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往く河の流れは  作者: 数日~数ヶ月寝太郎
五章 遥か遠くを夢見る
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12

 黒い角を二対四本、頭に生やした熊が立ち上がり腕を広げて威嚇する。勿論僕達がそんなものに怯むはずも無く、いたって暢気な雰囲気で会話が繰り広げられる。熊さんは初めてだー、と興奮するリュワに、向こうじゃ珍しいもんね、とシノが答えて屈み小石を拾った。あの戦の魔物狩りで教えてもらったのだ。腕のいい射手がいるなら眉間に一発、それで前に伸びる角の基が割れるから後はじわじわ削るだけだ、と。

 

「ポーリーもー、大きくなったらー、ああなるのー?」


「ぬいぐるみは大きくはならないけど、仔熊はそうだね。角以外はね」


 下手すると矢より早いんじゃないかという速度で投じられた石が見事眉間にヒットする。鈍い音が響き肉と皮を抉った石は威嚇の威勢も削り取ったようだ。たまらず立ち上がった姿勢を四足に戻し、開いた口には血が流れ込んでいる。突風のように迫ったシノとリュワが前足に斬撃、僕は眉間に開いた傷口に刃を突き込む。確かに角が乗った頭蓋は左右に別れていた。

 支える前脚は二本とも断たれ、詫びるように地面に倒れた上体と、未だ突進しようと指令が出ているのか後足が力なく地面を掻いている熊を前に、結界を張って穴を掘る僕達の後ろでトレド、と偽名を名乗った彼は呆気に取られていた。


「お待たせしました。では行きましょうか」


「待ったうちに入んねぇよ……」


 今日の会話の主役はこれかな、と溜息が出る。初日は馬車の乗り心地、二日目はリュワの馬鹿力としつこいほど聞いてきた。刀は出さなくて正解だ。トレカークで別れるまでの辛抱だと言い聞かせて受け流す事に専念する。勧誘の言葉がないことだけは感謝した。女と子供を抑えれば或いはとでも思っていたのだろうが、飼葉と水の樽を苦もなく上げ下ろしするリュワの姿を見て合流直後の僕の言葉を信じたようだ。今日の討伐で確信になった筈だ。


「なんで僕達は目をつけられたんですか?」


「結構噂は出回ってるぜ。南部に限ってはだがな。あちこちで半端者をぶちのめしてるんだろ?」


「そんな情報網があるんですか」


「ま、裏の賞金首みたいなもんだ。高値がつきそうな女と子供を連れたガキが二頭だての馬車でうろついてるってな。衛兵も呼ばれないから格好の的だ」


「手負いだからと猟師小屋に助けを求める獲物は居ませんよ」


「わはは。よく解ってるねぇ、『拝ませ屋』は」


 生まれは流派は師匠はとうるさいトレドさんを黙らせようと疑問をぶつけたら教えてくれた。僕達に絡んできたような人達は程度の差はあれ、日向と日陰の境目でちょっとした雑用をこなす事が多いらしい。雇い主は言わずもがなだ。何処の誰の行動パターンを探れとか、誰と誰が繋がってるかとか、大店の幹部の愛人だとか。吸い上げた情報は組織の行動の指針となり、来るべき指示に備える事になる。その過程で僕達のような存在にも目を光らせているのだろう。


「拝ませ屋?」


「さっきの熊みたいな格好で気絶させてんだろ?」


「ああ……」


「そんな腕利きが事の最後に衛兵を呼ばねぇ。すると俺達はこう思うんだな。『衛兵に知られちゃ不味いのか?俺達と似たような境遇の奴か』ってな」


 うぇ、そこまでは頭が回らなかった。そう判断されたのならそりゃスカウトも来るよ。

 一度突っ込んだ足はなかなか抜けない。僅かでも動くとぬかるみには次々と汚泥が流れ込み、最後は手が出てきて引きずり込まれる。掴まる物がなければそうそう抜けない。連合におけるギルドのような、しっかりと掴める何かがなければ。上だけを、前だけを見ることなんて人には不可能だ。身動きが取れなければ尚更だし、はまった足元を確認しようと下を向けば視線の先に金を投げる人も居る。そう、トレドさんのように。 

 だけどそれが悪い事だとは思わなかった。社会が受け皿を作ってしまっている。仕事を作ってしまっている。それで廻る社会を、人が形成してしまっている。誰だって生きていこうと必死なんだ。誘う人も、誘いに乗る人も。


「シュウ、また違う名前が出来たの?」


「今度は『拝ませ屋』だってさ」


「いいなー、僕も欲しいー!」


「ああ、もう広まらねぇから安心しろ。ウチが動いたから手出しも無くなんだろ」


「そんな情報まで流すんですか?」


「動いた所があるってだけな。死んでりゃ襲えねぇし、生きてりゃどこかの一員だって事ぐらいはヤツらの頭でも判る」


 ってことは、事実はどうであれ僕の所属は決まったようなもんか。少なくともわかる人間にはそう見られる。スカウトが来た……来ると決まった時点で詰んでるのか。迂闊に首飾りを見せるわけにはいかなくなったな。アレストに戻った時の報告とか頭が痛い。封筒見せといて良かったよ……


