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往く河の流れは  作者: 数日~数ヶ月寝太郎
三章 落葉満ちる大樹の陰
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10

 暫くして司令天幕に現れた人物はすらりと背が高く、情熱が落ち着きへと変わりつつある大人しい顔立ちの中に強さを感じる、そんな人だった。


「トラッド・ハイアム男爵であります。王命に応じて援軍をお届けに参じました。以後、指揮下に入ります。御報告が遅れた事については如何様な懲罰も覚悟しております」


「久方ぶりであるな、トラッド殿。大体の事情は察しがついている。真に御苦労であった」


 肩を叩きながら苦笑を交わす御二人になんだかほっとする。デレクさんがこうまで親しくするなら人物に間違いは無いだろう。場のそれぞれがそれぞれの挨拶を交わして軍議に入る。


「早速で悪いが報告を頼めるか?」


「はい。横槍が入ったものの、御指示の場所にて軍は待機。おそらくは存在を秘するものであると判断しましたので、野営中の煮炊き場所は木立を間引いて作成。周辺哨戒を密にして偵察員に備えております……シュウ殿、どうなされた?眼が潤んでいるようだが?」


「いえ、失礼いたしました。細やかな御心配りに感動しておりました」


 アレ見た後だから後光が射して見える。


「ははは、『天敵』殿にそこまで感動されては光栄ですな。シノ殿も見目麗しいとか。会うのを楽しみにしておりました」


「僕達を御存知なのですか?」


「先頃まで首都でノヴェストラ閣下に鍛えられておりましてな。何度か御名前は聞いておりました。此度の御召で城に上がった折に、デレク卿の報告書も拝見しまして、知った名前に声が出たところ、ベルディナ様の御耳に入ったようです。御役目を拝命する場でベルディナ様も褒めておいでで、王も興味を持たれたようですぞ?」


 うぇ、そこまで話が進むとちょっと腰が引ける。しかしガストルさんの薫陶を受けていたのか。これは心強い。


「なにやら非才の身に余る噂が流れているようですね。落胆されないように奮戦いたします」


 そこから報告は続く。聞いて驚いたがあの二人、手勢は十騎も連れてないとか。旧都を出た所でほぼ押しかけで相談役に収まったそうだ。王命を受けて瑣末事で引き返す訳にもいかないし、一人は爵位が上だから無碍に扱う事もできないしで、ほとほと困ったと爽やかに笑っていた。

 呆れた事に、道中の街での贅沢三昧も受領した金子で払おうとしたらしい。立て替えておきました、の報告に男爵以外の顔が歪む。論功行賞の場を覗いてみたいと真剣に思った。


「伝令は旧都経由で首都に向かいましたので、もう一段の援軍もあるかと思われます。確実な筋ではありませんが、公都からの敵軍の情報も聞き及んでおりますので、一戦は避けられないかと」


「うむ、シュウ殿の読みに外れはなかったようである……どうかな?戦が終われば仕官する気は無いかな?」


「デレク卿、この御仁はシュライト家の口説き文句も蹴ったそうですぞ?あの様子では私も無理そうだとノヴェストラ公が愉快そうにお話しでした」


 それを聞いて今度は全員が驚いて僕を見る。ロウガーさんやキャルさんの顔も珍しいものになっている。


「えーっと、御評価いただけるのは嬉しいのですが、所詮小賢しいだけの若造です。鍍金がはがれると御迷惑にしかなりません」


「泥人形は頼まずとも顔を出すのにな……惜しいのである」


 全員から笑い声が上がる。僕も笑わせてもらった。魂が歪むかな、と思ったが偶にこれぐらいは許してもらおう。

 その後は建設資材の搬入方法、連戦が続いた冒険者を交代制で後方で休憩させる事、大型防衛兵器の提案とそれを組み込んだ砦の改修案、援軍投入のタイミングなどを話し合い、あの二人がバカな真似をしないようにそれとなく見張っておきます、とのトラッドさんの一言でこの日の軍議は終了となった。

 

「シュウ殿、すまぬが陣内の案内を頼めるかな?速やかな合流のために見ておきたい」


「どうぞ、シノの紹介も兼ねて御案内いたします」

 

 そちらが武器及び資材倉庫、こちらが宿舎、ここを大きく取ってそこは厩舎でと説明しながら歩く。道々僕に声がかかり、軍の人間にも冒険者にも同様の口調で親しくする姿を見て、トラッドさんはなにやら考え込んでいるようだった。


