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往く河の流れは  作者: 数日~数ヶ月寝太郎
三章 落葉満ちる大樹の陰
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14

 司令所を出たところでデセットさんが肩に手を置いてきた。


「あんがとな、天敵。でもよぉ……」


 キャルさんには拳骨を貰った。


「無理すんじゃないって言っただろ!はいってアンタ言ったじゃないか!」


 俯くキャルさんに手拭を渡しながらロウガーさんも僕に言う。


「俺もキャルに賛成だ。お前は大物貴族とも上手くやってる。が、公の話となるとまた別だ。大物なら尚更な」


「僕は……ある人と約束してるんです。跳ね返すんだって。大事なものは護るんだって」


「今回のは手前ぇの腕には大き過ぎんだよ!バカが!」


 皆から叱られた。

 その日からどうやら『天敵』の名に三つ目の理由も付いたようだ。貴族にとっても天敵だって。

 夜は夜でその貴族の面々が天幕に来た。


「昼間はすまなかったのである。ああなる事が判っていれば……いや、初めから進行役を任せた事が我々の誤りだったのである」


「そうだぞ、シュウ。お前は参謀補佐だが指揮系統のトラブルに責任を求められる立場じゃないんだ」


「あの日、シュウ殿の辛そうな顔を見ていたのに……こんな事ではノヴェストラ公にお叱りを受けますね」


 ここでも皆さんから叱られた。


「まぁまぁ、シュウなら遅かれ早かれそういう事になっていた筈ですわ。皆様が御気に病まれる事ではありませんよ」


 平気な顔をしていたシノだったが、リュワと三人になってからは一番叱られた。この時ばかりは口調が元に戻っていた。さすが忠臣、諫言が堪えました。

 翌日には話が知れ渡っていたらしく、周囲と僕達との距離感に変化が生まれていた。と言っても避けるような雰囲気ではない。マインスさんが無言で拳骨を落とし、その後に髪の毛をぐしゃぐしゃにしてくれたのを皮切りに、肩に背に腰に頭にと行き違う人達の手が置かれる。常に二、三人が僕達の後をついて来るに至って覚悟を決めた。

 建造作業に目処がついたから、という名目で夜に開かれた工兵部隊主催の飲み会で謝る。


「この度は皆様に御心配をおかけしているようで、申し訳ありません。今後は良く考えて行動いたしますので、以前のように接していただけませんか?お願いします」


 嫌だったのではない。むしろ嬉しかった。しかし昨夜のシノの言葉が頭に響く。


『その行動に至った感情を咎めているのではございません。むしろ臣として誇らしく思います。しかし!護ってくれた秀様を護ろうと、無茶な行動に出る者が居ないとも限りません。そうなった時に悲しい思いをされるのは、秀様だけではないのですよ?そしてそれは秀様の本意ではない筈です』


「ま、お前ぇら。これで収めてくれや」


 最後にデセットさんからぶん殴られて、そこからはいつもの空気でいつもの飲み会になる。

 視界に奔り散った星が、そのまま僕達の頭上で優しい光を放っていた。




 これで参謀補佐は御役御免になるかな?と思っていたが、そんな事は無かった。司令所に呼ばれる。


「公国側も揃ったようである。現在の兵力は公国七千に対して我が連合は八千。前回と違って力比べも出来よう」


 トラッドさんと参謀さん、僕の表情が微妙に変わる。


「ははは、仮定の話だ。私は兵の命を預かっているだけである。預かった物を返してこそ指揮官の責務を果たしたと言えるのである」


 ほっとする。犠牲は出るだろう。それはもう仕方が無い。けど出来るだけ少なくする事が僕たち三人の、ここに居る人達の仕事だ。力一杯叱ってくれた人達を一人でも多く帰路に着かせるんだ。


