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往く河の流れは  作者: 数日~数ヶ月寝太郎
三章 落葉満ちる大樹の陰
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18

 いつも通り夜明けに起きる。シノと並んで瞑想をして、リュワを交えて朝食を済ませ、身を整えて装備に袖を通す。心身ともにいつものコンディションだ。天幕を出てシノと軽く打ち合い、動きを確認する。澄んだ空気が木刀の打ち合う音を伝え、ちらほらと他の人達が外に出てくる頃に稽古は終わった。

 ガシャガシャという音が賑やかになる中で、僕はメルゲンと言う人物の事を考えていた。


 貴族とはいえ、対陣中の敵への態度がおかしいのだ。一騎打ちの最中に不埒者の乱入を許してしまったとはいえ、素直に詫びを口にするなどはあまり考えられない。キャルさんの怪我にしてもそうだ。女性とはいえ、戦場に身を置いた騎士でも貴族でもない平民の冒険者の快癒を待って決戦などは尋常ではない。


 ――どういう意図でこの場に赴いた人物なのか?


 中央から派遣されたという事は、公王の意志もそこにあると見るのが自然だろう。父であり建国の祖である前王の名声を超えようと領土拡大に躍起になっている、という噂通りの人物ならば必勝を命じる筈だ。必然、人物選定もそれに適う者となる。平民の負傷など気にもかけない。それどころか冒険者の指揮官クラスとなれば、これ幸いと攻めにかかる。


 ――必要以上に誠実で公明正大な人物。


 勿論戦才はある。一軍の将としても立派な人物であろう。しかし物腰から感じる印象はもっと別の場で光る人物のように感じる。そう、調停や交渉、もっと突っ込むなら真摯な話し合いが望まれる外交の場。誠実な印象の内に交渉スキルを混ぜ込み、自国に有利な条件を引き出す、そういう人物。


 ――なぜそういう人物が戦場に出てきたんだ?


 勝った後の交渉を見越して、というのではないだろう。それにはまず勝利が絶対条件になるからだ。調停は時と場所を改めて、という事になるだろうし、戦がはらむ雰囲気が恨みや略奪といった物ではなくなった事で、報告書のトーンは幾分落ち着き、置いた時はさらに気分を静める。


 ――それが目的か?両国の状況を落ち着かせる為に、勝ち目の薄い一騎打ちを申し込んだ?


 という事は、公国も戦を穏当に終わらせようとしているという事だ。公王も、その左右も、足元に傅く貴族達も。なら何故戦は起こったんだ?

 そこまで考えたところで訓示が始まる。


「これが最後である。諸君がその背に庇うのは、諸君を庇い戦ってきた父祖の誇りであり、将来諸君を庇い戦う未だ見ぬ若人の希望である。国土領土が宝なのではない。育む場所が宝なのだ。誇りを、希望を育む場所だ」


 王命を拝した指揮官が言って良い事なのかな?これ。柔らかくなってくれるのは良いんだけど、過ぎるのは後でお叱り受けそうで怖い。デレクさんには良くしてもらったし、一冒険者でしかない僕の身も心配してくれた。そんな人が責められるのは忍びない。


「脅かす者には報いを受けさせるのである。諸君らは力無き者の代理人としてこの場に立っているのだ。剣を握るのは諸君らの手だけではない。その背からも手が添えられている事を忘れるな」


 並んだ兵士から勇ましい声が沸きあがる。僕と同じような光景を思い浮かべたのだろう。元気に遊ぶルード君やデッコーさんのお嬢ちゃん、相手をしているアリーシャさんやガルさん、微笑ましく見守るディートさんとネリアさん、それを創ってきたおじさんとおばさん、ダフトさん。どこにでもある光景だろうけど、かけがえの無いもの。散った人達が護った者。


「護るべき物は背後だけではない。諸君らの背や胸や腕もまた、温かい場所に成り得るのである。安易に死に向かう事は許さん。生きて戻って成すべきを為せ」


 ああ、これが言えればそりゃ慕われる。壇上のキースさんやトラッドさんたちも頷いている。柱と仲良くなっているあの二人にも聞かせたい。自分の価値を認める、或いは教えてくれる人には尽くしたくなるものだ。血は力を持っているんだろう。しかしそれを強めるのも弱めるのも本人次第だ。

 僕の血は、この身体に流れる藤守の血は譲り受けたものだ。もし仮にそれが知られたとしても、シノに捨てられないように励もう。


「敵の布陣はこちらの予想通りです。予定通り進みましょう」


 櫓から降りてきたトラッドさんが教えてくれた。砦から出て横陣を形成する。僕とシノは三列目中央。一騎打ちで知られてしまったし、目立つ格好なので敵の注意がこちらに向くのを避けるためだ。魔法はこちらの気合を薄めるのに使っている。デレクさんの演説で盛り上がったからね。

 雨は大分細くなっているが、足元の状況はあまりよろしくない。周囲の山々もその頭に深く傘を被り、勇ましくも血生臭い行軍から目を逸らそうとしているかに見えた。磨いたブーツが台無しだと隣がぼやき、報酬で新しいの買おうぜと誰かが答える。雨音と足音が混ざりそこにざわめきが加わり始める。見え始めたな。


「伝令!二十歩の後に少し速度を上げるようにとの指示です」


 逸っていると匂わせる。その後目前で速度を落とし、敵方の気合を外す。それまでは気配をコントロールしつつ敵に応じると思わせるんだ。戦場の雰囲気をコントロールして気を呑んでやる!

