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往く河の流れは  作者: 数日~数ヶ月寝太郎
五章 遥か遠くを夢見る
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 悪い癖を一つ治してもらった僕は、また違う癖を発揮していた。部屋に籠もりがちになっているのだ。勿論外出もしてはいる。主に必要な設備を借りに工房区へ、だけど。

 連日の二日酔いが治って最初の十日で狩りに狩りまくった僕達は一財産を築き上げ、狩りでは得る事のできない素材を買い漁った。問屋のおっちゃんは下にも置かぬ歓待ぶりで、ダフトさんの口利きもあって格安だったにもかかわらず結構な額が動いた。全部使うわけではなく、むしろ半分以上は素材鞄の中へと長期間保存される事になるだろう。


 仕入れを終えてまずはパーツを揃える事にした僕は、シノの許しを得て連日の工房区通いと部屋に戻って各パーツの仕上げに没頭していく。外部情報を導く銅線は数百m分ほど用意して金属疲労を極限まで抑える付与を施す。毎日ブラッシングして抜け落ちた髪の毛も集めておく。医術書を参考に骨を鍛冶仕事で作り、筋肉部分に使う革には限界まで弾性を載せた。内臓に関しては一応全部揃えたけど、機能は持たせていない。僕の医学知識なんて役に立たないし、この世界の医術書には『体の中には袋がたくさんあります』程度の記述しかなかったからだ。

 やってる事は前の体と似たようなものだが、今回は大きさが違う。八歳程度の少年を模した人体作成だ。パーツのうちはいいけれど、組上げに入ったら僕の部屋には誰も入れさせてはならない。天井から吊られた精巧な人体模型など、悪趣味なオブジェと思ってもらえればまだ良い方だ。下手すると猟奇殺人犯としてガルさんにしょっ引かれる。間違ってもルード君にトラウマを植えつけてはならない。


「んっとー、これがー、背中の骨ー?」


「そうだよ、真中に開いてる穴に昨日説明した神経が通るからね」


「どこにー、繋げるのー?」


「頭の中に『人口顕現魔力結晶体』を入れるから、そこに繋げるんだよ」


 嫌々ながら鉄甲蟲の住処へと足を運び、『僕の結晶体』も手に入れた。

 知る限りの人体の知識をリュワに説明しながら作業を進める。組上げのときにも繰り返すつもりだ。知っていれば動く時の補助になるかなとなんとなく思ったから。

 作業に没頭する僕を、アリーシャさん達は呆れながら心配していたけれど、僕だってそれだけをやっている訳じゃない。夜遅くにこそこそとシノの部屋に向かう事だってある。あるというか、まぁ、覚え初めだし。シノだって喜んでくれるし。言わずもがなだが魔法で不意の命には対策をしている。


 二十日ほどでパーツが揃い、数日間を休養に充てた僕はいよいよ組上げに入る。アリーシャさん達に魔道具作成の為に明日から十日ほど籠もりますと伝える。食事の時間も不規則になるかもしれないので、申し訳ないと詫びながらシノに食事の面倒を頼むと眼を輝かせて頷いてくれた。

 翌日、日の出前に風呂場に行ってリュワと並んで身を清めてから作業に入る。懸架台を手早く組んで、骨から組んでいく。神経代わりの銅線を通して可動範囲を確認しながら繋げていく。組上げて懸架台に吊るすとゲームでお馴染みのスケルトンの一丁上がりだ。


「んー、良いかもー。大きいからー、前の身体よりー、魔力がたくさん通せるー!」


 段階毎にリュワに宿ってもらって不具合が無いか確認してもらう。カタカタと顎の骨が動き、容に似合わないのんびりした声が発せられるのはちょっとしたホラーだけど、目が血走った僕は気にしない。傍目にはとてもヤバい光景だが。

