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往く河の流れは  作者: 数日~数ヶ月寝太郎
三章 落葉満ちる大樹の陰
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9

 デセットさんから解放されるまでにかなりの時間を要して、リュワを放そうとしないキャルさんに肩を貸し僕達の天幕に辿り着く。

 シノと一緒に寝ると言い張る赤ら顔のお姉さんをシノがベッドに押し込み、瞬く間にアルコール臭くなった室内を暗闇に変えて、僕も床に入った。


「……アンタ達は無理すんじゃないよ……」

 

 何かを堪えるような声でポツリと漏らすキャルさんに、僕は眼を閉じたままではいと返す。室内の空気が穏やかなものへと変わる。おそらくリュワが魔法を使ってるんだろう。順調に沈んでいく意識の中でリュワにありがとうと伝えた。




 五日後に工兵隊が到着した。国境に沿って簡易な柵は僕らも造っていたが、それを強化して簡易砦も建設が始まる。戦死者は遺体を焼き骨を集めて、短期間で戦列復帰が無理そうな負傷者と共に後送した。早馬はアスード旧都に寄ってから首都に向かったと言う事だった。


「おっつけ資材の警護がてら千五百ほどの援軍も来るだろう。俺達は資材が来るまでに基礎を造るのが最初の仕事だ」


 工兵隊長さんが二百人に指示を飛ばしながら僕達に説明してくれた。


「あの、僕達魔法が使えますので、お手伝いできる事があれば申し付けてください」


「お、良いのか?対陣中の突貫工事だ。遠慮なんかしねーぜ」


 そこからは本当に遠慮なんか無かった。でもあれこれと呼ばれて身体を動かせるのは僕にとってはありがたい。シノも鞄にいれて持ってきた食材で軽食を作って差し入れにと持って来た。流石に夕方あたりで僕は手伝いを終わってデレクさんの所に行く。


「失礼します。少しよろしいですか?」


「お、シュウ殿であるか。砦建造の手伝いに礼を言う。助かる」


「いえ、然程の事も出来ませんが、これくらいは。それより我々にも援軍が来ると聞きました」


「うむ、アスード常駐軍が連合正規軍に先駆けて来る」


「具申いたします。合流して軍勢が膨れ上がると公国の警戒心も刺激します。少し後方……そうですね、あの山間の平地に野営していただく方がよろしいかと思います」


 泥だらけの格好で現れた僕に、誰も文句は言わないばかりか参謀さんが身を乗り出してくる。


「ふむ、さすれば開戦の事態になっても敵の意表をつけるか。彼らが持って来る資材の搬入については?」


「通常ならば誤魔化しにしかならないでしょうが、明日から魔法で周辺の樹を切り出していきます。公国の現指揮官なら騙されてくれるかと」


「わっはっはっは、シュウ殿は慧眼であるな。彼なら我等の期待に応えてくれるであろう」


 数日僕らと行動を共にするだけで、なかなか治らぬ悪い癖とやらには覿面の効果があったようで、キャルさんやロウガーさんも大分接し易くなっているようだ。幕僚も僕を含めた各ギルドの指揮官クラスの進言に耳を傾けてくれる。他の冒険者達もぼつぼつと交流を持ちつつあるようだ。




 二日をかけて敵軍に気付かれるように木を切り出していく。生木で建設など正気の沙汰ではないが、彼ならそんな事思いもしないだろう。後に指揮官が変わったとしても報告には『敵が砦を作りました』の一言だけだ。何処から来た資材で何日かけてなどは口の端にも上らない。

 僕だけではなくシノも土木作業に参加するのを見て、キャルさんから冒険者の男衆に怒声が飛ぶ。


「アンタら!女働かせて造った砦で酒でも飲んで騒ぐ気かい!」


 首を竦めて手伝いに来た冒険者が笑いながら文句を言う。


「恨むぜ、天敵に天罰。帰ったら酒奢れよ?」


「ダミールで良い店を紹介していただければ」


「よっしゃ、やる気出てきた!」


 工兵の皆さんの指示に従って建造のピッチが上がる。急ごしらえの柵は生木でも大丈夫なので、切り出した木は後方で加工して一部をそちらへと回す。資材が到着したらその後ろに補強を施す予定だ。人手が増えた事で砦部分の基礎も予定よりもがっちりした物になると言う事だった。

 共に働くうちに陣中の雰囲気も良くなっていくが、翌日にそれに水を差す人達が現れた。


 援軍が近づいて来たという報せに、土木作業を中退して打ち合わせをしていた司令天幕の帳が開いて、起立した僕達に怒鳴り声がかかる。


「わはは、援軍を率い……なんだ、貴様らは!神聖な軍略の場を泥で汚しおって!」


「ユーザリム卿、この者たちは軍規違反者ですか?まったく、何処の者とも知れぬ冒険者風情が軍の規律を乱すなど、私が斬り捨てましょう」


 僕達の装備で冒険者だと判断したんだろう。『眼』で見てみると、判ってはいたが強烈な嫌悪感が叩き付けられる。ロウガーさんとキャルさんの目つきがヤバい。何とかしないと、と思い口を開く。


