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往く河の流れは  作者: 数日~数ヶ月寝太郎
三章 落葉満ちる大樹の陰
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13

 形になった砦の司令所内に主だった立場の人間が全員集まっている。

 負傷兵を回収して手当てと後送、残った人員三千名の再編成。その間、公国は不思議な事に動きは無い。いや、あの指揮官の人物からすれば当然なのかもしれない。

 全軍揃ってから改めての再戦を、という事なのだろう。


「公国側に新たに数家、辺境貴族が参戦した。正規軍が出張った事で勝馬に乗ろうという連中だろう。敗色の濃い時は砂粒の数を数えていたのに現金な奴らだ」


 首都から正規軍を率いてきたキースさんが吐き捨てるように言う。


「まったく貴族の風上にも置けませんな!」


「真に唾棄すべき連中ですな!」


 押しかけ相談役が御追従を口にする。さすが御貴族様、自分の事は良く見えてるな。

 あの戦終わりは真っ青な顔になっていたのに、連合正規軍の到着に息を吹き返したのか、今日は見事な血色だ。出入り禁止を食らった軍議に呼ばれて嬉しかったんですか?そうですか。そのイベントの司会進行役を仰せつかりましたシュウと申します。後程宜しく。


「御二人共、実に良い言だ。後で詳しく意見を聞きましょう」


 嫌そうな顔のキースさんがそう言うが、その表情を別の意味に取ったのか喜色満面おべんちゃらが始まる。あなた達が来る前にその人報告書読んでますからね?

 

「後で詳しく、と申しました。まずは報告と所用を先に済ませてよろしいかな?」


 良い御返事が出来た二人はニマニマと口を閉じる。良く出来ました。後で良い物を差し上げます。


「正規軍五千名、着任。指揮官はユーザリム卿のままです。私は指揮下に入りますので、如何様にもお使いくだされ」


「シュライト卿の前では下手な戦は出来ませんな。気を入れてかかるとしましょう。お力添え、お願いいたします」


 初対面でお互い好印象だったのか、この御二方も上手くいきそうだ。

 兵種、資材の報告、連合参軍貴族の紹介などが一通り済み、キースさんが僕へと顔を向ける。


「久し振りだな、シュウ。我が好敵手たるシノの姿が見えんが、袖にされたか?」


 笑顔で親しく話しかけるキースさんにあの二人のニヤニヤ笑いが固まる。個人的な繋がりがあるとは思いもしなかったのだろう。


「お久し振りでございます。カイル様の口の端に上がってからというもの、なにやら多数の男性に注目されているようで、僕もひやひやしております」


「なんだ、だから天幕に隠しているのか?」


「ハイアム様からも御忠告いただきましたもので」


「シュウ殿、籠の鳥は澄んだ声で囀ります。『隠す宝玉は大きく見える』と言うではありませんか。シュウ殿に見合わぬ下策ですぞ?」


 室内に笑いが満ちて判定負けの鬱憤が吹き飛んだ。


「ははは。さて、冗談は後にするとして……ドリスからの預かり物だ。ダフト老の新作だそうだ」


「これは申し訳ありません。私事に御手を煩わせてしまいましたか。ありがとうございます」


 受け取った包みを解くと中から短剣が現れる。

 短剣と言っても刃渡り五十cm程の短剣にしては大振りな物だ。見事な輝きの片刃で肉厚の刀身が姿を現す。逆反りで切先の幅の方が根元より広い。峰の先端には穴が開いており、錘を取り付ける事が出来るようになっている。だが重量バランスはこのままで良いだろう。流石ダフトさん、注文通りだ。

 今腰に刺してあるナイフは刃渡り三十cm程、黒い刀身に白木の柄。新作は銀の刀身に黒檀の柄。また剣を借りなきゃと思っていた僕には嬉しい味方だ。


「見事な輝きに反して凶、威圧感のある姿であるな……」


 デレクさん、今凶悪って言おうとしましたか?


「はは、僕は形が小さいもので。こいつに補ってもらおうかと注文していたんです」


 断りを入れてテーブルの角に振り下ろす。重心が切先寄りにあるためか、入れた力以上に速度が出る。振り回される程では無いのがダフトさんの腕の確かさを示している。ヒュコッという音と共にテーブルの端が斜めにずり落ちた。予想以上に分厚いぞ、このテーブル……

 鞘に収める。これも特別性だ。切先が太いために、通常の作りだと激しい動きで中身が落ちてしまう。そこで形は刀身に沿って革で鞘を作り、鞘の片面と峰の側にプラスチックの様な弾力を持たせた鉄板を仕込んで、刃側の角を切り開く。中身を抉ったときにそこが開いて取り出せる、柄を下にしても中身が抜け落ちない鞘が出来た。

 満足して腰の後ろに取り付ける。拳銃でいうバックサイドホルスターの格好だ。


「これでまた戦働きが出来ます」


「シュウの腕前にその武器。相手にしたくは無いな……」


 キースさんが引きつった顔でこっちを見る。そんな事態にはならないし、直近の相手はあなたじゃありませんよ。

 真面目な顔で頷く。空気が変わってデレクさんが本題に入った。


「さて、ここからはシュライト卿に客観的な判断を伺いながら進めようか。シュウ殿、頼む」


「はい。ではユーザリム様から御要請がありましたので、僕が進行役で進めさせていただきます。まずは僕の証明からいたしますね」


 参謀さんがテーブルにコトリと石板を置く。ギルドでお馴染みの黒い石板だ。手を置く。


「先日の会戦で援軍がバレた件について、宣誓いたします。アレストギルド所属員のシュウ。敵に内通及び利敵行為、『指揮官の許可を得ずに勝手な偵察員派遣』等、課せられた責務に反する事実が無い事を誓います」


 石板は白いままだ。確認して顔を上げるとあの二人の顔も白くなっていた。呼ばれた理由が解ったのだろう。それとも強調した語句に反応したのかな?ん?


