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往く河の流れは  作者: 数日~数ヶ月寝太郎
三章 落葉満ちる大樹の陰
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4

 旧アスードが、もっと細かく言うとダミール近くの国境がキナ臭い、と聞いたのは、テーブルの右に座った冒険者からだった。

 どれを切って何を残すかを考えている間の繋ぎの話題だったのだろう。手札から三枚を選び、場に捨てながら言葉が続く。


「いつもの小競り合いのハズが公国側に援軍が来て、八百と五百で殺り合ってるとよ」


 配られて瞬時に切る札を決めていた僕は一枚を場に出して新しい札を受け取る。


「援軍ですか?数百という事は中央からではないでしょうし……」


 良し、今日も勝ちだな。


「隣接領の領主が傭兵交じりの私兵を出したらしい。南部貴族は懐が厳しいって噂なのに何考えてんだろーな」


 左の人も三枚捨てる。僕が一枚しか捨てなかったから仕方ないね。


「バカがギルド狙ってんだろ?占領すればギルド抑えて、素材加工の魔道具で一攫千金とか思ってんじゃねーか?」


 デセットさんが交換無しでニヤニヤこっちを見てる。ブラフですね。揃ってんならコール前に札を伏せたりしません。

 勿論この手札で降りる筈も無く、レイズで値を上げてやった。


「六のワンペア」

「フラッシュ」

「……エースのスリーカード」

「クソがぁぁ!素直に引っかかれよ手前ぇら!ブタだ!」


 デセットさん、あれからあなた何連敗ですか?


「いつになったら奢ってくれるんですか……」


「次だ!次こそは天敵ぃぃぃぃぃ!!」

 

「今日はそのくらいでお止めになっていただけますか?」


 後ろからシノの声がかかる。見なくても判る、眉が吊り上っている。金貨二枚賭けよう。


「そっ、そーだな。じゃぁ、天敵クン。ボク達いつもの店で待ってるから」


「……はい、また後程」


 お行儀良く椅子とテーブルの上を片付けて、毎度の事ながら『天罰』は怖ぇーな、と囁きながら人が消える。『天敵』が頭上がらねーってんなら、もうそりゃ神が与えた『天罰』だろ、とデセットさんの一言で、めでたくシノにも渾名がついた。


「でも気になるな、さっきの話。首都の騒ぎを鑑みるとデセットさんの予想は正しそうだし」


「……誤魔化そうとしてない?」


「してないって。冒険者って情報溜め込んでるからさ。そこそこの時間付き合わないと優先順位低い情報は出てこないんだよ」


「まぁ、そうみたいだけど……でもそうね、招集かかってるとしたらキャルさんがちょっと心配かな」


「今度シュライト様に聞いてみようか」


 月明館への道々でそう話しながら帰り着く。

 ルード君にただいまを言い、夕食を控えめに摂って風呂に入り、心配だから俺も行くと言い張るガルさんを、アリーシャさんが羽交い絞めにする。

 その後居酒屋で情報収集を試みるも、なんで手前ぇは女ぁ連れてこねぇんだ、と絡むデセットさんを捌くのに必死になっている間に、皆さん酔ってまともな話どころではなくなってしまった。




