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往く河の流れは  作者: 数日~数ヶ月寝太郎
五章 遥か遠くを夢見る
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9

 見知った顔は居なかったが、勝手知ったる砦の中を歩く。連合側の入出管理門で責任者を呼んでもらい、通行許可証を見せる。

 四王家に加えてノヴェストラ、シュライト両家の署名が入った書に、出国確認の署名をしてもらってそのまま預けた。すぐさま馬で連絡員が首都へと持ち帰るんだろう。連合が追える僕達の足取りは一先ずここまで。存在を消して門を出る。公国側も急ぎ建設にかかっているようで、合法的に出国した僕達は、作業の脇をすり抜けて不法に入国。

 僕達は再び一介の武芸者となって、柵をリセットされて新たな土地へと足を踏み出した。今度は微塵も心細さは無かった。


「まずは何処に向かうの?タマスの城下町じゃないんでしょ?」


「うん。いきなり顔を指されて辺境伯のお屋敷に連行されるのは避けたいからね。村落を経由して南に回ろう。ユシェットの街で馬車を買って、そこから西のトレカークに向かう。エイクスも随分待たせているしね」


「ユシェットってー、どんな街ー?」


「港町よ。美味しいお魚いっぱいいるかもね」


「やったー!!」


 国を分ける山々の連なりを見ながら南へと下る。この辺りの領民の中にはあの戦に従軍した人間が居るかも知れない、と一応の注意を払いながら、出来るだけ手持ちの物資で日を重ねた。リュワに食事の不満は無い。ただの子供ではないのだから、と言いたいところだが、小さい肩からぶら下がった魔法の鞄には、四王家やノヴェストラ家、シュライト家といった、錚々たる諸家が我先にと詰めたお菓子が唸るほど納められている。不満などは出ようはずも無い。

 僕達も時々おこぼれに預かりながら十日、ユシェットの街を遠目に見て僕達はそれぞれ存在を曖昧にする。門を避け、海岸沿いから港へ。荷揚げの人夫に混じって街中へと侵入した。

 街を包む潮の香りにシノの顔が懐かしそうに変わる。まずは宿を取り、屋内では解除していた魔法を再び身に纏って街中へ。荷揚げされた海産物を四方に運ぶため、運搬業を生業とする人間も多いこの街では馬も馬車も豊富に揃っている。僕の背には眠ったと見せかけたリュワの身体。数件目で念話が届いた。


(シュウー、このお馬さん達がー、良さそうだよー)


(ありがと。良いな、僕も動物と話をしてみたいな)


(へへー、外でー、いっぱい走れるならー、頑張るってー。仲良くなったー!)


 リュワの幽体と接触した鹿毛の二頭が僕とシノへとその鼻面を寄せてくる。毛艶も良いし馬体もしっかりしている。手を伸ばして額に触れると、気持ち良さそうにブルルと息を吐き出した。

 馬車の大きさを確かめてから店主と交渉して、限界まで値切り倒して支払いを済ませる。『眼』で確認しながらぎりぎりの交渉を重ねるうちに、ガキだと侮っていた店主は最終的には褒めてくれた。


「とんだ交渉上手に捕まっちまった。坊主、商いで身を立てたらウチを贔屓にしてくれよ?でなきゃ割りに合わねぇ」


 公国貨幣の袋を受け取りながら笑う彼に、印象を残しすぎたかなと汗をかきつつはいと返した。

 通商交渉の手始めにと交換レートが定められた公国貨幣と連合貨幣。一定額を両国で交換して王城に保管されていた内から、僕達の財産を交換してもらっている。今のところ稼ぐ手段の無い僕達にはこれが全財産だ。いざとなったら当たり障りの無い魔道具で収入を得るつもりではいるが、節約するに越した事は無い。

 暫くぶりの他人の料理に喜ぶシノと、隣で新鮮な魚料理にニコニコ顔のリュワ。ここまで何事もなく進んできた事で気が緩んでいたのかもしれない。翌日に人の嫌な一面を見る事になってしまった。




「シノー、あれなにー?」


 翌日は昼頃まで街中を見物してから出発して、人目につかない場所で馬の扱いに慣れながら馬車の改造をする予定だった。一縷の望みを託して、乾物を扱う店先で和食材を探していた僕の背後で、尋ねる声に答えようとしたシノが一瞬言葉に詰まる。しまったと僕が振り向くのとシノが言葉を発したのは同時だった。


「あれは……奴隷ね」 


 漁師が船で魚を取ってくる。商人が荷車で海産物を買い付けに来る。両者の間に、或いはその周辺に必要な者は力仕事に従事する人間だ。フォークリフトもベルトコンベアも無い世界でこき使うのに最適な人材。それは奴隷だ。力仕事だけではない。冒険者と似たような荒くれが求める物は酒と艶、その片方でも奴隷の割合が多い。侵攻によって多数の国家を呑み込んできた公国には臣民に明確な序列があった。最初に下へと置かれた者達は、次の戦働きの褒美にさらに下の者を用意された。

 元々は遠征の物資を手配していた商人達がこれに目をつけるのは必然だったろう。運が良ければ土地は荒らされなかったが、運が悪ければ街の中まで血塗れになる。統治体制が変わり、人は多かれ少なかれ何かを失う。それまではなんとか日々を過ごしていた者達は、押し出されるように一番下の受け皿に滑り落ちる。そこで待ち構えているのは枷と鎖を箱いっぱいに用意した、人が人を売り買いする事に疑問を持たない者達。戦争の負の産物は、劇的に拡がった領土と経済市場と言う目的通りにもたらされた場所へと運ばれていった。


