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往く河の流れは  作者: 数日~数ヶ月寝太郎
三章 落葉満ちる大樹の陰
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8

「この三日で敵軍の損害は千四百である。投入兵数の半数以上を失っているな。こちらは三千五百の内の九百、二割五分である」


「まともな指揮官ならば兵をまとめて帰るんだが……使者もよこさず向こうに居座ってるって事はバカなんだろうな」


 デレクさんとロウガーさんの言葉に頷きかけるが、それだけか?後退を余儀なくされてなお、身代を潰すまでやり合うのか?それはバカではなく狂人だ。


「追加が、来る……のでしょうか……?」


「……国境を挟んで睨みあいであるか。連合が軍を退かないという事は侵略の意図あり、と報告すれば中央が動く可能性もあるな」


 視線を向けられた参謀さんが口を開く


「損耗率六割近く、負け戦に兵を出す辺境領主は居りますまい。来る者があるとすれば国軍でしょう」


「早馬を立てるのである。数は不明ながら公国正規軍の援軍のおそれあり、だ。ここ数日の経緯も合わせて報告書は書く」


「はっ、すぐに準備いたします」


「二人共、悪いがこの事は他言しないように頼む。推測が確定すれば私から説明する」


 頷いて司令天幕を出る。薄暗かった幕内から外に出ると篝火の明かりしかない闇夜だった。見上げるが月も星も雲に隠されている。感じる事ができる月は防具の裏地に型押しされたものだけだ。背中に意識を集中すると皆の笑顔が浮かぶ。知らず不安に囚われていたのだろう。

 シノだってリュワだっている。傍にいてくれる。デセットさんやロウガーさんにキャルさんだって、僕を軽んじること無く対等に接してくれる。まだ推測の域を出ないんだし、不安なら事がハッキリしてから相談すれば良いんだ。戦の経験なんて僕よりずっと豊富なはずだ。頼れば良いんだ。


「シュウ、今から前の面子集めて飲むぞ。デセット達も連れて来い。ゆっくり再会を祝う暇も無かったしな」


 見透かしたようにロウガーさんが提案してくれる。


「わかりました。けど夜通しは無理ですよ?僕、もう少し育ちたいので適当に寝ますからね?」


「デセットが許してくれりゃな」


 笑って一旦別れる。天幕内に許可を貰いに踵を返しながら、こういう時しか出来ないんだから外飲みだ、と集合場所を告げられた。

 割り当ての天幕に戻り、シノに宴会を告げてデセットさんを呼びに行く。


「おぉ?大分気が利くようになったじゃねぇか。天敵から酒のお誘いたぁな。ライアルとマインスには俺から声かけとくわ」


「お褒めいただいて恐縮です。でも僕は飲みませんからね?飲み比べも無しですよ?」


「わーってるよ、んな事すりゃ『天罰』が黙ってねぇだろが。俺だってまだ鼻とは別れたかねぇ」


 笑って戻ろうとすると言葉は続いた。


「ちっと待て。天敵よぉ、あのぬいぐるみ持って来てんだろ?あれも持って来い。キャルが喜びそうな予感がする」


 それは見たい!!が……


「デセットさんの予感って当てになるんですか?」


「うるせぇよ。ま、いいから持って来てみな」


 その後、ぞろぞろと人が集まり出す。意外と魔法鞄を持っている冒険者は多いようだ。あちこちから酒が取り出される。外飲みだし、他も集まって来るんだろうな。


「んーじゃまぁ、ギルド間の親睦を深めんのと若手のお披露目だ。適当に飲んでくれや」


 酔わないうちに若手の名前聞いとこうぜ!という誰かの台詞に序盤は紹介がなされる。


「んじゃウチからはこの三人だ。ここんところの活躍で知ってる奴も多いだろうがな。まずはライアル、手前ぇだ」


「う、あ……っと、アレストギルド所属、ライアルです。一年目で獲物は槍。宜しくです」


 おお、ダミールの時より進歩してるじゃないですか、先生は嬉しい!

