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その次の夜、砦のあちらこちらで盛大に火が焚かれた。
雲は厚いが雨は上がり、まだ潜れない僕に代わってシノがデセットさんの身体を清め、組まれた枯れ木の上へと僕とライアル君でデセットさんを降ろした。
残された装備品などは僕が預かった。ライアル君が僕に役目を譲ってくれた。渡すべき人の名前も所在も教えてくれたライアル君に感謝する。
周囲にはやせ我慢を少しづつ受け持ってくれた人達が、酒を少量勧めてくれたが丁寧に断った。今回はシノもブロックせずに、というかシノも勧めてきたがそれも断る。最初の酒は帰ってからだ。デセットさんに奢ってもらうんだ。食べ物も口にする気にはなれなかったが、涙目で怒るシノが取り分けてくれた料理を口に運ぶ。
色んな人が色んな話を聞かせてくれた。
デセットさんと年の近い人達は、やれあの女に入れあげてすってんてんに剥かれちまっただの、飲み屋で余所者と喧嘩おっぱじめて止めた俺まで警備隊の檻に入れられちまっただの、ギルド発足より随分前の話を。同時期にギルド登録した人からは、獲物でモメて殴り合いしたんだけど、翌日には綺麗さっぱり何も無かったように話しかけてきて困惑したとかなんとか。新人からは、狩場で助けてもらったとか、傷だらけの素材しか取れなくて困ってたら、自分で使うから見た目はどうでも良いからと綺麗な素材と交換してもらったとか、そんな「らしい」話を。
それぞれが目を潤ませて時々言葉が閊えながらも、それでも笑って教えてくれた。僕も笑って話を聞いた。舞う火の粉が行き先を先導するように頭上へと昇り消えて行く。
隠れた月を目指すのだろうか、それとも見えない星のどれかだろうか。着いた場所の事は知っているけど、どこに向かうのかまでは知らない。
今頃案内役の彼と話してるのかな。あの巻き舌で。
戦後の交渉では一騎打ちで落とした三つの首と、空堀に落ちて捕虜に取られたちょび髭さんの四人が我欲に走り、公王の承認も得ぬまま小競り合いに兵を出したという事の始まりから説明があり、南東部を束ねる辺境伯、つまりメルゲンさんに事態の収拾を命じたと全面的に非を認める使節が来たそうだ。
メルゲンさんとの間の戦闘については、デレクさんはじめ連合の参軍貴族からの好意的な報告もあって、特に問題とはされなかった。それはそうだろう。剣を携え戦場に赴いて、すんませんの一言で帰ればどういう事になるか、上の人間が知らない筈は無いのだから。
公国は捕虜の返還に際して、ちょび髭さんの身柄は要求しなかったらしい。かつての失策に学んだというよりは、説明した事情の裏を取ってくれという詫びの代わりのような物だろう。首切役人の予定表にその名前が記された。命を少しでも永らえようとするならば口を硬く閉ざす必要があるが、堀の底で垣間見たあの人物は拷問には耐えられそうも無い。一瞬で終わるからそっちの方が幸せな気もする。他の捕虜に対しては極めて常識的な金額が提示されて、僕達が手柄にした首もろとも返還された。
国境地帯に関しては不可侵の協定が結ばれた。十三年の時を経て、公王も心境に変化があったという事かもしれない。見たことも無い人だから状況から推測するしか出来ないけれど、そうであって欲しい。ダミールギルドの人達がもう心をすり減らさなくて済むように、胸を張ってデセットさんが護った物を誇れるように。
加えて通商のための手形が両国の承認の下で発行され、すぐにとはいかないけれど人的交流が開始される切欠も作られた。新都には駐留貴族の館が設けられて、通商手形を持った間者の偵察行為が発覚すれば直ちに報復措置が取られる事になった。人質兼外交官だな。尤も前世で言う外交官と違って治外法権や免責特権は無く、連合の法に縛られる。適任者はと考えてすぐにメルゲンさんの顔が浮かんだが、あの人物は公王が手放さないだろうと思った。
そのメルゲンさんの報告書の甲斐もあってか、連合の指揮系統の評価は使節がベタ褒めし、携えてきた親書の中でも特筆されていたとの事だ。決戦の采配振りと中央からの意識外の中央突破は、瞬く間の陣変えを成した兵卒の錬度とともにお褒めの言葉をいただいたらしい。
