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「ではギルドの見解を聞こうか。ガストル」
「は。ギルド規約に従い、一時除名については本人の意思を確認しております。保証金はなにぶん前例の無い事ですので、本人立会いで会議にかける事になるかと。迂闊な者なら払えぬ額になりましょうが、この者達についてはこの場の仰せに従うことになるでしょう」
「ドリス殿、貴殿は?」
「……私はこの者達と近すぎます。友の誼を結んでおりますので、ギルド式でやらせていただいてよろしいでしょうか?」
そう言って一同を見回し、異論がないのを確認すると、僕の前に石板を取り出した。最初の出会いを思い出して懐かしいような、これが一先ずの最後かと寂しいような、なんとも言えない感情が渦巻く。そうだ、デッコーさんが剣を抜きかけたんだっけ。
石板に手を置く。
「お前の動き一つでここに居る方々と連合は窮地に追い込まれる事になる」
「肝に銘じておきます。誓って御手を煩わせるような事はいたしません」
あの日と違うのは僕もドリスさんも石板を確認していないという事だ。
「この国に戻るつもりはあるか?」
「必ず戻って参ります」
お互いの眼を見て誓いを立てる。鞄には鍵も入っている。家族も友人も帰りを待ってくれている。絶対にただいまを言うんだと、こんなにも強く思うのは僕の心が定まろうとしているからなのかも知れない。暫し見合ってドリスさんが口を開く。僕も石板から手を離した。お互いの眼の奥を垣間見たからだろう。
「友人の言葉としてお聞き下さい。この者達は修行中の身です。見た物知った物全てがその血肉となるでしょう。この者達が高まれば、周囲も昇っていきます。何卒御許しを賜りますよう、お願い申し上げます」
「では決まりでよろしいかな?」
異議は出なかった。
「其方達に命ずる。冒険者ギルドアレスト支部所属員、シュウ及びシノのギルド登録を一時凍結。登録時に受け取った全てを返却し、連合に関わる事柄は漏らさない事を誓え」
「冒険者ギルドアレスト支部所属員シュウ、只今を以ってギルドから離れます。情報の秘匿に細心の注意を払い、誰にも漏らさぬ事を誓います」
同様にシノも誓いを立て、ほっとすると脇から幼い声がした。王様と喋りたくてうずうずしていたんだろう。
「シュウとシノのー、友達のリュワです!僕もー、誓います!」
場が一気に和み、笑いながらノルトライト王が近付いてきた。リュワの頭に手が乗せられて待望の御歓談タイムが始まった。
「よしよし、リュワとやらも無事に帰ってくるのだぞ?」
「うんー!」
「ガストル殿、保証金はワシらで持とう。婚約祝いだ。袖にされた者の最後の意地は通させてもらわねばな」
数日後にギルド会議が開かれた。今回は僕達も最初から居る。王達の意向を受けて会議は淡々と進み、さっさと処理されて次の議題へと移ったところで僕たちは追い出された。居並ぶ面々からの婚約を祝う言葉は議事録には記されず、書記の束の間の休憩時間となった。
僕達はベルディナ支部長の馬車に同乗させてもらう事になり、今回は留守番となったキャルさんの待つダミールへの足は確保できた。そうか、ここでアレストの匂いとは離れる事になるのか、と心に迫るものは在ったがそれはそのままにしておいた。人ならば当然の感情だ。理由をつけて消す事もできるだろうけれど、これは大事な物なんだと知っていたから。
会議は終わり、首都から発つ前日の夜に酒宴を開いてもらった。翌日に残らぬ程度に酒を飲む僕に、カイルさんが聞いてきた。
「シュウ、酒が飲めるようになったのか」
「はい、デセットさんに飲み方を教えてもらいました」
胸を張ってそう言った僕を、キースさんは安心したように見ていた。ドリスさんはシノとなにやら話しこんでいる。ローザさんはリュワに涙交じりで旅の注意をしていたが、生憎と貴族の旅とはわけが違う。シュウとシノの言う事をよく聞くのよ、とかろうじてそれだけが実になりそうな忠告だった。
「半年か……」
「はい」
