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往く河の流れは  作者: 数日~数ヶ月寝太郎
五章 遥か遠くを夢見る
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4

 頭の上に昇った陽の光を浴びながら月明館に戻る。結局泊まらされた。夕食までは装備をケネスさんに披露して、夕食後はリュワにせがまれるままに動物の話を延々する羽目になった。無邪気な美少年への女性陣の食いつきは物凄く、メイドさんまで下がるのを渋る始末。そのリュワはケネスさんの足の甲に乗ってあっちこっちと歩いていた。


「ペンギンごっこー!」


 そうだと思ったよ!ケネスさんだから笑顔で済んでるけど、しちゃいけない事は教えなきゃいけないのかなと考えを改めた。

 首都行きの日程は決まり次第知らせると言われた。最短でも一月程後だとも。その間にやる事を済ませておくことにした。着替えだけして身体はそのまま月明館に戻ったリュワに皆が驚くが、先の戦災に巻き込まれた子だと外向きの説明をし、詳しくは夕食の後に僕の部屋でと了解を貰う。人見知りしないルード君と早速仲良くなって、一緒に庭で遊んでいた。

 夕食後の説明で僕達の出自と相まって再度驚かれたが、今まで通りの付き合いと魔道具とリュワ関連の話は秘密にしてもらう事に快く頷いてもらった。


「ルード君、リュワ君、私も混ぜてー?」


 翌日からアリーシャさんはお子様団にメロメロになっていた。デッコーさん家のお嬢ちゃんが団員になる日も近い。


 ダフトさんにも説明に行き、ついでにリュワの装備も頼んでおいた。僕達の婚約を聞きリュワを見て、曾孫まで出来るとは!と感涙するダフトさんの背中を撫でながら知らず胸にこみ上げてくるものがあった。よくよく考えれば、ザックが結婚した時は僕も泣いていたな、と思い出した。


「武器はどうするんじゃ?」


「ああ、武器は少し考えている事があって、また後々ご面倒をかけることになると思います」


 そう言って暫く世間話をする。ダフトさんもリュワを膝の上に乗せてじいちゃん!と呼ばれて限界まで目尻が下がっていた。




「さぁ、そろそろ出発しようか」


「わかったー!」


「リュワ、はしゃいでると転ぶわよ?」


 随分鎧作りに慣れたのか、短期間で仕上がった鎧をダフトさんから受け取り、報告に向かう。片道三日の墓参りだ。途中一日川縁で過ごす事になるから一週間だな。

 木登り投石虫取りと、自由気ままに動き回るリュワを見て、予定通りに行くんだろうかと不安になるが窘める事はしない。のんびり出来る時はのんびりすれば良いんだ。食料だって水だって、たんまり鞄の中にあるんだし。リュワの喜びに水を差したくない。僕がどこかに置いてきてしまった喜びを教えてくれるリュワの邪魔はするべきじゃない。

 不思議と順調に川に着いた僕たちは、野営場所に結界を張ってそこで一日過ごす。魔法で周辺から砂鉄を大量に集める。二振り打てればいいんだけど、どの程度精製できるのか解らないから多めに取る。精製作業は日を改めて、だ。リュワの魔法が最大限の効果を発揮して、日が高いうちに採集は終わった。


「リュワ、そこの岩にこの大きな石を軽く投げ落としてごらん」


「こう?」


 リュワが身体の半分ほどの大きさの石を抱えて苦もなく投げ落とす。ゴガンと大きな音がしてこれだけ?という顔を向けるリュワに、笑って周辺の水面を指差す。魚が五匹、浮いていた。ぅわー!と歓声を上げて大喜びで魚を抱えて戻ってくる。


「あんまり危ない事教えちゃダメよ」


 と、笑顔のシノに注意された。


「なんでー、お魚死んでるのー?」


「うーん、死んでるんじゃないんだよ。大きな音がして目を回しているんだ」


「へぇー!」


「だから三匹選んでね、おかずにするから。後の二匹は帰してあげよう」


 うんと頷き、小さい二匹を選んで放すリュワを見て、苦労した甲斐があったなと思う。シノが捌くのを興味深そうに眺め、嬉しそうに塩を振り、人力で火を起こそうと悪戦苦闘する僕を応援し、結局魔法で起こした火の周りの魚を見ながら、まだー?と問いかけてくる。このキャンプに僕の心も弾む。話にしか聞いたことなかったからね。こっちに来た初日二日目はキャンプって言うより遭難っていう意識だったし、その他は大人数での移動だ。前回は……墓参りって言う強い想いが先行してたし。

 騒がしく旅を楽しみ、海岸に着く。結界を施したお墓は前回と変わらぬ姿でそこにひっそりと在った。全員で着替えて手を合わせ、報告する。

 連合首都を、達人との立会いを、初陣を、親しい人の死を、僕の半身となった女性の事を、これから旅をする三人を。


(志朗殿、縁あって御息女と契りを結びました。以前の誓いを違える事はありません。全身全霊をもって御護りいたします)