 降りしきる雨は温度を上げ、足元からはほのかに湯気がたつかと思われるほどの熱気を周囲から感じる。リュワとやり取りしながら苦労して気配を小出しにしていく。敵方も感じ取ったのか、雨の向こうからのざわめきが勇ましいものに変わりつつある。


「あと三百歩!」


 前列から声がかかる。という事は後百五十歩歩けば会敵だ。そろそろかな。再びの加速の伝令に気配を濃くして早歩きになる。ぉぉぉ、という敵方のかけ声が徐々に大きくなってくる。こちらも答えるように声が大きくなっていく。


「二百歩!」


 爆発的に気配を開放して足は小走りに。敵方も引き込むように魔力を繰る。双方掛け声と進軍速度が噛み合い、お互いが放つ気迫が中央地点で混ざり爆ぜると思われた瞬間に再び気配を抑える。


「ギルド員、速度押さえ!」


 僕の指示で横陣中央から速度が落ちて両翼が上がり気味の弓形へ。それと同時に最後列の人員が左右へと移動して両翼が気持ち厚めに先行する。これで敵の目は左右へと散った筈だ。後はトラッドさんからの指示を待つ。敵方は策を警戒して強引に速度を緩め、足並みに乱れが生じたはずだ。


「敵後方に動きあり!」


 かかってくれよ!と思いながら、頭一つ低い僕は前方を見る事なく魔力を繰る事に集中する。ひゅうという音が聞こえた。両翼から敵前列に射掛けられた矢の音だ。よし、手筈どおりの合図だ。動き始めた部隊が急に方向を変えて反転する事は難しいだろう。

 

(リュワ、シノ、出来るだけギルド員の気配を消そう!魔法合わせてくれ!)


 左右後方に伝令を出して、周囲の千二百の決死隊に声を届ける。


「百歩!」


「そろそろ行きますよ!一番槍です!」


 伝令が向かった先の部隊が素晴らしい統率で陣容を変え、三角陣へと姿を変える。


(シュウー、三角なったー!!)


 先程発した指示に応える声と背を押す咆哮に弾かれるように最前列へと飛び出して号令をかける。


「ギルド員、総員突撃!!」


 三角形の頂点から血走った矢印が飛び出し、背後からは敵前列に向けて山形に火矢が放たれる。天候までは思い通りにならなかった雨の中を、それでも消えずに敵へと降りかかる。少し細工を施し、油を入れた小瓶を篦、即ちシャフトの部分に取り付けてある。通常なら抵抗がかかって狙った場所には落ちないが、リュワに頼んで行く先を定めてもらった。突き立った楯には油がかかり、広がる火は気を逸らせて判断を鈍らせるはずだ。

 慌てる前列まであと少しといった所で全ての魔力を解いて気配を全開に顕す。

 そりゃ吃驚するだろう、目の前にいきなり殺気で満ちた千人が現れたのだ。


「後方は気にしないでください!僕達が道を開けばそこに割り込んでくれます!」


 再び魔力を繰って敵中央部隊の前列に深く差し入れて爆発させる。

 吹っ飛ぶ兵士の下を潜り、速度を緩めず抜刀しながらまずは一人と心に報せる。敵方がどういう思惑だろうと構わない。こちらが斟酌する事でもない。僕には、僕達には大事なものがあるんだ。跳ね返して、護るんだ!!

 僕とシノを頂点に、矢印の先は二等辺三角形に姿を変える。底角はキャルさんとロウガーさん、矢印の中程ではデセットさんが指揮を執っている。

 刀が敵兵の壁を穿ち、長巻が斬り開く。左右に散る敵兵に混じってシノの首元から魔力が顕現し行く手に現れる人を打ち上げる。頂点から底角へと伸びる刃は開いた穴を広げ、おそらく着いて来ているであろう後方の騎士団が割り入って、左右へと押しやっている筈だ。


「いいか、手前ぇら!あの二人は放っといて良い。怪我した奴は騎士団に拾ってもらえ。死んだら報酬は貰えねぇんだからな!」


 後ろから微かにデセットさんの怒鳴り声が聞こえる。俺を遺族へのパシリにしやがったら殺すぞ!の声に自然と笑みがこぼれる。

 僕達に繰り出される槍は穂先を断ち切り、或いは袖や草刷りの鉄甲蟲の甲殻が弾く。飛来する矢は鉢金が叩き落し、打ち上げる。速度を落とすことなく敵部隊半ばまで押し入った僕達は、リュワに伝える。


(リュワ、ここでそこら中に爆発を撒いてくれ!味方は巻き込まないようにね!)


(わかったー!)


 トラッドさんから見れば花火だろうな。あちこちでパンという渇いた音と悲鳴が起こる。部隊に隙間を作り、左右に圧し拡げる騎士団の手伝いだ。なるべく早く鎧を斬り落とし、喉元へ喰らいついて参ったと言わせるんだ!

 破裂音を背後に、悲鳴を頭上に、血を横に、敵を地面にと置き去りにして、僕とシノは並んで舞う。閃く白刃はその身に血を残さずに振った勢いで光を取り戻し、それを目にする人間を斬っていく。半ばを超えて残った半ば、さらにその半分へと壁は徐々に薄くなっていく。一人の豪壮な鎧を守るように剣を構えた数人が立ち塞がる。

 その人達を視界に入れるや僕とシノは叫んでいた。


「連合ギルド員、シュウ「シノ」!阻まれるならば押し通る!」

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