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時間的には一時間ほどだったが、大分気安く話せるようになっていた。
粗野だけど明るいガルさん、のんびり柔らかいレスターさんを巻き込んで、落ち着いたモーリスさんが場の雰囲気を作っている。
こちらの緊張も解されていき、ついつい滑りそうになる口を我慢するのが大変だった。
モーリスさんはそんな様子も察してくれているみたいだ。
「報告書には旅の武芸者シュウが、襲ってきたゴダール含む四人を返り討ちにした、としておくからな」
僕の出身や年齢含む個人情報は報告しない、という事だろう。
「はい、それで宜しくお願いします」
頭を下げた。
「そうだ、街中での帯剣は問題になりませんか?」
「ああ、かまわねぇよ。ギルドができてからこっち、軽装とはいえ武装した冒険者はそこら中にいる」
あれ?冒険者ギルドあるの?姉さん先生は知らない風だったけど……
武者修行の旅って設定だから聞くわけにはいかない。
「冒険者ですか……」
呟く僕にモーリスさんが愚痴るように説明してくれる。
詳細まではわからないにせよ、訳ありだってのはバレてるな、こりゃ。
「ああ、二年前に組織として立ち上げられてから、魔物を狩ってくれるのは良いんだが……荒事こなすせいか気が荒いのが多くてな。大多数は街中じゃ弁えてくれてるんだが、たまにとんでもない馬鹿が居る。それに引っ張られるようにそれまで食い詰めてたならず者が、『冒険者でござい』って大手を振って歩くようになってな。こっちの仕事も増えているんだ。シュウ君も気をつけてな」
「はい、御心配いただいてありがとうございます」
と、入り口が開いて兵士が入ってきた。
「隊長、騎士団からの討伐認定書と賞金です。手配書の発行から上積みは無しとのことです」
「ああ、ご苦労」
と答え、出て行く兵士に何か指示を出すとこちらに向き直る。
「賞金はゴダールと手下合わせて金貨二十五枚だ。長々と留め置いてすまなかったな。」
「いえ、僕も体を休める事ができましたし」
「そう言ってくれるとこちらも気が休まる。今日は賞金で良い宿にでも泊まってくれ」
「その事なんですけど、どこかご紹介いただく事はできませんか?」
と、落ち着いた大人の宿を期待してモーリスさんに尋ねるが、横から威勢の良い声が答える
「俺が案内してやるよ。ついでに飯でも食いに行こうぜ!」
(落ち着いた大人の宿が……別の大人の宿に連れて行かれそうだ……逃れる術は……)
「え、ガルさんはお仕事では?」
「お前が起きるちょっと前に引き継ぎ終わってるよ。さー、行こうぜ!」
「……はい、お願いします」
逃れられませんでした。
ガルさんと二人で建物を出て門をくぐる。日はもう落ちて街の外れの門周辺に灯りは少なかった。
妙にウキウキしているガルさんに不安が募るが、最初に連れて行ってくれたのは店を閉めようとしていた衣料品店だった。
「まずは、目立たない格好を揃えてここで着替えてけ。飯食ってる最中に人に囲まれたくねーだろ?」
(御免なさい!タカる気満々とか思って御免なさい!不安に思って御免なさい!)
「助かります。手短に済ませますね」
ヘンリーネックシャツみたいなのとオーバーシャツのような上着、帆布みたいな厚手の生地でできたパンツは長かったので裾を折る。靴も丈夫そうなブーツを買って仕立用の採寸室を借りて着替える。
結っていた髪を解くと、鉈で切ったのが悪かったのか肩の辺りで不揃いだったのを見て、女将さんが仕立てバサミで切り揃えてくれた。
「お待たせしました。」
「お、大分感じが変わったな。お姉様方に可愛がってもらえそうじゃねぇか」
ニヤニヤしながらこっちを見ているガルさんに再び湧き上がる不安を打ち消し、連れ立って歩く。警備隊員と一緒なので武装の類は鞄の中だ。ゴダールとの戦いで、街中の喧嘩くらいなら無手でもいけるだろうという自信がついた。揉め事は極力避けるけど。
衣料品店から街の中央に向かうにしたがって賑やかになっていくが、五分ほど歩いて喧騒から遠ざかるように脇道に入る。
「宿は静かなとこが良いだろ?ちっと値は張るが風呂もあるから、先に部屋とって飯食ったらゆっくり疲れ取れ」
オレ コノヒト スキ メシ オゴル
そう心に決めて、他愛も無い事を喋りながらついて行く。
あれだ、と指差す建物を見ると入り口の明かりが煉瓦造りの壁を照らしていた。壁に埋め込まれた板に『月明館』と刻まれている。
ちょっと腰が引けている僕を尻目にガルさんはドアを開け、中に入って女性の名前を呼ぶ。
「アリーシャ、いるかー?客連れてきてやったぞー!!」
「ちょっと、声落としてよ!他のお客さんが何事かと思うでしょ!」
奥から答える声が聞こえて、すぐに女性が出てきた。
「あんた以外に誰もいないじゃないの。もう酔ってんの?」