「よし、一同石板を確認したのである。シュウ殿に落ち度は無い。引き続き進行役を頼む。敵がこちらの一枚上手だったという事なら誰も責を問われる事は無い。戦なのだ。しかし……もし仮に、利敵行為や勝手な行動の結果であるというのならば、その理由の如何に拘らず責を負え。戦なのだ!」


 デレクさんの声にあわせて右腰につけなおした黒いナイフを引き抜きテーブルに突き刺す。

 僕も頭にきてるんだ。立案した作戦を台無しにされたとか、そんなつまらない事じゃない。本陣に戻る途中に地面で、僕の肩で、支える仲間の腕の中で眼を閉じた人間が居るからだ。誰もがベストを尽くした、あるいは尽くそうとしたのならまだ歯を食いしばる。耐える。だけど……下らない功名心の犠牲になったんじゃあんまりじゃないか!

 ロウガーさん、キャルさんと続き、ギルド組は白いまま。幕僚さんたちも。トラッドさん、デレクさんと続き、残るはキースさんとあの二人。


「ふむ。続く者が居ないのならば私も一応宣誓しよう」


 そう言って全く関係ないキースさんも証明が終わり、白い石板から手が離れる。視線の先には俯いた二人。


「ウスカー子爵様にレイドル男爵様。御証明をお願いいたします」


「平民風情が誰に物を言っておる!我々には後ろ暗い事なぞ無いわ!」


 僕だけしか見ないように顔を上げて怒鳴る。


「……貴様等。では私がシュライト家の」


 言いかけたキースさんを視線で止める。ザックに教えてもらったんだ。僕が彼らの代わりに吼えるんだ。


「では、石板に手を置かなくて結構です。右手を上げていただけますか?」


 僕の言葉に口を歪ませて応じる。こちらを睨みながら子爵の手が上がった。


「宣誓する。我輩は」


 聞かずに上がった手を取り掌を上に向けテーブルに叩きつける。


「あなたが置かないならその手に乗せるまでです」


 言うが早いかテーブルに刺さったナイフを抜き、前腕に刀身を埋める。切先は肉を抜け、再びテーブルに突き刺さった。

 悲鳴が室内に響く。

 上に向いた掌に石版を乗せて紐で縛り、血が止まるほどきつく絞めた。


「ぎゃああぁぁあぁ!!」


「きっ、き、貴様!!我々に、貴族にこんな真似をして後でどうなるか」


「御案じいただく必要は無いですよ。どうなろうがあなた方が死んだ後の事です。僕の行く末など見る事は出来ないのですから。それに日頃から平民の将来など考えておいでではないのでしょう?」


 途中から男爵にも顔を向ける。平然と貴族を刺した僕を驚愕とも恐怖ともとれない表情で見ていた。


「さぁ、宣誓をどうぞ」


 悲鳴を上げ続ける事にしたらしい子爵様に二、三度促すが出てくる言葉は悲鳴だけ。


「困りましたね。この痛みが無くなれば宣誓いただけますか?」


 涙と鼻水と涎塗れの顔を覗き込んでそう聞く。僕が魔術師というのは知っているのだろう、縋るような目で僕を見て、するから魔法で治療を、と情けない声を出す。

 そんな便利な魔法があるなら負傷者に使います。僕にはできてせいぜい血を止める事くらいです。リュワならこれ位の傷なら治せますけど、お前らに会わせる気は無い。

 腰の後ろから獲物を抜く。ゴメンな、初仕事がこんな奴で。

 腕の向こう側に切先を撃ちつける。緩やかな逆反りと振った角度のおかげで、刃は腕の皮一枚切ったところで止まった。


「申し訳ありません、今日届いたばかりなので目測を誤ってしまいました。次は痛む箇所を無くして差し上げます」


 腕が一本無くなったところで止血すれば死にはしない。それでも悲鳴しか上げられないのか?最後の力を振り絞って、貸した肩に、腕の支えに礼を言いながら死んでいった彼らはどうなるんだ?お前が言う貴族とは、平民の血を啜って糧にする生き物なのか?違う!それは魔物だ。魔物なら僕の領分だ。生皮剥いでギルドで換金してやる。いや、安すぎて断られるかな?

 そう考えていた。考えていた筈だが口に出ていたようだ。皆が僕と、僕の眼から流れた涙を見ていた。


 そのすぐ後、顔から血の気が完全に無くなった男爵が彼らの戦功を吐いた。到着初日に専門でもない手勢を進軍中の公国軍へと偵察に放ったそうだ。幾日経っても帰らぬ偵察兵を気にかけるでもなく報告すら上げず、彼らは食って飲んでいたらしい。

 ぐぴゅっと嫌な音を立てて僕のナイフが穢れからその身を離した。後で念入りに洗っておこう。


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