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まずは一当てあるだろうと思っていた僕達の予想に反して、敵陣から十騎ほどの騎馬が柵の手前二十歩といった所まで近付いてきた。
デレクさんと参謀さんが一番近い櫓へと上がる。
絢爛ではないが立派な鎧に身を包んだ人から大音が発せられる。
「連合勇士に御挨拶申し上げる。我はハインツ公国伯爵位、ラギス・メルゲンと申す。指揮官殿はおられるか!」
暫しお待ちあれ、とデレクさんが答えて地上へと下りてくる。参謀さんはじめ幕僚数名と護衛が馬に跨り、門から出る。
「御来陣に返礼いたす。私は連合アスード侯爵位、デレク・ユーザリム。王命を拝して指揮を執っており申す!」
なんか感動するな。こういうのって話には聞いた事あるけど、貴族や武士の自己満足ではなく、その堂々とした様はお互いの兵に誇りを持たせる効果があるんだな。
「御出馬にての返礼に感謝いたす。お尋ね申す。此度の戦、我が領土への侵の意図有りや無しや?」
「お答えいたす。我が国境守備隊が、貴国の襲撃を受けた事に端を発した戦である。我が方は五百名の勇士の命をもって、我が領土から貴軍を国境に跳ね返してからは寸土も貴国の地は踏んでおり申さぬ」
「相解り申した。しかし我が軍も大命を押し戴き、連合勇士諸君と相見えたからには挨拶のみでは帰れぬ身。一当なりとも剣を交えぬ事には禄を食む身を恥じるばかり。重ねてお尋ね申す。応じる御覚悟は有りや無しや?」
「是非も無し。良き御相手とお見受けした。互いに後々語れる戦としましょうぞ!」
すらりと剣を抜き、相手へと掲げる。敵将もそれに倣う。
「ではまずは明日、こちらから堅砦に一当お願いいたす。連合諸君の御武運をお祈り申す!」
「お待ち申し上げる。公国勇士の御武運をお祈り申す!」
敵将が軽く剣を振り、キン、と合わせてお互い鞘に剣を収め、くるりと返して後ろも見ずに引き上げる。
戻って来たデレクさんが僕の耳元でポツリと呟く。難敵だ、と。
約束を違える事無く公国軍が砦に進む。どこか締まりの無かった前回と違い、一兵卒まで足並みを揃えた乱れの無い横陣が迫る。前列は大型の楯を構えて少し左右を空け気味に。二列目も同様の楯を構えて前列の背後に。開いた隙間からは丸太に取っ手を付けた破城槌を左右二人づつが構える。三列四列も一回り小さいが楯を携行している。上からの射撃に耐えるには十分そうだ。その後ろには弓と魔法と歩兵の混成部隊が続く。
「全軍では無いようですね。対城砦攻撃も定石、と言いたいところですが大型攻城兵器が無いのが惜しまれる」
「報告書に何か不備でもあったのでしょうかね?ウチも向こうも苦労しますね」
僕とトラッドさんが軽口を叩く。トラッドさんは昨日の挨拶にも顔を出してないし、今日も表には出ない。野戦時に所在未確認との報告が上がれば警戒されるからだ。
「シュウ殿にシノ殿、魔術師を連れて配置に頼むのである。敵の驚く顔を最前列で見て報告に上げてくれ」
デレクさんの指示に頷いて二列目の柵に設けられた庇の下に潜り込む。先の尖った丸太が並び、僕とシノの担当は五本づつ。他の魔術師は一本づつ。丸太は二列目の柵に開けられた狭間から尖った先を覗かせる。予備は三本づつ。撃ち切ったら弓兵と交代だ。
「魔術師隊、最初の衝撃で集中開始。落ち着いて魔力を練って、僕の号令で一斉に顕現させて下さい」
静かに指示を出して出番を待つ。来るぞ、と上から声がかかる。次の瞬間にはズドン!と言う衝撃が足元から響く。
(シュウー、みんな集中に入ったよー)
(ありがとう、リュワ。みんな落ち着いてる?)
(うんー、凄いねー)
(そうだね、練習で慣れたのかな?全員の集中が終わったら教えてね)
(わかったー!)
一列目の柵は少し広めの杭穴に立てて楔をかませてある。後ろの支え棒は二重にかましてあるが、そう何度もは耐えられないだろう。怪しまれない程度に弓で射掛けて、敵の注意を上にと向けている。
二度三度と伝わる衝撃に別の振動も僅かながら加わり始める。ちょっと焦り始める自分に、やっぱりこういう立場は向いてないのか、それともまだ慣れないだけなのかと考えながらリュワの報告を待つ。ちっとやべぇかな、と言う上からの声のすぐ後に来た。
(シュウー、みんな準備できたよー!)
(よし!リュワはシノをお手伝い!)
(シノー、頑張ろうねー!!)
(うん。お願いね、リュワ)
後ろに向かって手を振る。
「工兵、楔抜け!続けて支えを排除!柵を前方に倒せ!」
指示を聞いて楔に繋がったロープが引かれて、木槌で支えが横に払われる。狭間から覗くと、防衛方から柵を倒すと思っていなかった敵の三列目の呆然とした顔が見える。一列二列は下敷きになったか。狙い通りだ。乾燥材より重量のある生木で作った甲斐があった。
「前方に障害無し!」
「魔術師隊、撃て!!」
指示と同時に潜って魔力を繰り、丸太の尻に推進力を顕現させる。個々で速度は違うが、概ね十分な殺傷力を与えられた丸太が前方に向かって突撃する。
「撃ったら後退!工兵隊、次弾頼みます!」
「任せろ!」
上では弓隊が小さくなった楯の防御面の隙間に矢を打ちこみ、距離を容易に詰めさせない。装填して後ろに下がる工兵と変わって再び位置に付き、指示を出す。
「各自準備でき次第撃て!撃ち切ったら控えた弓兵に場所を譲って!」
言うが早いか次の五本を撃ち出す。僕とシノの速度が突出している為、敵の横列に乱れが生じる。すぐに三度撃ち切った僕とシノは、時間がかかる魔術師の代わりに次の五本へと走る。これも考えて配置してあるので交代はスムーズだ。
ここからは密集地帯へと切っ先を調節してもらって再び撃ち出す。ここで少しでも兵力差を埋める。全員が三本撃ち切る寸前に敵方から撤退の指示が出たのか寄せ手が退いて行く。緒戦はこっちの勝ちだな。
うおおお、と退いて行く敵方をなおも押す様に歓声が上がる。庇の下から出て来た僕とシノ、魔術師達の肩が叩かれる。こちらの損害は十数名だ。
「良くやってくれたのである!特に魔術師と工兵隊諸君、この功労には十分に報いよう!!」
縁の下の力持ちである工兵達は、常の戦と違い指揮官からお褒めの言葉を貰って喜びに沸く。デレクさんの陣中での接し方と昨日の敵将とのやり取り、いつもと違う建設中の仕事の雰囲気で生き生きとしていた工兵の皆さんには、この言葉が何よりの報いなのだろう。人格者の上司に雰囲気の良い職場、協力してくれる同僚が居れば組織は上手く回るもんです。
「凄まじいですね……これは城砦守備に新設備の具申を上げねばなりません」
軍旗を掲げた一騎が寄り、ひょうと仰角高く矢を打ち上げる。
「『見事なお手並み拝見いたした。尋常ならざる良き相手、気を引き締めて当らせていただく。殊勲の知将と魔術師に敬意を。ラギス・メルゲン』だそうだ」
矢文を読んだデレクさんが剣を掲げて軍旗に礼を返し、小手調べの緒戦は終わった。




