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往く河の流れは  作者: 数日~数ヶ月寝太郎
三章 落葉満ちる大樹の陰
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12

 違和感が僕の身体を包む。

 敵先鋒の圧す気配が一定ラインで霧散したのだ。左翼はすでに想定ライン近くまで敵の右翼に圧されている。

 戦場に出ている兵力は公国六千に対して連合二千五百。圧される事はわかっていたし、それを織り込んだ作戦を立てている。なぜここで中央が留まる?

 援軍を投入するにしてもラインが一定でなければ効果は薄い。突出した中央に加勢したとしても、孤立した大部隊が出来るだけだ。後詰の部隊に囲まれて良い様に数を減らされる。

 圧された左翼に加勢したとしよう。勢い付いてこちらのラインに上がって来ても、そこで再び敵軍と噛み合い戦列が並ぶだけだ。統率が取れた多数を圧し返すには足りない。

 並んだ交戦ラインに加わって圧力を増す、もしくは戦列の隙間から敵部隊の横あるいは背後に回り壊滅させて突破口を開く。どちらにも発展しない援軍は加わったところで敵の動揺は少ない。何より、援軍千五百を加えても敵より少ないのだ。組み合って力試しをするには二千の兵力差は分が悪すぎた。


「シュウ!敵の後詰がじりじり動き出してる!」


「進軍先は?」


「まだ判別できないわ!左翼にでは無さそうだけど!」


 微速進軍か、狙いは中央か?それとも空いた右か?勿論右だろう。回り込めば本陣まで丸見えだ。しかしそこに突っ込めば援軍の餌食に出来る。僕達も部隊を割って挟む。

 中央に来れば圧されてラインを下げられる。そうなれば援軍は右を回って中央の横腹につけられる。どちらにしろ速度を上げて位置についてくれればこっちの手も打てる。

 なのに何故微速なんだ?何故中央の圧力が下がった?現状維持という事は消耗戦か?それなら中央に来る筈だ。

 という事は、誘ってる?

 待て……何を誘われてる?


 最初は予定通りだった筈だ。先鋒同士が中央で激突して、左翼は敵右翼と。敵左翼はこちらの横につけようとして右翼に抑えられて、そこでお互い合流して横陣を形成したんだ。これも予定通りなら、その後にこちらの遊撃部隊が、差を埋めるために横陣について分厚く横に伸びたのも予定通りだった。

 そこから圧されて左翼と戦列を並べながら後退する、ここで狂った。その後の予定は?


「敵の左翼を巻き込んで中央に寄せながら下がり、空いた右から援軍が後列との間に入って前線の敵を減らす……」


 何を誘われてる?

 援軍の投入を……誘われてる?

 早く投入しないと消耗する、援軍投入のタイミングを逸する、そういう動きか?あの中堅は!!

  

「伝令!」


「はっ!」


「本陣に知らせてください!援軍がバレてる!砦内まで上がって来てるハイアム男爵様と連絡を取って下さい!こちらは時間を稼ぎます!」


 ここで出て来ても戦列を均して噛み合う事しかできない。少なくとも僕の頭じゃそれが限界だ。トラッドさんに対するシノの勘と、ガストルさんの教えに頼るしかない。


「部隊長!!敵の後詰の進軍速度に合わせて後退してください!!こちらから退きましょう!」


「わかった!二列目位置そのままで前列は下がって交代!!弓、撃て!」


 くそ!どこでバレた?何時バレたんだ!

 リュワに頼んで感知範囲内の偵察員は全部片付けてた。トラッドさんの指示も的確だったはずだ。あの人が下手を打つのは考えにくい。後方との行き来も幕僚さんと交代でこっちに来て……いや、あの日以外は、だ。到着初日の騒動以外は……まさか……


「前列交代!」


 僕の列だ。余計な事は考えるな。デレクさんとトラッドさんに任せよう!

 下がる前列を追う様に槍が繰り出される。半ばで断ち切りそこから剣を跳ね上げて敵の首元に刃を叩き込む。焦っていたのだろう、刀と同じ感覚で振った剣は首を両断できずに兜で言う『シコロ』の部分で切っ先が止まる。そこに戦斧が振り下ろされてぐにゃりと曲がった。

 すぐさま手を離し、腰の後ろから鉈を抜き放つ。間合いが短くなるが仕方ない。


「くっそ、借物ですよ?!支払いで報酬減ったらどうしてくれるんですか!」


 左右からくくく、と笑い声が漏れる。

 よし、戦場での心配事は黙って内にしまう物だ。それくらいは知ってる。


「前列下がれ!交代だ!」


 一番後列に下がり、部隊長と並んだ僕に伝令が近付く。


「伝令!その速度で左翼と並ぶまで下がられたし!並んだタイミングで援軍投入!」


 くそ、やっぱりそれしかないか……後は砦で凌いで正規軍の到着を待つしかないのか……ここまで上手くやってこれたから慢心していたのか?と考えた僕に伝令が続く。


「シュウ殿にユーザリム様から伝言です!『左の崖に道を頼む』との事です!以上伝令終わります!」


 左の崖……?


