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先発した僕達千名のギルド所属員は先を急ぐ。
一日遅れでアスード西方の貴族からなる騎士団が前線に到着する筈だ。細かな編制はその指揮官に従うようにと、取り敢えずの指揮官をロウガーさんが務め、各ギルドを小隊として小隊長と班長はこれまで通りの人事で進軍する。
資材搬送の馬車の荷台を借りて作戦会議が始まる。アレストギルドの班長会議の結果を持って出掛けたデセットさんから、僕とシノが呼び出しを受けた。
「ウチの策で行く事になったぞ。お前ぇら、ホントに出来んだろうな?」
頷きで返す。
公国の魔法部隊によって辺境守備隊は大打撃を受けたらしい。そこから崩れて今は狭隘な谷間で何とか持ち堪えているとの事だった。兵力差に開きができたため、虎の子の魔法部隊は今は距離を置いた後方の本陣に退いているということだが、戦況が膠着状態に陥れば再び出てくるだろう。
「よぉし。シュウ、先行しろ。キャルに繋ぎを取れ。シノはウチの奴等を連れてクリアス、シュッツノー両ギルドの混成部隊と跡を追え。見つかるんじゃねぇぞ」
シノと頷き合って先に飛び出る。シノはあれから魔法の複数展開の訓練を重ね、僕程ではないがリュワと繋がりを強くした。リュワを中継に僕とのやり取りも出来るようになっている。
(タイミングはリュワが教えてくれるから、シノはリュワと協力して掘るんだよ)
(解ってる。シュウも取り掛かりに合図送るの忘れないでね?)
(了解)
谷間の入り口が見えてくる。ここからは隠蔽して前線に紛れ込む。出掛けに借りた片手剣を抜刀し、気配を開放して前線付近に出た所でキャルさんを補足した。背後につき、小声で話しかける。
「キャルさん、そのまま聞いてください。アレストのシュウです。援軍到着しました。本隊は谷の出口で待機してます」
剣を振るいながら頷くキャルさんにそのまま作戦を伝える。後方は負傷兵を抱えている。彼らの退避のために予定より時間を稼がなければいけないだろう。
「……ではそういう手筈でお願いします。ローテーションに応じて僕が前に出ますので、急いで下さい」
「了解だよ。二列目!前列と交代だ!三列四列は押し上げろ!弓兵は交代を援護!!負傷した者は最後方へ下がれ!!」
後方から飛来する矢に合わせて前列と交代し前に出ると、一人混じった少年を穴と見たのか敵兵が僕へと意識を集中する。ナイフで剣や槍を捌きながら手近の敵に剣を通す。引き抜きながらナイフの柄を握り込んだ籠手で別の敵の顎を跳ね上げてやる。鉢割が顎に食い込みぶっ倒れた相手は、後列の人間に踏まれて地面のシミになるんだろう。
僕から何かが横へと伝播したのか、連合側前列の勢いが増す。あまり押し返しすぎると向こうの本陣に伝令が走る。不味いんだがどうしようもない。未だかと焦れながら暫く剣を振っているとすぐ後ろからキャルさんの小声が耳に入った。
「待たせたね、坊や。後方は撤退完了だ。立ち位置変わるから指示をおくれ……前列交代!弓兵構え!!」
交代を済ませて再びキャルさんの背後へ。
「指示後に僕は気配を消して右の崖の上へと移動します。交代の時間半分で撤退を命令して下さい。矢はここで撃ち切って構いませんので、敵の前線となるべく間を取って下さいね。では後程、祝杯の席で」
リュワとシノにそろそろ撤退が始まるよ、と念話を送り、僕は来た時と同様に気配を消して一度後方に下がって崖の上の二百人と合流する。
「お前がシュウか?」
「はい、敵は約千二百、こちらは崖下に三百です。負傷者は後送したとのことですので、撤退が始まって敵勢半ばで仕掛けます」
「少し時間がかかったが、敵に補充は未だ無い。頼むぞ」
軽く打ち合わせが済むと下に注意を戻す。僕の参戦で上がった勢いをキャルさんが抑え始めた。そろそろだな。かつての公国侵攻をなぞって、あちらさんには苦い思い出に浸ってもらおう。
撤退、との大声の指示と共に少し引いた位置からの弓兵の射撃が始まる。射掛けられた矢に防御姿勢を止む無くされた敵前列と間を取り後退が始まる。再びリュワに念話を送り、弓兵と足並みを揃えた見事な全速後退に眼を見張る。
矢の数が減り、敵も動き出す。横列を崩しながら追撃にかかる様を見て、公国の人材って大丈夫なのかな、と要らぬ心配をしてしまう。
「シュウ、そろそろだぞ」
「わかりました、皆さんは移動をお願いします。崖に沿って下への道を作ります。僕は最初に上から弓兵を減らしますのでご存分に」
移動を開始してから少し、リュワから念話が入る。
(シュウー、半分まで来たよー)
その声と共に幽界に潜り同時に五筋の魔力を繰る。狙いは足元、極太の落とし穴を掘ってやる!