 下半身から筋肉を張っていく。どんな体型が良い?と聞いたらシュウやシノみたいなのが良い!と即答されたので細身を念頭に張っていく。筋肉の両端と中央に銅線を配して、その銅線に僕の髪の毛も貼り付けていく。細い銅管を血管に見立てて神経線と同様に仕込む。中には滅茶苦茶細かく砕いた結晶体を混ぜた水を流す予定だ。

 足首、脹脛、脛、腿と来て局部ではたと困る。しまった……何も考えてなかった……どうしよう。中断してリュワと相談する。この部分には斯々然々の機能があって、と説明したら、


「あの時のー、シュウはー、格好良くてー、シノはー、綺麗だったー!僕も欲しいー!」


 との仰せをいただいたので、歳にしては立派な成人型のパーツを作って血管を繋ぐ。程々の硬度を持たせた袋状の革を束ねて筒状にし、何でこんな事に凝ってるんだ、と思わないでもなかったが、リュワの希望は全てかなえてやると決めた僕は、時折不埒な記憶ににやけながら熱意を持って作り上げた。何のために身を清めたんだよ。

 そこからは内臓を仕込んではその周囲に筋肉を配置する、という作業へ。正直一番辛かった。一つのパーツを取り付けてはリュワに確認してもらう。血管は繋がっているか、神経は。身を捻り、捩っても内臓と骨が過剰に干渉しないか。魔力を通したときに妙な偏りはないか。宿っては微調整を繰り返し、また宿る。リュワが疲れていないかを常に気にかけて作業していたが、当人は大喜びで慎重にはしゃぎながら協力してくれた。

 胸部で一旦作業を止めて、次は腕へと取りかかる。指は太さがまちまちにならないように気をつけながら、足と同様に間接可動範囲を確認しながら肩まで組んだ。

 

「シュウー、一日お休みしよー」


 リュワの言葉に、ここまで八日。この分じゃ延長の申し込みもしなけりゃな、と気付く。外からの目を気にしてカーテンは閉めっぱなしだった室内から久し振りに足を踏み出す。ドアを魔法ロックしてまずはシノの部屋に。


「あんまり根詰めすぎるとまた叱られちゃうわよ?」


「それはもう最初から覚悟してるよ」


 背伸びをすると体からパキパキと音が鳴る。それを聞いたリュワが目を輝かせるが、もう勘弁して下さい……


「リュワ、この音はね。なんで鳴るのかまだ解ってないんだ。だから僕も鳴るようにはできないんだ。ごめんね」


 そっかー、と残念そうな顔のリュワを見てシノがくすくす笑っている。

 久し振りにルード君と遊び、アリーシャさんにお小言を貰って表で陽の光を浴びる。工房区を回って設備を借りた親方衆に礼を言い、散歩がてらギルドに顔を出してドリスさんとじゃれあって月明館に戻った。


「シュウ君、熱中するのはいいけれど、ルードが寂しがってたよ」

 

 ディートさんに苦笑しながら窘められて、ルード君の頭を撫でる。ごめんね、でも大切な友達のためなんだ。もう少し待っててね。

 食事の席で言いにくかったが数日の延長を申し入れて部屋に戻る。ルード君も一緒にシノの部屋に入り、彼が寝るまで遊んだ。抱っこしたルード君を階下に運び、ついでに風呂に入る。おっさん臭い声が出たが、今日は混浴じゃないからいいだろう。

 シノの部屋に戻り、やがて僕とシノの肌の間に汗が染み出して、その日は安らぎの中で深い眠りに意識を沈めた。




 翌日から作業を再開する。

 各末端から伸びた血管を心臓に繋げ、肺や周辺を整えて首元までの筋肉を配置した。後ろに回って神経を束ねて背骨を通し、空いた頭蓋へと届いたのを確認してから首から顎下までの作業を終えた。