「攻城戦と前回の布陣を見るに、敵指揮官はオーソドックスな戦を好むタイプのようです」


 トラッドさんが口を開く。


「統率が取れた兵を有能な指揮官が動かすならば、状況に柔軟に対応できる陣容といえます」


「前回で証明済みの事実であるな」


「少なくとも生木で砦を作っていると信じてはくれないでしょうね」 


 全員が笑う。もうこの部屋に血生臭い悲鳴が響きませんように。


「とするとどう崩す?」


 向けられた視線にトラッドさんが答える。ちらと僕を見て落ち着いた声が流れ始める。


「常ならば、先程デレク卿が仰られたように力比べをしながらお互いが隙を見つける展開でしょう。が、あまりに損害が出るのも考え物です。もう少しだった、あわよくば、と思われれば今回のように辺境領主が暴走する切欠となります」


「防衛方としては避けたい展開であるな……」


 前回は左翼から、その前は右翼に急襲部隊、さらにその前は崖上から魔法で分断されての急襲。


「これまでの戦闘を踏まえると、僕が敵なら左右を厚めに構えます。見通しの良い中央ならば遮蔽物に隠れての急襲は無いでしょうし」


「その可能性は高いでしょう。しかしそれも、比較的、との但し書きがつきます。目立って中央が薄いならそれは罠かと」


「ふむ、両翼を厚めに構えて二列目は左右中央に睨みを利かせる。伝令を密に序盤はこちらの出方を見る、か」


「御賢察通り、シュライト卿の読みに沿った展開になると思われます」

 

 彼を知り己を知れば、とは言うけど……知った所でやりにくい事には変わりない。こちらのクリアしなければならない条件が多いからかな……けど達成しなきゃいけない。じゃないとまたすぐに衝突は起こる。その時に誰が死ぬかなんて判りっこない。考えろ。


「シュウ、お前ならどう攻める?」


「……横陣で進みます」


 先程消耗を嫌った僕の力比べの提案にキースさんが驚く。


「それじゃ全軍で噛み合う事になるぞ?」


「気配を抑えて横陣で進軍、目前で速度を緩め敵の気合を外して中央から速度を上げて魚鱗……三角陣に構えを変えて中央に全速突撃、楔を打ち込み左右を分断します」


 黙って聞いてくれてるが、進軍中に陣構えを変えるんだ。相当の錬度が必要だ。数回の援軍で構成されてる今の連合で、しかもその内一割五分は冒険者の僕らで、できるんだろうか。


「三角の頂点は先鋒を切り裂き敵本陣へ、底辺左右はそのまま左右の正面へ。中心付近は左右に分かれて分断した敵の左右を横から突きます。敵がこちらの策を警戒するなら、無い策が策となるでしょう」


 トラッドさんがいつもの、いやいつもより良い笑顔になる。


「虚々実々。シュウ殿は向いておられる。しかし」


「ええ、中央突破を図るのは僕達冒険者になるでしょう。装備の面でも正規軍の皆様より幾分堅牢ですし、他の部隊に歩調を合わせて位置を変える必要が無くなります」


 キースさんとデレクさんの眉間に皺が寄る。先鋒は武人の誉れとかではなく、僕達を心配してくれているんだろう。先日の騒ぎが裏目に出た格好だ。あれからギルド組の士気は上がる一方だし、お願いしたにも拘らず、僕達の後ろをついて回る人達はそのままだ。報復なんて無いですよ……


「頂点は僕とシノが務めます。動きの大きい部隊には、経験豊富な部隊長を配置していただく必要があります」


「では私から補強案を。横陣両翼はほんの少しだけ厚めに構えましょう。緩んだ速度を利用して緩く孤を描くような横陣に変化。それで敵方の意識は左右に向きます。然る後に突撃を」


 良し、知恵者から合格点を貰った。錬度に関しては、デレクさんの統率力を後押しにこの人が何とかしてくれる。


「短期決戦ですな。とはいえシュウ殿。決して逸ってはなりませんぞ。勝利を得てもその身が散れば我ら一同、城で首が飛びますのでな」


 心配顔の参謀さんから戒めの言葉が出る。


「重々、肝に銘じておきます」


「まだ今のところは仮の話である。しかしその言葉、誓ってもらうぞ。私もシュウ殿とは戦の後も話がしたいのでな」


 その後も他の想定の軍議が続き、粗方の方策が決まって部屋を出た。   

 予想に反してまず気合を外されたのはこちらだった。公国側から使者が来たからだ。


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