いきなり出来た空堀に為す術もなく落ちる公国軍。落ちなかった者は目の前から掻き消えた味方と現れた空間に戸惑っている。堀の中には水が染み出し、もがく兵士が良い具合に土と混ぜ合わせてくれた。二階建てほどの高さだ、早々上がっては来れないだろう。
魔術師が居るぞ!の声と共にシノからも成功の念話が入る。今頃、追いかけていった最前線は気付いているだろうが、シノの部隊に追い立てられて本隊の目の前へと引きずり出されるだろう。僕は再度魔力を繰り、下への道を作る。
「ギルド連合、突撃ィ!!調子に乗ったアホどもを蹴散らせ!!」
遠くからの号令通り、僕達は堀に挟まれ動きの取れない三百人程を掃討にかかる。手始めに次々と火球を放り込み、空いた隙間に崖上から雪崩込む。僕は堀を挟んだ後方敵軍の目に付く弓兵の集団へと岩を転がし、戦果を確認した後に飛び降りた。
いきなり降って来た僕に驚きながらも槍が繰り出されるが、屈んだ姿勢のまま転がって避け、立ち上がりながら脇腹の鎧の隙間へと剣を突き出す。最初に割った後方六百以外は無事には帰さない。
怒号悲鳴が入り乱れ、首や手足が打ち上がる。堀の向こうは僕の目の届かなかった弓兵や、少数付いてきた魔術師を前面に出してきた。
空堀の幅は成人身長二人分ほど。重い鎧じゃ飛び越せはしない。
「僕は軽装だから大丈夫だけどね。いただきます」
堀の端で気流を作り出し、力なく落ちてきた矢を三本ほど引っ掴むと僕は堀を飛び越える。空中で矢を魔力で打ち出し、矢と同数の魔術師を貫いてその身体の上に着地する。目の前五人程を吹っ飛ばして剣を振るう隙間を作り、手近な魔術師から血祭りに上げていく。
ナイフはしまって右手に魔力を、左手に剣を振るい当るを幸いと斬り、突き、燃やし、おおよそ片付けてから堀を飛び越える。オマケと言わんばかりに火球を置いて。
戻った戦場では乱戦ながら彼我の戦力比は大きく偏り、すでに敵兵二百はあの世へと向かったようだ。案内役の彼の顔がふと脳裏に過ぎる。
その後も投槍や矢が打ち込まれるが、堀の中ほどで失速しては僕が手に取り投げ返す。橋でも架けるつもりか丸太が数本見えたので風刃を飛ばして半ばから切り落とす。頭の上に丸太が降って来た兵士は災難だな。
粗方敵を討ち取って、降伏した兵士は捕虜を取っている暇は無いので堀へと放り込む。シノの方は退いたダミール兵が本隊と合流し、鎧袖一触蹴散らしたそうだ。
伏兵の部隊長と話して僕達も合流する事にする。
「待たんか貴様ら!目の前で好き放題暴れおって、名を置いて行け!」
途中からは歯噛みしながら悪態を吐くしかできなかった堀の向こうから怒声が飛んでくる。
「ああ言ってますけど……?」
尋ねた僕に部隊長が向こうに聞こえるように大声で答える。
「知るかよ。喚く事しかできねぇ木偶人形が俺の名前聞いてどうしようってんだ?案山子野郎共はとっとと帰って畑で鳥でも追い払ってろ!」
「き、き、貴様ら、貴様ぁぁーーー!!」
こういう喧嘩でギルド員に勝てると思わない方が良いですよ。そういう性癖なら止めませんが。
堀の中に水を顕現させながら僕が言葉を投げる。
「追いかけて来るならご自由に。溺れそうな人達は置いて行きますんでそちらでよしなになさって下さい」
ぱっと見で一番低い人がギリギリ溺れるように水位を調整してその場を離れる。背後でロープと杭を持って来い!と指示が聞こえた。救出作業頑張って下さい。本隊へと戻りながら崖に作った道も削り落とす。
シノとリュワが作ったもう一つの見事な堀では、落ちた兵士が人垣を組んで上に上ろうと四苦八苦していた。拾った矢を飛ばして一番上の人の肩に当てる。組んだ人垣が崩れて、一際豪華な鎧を着込んだおっさんが恨みの篭った目でこちらを睨んだ。
「シュウ、あいつだけ引き上げてやれ。捕虜だ」
頷くとロープを渡された。
「そこのキンキラのちょび髭の方、すぐに死にたくなければ武装解除して下さい。そこの三人はその人の手足を縛ってロープに括りつけるように」
周囲から、ふざけるな、とか誰が貴様の言う事など、とか言う声が聞こえるが、誰かが射た矢が都度口を塞ぐと当の本人が命乞いをしてきた。鎧を投げ捨て武器を手放し味方に向かって傲然と両手を突き出すその様は、浅ましい貴族以外の何者でもなかった。
「忠士たる諸君らの命をあたら目の前で散らせる訳にはいかぬ。ワシさえ辱めを堪えれば……」
等と言っているが、それを信じている者は居なさそうだ。それが証拠に手足をきつく縛られている。引き上げる段になって、冒険者が笑いながらロープを揺らすので、兜を脱ぎ露になった頭頂部の見事な光沢は擦り傷で曇っていった。
「では、堀の底の皆さん。暫くすると御味方が助けに来ると思いますのでそれまでゆっくりと水風呂にでも浸かっててください」
先程と同様水を注ぐ。下がぬかるんでるから水風呂って言うか泥水風呂だな、こりゃ。
捕虜に取られたちょび髭さんが助けがあると聞いてなにやら喚いているが、呻き声の後は何も聞こえなくなった。




