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往く河の流れは  作者: 数日~数ヶ月寝太郎
三章 落葉満ちる大樹の陰
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19

 幾分か鋭い剣筋を僕とシノが合わせて五つ、躱したところでうつ伏せの騎士が五人出来た。

 今際の際に震える人ばかり目にしてきたからなのか、部隊長が青褪めながらもにやりと笑い、鞘から剣を抜き放つのを見て内心驚く。後方からは左右に別れた位置からの悲鳴が届いている。無事に中央部隊は割れたな。


「首の持ち主の名も判らぬでは其方の手柄の瑕疵になろう。公国騎士のリガルだ」


「連合アレストギルド所属、シュウ。若造で申し訳ないが御首頂戴仕る」


「そう簡単にはやれぬな!」


 打ち込む剣を避け、横に周るが機敏に追い縋る剣を受け流す。体勢が泳ぐかと思ったが、流されたと見るや剣から片手が離れて肘が飛んでくる。袖で受け身体を回して頭上に刀を振り被ると、今度こそ泳いだ体勢から視線だけを上げて、リガルさんが僕を見た。

 その顔には怯えも恐れもなく、僅かに上がった口の端はかつて見たエイクスの最後の笑顔を思い出させた。


「良い立会いでした。では御免!」


 首へと白銀の稲妻が落ちて、転がった頭部を拾い上げ洗う。


(戦場にて扱いに御不満かもしれませんが、お許し下さい)


 心中で断り、腰の薬鞄へとしまいこむ。


「連合所属、シュウ!敵部隊長討ち取った!!」


 大音声に勝鬨を上げ、周囲の兵士を睨む。数人後退ったな。これで士気は折れただろう。貫通した穴の出口を出来るだけ大きくしながら周囲に声をかける。


「これからが大仕事です!全速で本陣まで突撃をかけます!着いて来れない人は後方の騎士団と合流して左右の囲みに向かって下さい!」


 勿論僕の全速ではない。大多数は行けるだろう、という速度で走り始める。再び気配は霧散させて、行く手に見える本陣へと向かう。


(シュウー、あっちのー、兵隊さん達の手前にー、結界があるー。そこでバレるかもー)


(すんなり行かないだろうとは思ってたけど……ありがとう、リュワ。どのくらい手前?)


(んーっとー、三十歩ぐらいかなー?)


(んじゃ、入る直前に気配は戻そう。その代わりに本陣前の左右に爆発を起こせる?)


(大丈夫ー!ちょっと時間差をつけるんだねー?)


(うん、お願いね!)


 走りながら大体あの辺、と目星をつける。下が乾いてれば砂埃が派手に舞うんだろうけど、一瞬でも注意を逸らせる事はできるはずだ。少し進路を変えて、先に爆発が起こる方へと足を向ける。敵の姿が徐々に大きくなり始め、目星をつけた辺りで魔力を解く。本陣のざわめきがこちらに向いた直後に前方で爆発。一拍おいて左で爆発が起きて、前列の注意が散る。


「行きますよ!手柄の上げ時です!突っ込め!!」


 こちらに向けて楯と槍を構える数人に向けて風刃を飛ばして穂先を切り落とし、今度こそ僕とシノの全速に加速して肩から突っ込む。前列と、それを押さえる二列目三列目の敵兵が吹っ飛ぶ。リュワには先程と同じように周囲に爆発を撒いてもらって、次々突っ込んでくるであろう後方のギルド員のために隙間を空けておく。一旦足を止めて周囲の敵兵を切り伏せて、血煙を纏う。どういう手合いが来たのかを解らせる為だ。ここは切り裂く必要は無い。捻り込むように陣の奥へと進むんだ。


「連合ギルド員、恐れ多いがメルゲン卿の御首頂戴に参上した!」


 後続が追いつくのを待って怒号を辺りに響かせ、シノと遮二無二深部へと足を進め始める。さすがに本陣、前に出てくる兵しか居ない。殺気を手始めに、持つもの全てを全開にしていく。足の運びはより深く、振る剣筋はより鋭く。隣のシノも同様だ。点を突き、線を斬って面を削ぐ。

 腹の底から声が湧き出る。睨む相手の横にうっすらとあいつらの顔が浮かぶ。声が途切れぎりりと歯が鳴る。だめだ、それを見ちゃ駄目だ!引き摺られるな!獣にはなれないんだ!顔向けできなくなるぞ!

 誰に、と考えかけたがそれも消す。あいつらのにやけ顔が消えると同時に肩から無駄な力が抜けた。横目でちらと見たシノが薄く笑っていた。

 

 何人斬ったか、確実に前進しているはずだが未だ見覚えのある顔は見えない……いや、居た!一騎打ちの時に見た顔だ。側近ならば彼を抜けばすぐそこだ!

