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往く河の流れは  作者: 数日~数ヶ月寝太郎
三章 落葉満ちる大樹の陰
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15

 使者の持ってきた書状を差し出された。

 先日砦で聞いたデレクさんの説明と、公国前指揮官達の供述が違う、とこちらにしてみれば知らねぇよ!という内容だ。決戦前の余興として、事の真偽を白日の下に決めよう。と結んであった。


「現指揮官着任前の指揮系統で一騎打ちの申し込みである。向うは前指揮官と初期参戦貴族が二名。三対三での申し込みであるな」


 それで各ギルドのまとめ役が呼ばれたんですか。僕以外は全員歯を剥きだしにして獰猛に笑っている。


「ではダミールで臨時指揮官に任じられた俺と」


「アタシを外すと承知しないよ。一等最初から居るんだからね!」


「んじゃ、三人目は俺が出るぜ」


 と皆の視線から外れた位置から声が出る。デセットさん……御心配はありがたいんですが皆見てますから。


「いえ、僕が出ます」


「天敵ぃ!手前ぇ、どんだけ見せ場持ってきゃ気が済むんだよ!いいから俺に譲っとけ!」


 あれからデセットさんの監視は続いている。僕達について回る人もライアル君はじめアレストの所属員だし、本人も一日一回は顔を見に来る。皆に慕われている理由もわかろうというものだ。


「デセット殿。心中は察するが、半ば御使命であるのだ」


 書状には『魔法使用は禁ずる』の一文が書かれている。おそらく、歯噛みしながら堀の向こうで怒鳴っていた人が貴族の内の一人なのだろう。


「デセットさんの見せ場は僕にカードで勝つところですよ」


「手前ぇ!!……クソ、いいか?捻り潰して来い!時間かけやがったらまたぶん殴るからな!」


 リュワの治療を断り、青くなった右の頬をさすってはニヤついていた僕を、シノは気持ち悪そうに、それでも眼は笑いながら見ていた。自分でもどうかと思ったけれど、嬉しかったんだ。仕方ないじゃないか……

 僕、キャルさん、ロウガーさんが出る事になり、各々獲物を撫でている。僕も腰の二振りに手を置く。新しい方は二回続けて貴族相手だ。そのうち曰く因縁がつくんじゃないかな、『ノーブルキラー』とかなんとか。


「双方賞品も出すのである。勝った方の総取りだ。負ける心配などしておらんが、間違いなく貰って来てくれ」




 連合公国共に初期人員が戦場で向き合う。こちらは千二百ほど、向うは二百ほど。こちらに比べて随分減ったなぁ……


「申し入れに応じていただき感謝する!書にてお知らせしたが、双方言い分が違っており申す。然れども時は戻らぬ。ならば戦場で真偽を決めるは剣に籠めた信念のみ!」


「こちらとしても、領土守護に散った兵の無念を晴らすまたとない好機!双方尋常な立会いを望む!」


 尋常なって……あっちの三人ガッチガチに固めてますよ?内一人はフルプレートに槍斧って、バカじゃないの?その体型で動けるの?

 僕の心配をよそに、勝負に挑む六人と見届け人の指揮官と護衛が、観衆から良く見えるように立ち位置を九十度回る。


「勝者が得るは生と事の真相、敗者には死と偽りの報いを!褒賞は互いの捕虜!」


 こちらからはちょび髭さん。向こうからは子爵に放たれた偵察兵が縛られて陣前に引き出される。どっちが帰陣したとしてもこれまでの境遇と変わりはないだろう。


「悪いけど真中の奴はアタシが貰うよ。あのキンキラの鎧には見覚えがある」


 キャルさんが僕達に呟く。拳を握り締める音が聞こえた。頷いて返す。


「一番手出ませい!」


 フルプレートが名乗りを上げる。堀の向こうに居た声だ。


「連合アレストギルド所属、シュウ!御相手仕る!」


 腰を折り敬意を表す僕とふんぞり返ったままの相手。まぁ、下手に返礼して転んだら時間がかかりそうだし。ただ、あなた自軍への印象最悪ですよ?

