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往く河の流れは  作者: 数日~数ヶ月寝太郎
三章 落葉満ちる大樹の陰
45/110

3

「受付担当員の思考を誘導したそうだな」


「御相談もせずに判断しました。申し訳ありません」


「咎めているわけではない。シュウが前言を翻すからには訳があるのだろう?」


「説明の前に一つ質問をよろしいですか?」


「なんだ?」


「これまでに従業員からの運営に関する意見などはどのぐらいあったのでしょうか?」


「む……カウンターに仕切りを設置してくれとの要望くらいか」


 やっぱりそうか。何故か緩い貴族が多いがそれでも封建体制下では、貴族の上司への具申は平民には荷が重いのだろう。今回の受付さんは勇気を振り絞ったと見て良いな。ブツブツと悩んでたし。


「先日は内では気付かぬ外の意見を、とのご要望でしたが……おそらく従業員にも思う所はあるかと存じ上げます」


「であるならば、何故要望が上がってこぬのだ?」


「先日のネリアさんの様子を見ても、永の治世で染み付いた習慣があるのでしょう。貴族と平民の身分に基づく習慣が」


「物を言い難い、と?」


「言い難いと申しますか、そもそもそういった思考にすら辿り着かないのでしょう。従業員の皆様は日頃シュライト様と近く接しているので思い切る場合もあるのでは?」


「ふむ……」


 思い当たる事もあるのだろう。お互いに悪戯を仕掛け、じゃれ合っている僕達三人の関係性の方が異常なのだ。最初のギルド加入の時と、続く尾行の件で極めて稀に発展した関係だ。

 ドリスさんは僕の出自を薄々察していた。僕もドリスさんの地位を考えた物腰と言葉遣いで、不快感を持っていると解ってもらった。

 ワレ、コラぁ!なに人の跡尾け回してくれとんじゃボケぇ!調子ノっとったらシバきまわして沈めんど!おぉ?!等と言おうものならその場で手討ちになっている。しかし黙って下を向いていれば、その後も尾行は続いたかもしれない。教えてもらった生き方ではそれを許すわけにはいかなかった。

 先日の会議に来ていた冒険者達は、何年かかけて支部長との距離を徐々に埋めていった筈だ。お互いに妥協をし合いながら。それができる平民もまた稀なのだろう。感じた怒りをそのまま口に出す、プライドしか持ってないバカでも、無茶無体を頭を垂れて受け入れる都合の良い平民でもなかった、と。


「まずは前例を作る事が重要かと思いました。所属員から支部長へ、と言うのはランク制度で周知となるでしょう。では従業員から支部長へも同時に形になれば、組織としての一体感も増します。この制度は所属員からの一言を基に支部長が骨子を作り、それに従業員が肉付けしたものだ、と」


「成程、風通しの良い組織作りか」


「見ていると、従業員の方々は課せられた仕事には真面目ですが、それだけの様にも見えます。お褒めの言葉で仕事に誇りを持てるのは所属員だけではないかも知れませんよ?」


「まずは下から要望を出し易くする。出てきた物が妥当であれば検討、実施し立案者に褒美を出す。それを目の当たりにすれば後に続く者も出る。そういう事か?」


「御賢察の通りです。今回は年若い女性に切欠を作ってもらいましょう。世に切り込めるのは若者の特権です」


「シュウが一番若いくせによく言う」


「年若い女性って、声でそこまで判った訳ね?」


「なんだ、そういう事か。シュウも意外と女好きなのだな」


 あの、一日一回僕を貶めなきゃならないルールでもあるんですか?


「今回は彼女の言葉から気がついた部分であるのも事実です。半年に一度の更新以外にも短い周期で定期的にギルドに顔を出す。それで把握できることも多いかと思います。どれぐらいの頻度で活動をしているか、であるとか」


「確かにな。現状、狩猟に失敗した者はギルドには寄らぬしな」


「彼女が何処までの案を出したかは知りませんが、狩猟自体も依頼化して、その日の目標を申請してから出掛ける流れを作る事を具申いたします。なお狩猟依頼については失敗のペナルティを課さぬ様にしていただければ良いかと」