 顔を上げてシノと笑みを交わし、ルード君に聞いたのか、肩車をせがむリュワを肩に乗せ、僕達はお墓を後にする。ダフトさんはリュワを曾孫と言った。なら僕達は家族だ。御先祖様に見せた僕達の背中は、家族に見えているんだろうか。かつて家族を屋上に置き去りにした僕は、さっきの誓いを胸に刻むように一歩踏み出した。




 煙が立っても目立たないような山奥に、粘土でたたら炉を作る。風は左右から僕とシノが送る事にした。前世にテレビで見たような、小船ほどもある巨大な炉ではない。せいぜいバスタブ程の大きさに抑えた。大量に買っておいた木炭を厚めに底に敷き詰めて、着火。風を送り込み燃焼温度を上げて、一旦勢いと色が落ち着いたのを見て砂鉄、木炭と交互に撒いていく。概要しか知らない僕は全てを勘に頼っている。失敗したらダフトさんに武器を頼むだけの事だ。

 軽い気持ちでシノとリュワを大事に巻き込む。以前の僕なら考えられなかったが、所詮個人の力なんてと良い意味で開き直ってからはこういう事も多くなった。勿論、事情によるし、シノとリュワにも上手くいかないかもしれないと話は通してある。明るく、やってみよー!と言ったリュワに苦笑して、うんと返したシノ。

 シノと風力を合わせ、常に限界の温度を保ちながら時々不純物を下から抜く。最後の砂鉄を撒いて、その上にあるだけの木炭を出来るだけ長時間高温を保つように量を調節しながら敷いていく。炉を組んで強制乾燥させてから二日で木炭は尽きた。その後は炎が自然に消えるまで待つ。


「消えたね。まだ高温だから一日ほど置こう。疲れたー……天幕と結界張って寝よう」


「時間かかるのね、製鉄って。ますます粗末には扱えないわ」


「綺麗なー、炎だったねー!」


 三者三様に感想を言いあって天幕に入り、起きるまで寝た。

 気になってはいたのだろう、途中で一度おぼろげに浮き上がったものの、炉からはまだ鉄が冷える時に立てる音が聞こえていたため、すぐに沈んだ。

 

 今度は完全に覚醒するとシノが軽食を用意してくれていた。


「うぁ、ごめんね、手伝えなくて。リュワは?」


「ずっと炉を見てるわよ。『僕のー、武器をー、作るんだー』って歌いながら」


 可笑しそうに笑いながらシノが教えてくれた。リュワの名を呼び一緒にシノの手料理を食べて、御馳走様の後に炉を見に行く。まだ少し熱があるものの、中は固まってるだろう。崩そう、と声をかけて魔法でゆっくりと崩していく。土と灰の中から徐々に金属が姿を現す。


「できてるー?」


「どうだろう、もう少し待って冷えたら割ってみよう」


 前日の汗を濡らした手拭で軽く拭いながら待っているとリュワが、冷えたよー!と声を上げる。この段階で思うことじゃないけど、あの嬉しそうな声を聞くと失敗できないな。素材鞄から大型のハンマーを取り出して割っていく。綺麗な銀色の部分が見えた。専門家じゃないからそれしか判断材料はないけど、これなら使えるんじゃないだろうか。


「使えそうなのがあった!」


「やったー!!!!」


 文字通り躍り上がって喜ぶリュワと一緒に僕も喜ぶ。本当はこの要領で製法を微妙に変えて複数の鉄を得るんだけど、そこまで凝ってたら一月なんてあっという間だ。得られた玉鋼はぎりぎりの量。最悪脇差はシノに借りるとしても長脇差は作れそうだ。小割りで芯皮に分けて打つしかないか。甲伏せだな。

 まぁ、カムロで材料を仕入れるなり業物を求めるなりしよう。リュワ、申し訳ないけどそれまで我慢してね。




 ……と、内心詫びていたんだけど……

 帰って一日休養に充てて、ダフトさんに玉鋼を見せに行き感動された後に、設備を借りる事に承諾を受けた。世話になった礼にと作刀を手伝ってもらう事にし、気合の入ったダフトさんと共に水挫し、小割りと段階を説明しながら打ちあげた長脇差と脇差は、リュワの作成で極まったセンスの助けもあって、中々の物に仕上がった。

 成長することがないリュワの身体に合わせた少し細身で短めの二振りは、腰に差した姿を見たシノ曰く、『ちんまいお侍さん』として堂々としたものだった。柄巻きは黒、鞘は臙脂に東方龍の螺鈿細工を施した。

 話は目尻の下がったシノからアリーシャさんとドリスさんに伝わり、二人が各々の家族に伝えたところ案の定、数日間に亘って月明館とシュライト邸を往復する羽目になった。最初にその姿を目にしたダフトさんは自分が関わった刀というのも相まって、跪き手を組んで神に感謝していた。

 ギリギリだった玉鋼は一握りだけ残り、その綺麗な銀色は、今はダフトさんの個人工房の棚に恭しく置かれている。


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