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キャルさんと再会を果たした翌日、アスードの近隣貴族からの援軍が到着した。
指揮官はデレクさん。ユーザリム家の次男だそうだ。所々で連合貴族にしては前時代的な価値観が見え隠れするものの、『眼』に嫌な感じが出ないところを見ると、この方もまた国を想う貴族なのだろう。色んな価値観がせめぎ合いながら成長していくのは国も人も一緒だ。
「諸君らが公国撃退及び救出作戦の中核であるか。よくぞ持ち堪えてくれた。詳しく話を聞きたい」
報告を始めた口調に眉を顰めたので、ロウガーさんが苦笑して僕に丸投げした。名乗り、報告を始めると眉の位置が元に戻ったのでこの先も折衝役にされそうだ。
「ほう、君達は魔術師であるか。それも話を聞くに相当強力な者の様だな」
「加えて剣技も一流です。本陣に置くよりは前線で用いたい……と要望します」
ロウガーさんが慣れない口調に苦労しながら具申してくれた。
「む……気を遣わせたか。私もまだまだであるな。口調は気にしなくて良い。私の表情もな。なかなか治らぬ悪い癖とでも思ってくれ」
本音だと思わせる何かがあった。そこからは活発な打ち合わせに入る。偵察員からの報告では公国は陣を下げ、谷間を越えた草原に陣を敷いたようだ。昨日の敗戦前にまた参戦貴族が増えたようで、総数は約二千。千人程の援軍が来たらしい。
「こちらも編成が終われば進軍するぞ。現状の人員を詳しく聞かせてくれ」
横の幕僚と共に話を聞き、迅速かつ的確に二千五百名の割り振りをしていく。僕とシノは本陣近くの歩兵部隊に置かれ、折衝役兼参謀補佐とされた。年齢と経験不足を口にして辞退したが、
「若い君達がギルドの中核に居る。その事実は君達の能力を示すものである。それに経験なら昨日したであろう?押し寄せる公国軍を千々に乱し撃ち破った功績つきでな」
「……御下命に従います。しかし、遊軍扱いで自由に動けるように御配慮いただけませんか?」
「勿論である。先程のロウガー殿の要望を無視する気は無い。アレスト部隊に加えて我が騎士団から二十人任せる。動く時はこちらに報告を忘れずにな」
司令天幕を出る時にデレクさんから声がかかる。
「お互い立場も違う、やり難かろうが懇意に頼む。我々も諸君らもあやふやな物の為にここに来たのではない筈だ。共に撥ね返し、勝ち取ろう」
谷間を抜けた先には山間の平地が広がっている。公国軍は布陣を終わり待ち構えていた。
「報告いたします。中央に騎兵歩兵が合わせて五百、その後方に魔法部隊百、守るように左翼に歩兵が三百。引いた右翼に弓歩混成で三百、後方本陣五百と守備歩兵が二百です」
それを基にこちらも陣を敷きなおす。鋒矢の陣に近いが左翼歩兵をやや上がり気味に構える。
「シュウ殿、君ならどう崩す?」
「敵は半包囲で魔法部隊と弓兵を使い、こちらの消耗を狙うと見ました」
「我らが疲れたらそのまま包囲に移るか」
「逆算しましょう。敵の頼みは魔法部隊のようです。これを崩せばこちらが有利になります。邪魔なのは左翼の歩兵ですね」
「斜行して片付けるか?」
「いえ、そうすると右翼の弓が上がってきます。こちらの右翼を上げて受けながらじりじりと下りましょう。右の木立の方へずらせれば勝機が見えます」
参謀さんが僕の答えに笑顔で頷いている。なんか試されてる感じだが、ゲームの知識しか無いけど良いのかな。
「同時にこちらの本陣前の歩兵から二百を割り迂回、木立に潜んでずれてきた歩兵を叩きます。魔法部隊も援護の為に右に寄るでしょう」
「ふむ、中央でぶつかる部隊には横に大きく動きを取る様に指示を出しておこう。立ち位置を狂わせてやる」
「ありがとうございます。迂回した歩兵から百を割り、そのまま木立を抜けて歩兵の背後から魔法部隊に突撃すれば片は付くかと思われます」
「右翼の弓はどうする?」
「こちらの魔術師は二十名、先鋒と左翼に分けて風の流れを作り出せば矢は勝手に逸れていきます。程々に噛み合っていただければ魔法部隊も右に寄り易いかと」
手早く考えを口に出す。どうやら参謀さんの狙いとそうずれてもいない様だ。その後の動きも確認し、デレクさんから各部隊へ伝令が飛ぶ。
両軍が合戦前の口上を交わし、それが終わると鳴り物打ち物が音を立て、双方の緊張が高まっていく。
「連合勇士よ!再びの公国の簒奪を許すな!かつての侵攻で旅立った英霊に無様を見せるなよ!思い出せ!諸君らが何を背負ってここに起っているのかを!」
剣を掲げたデレクさんに答える雄叫びが軍旗をはためかせ、次の言葉を待つ。