「目標外の獲物は今まで通りか?」


「それでも結構ですし、その獲物に対する依頼の成功としていただいても良いかと」


「そうすると、依頼を受けるメリットが無ければその習慣が浸透するのは難しいわよ?」


「事前に申請した依頼については、ランク上昇の実績評価に当たる部分にプラスとして加算すると周知すれば良い」


 暫く三人で意見を出し合う。一通りの目処がつきドリスさんが僅かに姿勢を崩す。


「良し、次の会議で提案しよう。御苦労だったな」


「いえ、お役に立てたようで何よりです。受付さんはどういう要望だったのですか?」


「なに、今回の旋風狼の件を狩猟に出掛ける前に知らせる事ができれば、効率が良いのではないかとな」


「具体的な方策の提案は無かったのですか?」


 ドリスさんが笑う。従業員を誇っている様でもあった。


「ギルドの壁と受付部屋の入り口に張り紙を張ってはどうかと言っていたぞ。事前申請をした者は報酬に色を付けると書いてな」


 今回に限れば良い提案なんじゃないだろうか。冒険者が帰ってきてそれを目にすれば、周囲に声をかけて徒党を組みやすくもできる。


「当面の処置としては良い案ではありませんか?」


「うむ、私もそう思って詳しく話を聞いたら二人の名前が出てきてな」


「思わず言行不一致と声が出た、という事ですか」


 僕に苦笑を返したドリスさんに気になっていた事を聞いた。


「話は変わるのですが。連合の貴族様方は僕のイメージよりも親しみがもてるのですが、何か理由があるのですか?」


 苦笑から笑顔が消えてただ苦い顔になった。


「連合発足から間も無くの事だ。首都でとある貴族の子息が平民を無礼討ちしてな。馬車の前を横切ったとかの下らぬ理由でだ」


 ああ、それはイメージ通りだ。


「貴族はノルトライト貴族。斬ったのがノルトライトの民ならいつもの如く、お叱りは受けるがお咎め無しだっただろう」


「違ったのですか……」


「ああ、被害は殆ど無かったとはいえ、戦火に見舞われたワスボウトの民でな。当事首都に移ってきた各国の民は連合の象徴でもあった。それをあのバカは……」


 なんか面識があった風だな。隣から質問が出る。


「ドリス様とは御面識があった方なのですか?」


「恥ずかしい話だがな、シノ。かつて私の相手にと決まりかけていた相手だ。馬車も我が家に来る途中だったそうだ」


 そりゃバカ呼ばわりもするよ。大方、天下のシュライト家の姫の相手は僕ちゃん!!とか舞い上がっていたんだろう。ドリスさん美人だしな。


「噂が乗る風とは速いものでな。ワスボウトの王都、今は旧都で怨嗟の声が上がった。ワスボウト王とノルトライト王、我がシュライト家が怒り狂ったのは言うまでも無いな」


「想像がつきますね」


「騒ぎの詳細を聞いて即日牢に叩き込まれたのだが、その貴族家からの取り成しで命だけは永らえておった。だが、民の声が上がっては連合に罅が入るやも知れん。貴族家に子息の貴族籍の剥奪を申し入れたのだが、その場で当主が暴言を吐きおってな」


 うわぁ……一族でバカでしたか……ドリスさんも思い出しているのか、そろそろ怒り顔に近くなってきた。


「見事に御家は取り潰し、一族は連合に仇なす逆臣として処刑。子息はワスボウトに手械足枷、牢を馬車に引かせて見世物にされて送られた。その後は知らんし知りたくも無い」


 聞かなくても判りますしね。


「その一件から無辜の民に無体を働けば、貴族といえども罪は逃れられぬと四王家からの勅命が下り、今の状態という訳だ」


「それで僕のような生まれも定かではない者にも、気軽にお声をかけていただけた訳ですか」


「ギルドの支部長方は特別柔らかい方が揃っているがな。それに先程のシュウの話では、こちらが思っている程には溝は埋まっておらぬようだ。……そうか、この問題を不幸と見るか幸いと見るかで、その貴族の頭の程も判るな。父上にお話しておこう」


 お前達も迂闊に貴族には近寄るんじゃないぞ、と忠告を受けてその日は部屋を出た。

 翌日、ギルドは張り紙で飾り立てられて、仲間を求める所属員で賑わっていた。僕達は片手間に狩るくらいで良さそうだと受付に入ると、昨日の彼女が礼を言ってきた。


「恐れ多いかとも思ったんですが、張り紙の件をシュライト様に申し上げたら、お褒めの言葉をいただきました!!」


「へぇ、この張り紙、そうだったんですか?凄いじゃないですか!」


「今度特別手当もいただけるって!シュウさんのお蔭です、ありがとうございました!」


「へ?僕は何にもしてませんけど……とにかくおめでとうございます」


 勿論しらばっくれておいた。

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