「シュウに出会って私も色々変わった。半年前はまさかギルド員の葬儀で涙を流すとは思っていなかったな」
「御謙遜でしょう。でなければ僕はアレストに留まってはいなかったように思います」
「……」
「……」
気を利かせてくれたのか、二人以外はリュワを構って過ごしている。時折ガストルさんがこっちを気にしてますよ、姐さん、と心中でふざけてみたが、このままで良いと気分は頑として居座っていた。僕とドリスさんは飲むでもなく置くでもないグラスを手の中で回している。
「シュウは私の期待を裏切ってくれた。今では『素晴らしく使える所属員』ではなく、『かけがえの無い友人』だ」
「光栄です」
「陛下の前で誓っていたが、万一、命の危険があれば全部ぶちまけろ」
「……」
「何処でだって良い。生きろ」
「……そんなヘマはしませんよ。ドリス様との誓いを反故にする気はありません」
「……そうだな。シュウだしな」
「ドリスさん、どこの者とも知れぬ僕とシノにいただいた恩は必ず返しに戻ります。ドリスさんを見つけたこと、見つけてもらったことは僕の誇りです。かつて太く起っていると言ってもらいましたが、今の僕を支えているのはドリスさんはじめアレストの皆に貰った何かです。ありがとうございます」
「礼など……」
「ふふ、あの日ここのギルドで約束したでしょう?『然るべき時に』と」
「くく、そうだったな。確かに今日ならいつものやり取りにはならぬか」
そう言って席を立ったドリスさんは、今日はもう休ませていただきますと、自室へ引き上げていった。それを合図に皆が立ち上がり酒宴はお開きとなる。その夜は三者三様に噛み締めるものがあったのか、翌日まで無言の夜に包まれて眠った。
翌日はラスカトリア家の馬車が門の前で待っていた。総出の見送りを受けた後にドリスさんと手を握り合い、一言の後にアレストの残り香に別れを告げた。
「ではシュウ、シノ、リュワ。またな」
「はい、また後日に」
窓から身を乗り出して手を振るリュワを支えて、戻る時も前向きで戻るんだと決めた僕は振り返らずにダミールへと進んだ。旅は恙無く進み、乗車賃に国境付近の村落整備をベルディナさんに話すと感謝された。ダミールギルドでキャルさんたちに再会し、僕の笑顔に安心され、あの日約束した冒険者に案内されて無事に約束も果たした。
翌日は僕が酒が飲めるようになったと聞いたキャルさんが誘いに来た。流石に日もまだ高かったので、宿に迎え入れる。預ける物があるんですとラスと同時進行で縫い上げた仔虎を取り出して、起動と契約を済ませた。リュワの仔虎はリュワの為に作った最初の物だし、流石に差し上げる訳にはいかなかったので新たに作ったのだ。僕たちは暫く離れるし、餞別代りに預けた事にしておこう。
「え、だってこれ、高価な魔道具なんだろう?」
「ですから預かっていただきたいんですよ。途中盗難にでも会えば目も当てられませんし」
婚約の報告に故郷まで少し長めの旅に出るとしか言わなかったが、何かを察した風で受け取ってくれた。酒場を出てあの日のように僕達と一緒に寝ると言って聞かないのでキャルさんの家にお邪魔する事にした。あの日と同じようにシノと同じ床に入ったキャルさんが同じようにぽつりと言った。
「戻ってきたら顔出しな。いいね、戻ってくるんだよ」
「はい」
ダミールからは国境へと街道を辿る。馬車を買おうかとも考えたが、公国へ入ってからと考え直した。国境でもしも止められたらと思ったのもあるが、連合の土は足で感じたかったからだ。合流を急いだ時とは違い、のんびりと歩を進め、三人で穴を掘った谷間が近付いてきた。あの戦で僕達が建設を手伝った砦はそのまま国境の関として使われる事になった。ダミール周辺の街道整備もここから手がつけられるそうだ。
「なんか、変な感じね。三人で歩くのなんて慣れてるはずなのに」
「そうだねー、僕もー、いつもと違うー。わくわくー!」
「僕もそうだよ。なんでだろうね?」
「やっぱりー、三人だからー?」
何故か妙に納得する。
途中、壷を抱えた僕とすれ違った気がした。




