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往く河の流れは  作者: 数日~数ヶ月寝太郎
三章 落葉満ちる大樹の陰
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17

 その夜はまだ物が何も無い兵舎で、ダミールの人達と数少ない守備隊員が集まっていた。

 酒の匂いがどんなに漂ってきても、誰も覗きに行こうとはしなかった。騒ぐ声が響いても陽気な歌声が聞こえても、その意味を知っているから誰も近付こうとはしなかった。

 酒に何が混じっているのか、声に何が籠もっているのか、すぐ傍を通ってきたから感じているんだろう。天幕の内でデセットさんが言う。


「必要なんだよ、ああいうのもな。残された骨や品を届けなくちゃならねぇ奴にゃ特にな」


「僕達は……」


「勝つ事しかねぇよ。何を護ったのか伝えにゃならねぇ。逝った奴にも遺された奴にも、胸張らせてやる為にな」


 秋の夜風が天幕の端をすり抜け、虫の声を運んでくる。昼間、数人分の血を吸った大地の上に、種を残す相手を求める音が満ちている。いつもと同じだ、寂しくも哀しくも無い毎夜の風景。しかしそう思う程度には僕達は寂しく哀しい心境なんだろう。だからデセットさんも来てくれたんだろうかと思う。

 三人で僕の武器を見ながら、装備の話や狩りの話を暫くしてからデセットさんは帰って行った。俺にあんな酒飲ませんじゃねぇぞ、と言って。




 アレストを出発した時に比べて、涼しくなった森の中を駆ける。冬を前に本能が刺激されるのは昆虫だけではない。魔物も同様に……いや、ここのところの血風で輪をかけて興奮している。各ギルド十人程に別れて砦周りを哨戒がてら狩って来てくれと頼まれたのだ。各隊に二、三人の騎士が編入された。研修だそうだ。

 

「これが錐突鳥です。少し大きな啄木鳥といった大きさですが、飛行スピードが恐ろしく速いので目視できる距離まで近づかれれば回避がやっとでしょう」


 察知した気配を叩き落し、地面でもがく鳥の首を捻って止めを差してから説明する。頭を狙って長く鋭い嘴を突き入れて頭蓋内を啜る。羽毛が真っ白なので森の中ならまだ目立つ。雲を背後に上空から飛来されれば発見は困難だが、何故か森林に巣を作りそこを中心とした行動範囲は狭い。外傷が目立たない死骸を見つけたらまずこいつを警戒して下さい、と忠告してからなおも狩りは続く。夜行性の鉄甲蟲は数が少なかったのでみっともないところは見せずに済んだ。

 途中でデセットさんとライアル君の部隊と合流し、十五頭ほどの旋風狼の群れを始末した。デセットさんの冷静な指示で動きの速い狼を位置取りで追い詰めていく。魔物相手だと冷静でポーカーフェイスなのに、なんで駆け引きのある賭け事は弱いんだろうと不思議に思いながら、与えられた囮役をこなした。


「解体がねぇと楽なんだよな」


「いつもこうなら良いんだがな」


 以前、解体役を三人ほど雇って出かけた集団が居たそうだ。狩った獲物はキャンプに運び、そこで解体。狩猟組は再び奥へと行動していたそうだが、数回目に帰って来た狩猟組は喰い荒らされた解体役の遺体を見つけたらしい。解体中の血の臭いを辿って魔物が来襲、解体済みの素材なども例外なくズタボロにされてからは、余程の大規模狩猟でもなければこういった分業はされていない。

 

「お前ぇらはいつもどうやってんだ?」


「僕達も基本はその場で解体ですよ。臭いを魔法で漏れないようにして、それが終われば肉を餌に寄ってくるのを倒してます」


「二人でそれが出来るのかよ……可愛くねぇガキ共だ」


 笑って無駄口を叩きながら指定数を狩った僕たちは休憩にキャンプへと戻る。

 少人数なら狩った獲物を開けた場所まで運び、そこで解体して街へ戻る。中規模でも基本は同じだが、僕達と同じように罠を張る場合もある。しかしやっても二連戦。続けるうちに血の臭いは濃くなり、寄って来る魔物が集団になるからだ。臭いを漏らさない魔道具もあるにはあるが、空間では無く対象物の臭いを閉ざすために使い勝手は悪い。解体中の無防備な気配や身に染みた血の臭いは防げないし、効果が不意に切れれば危ないからだ。


