一晩かかって違うと説明し、そこからは奇妙な同居生活が始まったらしい。僕はエイクスを信じてたよ。

 違う大陸なのは間違いないと母上には言われたそうだ。魔力の質が違うとかなんとか。これで異大陸の存在もほぼ確定だ。遠洋航海が成功すれば僕も行ってみたい。


「目立つから身体的な特徴を隠せと言われましたの」


「これからもお願いします」


「精霊様の御心に従うだけですの」


「うんとねー、外はー、悪い人も居るからー、シュウの言うとおりにしてー」


「わかりましたの」


 リュワに念話で頼みながらこのやり方は効率が悪すぎると辟易していると、シノが何かに気付いたように口を開いた。


「あれ?五十年前に幼かったって……五十越えてるの?」


「こちらに流れ着いてからなら五十四年ですの」


 ふ、そんな事も知らないのかい、シノ。エルフは長命なんだよ。


「嘘でしょう?見たところ十歳くらい……」


「精霊様の前で偽りなど申しませんの。こちらの人とは寿命が違いますの」


「本当だよー、この幽体はー、長生きするよー」


 それだ、それを聞かなくちゃ。


「ニムニシュカさん……長いな」


「長いねー!」


「長いわね」


「エイクスさんはニムとお呼びでしたの」


「それじゃニムさん。なんで潜りもしないのにリュワの事が判ったの?」


「私達はそういう存在なんですの。こちらの人みたいに界を渡って集中せずとも力の流れは見えていますし、目の前に在る者がどういう存在かはわかりますの」


 物質界と幽界の区別なく見えているって事か?それとも両方が同時に見えている?口ぶりからは『眼』と同じような機能もあるみたいだし、魔力に適正が高い種族というよりは、精神体として成熟した種族っていうところかな。となると対極の存在にも興味が沸く。お約束を考えると魔力のエルフ、中庸のヒト、物理の獣人ってところだろう。が、今聞くとシノがまた怪しげな眼差しになる。仕方ない、諦めるか。


「ニムさんはこれからどうしたい?」


「精霊様の御心のままにいたしますの」


「僕ー、やっぱりー、シュウにもらった名前がいいー」


 抱きしめたい。ウチのリュワちゃんは心根の優しい子ザマス!


「そうだね、ニムさん、変に勘繰られないためにも精霊様はやめておいたほうが良いよ」


「名を……シュウ様は御使い様でしたの?これは御無礼をお許し下さいなの」


「御使い?」


「精霊様に認められて行動を共にし、その意を伝える方のことですの」


「僕とリュワは契約を交わしてる。それを御使いと呼ぶならそうなんだろうけど……」


「シュウもー、シノもー、友達ー!」


 三人で頷く僕達を、驚きの表情で見つめるニム。全ての知識は母親から教わったものだろう。向こうではどうか知らないけど、僕達のような関係性は聞いた事はないらしい。そこから説明を求められた。僕とシノのこと、リュワとの契約、僕の在り方、色々と。リュワの身体については特に詳しく聞かれた。二つ目の身体を出してリュワが宿ると平伏した。本来の姿で現れた精霊様は神性にも等しいとのことだった。慌ててリュワに戻ってもらった。

 それが終われば説得だ。多少時間がかかったものの、リュワの言葉で決着はついた。


「うーん、友達がー、良いー。ニムはー、嫌ー?」


「とんでもありませんの!……では、恐れ多い事ながら、御名を呼ばせていただきますの」


 言い方は悪いが、籠の中の鳥には外界で何が待っているのか、そこで何をしたいかなど慮外の事だったらしい。エイクスにも聞かれたそうだが、特に無いと答えると寂しそうな、悲しそうな顔をされたそうだ。悪気があるわけじゃないのは判る。違う価値観の中で、価値観の違う時を重ねる種族だ。違う、という事を知っていないと摩擦が起きるのは当然だ。そういう意味では最初に匿った貴族は先進的な人だったんだろう。僕もあえて突っ込む事はしなかった。


「それじゃ、ニム。暫く一緒に過ごそう。君が望むなら何時まででも良い。僕とシノはアレだけど、リュワも長生きするはずだから」


 呼び捨てに許可を貰って三人が四人に増えた。トレカークを出る時はもう一人増えているはずだ。ある程度は話さなければいけないだろうが、その心配はしていない。状況も立場も揃った。どこか作り物ではない親しみを感じるトレドさんに、その賑やかさに応じた態度で向かおう。

 僕の肩に跨り、シュウもシノも長生きするの!と駄々をこねるリュワに頑張るよと答えて、もう一部屋を借りるためにドアを開けた。


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