「昨日落とし穴に怯んだ臆病者共を追い返せ!進軍!!!」
冒険者から敵を嘲る笑いが起こり、応の気合と共に先鋒と両翼が歩みを始める。少し置いて弓兵が、その後に僕が配された歩兵が続く。
僕達は本陣を守る位置で停止して、先鋒がぶつかると同時に歩兵から二百が分かれ、迂回を始める。
(エイクス、故国相手で悪いけど魔術借りるよ……リュワ、シノ、合わせてくれ)
三人で魔力を合わせて敵軍の注意力を僕達から逸らせる。数が数だからエイクスほど完全にとはいかないだろうが、戦闘開始に紛れればいけるだろう。
山際から溶け込むように消え失せて、目標地点に進む。先鋒同士に遅れてこちらの右翼が上がり、敵の左翼と噛み合う。こちらの左翼は敵の先鋒の横腹へ付けようとするが、弓兵に抑えられて上手く動けない、様を装う。
先鋒も位置を細かく変えながら正面を左へと誘導する。敵の左翼は予定通りこちらの歩兵にじりじりと誘導され、先鋒の後ろにいるべき魔法部隊も正面がずれた事によって右に寄る。先鋒の背後につけろとの指示が出ているからだろう。
「上手くいってるわね、シュウ」
ゆっくりとだが確実に思惑に乗ってくれる敵軍を眺めながらシノが小声で囁く。
「願ったり適ったりなんだけど、敵軍は伝令いないのかな?徐々にとはいえ崩れているのが判りそうなものだけど」
「頭悪ぃんだろ。昨日の捕虜に聞いたがな、指揮官様はこれといった軍功なんぞ無いばかりか、戦は力押しでするもんだとさ」
デセットさんの言葉に呆れる。道理で差は小さいとはいえ敵より少数なのに包囲なんか選ぶわけだ。紙で石を押し包んだところで破れるのがオチだろうに。
(シュウー、兵隊さんがー、近付いて来たよー)
「ではデセットさん、マインスさん、僕達は別れて背後を狙える位置に移動します。敵部隊は気付いていないようです、横腹見えたら突撃してくださいね」
「おう、天敵と天罰もキツいの喰らわせてやれ。んじゃ後でな」
頷いてシノと共に百名を連れて木立の際まで進む。魔法部隊が丸見えだ。少し後方に出ちゃったな。
「突撃のタイミングでやつらは動きます。指示後に切り込んで暴れて下さい」
言い終わるか否かで、ドガンという音が聞こえそうな勢いの突撃が始まる。異変に気付いた魔法部隊が間を取って援護しようと動く。
(シュウー、あの人達がー、集中に入ったー)
(よし!ありがと、リュワ!)
通常、魔術師は集中に時間を取られる。目標を定めて潜り、注意深く魔力を選別し、境もあやふやな他の属性が出来るだけ混ざらぬように手繰り寄せ、強い顕現の意思を乗せて、幽界と物質界を繋ぐ自分の幽体と身体の繋がりを通して、物質界に現象を顕現させる。この一連の作業を短時間でこなせるのは、僕の知る限り今のところは僕達三人と、少し劣るがエイクスだけだ。
目の前の部隊が身動き一つ取らずに意識は幽界へ。戦場の空気の中でどれだけ集中に時間がかかるかなどは推して知るべしである。
「別働隊、斬り込め!!!」
考えてみれば僕の初めての号令で、白刃を閃かせた百人が勇躍して的に殺到する。
虎の子を威圧に使いたいならもっと目立つ位置に、実利を取るなら各部隊に紛れさせるべきだな。
前方の歩兵部隊は前と横から攻撃を受けて数を減らされ、こちらに来る余裕は無い。思う様に斬り伏せ突き通すと、魔術師達は眼を見開き、あるいは幽界に潜ったまま蹂躙される。敵本陣護衛の部隊が慌てて上がってくるがもう遅い。瞬く間に片付けて前方歩兵に背後から襲い掛かる。打ち合わせ通りなら今頃こちらの先鋒と左翼が圧力を増して押し込んでいるはずだ。
「よぉし、敵左翼壊滅!手前ぇら、合流して先鋒に横からかかるぞ!」
デセットさんの怒鳴り声が聞こえる。僕達の役目はここから本陣護衛部隊の動きを牽制する事だ。動けば本陣に突撃するぞと、圧力をかけてこの場に張り付けにする。
中央の戦況を窺うと、横からの勢いに押されたのか左へと大きく位置を動かされ、数も五百から減り始めている。
僕とシノが散発的に魔法を敵に撃っているとその時が来た。
「右翼歩兵部隊、左翼と歩調を合わせて敵の右翼を叩くぞ!!」
半数を割った敵先鋒は打ち捨てて連合の両翼が大きく向きを変える。
「別働隊、敵歩兵に一当てします!無理はしないでください!」
戦況を確認して揺らいだ部隊を襲う。半数の僕達に圧されて形が歪む。士気は折れたな。無理しない範囲で敵を討ち取りながら本陣へ伝令を走らせる。左翼も似たような状況だろう。ここで本陣がゆるりとでも前に出ればそれは戦場の趨勢を決定付ける。
間も無く敵方から撤退の悲鳴がこだまし、我先にと敵兵が壊走を始める。ここから先は僕達の出る幕は無い。本陣に退こう。




