10
良い時間だったので、今日はここで野営することにする。もし他人が見れば街に近いのに何やってんだと怪しまれるだろう。気付けば、の話だが。
「じゃあー、ニシとー、ヒガシはー?」
あの後、貯まっていた『自然顕現魔力結晶体』を仕込んで、魔法鞄と同様の魔道具と化した樽で飼葉と水の大量貯蔵を可能にした後で、名付けに延々つき合わされた。僕が付けたい!と言うリュワの横で問答を聞いて、笑いを噛み殺しているシノを一刻も早く助けたい。
「それは名前と言うよりほとんど記号だよー?ドリスさん達兄妹だって右とか真ん中とか呼ばれたくないと思うよ?」
「んー、難しいー。シュウはー、僕の名前はー、どうやってー、付けてくれたのー?」
「リュワの雰囲気からかな?なんかふわふわ浮かんで楽しそうだったから、そういう響きの名前にしたんだ」
「じゃあ僕もー、そうするー!一緒にー、考えてー」
「良いよ。じゃあ、二頭がどんな雰囲気なのか教えてね」
うむむと考え込んだリュワが暫し幽界へと戻る。僕はシノと笑いながらいつでも戻ってこれるようにリュワの頭に手を置いた。暫くしてリュワが戻って口を開く。
「こっちの馬はねー、優しいー。こっちはー、元気ー!二頭とも女の子だったー!」
なんて漠然とした印象なんだ……とはいえ、馬と語り合えない僕が文句を言うわけにもいかない。今度は僕が考え込むと、横から救いの声がかかる。
「リュワの知ってる人からヒント貰ったら?優しい人と元気な人って誰だった?」
「優しいのはー、ドリスー!元気なのはー、ガルー!」
「……リースとルガーとか?」
片方は銃器メーカーだけど、もうこれ以上は絞っても出てこない。ドリスさんに知られたら無礼者と叱られるかもしれないが、リュワとシノがいれば苦笑しながらになるだろうし、いいか。
「格好良いー!それにするー!」
そう言って今度は馬の方に駆けていく。
「助かったよ。咄嗟に思い浮かばなくて」
「ううん。名前って付けるの難しいんだね」
慈しむようにリュワを見ている眼の奥で、おそらく両親を思い出しているのだろう。僕もそうだった。
やがて戻ってきたリュワが嬉しそうに、気に入ってくれた!と報告して、僕とシノも区別をつけるために一度名前を呼ぶ。そう言えばと気がついて馬に自己紹介をした。もう王国に渡る時に売り払う事はできなさそうだと覚悟を決めて、その日は瞼を閉じた。
(もうちょっとー、強く引いてもー、大丈夫だってー)
(ん、これくらいかな?)
(うんー。弱かったらー、どういう動きをー、すれば良いのかー、解り難いってー)
(それもそうか。強すぎたらごめんね)
馬に操り方を教えてもらうという何かこう、アレな状況ではあるけれど、これが一番確実なのは理解できる。昼間の移動は御者の、野営中は乗馬の技術を磨く。乗馬に関してはシノに妙な顔をされたが、長く乗っていなかったから復習も兼ねてと言い訳をした。幸い技能上昇促進によって、さほど時間をかけずに上達していった。
時折現れる立て札に従い村落で、或いは街で物資を求め、時には凝り固まった身体をベッドで解し旅は続く。トラブルにも慣れた。パターンは大体決まっている。
「おい!そこのヒョロガキ!金になりそうな女と子供連れてんじゃねぇか。俺様が貰ってやるから手前はとっとと失せろ!」
「彼女は僕の婚約者です。この子は故あって預かっている大切な子ですので、要求には従えません」
「ケッ、身の程知らずが。別にかまわねぇよ。地面の色が変わるだけだからよ!」
と襲ってくるものの、言葉通りに赤くなった地面で命乞いを聞く羽目になる。衛兵に突き出そうにも、一度『眼』で見たところ、着てる物と肩書きが違うだけで中身は大差ないと判ってからは、意識を刈り取ってからその場を後にすることにしている。存在を薄めようにも買い物の会計で目をつけられると、僕達の金払いの良さもあってか即声がかかる。面倒な事この上ない。