「あ、シノ。紹介しておくよ。こちらは援軍を指揮してこられたトラッド・ハイアム男爵様だ。軍略にとても詳しい御方だからお見知りおきいただいた方が良い」


「初めまして、アレストギルド所属のシノと申します。軍中の身ですので御無礼は御容赦下さい」


 腰を折って挨拶するシノにトラッドさんの物思いも中断され、顔を綻ばせて返礼を口にする。


「これは御丁寧な挨拶痛み入る。成程、そこらの令嬢がかすむ麗人だ。カイル卿の目は流石ですな」


 思ってもいない名前を聞いて、上げた顔が不思議そうに変わるシノに説明した。


「そうですか、ノヴェストラ閣下の。これは頼もしい御味方ですね。凡才の私もお教えを乞うと思いますので、何卒宜しくお願いいたします」


「私などの拙い見識で良ければいつでも。シュウ殿、何があってもシノ殿を手放してはなりませんぞ?」


「もとよりそんな気はありませんが……突然ですね」


「望めどおいそれと手に入らぬものは、良き理解者と良き伴侶です。ましてや二つを兼ねる麗人など一生探しても見つからぬ。それを手放すなど男子ではない」


「あの、お褒めが過ぎます……」


 何か思うところでもあるのか力説を始めるトラッドさんに、身の置き所をなくしたシノが照れて俯く。伴侶の方はどうなるか判らないが、僕としても居なくなられては困る。もし居なくなろうものなら各方面からの鉄拳制裁は確実だし。 


「御忠告、深く肝に銘じておきます」


 シノとトラッドさんに笑顔を返して案内を続けた。途中で工兵隊長さんに会ったので、資材の詳細や詳しい説明も加わり、トラッドさんは満足して後方へと帰って行った。

 後姿を見送りながらシノが囁く。


「なんだか、外側の人なのかな」


「外側?」


「中心に自分を置く人は沢山居るわ。中心に居る自分を俯瞰で見てる人もある程度は。だけど、輪の外に自分を置いてさらに真上から見る人なんて滅多に居ない」


「僕には特別変わった人には見えなかったけど?」


「私も何となくなんだけど……兄上を見ていたからかしら」


 妙な安心感がある人なのは確かだ。後方は任せておいても問題ないと思えたし。




 一夜明けて資材の搬入が始まる。手早く荷を解いて確認後、所定の位置に柱が立てられ梁が渡されていく。戦が終われば板壁が石壁に置き換えられていくんだろうけど、今はどんどんと外装が張られていく。柵も二重に張られて外側の生木で作った方には、外に向けて鋭く尖った木材が取り付けられた。内側の柵は地中深く打ち込まれ、強度も十分だ。

 砦本丸への人手は一先ず抑えられ、四箇所の櫓から組まれてその後に食料庫、仮普請の宿舎と続く。どんどん組上げられるが、不自然さを感じさせない程度に木を切り出しておいたお蔭で遠慮する必要は無いと軍議で決まった。工兵隊長曰く、


「いつもは文句の言い合いになるんだが、今回は一切文句言われてねぇ。毎回こうだとありがたいんだがな」




 そして公国の援軍が姿を現す。トラッドさんの報告を受けて全軍に通達されていた為、五千の敵兵にもこちらの動揺はほぼ無い。

 ほぼ、と言うのは例外が居たという事。ある日の食事の時間に山向こうから一筋炊煙が立っていた。こちらのものと同時刻だったのが幸いしてバレてはいないと思うが、不届き者達はデレクさんに呼び出され陣内に怒声が響いた。あの二人だ。敵に聞こえそうな勢いだったので、司令天幕の外から御注進申し上げたが、それからは味方なのに捕虜扱いでこちらの陣に置かれている。


「出陣の際には縛り上げて砦の柱に括りつけておくのである」


 後で幕僚に聞いたら本当に二人にそう通達したらしい。戦功どころではないですね。

 そういう訳で公国援軍出現の報に、表も見ないでその数に動揺していたらしい。監視の兵士さんから笑い話として聞いた。ここまで来ると清清しい。同情はしないけど。


 問題は公国軍の雰囲気が一瞬で引き締まった事だ。正規軍の空気というのもあるだろうが、おそらくそれだけではない。やり手の指揮官が着任したと見るのが正解だろうと、参謀さんとトラッドさん、ロウガーさんやキャルさんの意見であった。僕も一票入れた。

 到着後、二日程は動きが無かったが、張り詰めた空気がはじけるその時がやって来た。

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