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試し斬りを兼ねてリュワの慣らしに狩りを繰り返す。日に日に動きは良くなっていき、一度本気で動いてもらった時などは僕でもついていけない程の動きだった。単純に僕の身体能力を二人分と考えると、軽く五人分は超えているだろう。結晶液が身体中を循環しているせいか魔力の流れはスムーズで、効率も今までに比べて雲泥の差だそうだ。
肝心の刀は、リュワが握ると同時に魔力を纏い、僕達の刀や長巻と同等の斬れ味を見せた。僕の拙作でこれなのだから、カムロで業物を買えばどうなる事かと思っていると、
「僕はー、シュウのー、作ったー、これが良いー!!」
と嬉しい事を言ってくれた。おそらくこれで斬れない物などそうそう無いだろうし、本人が気に入って手に馴染んでいるのなら無理に買い換えなくてもいいかと、ダフトさんの工房で鏨を借りて、茎に『秀』と刻む。少し考え裏を返して隅に小さく『修』と彫る。
リュワが身体に馴染むまではそうやって過ごした。
ペンギンのぬいぐるみは何事も無く作り上げた。やはり布地の入手に若干手間取ったものの、光沢のある起毛の布を黒、白、黄色と使いの人が持ってきてくれた。コレット達と大きさを合わせて縫い上げる。シュライト邸にて起動と契約を行うが、ここで少し問題が起きた。術師ならではなのか集中すれば潜ってしまうし、動いて欲しいと願えば魔力を紡いでしまう。仕方ないかと数日修練の初歩の手解きをして、自己の望みを研ぎ澄ませるのと魔法として顕現させる事の違いを理解してもらった。
くぁくぁと鳴きながら羽をパタパタっと動かすペンギンを抱きかかえたローザさんに感謝された。
「以前より幽界が収斂してるのよ!シュウ先生のお蔭ですわ!」
ドリスさんによると、シュライト屋敷のマスコットに収まったペンギンはラスと名付けられ、目についた人間の後をぺたぺたとついて回っているそうだ。メイドさん達の間では、一日の最初に後ろについて歩かれると幸運が舞い込むと話題になっているらしい。
想い想いの形の石板が規則正しく並ぶ、日当たりの良い開けた場所でそう聞いた。数年前まではこの国の陰に片足を突っ込んでいた六名は、眠りにつく場所をここに定められたと同時に、正式に護国の忠士としての名誉を与えられた。遺された家族には調停で得られた賠償金から少なくない金額が支給され、所属していた組織の統括者から涙混じりの別離と感謝、最後に諸君達を誇りに思うと言葉がかけられ、彼らの役目は解かれた。
冒険者ギルドアレスト支部特級所属員デセット、と刻まれた石板の前で、今日は姿を見せたエイダさんと顔を合わせる。リュワが自己紹介の後でエイダさんの膝に抱きついた。僕は何も頼んではいない。望めぬ幼子の温もりは酷になるかもしれないと思ったから。しかしリュワを止める事もしない。リュワなりに感じた何かを大事にしたいと思った行動だろうから。
「そう、リュワ君って言うの。優しいお兄さんとお姉さんに会えて良かったわね」
「うんー。僕と一緒にー、笑ってくれるんだー!」
抱き上げられたリュワが微笑むとエイダさんの顔もほころんだ。六つの石板の周りに集まった人達からも恨み言などは毛ほども聞こえてこなかった。仕事柄、覚悟は日常的なものなんだろう。後日、三人で夕食を御馳走になりに行く事に決まり、お酒飲み過ぎちゃダメよ?と釘を差されて別れた。僕達も花束と、カードを一揃え置いてその場を後にした。
その日は一日、月明館の一族は全員休みを取った。ガルさんも休暇を貰って大人数で町に繰り出した。
「この路地だっけ?シノの伝説の始まりって」
「シュウ、なんでその話を選んだの?」
「あ、いや。僕は現場にいなかったからさ、ここかなーって……ふ、深い意味は無いんだよ?」
「シュウ、お前はよー……見えてる罠に飛び込むんじゃねーよ」
地雷だけを的確に踏み抜くガルさんに言われたくありません。
いつもは月明館周辺が行動範囲のルード君もリュワと一緒にはしゃいでいる。ディートさん夫婦も日々の業務に追われて、ゆっくりした散策は今日が始めてだったらしく、あれこれと見て周っている。僕達の出自を聞いてからネリアさんはシノにカムロ料理の話を聞いて、宿で再現できそうな物を教えてもらっていたが、何しろ必須な食材が殆ど手に入らない。なんとか出来そうな出汁無し卵焼きとか、天麩羅とかその辺りを教えてもらっていた。
