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往く河の流れは  作者: 数日~数ヶ月寝太郎
五章 遥か遠くを夢見る
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3

 領主館は町の南東部、行政区から奥へと続く道の突き当たりにある。道の両側には貴族の屋敷が数件並ぶ程度、とは言っても一軒一軒の敷地が広いので距離は少々ある。そう、不審者が歩いてくれば領主の私兵が警備体制を固める程度の時間には十分なほどに。

 周囲の環境から貴族と出入りの商人くらいしか通らない道。迂闊に迷い込めば即取り囲まれるだろう。来たばかりの頃に、行ってはいけない道と教えられた広い通りだ。

 月明館から馬車をたててもらい、存在を消したリュワが乗り込む。どちらの膝に乗せるかでドリスさんとシノの間で静かな争いがあったものの、並んだ二人の膝の上で寝そべっているリュワが斯様に大岡裁きを下された為に、頭とお腹に二人の手が置かれ、なんとも羨ましい状況になっていた。


「本日は急なお目通りをお許しいただき誠にありがとうございます。カムロの国は港町タツハマの武家、フジモリ家が長子、シュウ・フジモリにございます。脇に控えますは我が忠臣にして婚約者のシノ・フジイ。そして……」


「こんにちはー!リュワとー、言います!シュウとー、シノのー、友達です!」


 可憐な顔を愛らしく崩して笑顔で挨拶するリュワ。一先ず別室へと通された僕達は、そこでカムロ式の服に着替えて今は領主の間にて頭を垂れている。

 リュワにも礼儀を教えておいた方が良いかしら、とシノが言うので止めた。ですます調で喋れるんだし外見は八歳だ。何よりもこっちの都合でこっちの慣わしに従わせるのは違うと思ったからだ。本人が希望すれば勿論教えるけどね。


「ははは、これは可憐な少年だ。ケネス・シュライトだ。シュウとシノの名は聞いている。畏まられると遠いな。口調はドリスとのもので良いぞ!」


 もう『眼』に沁みる程の好奇心が体中から発せられている。豪放磊落な人格も意外だったが、整っているカイルさんはじめシュライト三兄妹の容姿と比べて、気の良い商店のおっちゃんと言われてもなんら違和感の無い風貌が僕の度肝を抜いた。勿論表には出さなかったが。


「シュウ、結界を頼む。出来るんだよな?おい、側仕えは皆退室しろ。許すまで誰も入ってくるな。ああ、茶はそこに置いておけ。それぞれ好きに飲む。それとリュワに菓子を用意しろ。ケチるなよ、あるだけ持って来い!」


 誰も異を唱えずに苦笑して、執事さんらしき人まで居なくなるのを見て、今までで最も柔らかい貴族なんだと思い知る。運ばれてくるお菓子に眼が釘付けのリュワを見て、自分の前に器を置かせ、リュワを手招きして膝の上に乗せた。


「全部食って良いからな。そら、どれが良いか指差せ。食わせてやろう。ドリス、俺と坊主の茶を頼む。わはは!童子を抱くのも久し振りだ。話が一段落すれば妻も呼ばなきゃならん。さっさと終わらせよう!」


 こりゃ言う通りにしないと機嫌悪くなるタイプかも、と感じた僕は口調を崩す。


「ではお言葉に甘えさせていただきます。これまでの御家の御厚情に対する礼は後程。今日ご無理を聞いていただいた理由ですが、縁あって僕とシノは将来の誓いを立てました。国許の血族へその報告に参るために、この国を一時離れるつもりでおります。各方面にお許しを戴くその初めは御領主様だろうと参った次第です」


「おう、良いんじゃないか。目出度い話だ。流石に俺の一存で決められぬから首都へ行ってもらう事になるが、俺から王に口利きはしよう。ん、次はこれか?はは、腹いっぱい食え!」


 次々とお菓子を指し示すリュワの指先に視線を固定して、まるで定食屋で昼食を決めるような気軽さで即答した御領主様に僕もシノも呆気に取られる。『フォー・ライト』のライトって、軽いって意味じゃないよな、と真剣に調べたくなった。


「え……っと、あとは僕達の出自やリュワについてですが……」


「ああ、その辺りは妻も聞いた方が良いだろう。二度手間になるしな。なに、口は堅いから安心しろ。床で口を割らせるのに苦労する程でな。おっと、坊主に聞かせちゃ不味かったか?ドリス、母を呼んできてくれ」


 退室するドリスさんをちらと見て、僕達に視線を移したケネスさんは、父親の表情で言葉を紡ぐ。


「二人には感謝している。ドリスに色々と功を挙げさせてくれているそうだな。これからも良き友人として接してやってくれ」


「願っても無いお言葉です。僕達こそ宿代をはじめ有形無形の御温情には感謝してもしきれるものではありません」


 好奇心に好意まで強く混ざりはじめて僕は『眼』を閉じた。本当に沁みてきたからだ。

 御夫人の到着まであれこれと言葉を交わして菓子を摘んではリュワの口へと運ぶケネスさんの気安さに、姓を名乗った場所では臣として控えます、と言ったシノでさえ話の輪へと引き摺り出されて、場の空気は一気に、完全にケネスさんに掴まれた。リュワも領主様からケネスに呼び方が変わり、ついにはおじさんに落ち着いた。その呼び方を聞いたケネスさんも嬉しそうに破顔している。

