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往く河の流れは  作者: 数日~数ヶ月寝太郎
三章 落葉満ちる大樹の陰
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16

「貴様には見覚えがあるな。尻尾を巻いて逃げ出しておいて、よくもおめおめとここに来れたものだ!」


「墓荒らしのクセに威勢が良いねぇ。死体から首を切り取って喜んでた旦那。戦功はちゃんと報告したのかい?『僕ちゃん上手に死体で遊べました!』ってな!」


 ヤバい……僕もロウガーさんも足が一歩前に出た。あいつの話だったのか。ダミールの人達が言ってた下種野郎ってのは。キャルさんが拘る訳だ。両指揮官も眉が吊り上っている。敵陣の人間がほぼ全員下を向いているのが答えだな。

 顔を真っ赤にして言い返しているが、もう誰の耳にも言葉は入って来ない。頭の中は別の物で一杯だ。

 すでに開始の合図はかかっている。キャルさんもさっきの答え以外は声を出していない。なおも言い募る相手にすらりと剣を抜き片手で手招きをした。


 黙っているキャルさんに口喧嘩は勝ったとでも思ったのだろうか。無駄に煌びやかな装飾剣を引き抜き、まだマシな足取りで間合いを詰めてきた。

 次の瞬間には両頬に切り傷を作られて下がる。どっちかは言わずもがなだ。その後も寄っては傷を作られて、下がっては傷を確認し、と傍から見れば独り相撲でも取っているかのような光景が繰り広げられる。こりゃ役者が違いますわ。

 キャルさんがダミールギルドの人達に見せ付けるように獲物で遊ぶ。まぁ、見せ付けて溜飲を下げようとしているんだろう。死体で遊ぶようなバカには因果応報だ。

 

 しかし、圧倒的な展開なのに相手はまだニヤニヤ笑っている。なんか余裕があるな、と思っていたらバカが本領発揮した。

 最初は伝令かと思った。向こうの指揮官に進路を取っていたからだ。気付くとその気配は速度を上げてキャルさん達の方に迫っていた。こういう時だけは連携が上手いのが悪党だ。あまり動かず切り傷をつけてあしらっているキャルさんに、きんきら鎧が大上段に振り被った剣を委細構わず叩きつけて来た。

 剣を横に構えて簡単に止めたキャルさんの腕を抱え込む。同時に後ろからの斬撃が迫る。


「キャルさん!」

 

 という僕の叫びと


「我が名はシーカス!公国の忠臣に助太刀!」


 という名乗りはほぼ同時だった。反応したキャルさんがなんとか身体を捻るも、右腕からは一筋の血が流れる。


「あの間合いで名乗って何が助太刀だあの野郎!」


 と飛び出しかけるロウガーさんにしがみ付く。さっき連合の陣から飛び出す気配を察知したからだ。


「なにすんだ!離せ」


「落ち着いて下さい!僕達よりシノの方が早い!」


 一騎、騎馬が駆けて来る。不味い、あの顔はブチ切れてる。僕の言葉届くかな……


「連合アレストギルド所属、シノ!義に応じて助太刀いたします!」


 目前で馬から飛び降り、二の太刀を避けられた不埒者の三の太刀を抜いた剣で受け止める。ぎゃり、という鋼が噛みあう音がキャルさんの頭上で鳴る。


「助太刀ならば陣前で名乗りなさい。暗殺者の真似事は助太刀とは言いません。武人の誉れに水を差す痴れ者が!」


 シノが押し返そうと力を篭めたのだろう。僅かに動いた噛み合いに、相手も力を入れた瞬間剣が斜めに滑り落ちる。力を流されて泳いだ身体にシノの膝が埋まる。身体を折った助太刀君は、落ちた顎に掌底を食らい、前に後ろにと忙しい。たたらを踏んで下がる相手に同速で追い縋り、振った剣が手首を落とした。

 声だけは勇ましかった名乗りとは違って、その行いに似合いの情けない悲鳴が辺りに響く。傷口付近を握った手首も一刀の下に落とされて、不思議な手の形になっていた。

 止まない悲鳴にイラついたのか、シノが口に踵を蹴り入れる。あーあ、歯が全部無くなったなあれ。こっちに入歯ってあったっけ、と思う僕に冷ややかな声が聞こえた。


「女相手に二人がかりで不意の一太刀、それがあなた達主従の戦功です。しっかり持って逝きなさい。では死ね」


 物乞いのような目つきで、なにやらふがふが言っている助太刀君の首にぴたりと刃を当てるとシノが振り被る。眼がマジだけど聞こえてくれよと思いながら、念話と言葉で鋭く名を呼ぶ。