(リュワ!気配を確認してくれ。左の崖の辺り、何か感じる?)


(んー。あ、居たよー!兵隊さんがー、七百人くらいー。工兵さん達とー、背の高いお兄さんも居るよー!)


 頼って良かった……こりゃあの時見えた後光は本物か?周辺の木を間引くように切っておいて助かった。


「部隊長、進言いたします!僕とシノに隠密行動のお許しをください!」


「許可する。度肝抜いてやれ!!」


「了解しました!!シノ!一緒に来てくれ!」


 一旦戦列を離れて全速で本陣へ。活発な伝令のやり取りに見せかけて援軍投入は間も無くだとハッタリをかます。

 本陣内に入った僕達は気配を消し、注意力を逸らせて消える。そのまま左の崖際を左翼部隊に近付く。今頃代わりの空伝令が前線に向かってる事だろう。


(シノ、リュワと一緒に崖上に飛んでくれ。僕も下から撃ち出す。トラッドさんと合流したら敵右翼の後ろに道をつけると伝えてくれ)


(わかったわ。上と下から同時に道をつけるのね?)


(うん。幅を広く取って一斉突撃できるだけの道を瞬時に顕現させるよ!)


(わかったー!その後はー、魔法をー、打ちまくるんだねー!頑張るー!!)


 思考はリュワにも届いたようで瞬時に意思の疎通は終わり、仔虎を抱えたシノが弾丸のように崖の上に消えた。

 僕は敵右翼を迂回して所定の場所に着く。指輪の効果でシノの動きが止まったのを感じて、合流できたと判断した。そこから戦況を見守る。

 砦から温存兵力が姿を現す。それを見た敵の後詰が右へと進軍スピードを跳ね上げる。くそ、やっぱり前線補強はさせてくれなかったか! 

 中央が何度目かの戦列交代で左翼と並んだ。


(シュウー!並んだよー!)


(わかった!シノ、トラッドさんに用意を伝えて!カウントはシノに合わせる。三つだ)


(……準備完了!三、二、一!)


 めしゃっ、という大きな音と共に崖に急坂が形成される。現れるのはトラッドさん率いる急襲部隊だ。怒涛の勢いで敵右翼の背後に張り付き、挟み撃ちにかける。

 音に驚き振り向いた右翼後列は驚愕の表情で固まっている。

 急襲部隊が取り付いたところで崖上から巨大な岩が敵右翼の中央へと放り込まれた。こりゃ壊滅だな、と僕も火球を放り込みながら部隊の淵を舐める様に移動する。


「ハイアム様!助かりました!」


 合流してそう口を開いた僕に、ここ数日で見慣れた笑顔が振り向く。


「そろそろ殲滅しますよ、シュウ殿。中央に向かいましょう」


「はい!」


 が、急襲部隊が次の獲物へと頭を巡らせると同時に敵方から退けの指示が出たようだ。


「流石ですね。陣容の一部壊滅で済ませましたか。ここからが面白くなるところなのに。残念」


 将棋を指すような気軽さでなんでもないように言い放つトラッドさんに、シノの勘が正しかった事を確信した。


(成程、これは外側の人だ)


(でしょ?)


 こちらも退けの指示が出た。左翼の負傷兵に肩を貸しながら僕達も敵に倣って波のように退いた。判定負けは喫したものの、せめてもの意地だ。

 こちらの本陣から騎馬が一騎、軍旗を立てて駆けて行く。返礼を受けた後に双方の負傷兵回収が始まるんだろう。


「こういう戦は、意識が麻痺しますね……戦争の、殺し合いの意識が」

 

 そう口にした僕にトラッドさんが応える。


「その為の儀式ですしね。事実を直視すると両軍には恨みと残虐性しか残りません。それは次の戦を呼びます。まるで蜜に蝶が集まるように」


「詩人ですね」


「血塗れのね」


 なんと返していいのか解らなかった。でも違うと思う。慰めでも何でもなく。


「違いますよ。ハイアム様やユーザリム様、ノヴェストラ閣下やシュライト様も、なんと言うか……違いますよ」


 そう言う僕の横顔をまじまじと見て、負傷兵を助け起こしながらトラッドさんがあの笑顔になる。


「成程、シュウ殿は得難い。王にもそう申し上げねばなりませんな」

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