『臣民に情義を示し礼を施し、仁忠の道理を成す。貴国の気風、感服いたした』
と〆に書かれていたそうだ。僕達の事も聞かれたそうだが、とある街でのもてなしに恩義を感じた旅の武芸者である、とそれ以上の事は伏せてくれたと聞いた。ありがたい話だ。どういう方面の方々が事情を斟酌してくれたかは考えない事にした。礼を言いに行ったら深みにはまりそうだし。
以前は素気無く断られたギルドの話も向こうから出たそうだ。これ幸いと以前の傭兵事件や首都での襲撃などを問い質すと、使節の顔色が変わり苦りきった様子で、仔細な調査の後に黒幕とそれに係わった者達に厳重な処分を課した後で、報告させていただきますとの返答があった。まぁ、今回の戦の目的地がダミールギルドならばちょび髭さんから辿れるだろう。僕の勘ではそっちの方が早いかもしれない。
ギルドに関しては、今はその制度を大きく変える大事な時期なので、その状況が落ち着いたら改めて話し合いの場を設けるという事に落ち着いた。総長のノヴェストラ公が会議に出ていたので、その場で得られた返答に使節は頭を下げて礼を言ったという。意外とこれが今回の使節に求められた成果なのかもしれない。
今回は使節も馬鹿にされず、前回と同じ姓を持った指揮官は敗戦にも拘らずその評価を上げた。対陣中の彼我のやり取りとその戦振りにノヴェストラ公から返礼の書を持たされて、使節は背筋を伸ばして馬上の人となったそうだ。終わり良ければ、という事なのだろう。その終わりを引き出したメルゲンさんは、デレクさんの第一印象通りだったという事だ。
これらは後々目通りの適ったガストルさんから聞いた話だ。なんかほいほいと聞いた事に答えてくれるので、不安になってこちらから尋ねた。僕達に喋っても良いのですか?と。今更だなと笑った後に、君達には資格があると。友人を亡くされて尚、敵将を見逃した事を悔やまない君達には知らなければならない事だからと、真面目な顔で答えてくれた。その台詞に笑顔で答えた僕とシノの繋がりこそ、デセットさんが護ってくれた物なんだろう。
ダミールで小さな白い壷を買い求め、それに袋からデセットさんの骨を移す。ライアル君とマインスさんにも手伝ってもらった。
土木作業で約束した冒険者には申し訳ないと詫びた。約束は次の機会にと。笑って頭に向かった手が、暫し彷徨い僕の左肩に置かれる。
「お前は真面目過ぎんだよ。ああいうのはな、生き延びるための約束なんだ。これで飲むまでは俺もお前も死ねないだろ?」
「それもそうですね。……では次回、必ず」
「ああ。下手打つんじゃねぇぞ」
笑ってダミールで別れて帰路に着く。あの巻き舌が聞こえないのは現実の事なんだと、進む度に思い知る。だけど納得なんて出来やしない。話を振られれば笑って返事をし、酒以外は常と変わらず飲み食いした。僕もやせ我慢できるみたいだと、その事だけには安堵する。
しかし、行きと違って、かけられる言葉は極端に少なかった。みんな、僕が本当に辛そうにしてる時しか寄って来なかった。ありがたかった。その状況がではなく、心遣いが。並んで歩くシノも、言葉数は少ない。リュワは心配してくれている。部分的に幽体がぼやける時があるんだそうだ。夜は必ず僕と同じ寝床で寝てくれた。
(キャルがー、こうしろってー、僕とシノにー、言ったんだー)
(シノは不味いでしょ……キャルさん……)
魔法が使える程度には落ち着きも取り戻したが、複数展開のような高度な精神集中はまだ上手くいかない。シノへと口を開きかける度に何かが言葉の邪魔をする。口を開いて見つめる僕の目を、シノが優しく労わってくれた。甘えているんだと判ってはいたが、それを手放す気にはなれなかった。この様を師匠に見られたら、不甲斐ないと一喝されるんだろう。
心の中はいまだ一言だけが渦を巻く。嫌だ、と。
歩調は行きと同じだが、足以外の何か重い物を、目には見えない重い物を引き摺りながらアレストへと戻る。
胸には壷を抱きながら。