指摘されガルさんは振り返るが僕がいないので、あれ?どこ行ったあいつ?と呟きながらきょろきょろしている。
ようやくドアの隙間から覗いている僕を見つけると手を掴まれ引き込まれた。
「どうしたんだよ、何隠れてんだ?」
と聞かれるが、よく考えたらホテルとか僕泊まった事無いですし、オシャレ空間に弱いんです、挙動不審になるんです。という本音は言えない。
「あ、いや……もの凄く立派で落ち着いた宿なので、気後れしてしまって」
「あら、ありがとう。私はアリーシャ、素直で可愛いお客さんは歓迎するわよ」
にこやかに笑うアリーシャさんに照れた笑みを返す。
二十歳くらいかな?可愛らしい女性だった。
「シュウといいます。昼間ガルさんにお世話になりまして、良い宿を尋ねたところこちらをご紹介いただきました。数日お世話になります」
お辞儀をしてそう言うとアリーシャさんはちょっと驚いた顔をしてガルさんを引っ張って隅に連れていく。
あんた、何貴族様のご子息連れてきてるのよ。
違ぇよ、武者修行の旅人だよ、馬鹿丁寧なヤツなんだって。
旅人って、ウチはそこそこ値が張るわよ。
ひそひそ話は十数分に及び、やっとこちらに戻ってきた頃には僕は宿の観察を済ませていた。
「御免なさい、ほったらかしで。一人部屋は一泊朝食付きで角銀貨二枚だけど……大丈夫?」
「大丈夫です。お風呂があると聞きましたが入浴料はおいくらですか?」
「宿泊料に含まれてるわ。場所はここの奥、日が沈んでからお湯を張って明け方に抜くから、その間は自由に入ってくれて良いからね」
所持金は金貨三十八枚と銀貨銅貨もそこそこある。暫く泊まっても大丈夫だな。
「では、取りあえず五泊分の支払いをしておきますね」
と、重たくなった袋から金貨一枚を取り出し手渡す。
「ま、毎度あ、じゃない、ごゆっく……違う」
おーおー、台詞が飛ぶほど驚いたかそーかそーか。
貨幣としては価値が低い順に銅貨、角銅貨、銀貨、角銀貨、金貨となっている。それぞれ十枚刻みで一つ上の硬貨に変わっていく。銅貨を十円としても金貨になると十万だ。僕だって中学生が十万ポンと財布から出して支払うのを見ればビビる。
何とか落ち着いたアリーシャさんは無理矢理立て直した笑顔でこっちを向く。
「ご宿泊ありがとうございます。すぐにお部屋をご用意いたしますので暫くお待ちください」
「ああ、急がなくても大丈夫です。今からガルさんと食事に出ますので、部屋には後ほど案内していただければ」
「畏まりました。……あの、シュウ様」
「いえあの、様はやめてください。別に偉くもなんとも無いので」
「じゃあ、シュウ君。そんなにドサッとしたお金、人前で見せちゃ駄目だよ。おっかない人が寄ってくるから」
「ご忠告ありがとうございます。気をつけます」
「ガル!あんたこの子に御飯タカるんじゃないわよ!ウチのお客さんに迷惑かけたら家族総出で折檻するからね!」
「お前は俺に酷過ぎる……」
「返事ィ!!」
「はい」
「じゃ、シュウ君いってらっしゃい。無事のお帰りをお待ちしております」
月明館を出るとガルさんの愚痴が始まるがそのうち惚気っぽくなってきた。そーいう事っスか。
さりげなく齢を尋ねると二十六と返ってきた。そっスか、いっスね、お似合いっスね、と一人心の中でやさぐれて飯屋に入る。ガルさんは入店してすぐ店の人に銀貨五枚渡してこれで適当に持ってきてくれと伝えていた。
(はー、ほんとにタカる気ないみたいだ……どうしよう、後日北門に差し入れっていう形で何か持って行こうかな)
そして運ばれてくる料理を前に会話をする余裕を無くす。よく考えれば二日ぶりの食べ物だ。汚い食べ方だけはしないようにと自制したが、凄まじい速度で平らげていく僕を見てガルさんはお酒を片手に笑っていた。
腹と気持ちが落ち着いた辺りで会話を始める。お酒を勧めながら聞き出したところによると、
・アリーシャさんは十九歳
・宿はアリーシャさんのご両親が経営
・以前要人警護で宿に詰めた時に知り合った
・気持ちは伝え合っている
・お互い親にも紹介済み
・昇進したら次のステップに進むつもり
だそうだ。
少し飲ませすぎた気もするが、情報収集の練習台になってもらった。ありがとうございます。
「お会計、銀貨七枚と角銅貨四枚になります」
(ちょっとぉぉ!足出てるじゃないですかー!!……ま、良いか。冷静に考えれば散々食った僕の支払い分のほうが少ないわけだし)
「ではこれでお願いします。ご馳走様でした」
ガルさんに肩を貸しながら歩く。
「ガルさーん、お家はどこですかー。教えてもらわないと送れませんよー」
「うひひっく、お、おりぇのうちはおりぇ、おりぇのものおみゃえのうひっくもおりぇのもにょー」
「もの凄いヤクザな剛さんじゃないですか……」
駄目だこれ、どこに届けよう。
(北門の休憩所……はダメか、昇進云々言ってたもんな。しょうがない、フォロー入れつつアリーシャさんに渡そう。聞く限りではそうそうヒビは入りそうにないし)