 顔の筋肉を貼り付けながら頭蓋内に粘性を上げた水を入れる。ゲル状とまではいかないが、結晶体の保護緩衝液としては十分だろう。六つの結晶体をそれぞれ革袋に入れて、そこに神経を繋げていく。頭蓋に伸びる血管から血液代わりの結晶液を入れて、血管内の気泡を完全に除去してからこれも袋へ。袋の中も結晶液で満たして閉じる。

 ここで最終確認と調整にたっぷりと時間を取って、頭蓋の蓋を取り付けた。これは二重鋼板の間に細切りの鋼板で作ったハニカム構造物を挟んで強度を上げてある。勿論素材自体の硬度も限界まで付与。生半可な力ではハンマーを打ち下ろしたとしてもなんとも無いだろう。天辺に開いた小さな穴から緩衝液を満たして完全に密閉した。


「ふぅ、リュワ。後は肌を張るだけだよ。宿ってゆっくりと動いてみてくれる?」


 吊ったままだから派手には動けないが、それでも異常や違和感があれば判るだろう。


「んー、なんかー、曲がる所がー、ちょっと抵抗が大きいかもー」


「あ!忘れてた!」


 各関節部分に粘性を極限まで上げた水銀を仕込む。軟骨代わりだ。強力な表面張力で流れ出すことなく、骨を繋げた銅線を中心にその場に留まってくれてる。派手に動くとずれる虞があるために、間接周りを軽く革で包んで締める。筋肉張った後だからやり難いったらありゃしない。うんうん唸ってなんとか処置を終えて、再度リュワに確認してもらった。筋肉剥き出しで満面の笑みを浮かべられて、ちょっと怖かった。


 ここからは力仕事だ。細身には見えない体型を、肌代わりの革で締める事によって理想の体型へと近づけていく。二重の肌構造だ。真皮代わりに強化した革を張っていく。力を籠めて締め上げて、縫い合わせた部分を縫い目を無くすように魔力で均しながら張り合わせていく。糸を抜いて最終的に均せば色は濃いけど肌の下地が完成した。

 その上から肌色に色を定着させた外皮代わりの革を張る。内皮と張力をあわせないと、不自然で醜い皺が出来る。画竜点睛を欠くわけにはいかないので最後の集中力を搾り出しながら慎重に作業を進めた。

 最後の肌を仕上げたそこには、一糸纏わぬ姿のリュワがいた。顔は完全に中性、前の顔と同じだ。気をつけてないとあっという間にさらわれるだろう。まぁ、さらった奴は他ならぬリュワの手によって不幸な結末を迎える事になるが。

  

「リュワ、出来たよ。最終確認だ。宿って動いてみてくれる?飛び跳ねても良いよ」


 懸架台からそっと抱き下ろしてベッドへと横たえる。

 幽界でリュワを通した僕が戻ると、腰に抱きついたリュワが居た。


「シュウー!ありがとうー!」


「喜んでもらえて良かったよ」


 飛び跳ね、走り回って合格点を貰う。見た限りでは肌も自然な皺を形作っている。

 シノの部屋をノックして僕の部屋へと誘う。下に大きな布を敷き、そこに置いた椅子にちょこんと座るリュワを見て、シノも喜んでくれた。可愛らしい子供の姿を抱きしめて、頭を撫でさする光景を見てちょっと嫉妬心が顔を出したのは内緒にしておいた。


 大人しくお座りしているリュワの頭の上で鋏を動かすシノが言う。


「これで一緒に歩けるわね。良かったね、リュワ」


「うんー!色んな所にー、一緒に行くー!!」


 十二日間で僕が得たものは、視界一杯に大きくなったリュワの笑顔と、兄と二人で育ったシノが長年望んだ年下を慈しむ姿。突貫作業と技能促進特性によって極限まで極まったであろう僕の物作りのセンス。


「いっぱい一緒にー、笑うんだー!」


 何よりも精神的な繋がりを強くしたそれぞれが、各々の胸の内にしっかり作った居場所だった。


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