お子様大好きケネスさんがドリスさんからルード君の話を聞いて、シュライト家の投資で裏手の土地を買い、そこに食堂を作る計画が動き出していた。風呂に関してもシュライト家から僕が注文を貰って、井戸と直結した給湯システムめいた魔道具を作って設置済みだ。風呂にかかる人手をまんま食堂に回すらしい。
「揚げ物って便利だわー。下味つける物もあるけど揚げればあとは器への盛り付けに気を使えば相応に見えるし」
前世の、いやカムロの職人が聞いたら怒鳴られそうな事をネリアさんが口にする。苦笑しながら結構奥が深い料理法ですよ?とシノがギリギリを見切った天麩羅の旨さを力説していると、リュワがその話に食いつく。
「本来はね、出汁っていう物をベースにしたタレみたいな物に浸けて食べるんだ」
「ふぅーん。着いたらー、食べたいー!!」
「そうだね、食べに行こう」
アレストで用意できるのは塩一択だし、カムロなら大根おろしかそれに似た物もあるだろう。僕もカウンターで注文して揚げてもらう店とか行ってみたかったんだ。
ダフトさんの工房まで来たので、頼んでおいた物を確認する。
「本来こういう日用品はワシの専門外なんじゃがのぅ」
苦笑いしながらそう言うダフトさんに今更ながら気がついて謝った。僕の知識では包丁を打つ刀鍛冶も珍しくないと思っていたからだ。
おそらく戻った時には稼動しているであろう、食堂用の器具一式をディートさん夫妻に見てもらって配達を頼む。でっかい寸胴から大小の鍋にフライパン、目的別の包丁一式等々に加えて、先程話に出た天麩羅鍋を見てネリアさんのテンションも駄々上がりだ。
工房を後にして僕が最初に連れて行ってもらった服屋さんへ。ここでは従業員用の制服を頼んでおいた。ワイシャツに深緑のズボンとベスト。タイは臙脂。僕らの装備と似たような色あいだ。白黒だとなんかバーテンとかそっちのイメージが強かったので落ち着いた物にした。今は取り立てて決まった服装ではなく、清潔なもの、とだけ決められている。増資してもらったからには気を遣わなければいけないだろうと思った僕が提案する。モデルはリュワとルード君だ。
「まぁまぁ!可愛いわねー!おばさん頑張った甲斐があったわ!」
にっこにこの御婦人に褒められて無邪気に喜ぶ二人に僕達の頬も緩む。おじさんとおばさんの承諾も出て、正式に採用の運びとなった。
食事を挟み街歩きを続け、武器屋の前で僕の眼をシノが、装飾品店の前でアリーシャさんの眼をガルさんがそれぞれ塞ぎながら賑やかに練り歩く。途中で行き交う冒険者達も僕とシノだけではなく、あの日を切欠に顔見知りになったガルさんやアリーシャさんに挨拶をし、リュワやルード君の頭を撫でて去っていく。
出征の話は、関係者から漏れ聞いた街の住人から街全体に伝わって、もう所属員は鼻摘み者でも住人から遠い存在でもなくなっていた。並んだ石板の前には誰が置いたかも定かではない花束が途切れずに置かれ、遺された人達は背を丸める事無く町を歩いている。先程すれ違ったライアル君と、その隣で笑うギルド受付嬢のように皆が変わり始めている。次に会った時が楽しみだ。
「ただいま」
口々にそう言って散策は終わる。リュワの希望でシノとネリアさんは届いた天麩羅鍋を抱えて住居スペースの厨房へ。ガルさんに何事か囁かれたアリーシャさんは顔を赤くして二人の後を追う。
「シュウ。お前は俺の弟みたいなもんだ。三人揃って帰って来るのを待ってるぜ。今度の土産はもうちょいデカいヤツで頼む」
ショットグラスに酒をついで僕に手渡しながら婚約者と同じように赤い顔のガルさんが照れくさそうにそう言う。
受け取った僕は一息に呷っておどけた風に本音を口にした。
「わかったよ、兄さん。……中身は要らないんだね?」
夜遅くまで話が続いたにしては皆が早く起き出す。いつものルーティンワークをいつもと同じようにこなして、荷物の最終確認をする。首都で許しを得てそのまま旅立つ予定だ。昨夜は鍵を三つ貰った。僕達の部屋と、リュワが使う予定の部屋の鍵だ。流石に三部屋も空けさせたままに長期間離れられないと遠慮したが、頑固者の筈の僕が皆に押し切られた。
『家族の部屋だ。例え王でも貸す事はできん』
僕とシノは感謝で目が潤み、僕の部屋ー!と喜ぶリュワを皆が代わる代わる撫でていた。
ダフトさんも見送りに訪れてくれた。ルード君は今は無邪気に笑っているが、後の事を想像すると一回帰って旅立とうかな、なんて思い始めるに違いないので考えない。
月明館の前にシュライト家の馬車が着く。
出口で振り返り、並んだ人達に挨拶した。
「では行って参ります。三人で必ず無事に戻ります!」