「失礼しました。お初に御目に」


「誰が口を利いて良いと言った!下郎の聞きかじった礼など受けん!!軍規違反の沙汰は追って出すから消えるが良い!!」


 もう良いや。こいつらが戦場で孤立して死にそうになろうが知ったこっちゃ無いし。デレクさんに一礼して出て行こうとするが当のデレクさんに止められる。


「待たれよ、シュウ殿。ウスカー子爵にレイドル男爵、この場に居る者はこの軍の中核をなす者である。事実そこのキャル殿は三百で千五百相手に持ち堪え、シュウ殿の策を用いてロウガー殿の指揮のもと、数倍の敵兵を討ち払った功績をお持ちである」


「冒険者の己が命惜しさの浅ましい策がどうだと言うのです!我輩が指揮を取るならばその程度造作もありません!」


「左様、我々が来たからには山猿如きの出番はありませんな」


「……成程、貴公らはアスード王家から私に変わる指揮官に任命されて来たのであるか。これは失敬」


 デレクさんの声が低くなる。顔つきも険しく、もはや睨んでいると言っても過言ではない。

 ぼく、しらない。このひとたちを、ほうちしてみせる。


「あ、いや、我輩はそんな……こ、言葉のあやです。御気を悪くされたなら詫びを」


「そもそも、私への連絡には御二方の名は無かったような覚えがあるが?任命書を拝見できるかな」


「「……」」


 手前勝手について来たのかよ。そりゃ志願兵、と言うより義勇兵じゃねぇか。いや、参陣を許されたわけではないからこの場合なんて言うんだ?大きな御世話兵? 


「策があるという事であるか。聞こうか」


 俯いていた顔を上げ、顔色だけは勇ましく変えて売り込みにかかる御貴族様。


「援軍千五百と合流してすぐさま蹴散らしましょうぞ!公国の腰抜け共なら鎧袖一触、見る間に」


「敵領に侵攻して、公国に大軍を起こす口実をお与えになると申されるか。それは上策。すぐにその旨、上申書を作って旧都にお届けいただけるか?勿論御二人の署名のみでな」


「「……」」


 それは策とは言わないよ。バカが飲んだくれて口にする戯言って言うんです。


「シュウ殿、許す。何か意見はあるかな?」


「まずは砦の建造を急ぐべきかと愚考いたします。この期に及んで陣を退かぬのは、公国の援軍ありと見てまず間違いは無いでしょう。おそらく敵勢が揃えば開戦は避けられないとは思いますが、一度砦で耐えて防衛の意思を明らかにすべきです」


「当然だな」


「しかる後に使者をたて事実確認を。その後の戦闘まではこちらの援軍を悟られぬ事が肝要かと存じ上げます。細かな戦術は寄せ手と相手の陣を見るまでは立て様がありません」


「うむ、ここでこちらの援軍を明らかにしては敵も増員を図るであろうしな」


 ロウガーさんとキャルさんの溜飲が下ってきたようだ。御貴族様の鬱憤は逆に溜まってきている。盛大にぶちまけてくれないかな。そうすれば後送する口実になる。


「で、では、一日も早く砦の建設にかかれるように、工兵共を急がせて」


「すでに基礎部分は出来ているのである。ここにいる冒険者諸君の自主的かつ献身的な助力によってな。資材を待っていたのであるが……どういう訳か、到着が一日延びておってな。行軍中になにか不測の事態でも?」


「う、そ、その、行軍で溜まった兵士の不満を抜くために、道中街で一日」


「……王家から賜った軍を独断で慰労したと申されるか」


 デレクさんの顔が、顔が憤怒の形相に……怖い。当然だけどね。王家に忠誠を誓った貴族が王軍を私して威張り散らして好き放題。戦場で目覚しい軍功でも立てれば御叱りで済むだろうが、策とやらを聞く限りでは無理そうだ。戦後に首が繋がってると良いね。

 とここまで考えて思った。こいつら、朝敵じゃね?公国軍の苦労がわかった気がする。ロウガーさんとキャルさんも呆れ顔だ。


「改めて聞こう。援軍の正式な指揮官殿は誰で今は何処で何をしておられる?」


「……トラッド・ハイアム男爵殿です。今は御指示の位置で野陣の設営を指揮しております」


「ハイアム卿ともあろう方が、着任の報告を怠ったのであるか。事情を聞いてから軍規に照らして戦後に然るべき罰を与えるゆえ、御二方にはその時の証人となってもらおう。よろしいか?」


 顔色が最悪だな。こんな顔色見た事無い。脂汗も凄い。蝦蟇の油売りの口上でもこんなに出るとは言わない。


「ぐ、我々は……ど、同胞貴族の名誉を重んじます。お取り成しを」


「どちらにしろ事情は聞かねばならん。供の者はここに置いて行って良い。呼んで来てくれるか?」


 あーあ、遂に伝令扱いされちゃったよ。この先各ギルド内で語り草になるな、これ。バカはこうなるっていう見本として。

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