街でのトラブルは人目につき易いため、比較的こじんまりとした村落で少量の物資を補充しながらの旅程へとなっていた僕達がその村に着いたのは、トレカークまで後五日といったところだった。
「わー!シュウー、お祭りかなー?広場に皆集まってー、何かしてるー!」
「本当ね、何かしら?収穫の時期は過ぎてる筈だし……」
陽気な喧騒を通り過ぎ、数頭分の厩舎がある家を見つけた僕達はそこで数日分の飼葉を金と交換してもらい、宿を聞いた。街道から少し入った村だったこともあり、宿自体はあるらしい。
「今夜は婚儀があるから部屋が空いてるかわかんねぇけどな」
「ああ、宴の準備でしたか。何のお祭りだろうと言ってたところだったんです」
「シュウー、僕も行きたいー」
「うーん……知らない人の祝言だし、宿が空いてなければ村を出て野営しなくちゃ。ちょっと今回は無理かな」
行きたいというか、食べたいというリュワの笑顔に答えるとおじさんから返答があった。
「あー、いいと思うぜ。どうせ近隣からも来るんだし、祝いの言葉に腐れ縁も行きずりも無いだろう。宿が空いてなきゃ家に来な。丁度三頭売って厩舎は空いてるし、部屋も狭いが一部屋なら使ってくれていいからよ」
甘える事にした。勿論それ相応の対価は払うが、馬を引いてきたリュワにあれこれと言葉をかけて、馬の世話を教えてやろうというおじさんに色々な人が重なって見えたからだ。僕もどこか疲れていたんだろう。僕達の将来を見てみたいと思っていたのかもしれない。料理目当ての図々しい流れ者になることに決めた。馬を休ませ部屋に通された僕達は、旅の様などを語って金子と一緒に一宿の礼とした。
日が傾くにつれて広場へと人が集まってくる。村を回り、慎ましやかな一軒の新築の家などを見て時間を潰し、隅のほうへと陣取った僕達は、宴の始まりと共に料理へと走っていくリュワを見送り、長の所へと向かう。おじさんに長の娘の嫁入りだと聞いたからだ。
「この度は村を挙げての慶事、おめでとうございます。僕達は旅の者でシュウとシノと申します。お祝いを述べさせていただきます」
と、御祝儀にと金貨を一枚、紙に包んで渡した。
「これは御丁寧に。馬屋のタインから話は聞いております。なんでも将来を誓った方々とか。この先物入りとなるでしょう。金子は御遠慮申し上げます」
「いえ、もう一人が大食漢ですので料理代の足しにでも。曲げてお受け取りいただきたいのです」
数度、押し引きがあったが無事に渡し、大盛りの器を持ったリュワが僕達と合流するのと、主役が二人出てくるのはほぼ同時だった。人が殺到し、口々にお祝いを叫ぶ。照れたような誇らしいような、二人の顔が印象に残る。僕達もあんな顔で祝福を受けられるんだろうか。いや、それ以前に許してもらえるのかな。
「シュウ」
呼ぶ声に我に帰るとお二人が近付いて来ていた。囲む人の輪のせいで歩みは非常にゆっくりだが着実に前に進んでいる。そうか、そうできる人達だからああいう顔が出来るんだ。
「本日はおめでとうございます。僕達は一夜の宿を求めに来た旅の者でシュウとシノ、リュワと申します。これも多少の縁と厚かましくも押しかけました」
「これはささやかながら贈り物です。末長いお幸せをお祈りいたします」
「おめでとうー、ございますー。お兄さんとお姉さんー、格好良いー!」
新郎から新婦、付き添いの人にと品が渡り、お礼の言葉を貰って席へと戻る。遠目に騎士が三人、ニタニタと笑っていた。想像力など無くても判る。良からぬことを考えている顔だ。これまで何人も見てきた表情。リュワに、シノに向けられてきた笑い。留まって良かったと思った。
リュワやシノと談笑しながら時を過ごすが、結局騒動は何も無く、不穏な気配は唐突に消えた。