 僕がナイフを抜いて、始め、の声がかかる。

 がっちゃがっちゃと音を立て、槍斧を振り被って向かってくるが、遅い、遅すぎる。ナイフをしまって無手で構える。なんかアホらしくなってきた。

 ようやく僕を間合いに捉えたか相手が獲物を振ってくる。が、当る筈も無く僕は相手の横へと足を運ぶ。出て来たからにはちょっとは心得あるのかと思ったがこりゃ素人だ。振り切った右手の手甲に鉢割を叩き込む。ベゴンと相手の板金が形を変える。

 ぎゃっ、と小さく呻き声が漏れて獲物を取り落とした。まさか左手は添えただけですか?


 こりゃ、覚悟も無く戦場に出てきたんだろうな、と考えたところで怒りが沸いて来た。

 覚悟も無いのに戦を起こしたのか。屁とも思っていない他人の命を賭けて荒らしに来たのか。僕達の、ダミールの人達の家に押し入ってきたのか。家族や仲間を護ろうとした守備隊や冒険者を喰い散らかしたのか。金を奪うつもりで?名誉を得るつもりで?

 兜の細い隙間から落とした槍を必死に探すその姿に、こんな奴がと思うと感情が反転していた。


 思い切り尻に蹴りを見舞う。良い音がしてフルプレートが吹っ飛ぶ。仰向けに転がって体を起こそうとするがそこに馬乗りになった。腰の後ろから銀の刃を見せ付けるように抜き、峰に返してヘルメットをぶっ叩く。

 ガインガインと鈍い音が辺りに響く。音にまぎれて参ったとか助けてとかの言葉が聞こえる。バカがそんなヘルメット被ってるから、何言ってるのか篭って聞こえないよ。

 その事に気付いたのか、脱ぐ間を得ようと左腕を頭の横にと掲げる。手加減して叩いていた僕が力一杯峰を籠手に振り下ろすと、薄い鉄板がへこむ音の内側から骨が砕ける音が伝わってきた。

 悲鳴を上げながらも助かる為だと右手でなんとか兜を脱ぎ、悲鳴を飲み込み、負けの意思表示をしようとしたんだろう。


「ま」


 右手に握った短剣を左肩に振り被り、睨みつけた僕の顔がおそらく最後の光景だ。

 振り下ろした逆反りの刃が、でっぷり太った首を掬い上げると同時に綺麗に断たれたその頭は、脱いだ兜よりはるか遠くまで飛び、汗と涙は転がる間に兜代わりに土を拾い上げながらようやく回転を止めた。


 ゆっくりと立ち上がり、首に向かって歩く。後に控えたこちらの二人はなんでも無いという風に、向こうの二人は顔を青くして固まって、微動だにせず立っている。

 泥に塗れた髪を引っ掴み、血がかからないように掲げる。


「アレストギルド所属員シュウ。確かに御首頂戴いたしました」


 敵の指揮官から声が上がる。


「尋常な立会い、見届け申した。連合には良い若武者がおられるな」


 水を顕現させて洗う。終わったからもう良いだろう。首と一緒に怒りも飛んだし、どういうやり取りがあったかまでは知らないが、武器を構えてこの場に立ったんだ。その事実に敬意を表そう。僕も鬼とか思われたくないし。

 デレクさんの下に引き上げて首台に両手で静かに置く。横の二人はそれぞれの相手に視線を据えたまま、よくやったと言ってくれた。その視線の先には身軽になろうと最低限の防具以外を外す御貴族様。敵の指揮官が気の毒になってきた。さっきの貴族もそうだが、まさか参ったで終わると思ってんじゃないだろうな。決着は生死をもってと開始前に言われたのに。僕が参ったを言わせなかったのは武士の情けですよ?


「二番手、出ませい!」


 応えてきんきら……今は斑きんきらが名乗り、それを見たキャルさんが牙を見せるような表情で立ち上がる。

 僕に丸楯を渡しながら名乗って、呟いた。


「坊や、預かっといておくれ。これで護れなかったヤツらの仇討ちだ」

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