「奴隷ー?どうなるのー?」


「うーんと、働く人が欲しい人が、お金を払って買っていくんだよ」


「ふーん、変なのー。お金で買わなくてもー、働いて欲しいってー、頼めばいいのにー」


「そうだね。僕もそう思うよ」


 乾物屋のおばさんも目を伏せているが、そうできる人達に責任など無い事くらいは判っている。建国して六十年程。社会に組み込まれた制度は無邪気な一人と憂える数人程度では変える事などできないものだ。声の調子を変えずにどうやって食べるのか説明を頼む僕に、リュワが僕も聞きたいと笑顔で寄ってくる。ほっとした顔で熱心にリュワへと説明を始めるおばさんに、リュワが気になった物の代金を払ってその場を離れた。


「もう一日、休んでいこうか」


 鎖で繋がれ、前の人間の足元を見ながら歩く人の列に僕と同年代の姿を見たからか、今日は物を作る気にはなれなかった。異論が無ければ馬屋に行って、引渡しを一日遅らせてもらおう。


「本当ー?僕ー、船が見たいー!」


「そうね、今日はゆっくり見て周りましょう。夕方くらいに船を見に行きましょうか」


 行き交う商人も少なく、漁から帰った船も掃除は終わった頃だろう。それまでは買い物へと繰り出す事にした。シノが縫ってくれた旋風狼の外套は使えない。ギルドの無いこの国では魔物素材の装備品は目に付いて仕方が無いし、街中での帯剣も目立つ。今は装備を全て外して丸腰だ。存在は消しているから僕達に声をかけてくる人は皆無だが、国境から離れれば面倒な事はしたくない。

 適当な服屋に入り外套を買い求める。適当に着こなした感のあるユーズド品だ。馬車も行商人が使う物より少しだけ上の車体を選んだ。釣り合いが取れるような見た目にしておこう。服装に関しては連合と近い事もあってか今までの服装でも違和感は無さそうだ。

 馬具屋にも入った。万一の事態に備えて鞍や鐙など一通りを二頭分揃える。手を入れる馬車を破棄する事は考えたくないが状況を常に選べるとは思わないほうが良いしね。

 

「わー、シュウがー、乗ってたのよりー、大きいー!」


 船着場に並ぶ船を見ながらリュワがはしゃぐ。そりゃまあ、あれは非常用ボートみたいなものだし。と思ったが遠洋には出られないとはいえ、そこそこ大きな船が並んでいる。こりゃ軍船は本当にもう少しのところまで来ているのかもな。

 魚の獲り方や道具なんかを聞かれるままに説明しながら海の向こうに沈む夕日を見る。外洋へと出て行けるようになれば、この先にある大陸にも進出するんだろう。その時には何を持って行くんだろう。今日見た光景が蘇る。願わくは欲と争いは忘れていきますように。




 翌日は焼き魚を朝食に選び、ゆっくりと馬車屋が開く時間を待った。受け取って街を走らせながら樽と桶を買い、木材も少々買い込んで街の外へと出る。僕が御者をしているが、実際はリュワが幽体で馬に直接頼んでくれている。暫く左手に海岸線を見ながら街道沿いに進み、右手の草原が木立の向こうへと伸びているのを見て、二頭に向きを変えてもらった。


「さて、始めるか。シノとリュワは馬と遊んでおいで。手伝ってほしい時には呼ぶから頼むね」


 笑顔で馬と一緒に走り回るリュワと、魔物を警戒しつつも飲み物を用意してから馬具を取り出してリュワに近付くシノ。おそらく乗馬を教えるんだろう。

 荷物を全て降ろして馬車の下へと潜り込んだ僕は、鉄製の底面構造体の位置を確認してから数箇所に向けて土を魔法で盛り上げる。ぎぎ、と微かな音がして、車輪が地面から離れた。車輪を外し、軸と軸受けも外す。アレストで作っておいたリーフスプリングと軸を連結して、シャシーの取り付け位置を確認したら、魔法溶接でスプリングの受けを取り付けてから設置していく。極単純なダンパーも作っておいたので同様に取り付けていった。

 まぁ、サスペンションはこんなもんだろう。違ったとしてもプラモデルでしか見たことが無い僕にはお手上げだ。車輪が出来たら実際に走らせて強度を付与すれば良いし、と車輪に取り掛かる。交換した軸に取り付けて回してみると、案の定ブレる。真円にできるだけ近づけるように削り、慎重に中心の位置を割り出して、新規作成の軸との接合部品に交換してから再び取り付けて回す。見た目にはブレはない。これで馬への負担も少なくなるだろうと、出来た車輪をガイドにしてもう片方も仕上げた。

 これでホイールは出来た。ここからは付与が要る。遅めの昼食を済ませた後でリュワとタイヤを作る。弾性を上げた木材をホイールに張っていく。両輪ができたところで馬に引いてもらうと、上下動が激しかったのでスプリングの硬さを調節した。これでダンパーの衝撃が伝わってくるようだと柔らかくしすぎた事になる。一発勝負の付与なので不安だったが幸い衝撃はなく、外から見ても限界まで縮んでいるような事もなかった。もう三人程は大丈夫かな、と安心する。

 

「ミギとー、ヒダリがー、軽くなったってー!喜んでるよー!」


「それは良いんだけど……ミギとヒダリって?」


「名前ー!」


「リュワ……それは流石に可哀相だよ……」


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