「シノ!」


 首筋でぴたりと剣が止まり、こちらに向くシノ。邪魔しないでという顔に首を振り、鼻筋をとんとんと指で叩いてじっと目を見ると、念話でやり取りをした後にやっと諦めてくれた。

 なにやら小声で話しかけ、剣をしまう。おそらくこの後の運命を聞かせてやったのだろう。お前は事の真相を証言した後死ぬんだよ、と。

 僅か数日でも命があることに安堵したのか、それとも陣に帰れば何か伝手でもあるのか、ほっとした表情の男に鉄拳が飛ぶ。

 回転しながら鼻筋に入った鉢割は、鼻骨と頬骨を綺麗に割り、回転力によって鼻が捻り千切られた。いや、確かに鼻なら良いよと言ったけど……

 思わず鼻を押さえるデレクさん以下連合勇士。襟首を引っ掴んで公国側に歩み寄るシノの後姿をそのまま見つめ、どさっと放り投げたところで我に帰ってデレクさんに小声で告げる。


「メルゲン卿よ、その者おそらく事の真相を知っておる。三本終わった後にでも確かめられるがよろしかろう」


「詫び様も無いばかりか事情を斟酌していただき忝い」


 キャルさんに眼を戻すと、こっちはもう誰の言葉も聞きそうに無いほど激高していた。


「ま、参った!命ばかりは」


 切り傷は多いけど、五体満足ぴんぴんしているおっさんが、右腕をだらりと下げているキャルさんに詫びを入れていた。だから無理だっつーの。


「決着は生きるか死ぬかだ。この上無様を晒すな」


 冷たく言い放たれた指揮官の言葉に希望を断たれたきんきら鎧は、剣を掴んで遮二無二振り回す。その度に打ち払われ、今度は小さくない傷を負わされ続けて膾切りになって死んでいった。最初の二筋以外は傷の無い首を片手で掻き切ると、自陣に向かって高く掲げる。わっと連合側が沸いた。


 帰ってきたキャルさんから首を受け取る。こいつは洗う気は無い。そのままロウガーさんに渡すと首台が割れるかと思う勢いで叩きつけられる。睨まれた最後の一人は震えているが、大将はお前だろ?逃げられないと思うよ。

 キャルさんをシノに預けてリュワに念話で治療を頼む。二人は一晩貸し出す事になるな。

 三人目が呼ばれてロウガーさんが前に出る。


「タルハマス旧都ギルド所属、ロウガーだ」


 相手はもはや震え上がって名乗りも小さく何を言っているのか聞こえない。

 名乗りもまともに出来ぬのか、と指揮官が怒鳴るが、それにロウガーさんが言葉を返す。


「メルゲン殿だったな。かまわんよ。あんたはまともな様だがな、いまさらすぐに居なくなる外道の名など聞いたところで何にもならん」


 肩に両手剣を担いでとっとと始めろと言わんばかりに相手の名乗りを拒否する。多分キャルさんと同じぐらい怒ってるな。

 相手が剣を抜き、始めの声がかかるや否や、凄まじい速さで間をつめて構えた相手の剣を跳ね上げ、頂点で一瞬静止した大剣は、自身の重みにロウガーさんの腕力を得てギャリ、ともジャリ、ともつかぬ音で、相手を押し潰しながら両断する。薄い板金の豪華な鎧も偽りを真に変える事能わず、ゆっくり左右に別れていった。


「勝負あり!大義は連合が掴み取った!」


 捕虜を受け取りこれにてお開きと、敵陣を睨みながら歩き出そうとした僕達に声がかかる。


「シュウ殿、丁重な首の扱いに礼を申し上げる。キャル殿、シノ殿。我が公国貴族の非道な行いをお詫び申し上げる。ロウガー殿、貴殿の相手の首は縫い付けて後日お届けいたす。ユーザリム卿、決戦はキャル殿の傷が癒えた後でどうであろうか?」


「一応の決着を見たとはいえ、此度は因縁が多すぎる。次で雌雄を決しよう。傷が癒えればこちらからお知らせいたす」


「重ね重ね申し訳なかった。連合の麗人達よ、傷を負わせたこちらが言う事ではないが、大事にな」


 誰も答えないのでキャルさんの脇をシノが突く。麗人てなんだい?美人って事ですよ、褒められてますので答えてください。アタシがかい?という小声のやり取りの後に、シノの言葉をそのまま口にするキャルさん。


「お褒めいただき光栄です。仇討ちの機会を与えていただいた事に感謝いたします」


 二人の様子を戦場には不釣合いな表情で見ていたメルゲンさんに、場所が場所なら良い知り合い方ができた人なのかもな、と思いながら、僕達は歓声を上げる自陣へと帰って行った。

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