「ダミールからの協力要請が届いた。戦の規模が拡大しつつあるらしい」


 旋風狼の間引きがそろそろ終わるかという頃に、呼ばれた僕達にドリスさんから情報が与えられた。キャルさんは無事だと聞いてはいたものの、少し驚く。


「アレストにまで要請が来るとは、状況は悪いのですか?」


「いや、現在は少し押され気味というところらしい。しかし公国貴族が新たに二家、援軍を出したらしくてな。このままの戦況だとさらに参戦貴族が増えるかも知れんとの事だ」


「召集とあれば参加は吝かではありませんが、数は?」


「現在は公国千五百、連合千でダミールのベルディナ殿が友好貴族に援軍の要請をしておられる。各ギルドへは総数で千の要請だ」


 確かベルディナさんはラスカリア家だったな。顔は広いとの噂だからそっちの援軍は大丈夫だろう。

 シノを見て頷く。キャルさんとは女性同士というのもあって仲良くしてたからシノに任せよう。


「私達も招集に応じます。出立日時が決まればお教え下さい。準備にかかります」


「各ギルドとも選定はすぐだろう。ランク制度のお蔭で現状把握は出来ているはずだ。ウチも一週間で揃えて向かうぞ」


「委細承知いたしました」


 首都から帰って一月、一応ゆっくりは出来たかな?ルード君とも仲良くなれたし、リュワの新しい身体の部品も順調に揃ってきたし。

 薬学書も役に立っている。一通りの応急薬は品質も上がり、数も揃った。戦闘用に腰につける魔法のポーチも作った。それに薬は入れてある。勿論僕とシノの二人分だ。

 シノも、あれから合間に狩った旋風狼の毛皮で防寒着を作ってくれたし、大きな鞄も作ってそれに加工用の器具も素材も一通り入れてある。これには結晶体を使って、容量無限、状態維持、使用者制限、入れてある紙で内容物のリスト作成などの、考えられる限りの機能をつけてある。お揃いで買った指輪もそれぞれの位置の確認が出来るように魔道具化しておいた。


「シュウー、どうしたのー?なんかー、緊張してるー?」


 部屋で荷物の確認をしていると、リュワにそう聞かれる。


「……んー、戦争だからかな?」


「シノのー、時とはー、違うのー?」


「あれも戦争って言えば戦争かもね。あの時はシノの心配と、傭兵への怒りしかなかったけど、今回はね」


 あの時シノに判断を任せたのも不安だったからかな……卑怯者だな。


「僕ー、シノもー、シュウもー、守るー!」


「ありがと。僕も二人を守るからね」


 そうだな。戦争の経験は前回してるといえばしてるし、恨みも何も無い見知らぬ人を殺しに行くんじゃなくて、守りに行くんだ。ダミールだってまだ知らないだけで、ここの人達みたいな良い人が居るはずだ。ルード君みたいな小さな子も。それを守ってるキャルさんやベルディナさんに力を貸しに行くんだ。

 そう考えたら心中が落ち着いた。




 翌朝、朝御飯を三人で食べているとシノがおずおずと口を開いた。


「私、魔法の複数展開できるようになったかも」


「わー、凄いー!シノー、おめでとー!」


「おめでとう!どんな感じだったの?」


「集中してると、何かこう……上手く言えないけど、樹を感じたというか……」


「樹?」


 聞き返した事で不安になったのか、シノの声がちょっと小さくなる。


「なんか、一本の樹であると同時に葉の一枚一枚でもあって、無数の私をそれぞれ感じるんだけど、同時に一つの存在として在れたというか……」


 ほぼ間違いないな、こりゃ。内側の事だから感じ方はそれぞれだし、僕がはっきり言える事でもないけど。


「多分できるね、それ。今そこまで集中できる?」


「時間かかるかもしれないけど、できると思うわ」


「じゃあ、今日は訓練してみよう」


 朝食を終えて、結界を張りなおす。


「それじゃシノ、シノが感じた無数の葉はそれぞれ違う動きをしてるはずだ。大樹に風がそよいだように、上に動く葉も下に動く葉も、横にも後ろにも。動かない葉だってあるはずだ。動かそうとしないようにね。動いて在る事を知るんだ」


 頷いて集中に入るシノ。暫くして完全な集中状態のシノに、集中を乱さないように静かに低くゆっくりと話を続ける。


「それを知ったら、根から葉へと送られる水を知ろう。それも君だ。一つの君から無数の君へ、流れる君は色々な力と共に無数の君に流れ込む。無数の君の中で火と水の力を出す君も居る。総てが一つの君だ。知るんだよ。為すべくして成るし、成したから為ったんだ。…………君の両手に在るものは?」


「……火と、水……」


 僕に応えてゆっくりと目を開くシノ、座禅を組んで膝の上にある左右の手には、火球と水球が穏やかに揺れながら在った。

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