 パチパチと拍手をして会場からの声も誘う。こういうのってリアクション無いと辛いからね。ライアル君は話し方講座で親しくなった人達と飲むようだ。


「次は本命の二人、こいつらに口開かせっとバカ丁寧な挨拶になっちまうんで俺からすっぞ。男はシュウ、通称『天敵』だ。腕前は知ってんな?絡むんなら覚悟して絡めよ?」


 ぎゃはは、悪絡みすると歯ぁ無くなんぞ、と声がかかる。笑ってお辞儀する。


「んで、その相棒のシノだ。天敵追っかけて来たらしい。口説こうなんて思うなよ?鼻が惜しけりゃな。通称は『天罰』だ。天敵も頭上がんねーから気をつけろよ?」


 登場してうおお、と盛り上がったが武勇伝を聞かされたのだろう。ぉぉぉ、と尻すぼみになる。

 その後も各ギルドから若手が紹介される。このうちの何人かが後々本部へのお供として旅をするんだろう。並んでシノと座り次々と紹介される若手に拍手を送る。 


「二人共、くどいかもしれないけどありがとね。今回は流石に覚悟決めかけてたんだ」


 紹介が終わり、酒が入り始めたキャルさんが杯片手にこちらの輪に入ってくる。デセットさんの眼が光り、僕に合図を送って酒を勧めはじめた。


「いえ、首都で良くしていただきましたし、私もシュウも噂を聞いて心配してたんです。間に合って良かったです」


「まぁ飲め。礼なんて水臭ぇよ、キャル。それに天敵がお前ぇの指揮に舌巻いてたぜ」


「あれには吃驚しました。前を向いた公国軍が追いつけないなんて、凄かったです!」


 シノが心配し、デセットさんが酒を勧めて僕が褒める。


「まぁ、前にもちょろっと言ったけど、数はこなしてるからね。シノやシュウならもっと上手くなれるよ」


「いやいや、姉御はすげーぜ!あの時突き飛ばしてもらわなきゃ俺だって死んでたんだ」


 両肩に包帯を巻いた冒険者も褒める。


「突き飛ばされて逆の肩を脱臼したけどな。わはははは」


「アンタは一言多いんだよ!」


 笑い声につられてキャルさんも笑顔を見せる。強いな、皆。戦死者の中には見知った人も居ただろうに、笑っている。薄情だとも慣れてるんだとも思わなかった。あの日、疲れきったダミールの人達を見てるから。それでも怒りの篭った目で剣を振っていたから。本陣で眼を閉じた負傷者の横で、拳を握り締めて佇む人を見ていられなかったから。


「わはは。シュウ、噂は聞いたかよ?姉御、最近優しくなったんだぜ?」


「と言われても、僕達には最初から優しかったですから」


「アンタ達は良い子だ!よく判ってるじゃないか!」


 顔の赤いキャルさんに抱きしめられる。シノが。デセットさんがこちらを見て頷く。ではそろそろ……


「そんなキャルさんに紹介したいんですが」


「なんだい?良い男でも紹介してくれんのかい?」


 鞄を探り、リュワを宿らせてこのお姉さんには甘えて良いからね、と念話を送って仔虎を取り出す。


「男ではないんですけど、僕達のマスコットです。リュワと言います。差し上げる事は出来ませんが可愛がって下さい」


 膝にぽとりと落ちたぬいぐるみを見て持ち上げながら感想を口にする。


「お、可愛いねぇ。シノの趣味かい?」


(今だ、リュワ!行動開始!)


(わかったー!!)


 抱えた腕に前足を乗せて、尻尾を振ってじたばた動き始める。吃驚して膝に落としたキャルさんの身体に上ろうとしがみ付くが、それで母性本能を刺激されたようだ。


「うひゃあぁぁ!なんだいこいつは!魔道具かい?!」


 すかさず抱き上げ頬ずりを始める。リュワは肩を甘噛みし始めた。


「以前行きずりの行商人から買った物です。詳細はわかりませんが、この通り愛らしいもので可愛がってます」


 周囲の冒険者も目を剥いてリュワを見ている。そりゃそうだろう。月明館の宿泊客からも値の見当もつかんとお墨付きを貰っている。これを買えるだけの収入があると言う証明にもなる。ここでも行商人の詳細を聞かれたが、名前も聞かずに別れて大陸中を渡り歩いているらしいと言うと、大半は諦めたようだ。

 珍しい姉御が見られるとダミールギルドの人達も入れ替わり立ち替わりこっちに来る。ずっとキャルさんの腕の中だが、皆に撫でくり回されてリュワも御機嫌だ。


「決めた。アタシは貯金する!いつかこいつを買うんだ!」


 杯を口に運び、逆の手はリュワを抱きしめて赤い顔のキャルさんが宣言する。その向こうではデセットさんがダミールギルドのヤツら呼んで来い、と爆笑しながら叫んでいる。シノもキャルさんの横でリュワを構いながら楽しそうに話している。

 良いんじゃないか、と思う。やせ我慢だろうが酒の助けだろうが皆笑えている、これでも良いじゃないか。これだけの人が居るんだ、皆でちょっとづつやせ我慢して、隣の人を笑わせて。余裕が出来れば肩を叩き合える。それだって助けになるし、僕は救われている。

 見上げた夜空は雲が散り、月と星が僕達を覗き込む。


「お、あいつらも顔を見せたぜ。乾杯!」


 誰かの音頭で幾度目かの乾杯が唱和される。

 背中の月と藤の花、ダフトさんの工房印は温かさを増して、そっと僕の背を伸ばしてくれた。

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