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往く河の流れは  作者: 数日~数ヶ月寝太郎
五章 遥か遠くを夢見る
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14

「わかった、トレドをつける」


「大将!」


「自分の身くらいは守れるよ。国境戦で名高い天敵殿のお墨付きだ」


 大まかな事情を話して、公国内の安全な往来やら王国に渡る方法やらの情報を求めた僕達に事も無げにそう告げて、双方の用事は終わった。僕の身元は案の定ばれていて釘も刺された。


「君のトラブルとこちらの仕事がバッティングしても困る。トレドなら万事上手くやってくれるからね」


「それはありがたいのですが……」


「エイクスの分も合わせた礼さ。血蝶の名も使ってくれてかまわないよ。トレドと相談してもらってから、だけどね」


 三日後にトレドを寄越そう、と言われて馬車が止まる。数件の商店が固まった大通りで降ろされた。周囲の雑踏は賑やかだが華やかさはあまりない。働く人の中に所有者を示す小さなプレートのついた首輪をみて、理由の一端を改めて思い知らされる。


「君の連れにも十分気を配るんだよ。では」


 そう言って馬車は遠ざかって行った。衛兵と裏組織のトップ、どっちが理性的なんだか。前世でもそういう話は聞いたから組織なんてそういう物かもしれないけれど、エイクスの同志という事もあってか、あの二人は特別なんだろうと思った。何を思って組織したのか、仕事の先に何を見ていたのか。街を見下ろすピカピカの領主館を見上げながら、あれじゃない事だけは確信できた。


「おかえりなさい。どうだった?」


「ただいま。あの子の事は誰も詳しくは知らないみたいだったよ。公国内の伝手はできた。同行が一人増えたけどね」


 そういうと微笑んでくれた。シノの方も異常はなかったそうだ。存在を薄めて薬屋を見ててもらったのだ。子供連れはいなかったらしい。その夜は皆で相談した。だけど甘い僕達の結論なんてもう目に見えている。おばさんの言葉によれば売れるそうだ。相場なんて知らないが、エイクスの金を眉一つ動かさずに手にした人物が捨てるのではなく売るのだ。結構な額なんだろう。


「リュワ、トレドさんともう一人増えるかもしれないけど良いかな?友達になれるかもしれないよ」


「楽しみー!」




 薬屋のドアを開けて今度はリュワも入る。相変わらず客はいない。


「へぇ、早かったじゃないか。使いじゃなくなったって事かい?」


「不足分は如何程ですか?」


「要らないよ、今後も世話になりそうだしねぇ」


 それじゃずっと勘違いしててください。

 カウンターに出された白刃を受け取って鞄に戻す。


「子供と話が出来ますか?」


「二回の奥の部屋だよ。案内はしないから勝手にどうぞ」


 三人で上がりこむ。急で狭い階段を二階に上がり、目の前に見えるドアをノックする。エイダさんの家のドアと似たような違うような覚悟が要った。

 どうぞ、と幼いながら落ち着いた声が聞こえ、声をかけてからドアを開けた僕達の目に入ったのは抜けるように白い肌にブロンドの、十歳位の女の子だった。そりゃ売れば金になる、と納得の顔立ちとすらりとした四肢が、あまり上等でない服装と薄暗い室内にもかかわらず存在感を放っている。

 視線がリュワで止まったと同時、念話が届いた。


(シュウー。この子ー、皆と違うよー)


(皆?違う?)


 鸚鵡返しの僕の念話はそこで途切れた。彼女が床に膝を着き、リュワへと頭を垂れたからだ。


「私はニムニシュカと申しますの。身体を携えた精霊様、御目にかかれて光栄ですの」


 思いっきり出鼻を挫かれた。言っている事はなんとなくわかるけど、潜った様子もないのになんでリュワが特別だってわかるんだ?これは結界張らないとヤバい!

 すぐさま潜って結界を張り、ついでに彼女の幽体も見る。強い存在に目を見張った。確かに他の人とは違う。


「シュウー。精霊様って何ー?」


「うーん、多分リュワみたいな存在の事じゃないかな?」


「わー!僕もー、渾名貰えたのー?」 


 想像通りならちょっと違うかな、と思いながらも聞いてみなければわからない。曖昧な笑顔で返す。


「ニムニシュカさん、まずは僕達の話から聞いてもらえないだろうか」


 と頭を上げてもらうように頼むが


「何よりも精霊様の御意思が優先されますの」


 と頑として聞かない。微妙に喜ぶリュワに頼んでようやく僕の話を聞いてもらうことに同意を得た。

 エイクスの死にも自分のこれからにもあまり感情は動かないようだった。仇に当たる筈の僕にもさしてネガティブな気配は向けない。勿論ポジティブでもない。エイクスの骨を収めた壷を見て、一瞬哀しそうな顔にはなったものの、それはエイクスという個人ではなく生命の終わりに向けられた感情のように感じた。自然と詫びの言葉は少なくなり、何か報告をしてるような雰囲気で事情の説明は終わった。


「それで、頼み事を果たしにここに来たんだ」


「そうですの、エイクスさんは昇られましたの。わざわざお報せいただきありがとうございますの」


「それで、今後の事なんだけど。君さえ良ければ僕達と一緒に来ないか?」


「精霊様さえよろしければ、御仕えいたしますが……お願いがございますの」


「なんでしょう?」


「精霊様の前で夜伽を求めないでいただきたいのですの。それを御望みならば人買いに売っていただきたいのですの」


 とんでもない事言い出した!!エイクス、まさか、違うよね?


「リュワが居ようが居まいがそういう事は求めません!」


 シノが語気を強めて僕の代わりに言ってくれた。ぶんぶんと頷く僕を見て不思議そうな顔をしている。なんでだ、僕は変態じゃない!!

 呆気なく話はついて、詳しい話は宿でとなった。結界を解き、階段を下りておばさんに暇を告げると、子守賃の説明をされた。二人なら倍だよ、とリュワを見ながら告げられるが否定せずにドアを引く。もうあの音を聞きたくなかった僕は、魔法で蝶番の摩擦をなくして音もなくドアを開ける。久し振りの陽の光だったのだろう、彼女の瞼は閉じられたが、不思議と歩みは滞らずに、瞼を通した光に慣れるまで僕達の後ろをついて歩いて来た。

 周りの子供達は一人増えた眩しい存在に言葉をなくしている。目立ちすぎるかと存在を徐々に薄くしようとしたがリュワに止められた。


「シュウー。ぶつかっちゃうからー、止めた方がいいよー」


 ぶつかる、というのが何かわからなかったがまぁ今更か、と魔法を中断した。どうせシノとリュワにも目をつけてるんだろうし、連日の雰囲気に僕の気持ちもささくれ立っている。何をする気か知らないが運が悪かったと諦めてもらおう。


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