「坊ちゃん、僕『も』って事は、嬢ちゃんも?」


「んっとー、シュウは『天敵』でー、シノはー、『天罰』ー!」


 こっちを見ても謂れなんか教えません。ギルドだって絡んでるんだし、帰ってからの事は帰り道で考えたいんです。

 視線を巧みに避け続ける僕を諦めてリュワに聞く事にしたようだけど、残念。すでに口止めは終わった。おじさんのは無いのー?と逆に聞かれて、トレドさんは一瞬口ごもるがニコニコ笑ってリュワに教えた。 

 

「おじさんは『助言屋』って呼ばれてるんだよ」


「なんでー?」


「うーん、と……迷ってる人にね、こうすれば良いんじゃないかな、ってアドバイスするからさ」


「ふーん」


 暗闇でナイフちらつかせて何のアドバイスだ。嫌な助言だな。しかも望んでないのに手前勝手に来るし。トレドさんは僕のジト目に冷や汗を流しながら、玩具でリュワをはぐらかしてこの話題を避けたようだ。

 しかし、トレドさんの正体がばれればもう少しドライな関係に落ち着くかと思っていた。監視者と監視対象なのは間違いが無い。なのにコミュニケーションをとろうとしてくる。こういう人達って、仕事仲間にも必要以上に近付かないんじゃないの?

 一つ知られると輪は小さくなる。行動が制限されれば逃げ延びる可能性は少なくなるし、大事なものがあるなんて知られてしまえば輪はさらに小さくなって首に絡みつくだろう。考えられるとすればこの人は嘘しか言っていない、もしくは何らかの手段で仲間に連絡を取っていて僕達の命は風前の灯か。


(なんとなくだけど、どっちも違う気がするんだよな)


(私もそう思うわ。エイクスの私事も知ってるみたいだし、ずっと上の立場なのかしら?)


(かも知れないけど、相手があることだからね。誰が相手だろうとエイクスが口を滑らせるなんて、それこそ考えられないんだよな……)


 今のところ確認のしようが無い事をシノと考え合う。周囲の風景に単純な感想をもって旅が出来るのはいつになることやら。




 アレストに比べると些か貧弱な防壁と門が見えた。あれからもリュワのお菓子やら全員が持ってる魔法鞄やらに食いついてうるさかった。こんな面倒なのが食いついたら老人だろうが誰だろうが即釣り糸を切るだろう。鮫も寄って来なくなるし。

 門を前に考える。手の内を見せているとはいえ、存在を消してしまうとますます後ろ暗いと勘繰られる。石板があるかどうかは知らないけれど、トレドさんに聞くわけにもいかない。そうだな、連合ならあるもんな、などとニヤニヤしながら言われるのがオチだ。無かったとしても安心は出来ない。無ければ門番の心一つだ。シノとリュワを見て、賄賂に幾ら吹っかけられるか。なければ二人を召し上げればいいだけだ、と考えるだろうし。

 助言屋さんが少しだけスピードを落とした僕に気付いたのだろう。


「そのまま行け。一応嬢ちゃんと坊主は奥で毛布被ってな」


「大丈夫なんですか?」


「ここの領主はウチの得意先だ。というか、得意先を領主にし……なった」


 ああ、こういう風に成り上がった領主達が能天気に国境を侵してきたのか。連合にもあるんだろうけど、公国に入ってからはこういうところが目に付く事が多い。トレドさん達と関わりが出来たからにはこれからもっと目にするんだろうな、と無邪気に毛布を被るリュワを見て少し沈んだ。


「そこで止まれ!」


「良い馬に引かせてるな。こりゃ値も張っただろう」


 ニタニタと笑いながらカモの肉質を確かめるように近寄ってくる二人組。そういう目利きは出来るんだな、こういう人達って。


「俺達の財布なんかすぐにいっぱいになるぜ。さて中身を洗いざらい見ていこうか。それで俺達の財布の大きさも決まるからな」


 葱と鍋も持ってんだろ?と覗き込もうとした一人の鼻先に紋章入りの封筒が差し出された。思わず払い除けて睨み怒鳴ろうとした二人組に冷たい声が僕の隣から響いた。


「ほう、主の印を随分手荒に扱うのだな」


「ああん?何を」


 もう一度差し出された紋章を見たのかそこで言葉は止まった。


「おい、お前。こいつは反逆者だ。今すぐ首を刎ねろ」


「お、お許しを!あまりに近かったものでよく見え」


「なるほど、私が悪いと。おい、不敬罪も追加だ。家族をここに引っ立てて来い」


 それで終わりだった。武器と鎧を脱ぎ捨てて地面に這い蹲り、懐から今日の稼ぎを全部出してひたすら許しを乞われた。


「立て」


 助かった、と泥だらけの顔を上げて礼を言う二人から差し出された物を、全て馬車の中に放り込んで言葉が続く。


「私達の訪問が領主殿の耳に入れば事の仔細は明らかになる。お前達の血を見れなくて残念だが我々は忍びの旅だ。解るか?」


「はい!我々は何も見ていません!」


 門を潜ってトレカークの街へと入り、安心と呆れの混ざった溜息をつく僕の横でひひひと笑いながら袋の中身を勘定するトレドさん。


「結構実入りは良いんだな。俺も門番に鞍替えすっかな。どう思う?」


「知りませんよ。『助言屋』が助言を求めないでください」


 ぎゃははと笑って馬車に入り、リュワの被っていた毛布を畳むその姿を見て、状況も立場も揃ってない事実にもやもやする。

 まずはエイクスの遺言だ、と気持ちを切り替えてリースとルガーを前に進めた。


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