 視線を塞ぐ様に立ちはだかった敵兵を切り伏せて前へと進む。自分の名だけを叫び、応える側近さんに斬りかかる。楯を掲げる側近さんに死角ができた。掲げた楯に塞がれた角度から充分な腰の捻りを加えてしなった僕の足が脇腹に巻き付く。派手な音が響くが流石に数日前の誰かさんのように吹っ飛ぶ事は無かった。が、鎧を伝って浸透した衝撃は呼吸を中断させるには十分だったようで、空気を求めて前にと僅かに傾いた身体は楯を持つ手を下げる様にと指令を出したみたいだ。

 シノの活躍で『お鼻摘み』などと呼ばれ始めた鉢割に、もう少しマシな呼び名を与えてやるべく、下がった楯にと砲弾のような正拳突きを見舞う。ベゴン、と鈍い音が響いて、軽量化のために隙間を埋めるように配されていた木の破片が周囲に舞う。中央部に打撃を喰らった楯は、いびつに歪んでいた。

 保持した手に伝わった衝撃と容易く姿を変えた防具の姿を目にして、驚く顔のそのすぐ下へと切先を突き込み呻く声を下方へと流しながら最奥に辿り着いた。


「ほう、貴殿らが来られたのか。てっきり豪傑ともう一人の麗人かと思っておったが」


「御希望なら暫く後に参りましょう。待つ間に左右の兵は斬らせていただきますが」


「散らせた理由が我儘なら彼らも浮かばれまい。それに此度の要も判った事だしな」


 顔色を変えるでも無く親しげに話しかけて来るメルゲンさんに、こりゃ肝の入り方も相当なもんだと改めて思い知る。


「御無礼は承知の上でお聞かせ願いたい。此度の貴卿の望む決着は如何な物です?」


「王命に従い、王意に沿う。それのみだ」


「その意の行き先は?」


「我が身には与り知らぬ事。ましてや敵方の其方達にもな」


「それを信じるほどお人好しではありませんよ?……双方から遺恨を出来るだけ除き、後に引かせぬ心積もりとみましたが?」


 ピクリと眉が動き、『眼』に好奇心が反応する。


「ふむ……剣技に魔法、加えてその推察、前任者が手玉に取られるわけだ」


「お褒めに預かり光栄です、では御首を」


「待て。こちらの質問にも答えていただこうか。名のある出だとお見受けしたが?」


「連合アレストギルド所属員、シュウとシノです。名乗りは先日済ませましたがお忘れですか?」


 あの目、信じちゃいないな。だがここで出自を明らかにする気はない。


「……ではそれを踏まえてさらに問う。君達の如き麒麟児はどうやったら育つのだ?」


 悪戯っぽく表情が変わる。あー、ドリスさんと同じ種類の人かよ……


「情に触れ義を知り礼を受ければ仁を為して忠を顕す。必然でしょう」


「連合はそれを成したのか?」


「成そうとしております。彼らは時が来れば僕など足元にも及ばぬ人物になるかと」


 追いついて来た所属員がそれぞれの顔を真直ぐに上げ、臆することなくその眼に意思を乗せて伯爵と向かい合う。歯を剥き出しにして獰猛に笑う所属員達をぐるりと見回して愉快そうにメルゲンさんが笑う。


「なるほど、将来が楽しみだ。此度は我らが退こう。引き分けがベストなのだがな」


 やっぱりそういう指示が出てるんじゃないですか!


「連合には恩もある。かつての捕虜交換で父に高値をつけていただいた。あれが無ければ少なくとも対外的に我が家の格は落ちたであろう。経緯はどうであろうとその身に高値がついたのだ。二束三文の敗軍の将にならずに済んだ」


 メルゲン……あのメルゲンの本家筋だったのか!


「辺境伯様とは御見逸れしました。戦場とはいえ、御無礼に御容赦を」


「無礼などは無かったよ、麒麟児殿。ノヴェストラ公にも先の礼を伝えておいてくれるか?」


「承りました」


 そこで表情が締まり、周囲に指示を飛ばす。


「我が方の負けだ。総員退却の指示を伝えよ。タマス城まで撤退するぞ」


「はっ!」


 伝令が散り、こちらに向き直る。


「後は我が首の行方かな?」


「見知らぬ者に迂闊な報告を上げられても困ります。御自分でなさって下さい」


 そう言って刀を鞘にしまう。周囲の冒険者が声を上げるが、責任は僕に手柄は皆さんに、という言葉に不承不承殺気を収めてくれた。追いついたキャルさんとロウガーさんも反対しなかったところを見ると薄々感付いていたんだろう。

 退いて行く敵に、最低限の警戒をしながら手元を見る。


「一番の手柄を見逃すとは剛毅な若者だ。シュウとシノ、名は覚えたぞ。首の代わりにこれを渡すゆえ、持って行け」


 そう言って手渡されたのは、紋章入りの首飾りだった。


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