 ある程度は聞かれるかな、と身構えていたカムロやその周辺の情勢などは微塵も話題に上ることなく、登場した御夫人の膝にリュワが乗せ換えられるまで、終始御機嫌でリュワの口元へとその無骨な手を動かし続けていた。


「ドリスの子供時分がこの世の可憐さの最高峰だと思っておりましたわ。リュワ君はもう天使ね!!」


 ローザと名乗った夫人は、若い頃の美貌が十分に窺い知れる顔立ちに、上品な雰囲気を纏っていたが、夫の空気に染められたのかこちらもフランクな方だった。


「ローザー、次はー、これ食べたいー!良いー?」


「これ?ちょっと待ってね……はい、あーん。ほほほ、私の事もおばさんで良いのよ?」


(絶対ダメ!百歩譲ってお姉さんなら良いけどおばさんは絶対ダメだからね!)


 シノの念話が僕にも届く。最低限の礼儀、というヤツだ。想定していた流れとはかけ離れた場の空気に挫けそうになるが、言うべき事は言っておかないといけない。口利きをすると言ってくれてるんだし、その相手は低く見積もっても国防の重鎮に……あれ?そうするとガストルさんか?いやいや、僕の現在の所属はギルドだ。言うなればガストルさんの部下みたいなもの。流石に別の人だろう。

 まぁ、そういったお偉いさんに説明するのに詳しく知りませんでは話にならないだろうし。


「では、お揃いになったところで改めて」


 とそれはもう無理矢理に話題を変える。ローザさんが顔を向けてくれたのが救いだ。守り刀の家門を証に名乗り、説明する。武のシュライト、という事がすっかり頭から抜け落ちていたせいで後ほど装備を見せるという事になった。続いてリュワの説明をすると、意外な事にローザさんが潜った。魔術師だったのか……速度は並だがリュワの存在は感じ取れたようだ。

 

「これは……凄まじいのかどうかも判らないわ。いつもなら把握できる全てが何かの陰に隠されてる……おそらくリュワ君の陰に」


 『把握できる』か。どういう意味で使ったのかは解らないが、おそらくそこが限界になっているんだろう。指摘はしない。してもその技能を必要とする立場でも身分でもないからだ。でも安心した。身内に術師が居るのなら非道はしないだろう。そりゃシュライト家の総意、なんて台詞が出る筈だ。


「ええ、他の魔道具師に話は聞いてはいませんので、全てがリュワみたいなのかは解りませんが、人の身に比べて強大な力を持つようです」


 ま、幽体は魔物のオリジナル体と同じだしね。僕が作った身体も人体とはその強度は桁違いだ。本気になったり我を忘れたりすれば止められる人はいないだろう。


「僕の懸念は先日ドリス様にお話いたしました。奥様が術師とは存じ上げませんでしたが、再度お願い申し上げます。魔道具やリュワに関する話はこの場の方々の胸に収めておいていただけませんか?」


「それが良いだろうな。下手な貧乏貴族の耳に入ればなどと考えたくも無い」


「ええ、これは例え相手が王でも話す気はありません。信頼できる人にしか。リュワについては戦火の中で出会って行動を共にしている、という事にするつもりです」


 流石にお腹が一杯になったのか、コレットとじゃれて遊んでいるリュワを見ながら話す。側には入れ替わりで使った仔虎のぬいぐるみ。ローザさんはコレットが羨ましかったようで、注文を貰った。例の行商人の話もあるので、御屋敷の中でならばという条件を呑んでもらって作成を請け負う。礼物に、いや対価は払う、と丁々発止のやり取りがあったが、ドリスさんの口添えで幕を閉じた。


「母様、シュウは頑固者です。こちらが折れなければ話が無くなるかどちらかが死ぬまでこの話は続きますよ?」


「もう……じゃ、材料はこちらで揃えさせてくださいな。それくらいは構わないでしょう?」


「はい。では姿はどのような物をお望みですか?」


「うーん、仔虎はコレットがいるし……シノちゃん、何か良いのはないかしら?」


「さぁ……私も犬や猫といったものしか浮かびませんね……」


 受けた視線をそのまま僕に転化するようにシノがこちらを見る。釣られて全員の視線がこちらに向く。僕だって愛玩系の動物なんてレパートリーは少ないんだけど……


「……そうですね。幼い頃に聞いた話では、毛が針のように鋭い鼠であるとか、極寒に生きる泳ぐ鳥であるとか……」


「泳ぐ鳥ー?どんなのー?!」


 なんでリュワが反応するんだろ。黒と白の模様があって、瞬時に身も凍るような極寒の地に群れで棲む、飛べない代わりに水に潜って魚を食べるという話でした、と説明したら絵を描かされた。だから話に聞いただけだってのに……母が手にしていた本に挿絵があったとか適当な話をつけて描くしかないじゃないですか……

 頭テカテカ足は短足なペンギンの絵を描いて、子供は足の間に挟んで外敵と寒さから守りながら育てるそうです、と言ったらいたく感激されたようで無事に決まった。それは良いんだけど、ベルベットとかベロアみたいな生地ってあるのかな……


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