 曇り空の下で人相手ではなく、本来の相手に刃を振るう冒険者達は生き生きとして見えた。狩った獲物は各ギルドごとに分けられて、報酬に上乗せされるという理由だけではないと思う。僕も新しい剣に貴族以外の相手をさせてやれた。キャルさん達もホクホク顔で昼食をぱくついている。


「一応、治療中ということになってますから、無茶はしないでくださいね?」


 というシノの言葉にも生返事で返し、ダミールギルドの若手を交えたミーティングに熱が入っている。


「だから四足相手の位置取りには注意がいるのさ。不用意に背後に立てば蹴りが飛んでくるからね。どの足に体重が乗っているのか、どの相手に注意が向いているのか、見極めてから機動力を削ぐんだ。そこの二人みたいにいきなり目やら耳やらに切先突っ込もうとすんじゃないよ?」


 僕達を指差す。どこで見られてたんだ……

 そこからは僕達も輪に入れられて上位魔物への対処法などを聞かれる。参考になるのかな、と思いながら話すが休憩終わりの締めの一言で納得する。


「と、いうような事ができるなら少人数で狩っても良いけど、無理なら逃げな。仲間しか居ない森の中で突っ張って命落としても笑い者にしかなりゃしないからね」


 午後からは解体役かな、と思っていたが全員騎士で構成された部隊にアドバイザーとして動向することになった。キャルさんの一言で何かやりにくさを感じながら極々初歩的な方法で狩っていく。即ち多数で一匹を囲み、末端をはらい徐々に力を削いで倒す方法だ。僕とシノは素材の質が落ちるのであまりやらない。騎士は素材が直接収入になりにくいのでこの方法で良いらしい。

 統率の取れた動きと的確な班長の指示で僕達はほとんど見ているだけだった。空は曇ったままで時間は過ぎていく。雨の直前の独特な匂いがし始める頃、討伐終了の指示が出て僕達はキャンプへと引き上げる。残った解体を手伝って砦へと戻った。


「二日後、会戦である」


 帰って司令所に呼ばれた僕達に、それなりの経緯があったとはいえ間延びした戦の終了予定が告げられる。

  

「その顔はまだ早ぇよ」


 月明館を思い出した僕の顔が緩んだのだろう。デセットさんにお小言を貰ってしまった。狩りで束の間戦場の気分が弛緩していたのだろう。地面を叩く雨の音が気分を落ち着かせ、日々の仕事の後で当然訪れる憩いを求めたのかもしれない。すみませんと謝る僕に笑顔が向けられる。


「まぁ、歳相応って言やぁ相応だね。坊や達はそういう顔のほうが似合ってるしさ」


「そうだな。とっとと終わらせて帰ろう」


 それぞれの意思が同じ方向へと向かい、緩みながら締まる。


「作戦に変更は無いのである。諸君らが開けた穴を我々が広げて分ける」


「本陣との一対一です。先日の一騎打ちのようにお願いします。今度は助太刀などはさせませんよ」


 トラッドさんの一言が心強い。この人偉くなるんだろうな、と思う。ほぼ間違いなく子爵位は一つ空くだろうしね。

 最終確認とも言える内容を話し合って司令所を出た。薄暗い雨の中を天幕へと帰り着き、身体を拭いながらシノへと伝える。


「二日後だそうだよ」


「そう……どうするの?」


「僕達が先頭だ。目印になる必要もあるだろうし、戦装束で出ようか」


 あの一騎打ちが終わってから相談していた事に結論を出す。


「突破力も要る。刀でいくよ」


「じゃ私もそうするわね。丁度良いから今回を初陣という事にしましょう」


「そうだね、シノと再会した時のは……なんていうか、山賊退治みたいなものだったし。御披露目といこうか」


 真面目な顔で頷くシノ。リュワも二つ目の身体でシノに巻きついて喉輪を装って参戦する事に決まった。

 装備を確認しながら三人でいつものように過ごす。

 宿舎では今日の狩りの打ち上げでもやっているんだろう、雨音に混じって陽気な声が聞こえた気がした。

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