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往く河の流れは  作者: 数日~数ヶ月寝太郎
三章 落葉満ちる大樹の陰
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2

 食卓に集う皆の眼が一人の男に注がれている。

 血走った眼でブツブツと呟きながら、両手で持つには小さすぎるグラスを無理矢理両手で捧げ持ち、かれこれ十分あまり。


「おいたん、どしたのー?」


「ルー坊、おいたんはな、今日一日の思い出をこのグラスに押し込めてるんだ。力一杯な……」


 そう答えてすっと一筋涙を流すと、喉へと一気に流し込む。この儀式が終わらない内は、誰も食事に手がつかない。哀れすぎて。


「あの、アリーシャさん。僕、あの……思うんですけど……」


 これが始まってもう五日目。二日目からはシノは下を向いている。


「言わないで!私の婚約者……あれが……」


 呷った顔を天に向け、涙を流すその様はただひたすらに痛々しいだけだった。


「わかったわよ!一日それに五杯ね!それ以上は駄目だからね!」


 それでも今までのグラス一杯分にも満たない量ですよ?いくらガルさんでも……


「マジで?!五杯だぞ!やっぱ無しとか言うなよ?」


「言ったら今より酷くなるでしょうが!言わないからその儀式止めて」


「よっしゃあぁぁ!!ルー坊、おいたんやったぞ!!」


 きゃっきゃと喜ぶルード君を見ながら、これを子供に見せて良かったんだろうかと悩む。

 うひひと笑いながら酒を注ぐガルさんに、朝三暮四かよ、と思ったが余計哀れになったのでもうこれ以上は考えない事にした。

 帰ってきてから一週間、旅の疲れをお風呂で流し、ルード君とデッコー家のお嬢ちゃんにマスコットが三匹、戯れる姿で心も癒えた。昨日は仕事に区切りをつけたドリスさんも宿に訪れ、無邪気に膝によじ登るルード君を抱えなおしてお菓子を与え、土下座せんばかりに許しを請うネリアさんに笑って言葉をかけた。


「幼子を愛しいと思うのは女の性だ。それに他はどうか知らぬが、このように無邪気な幼子に貴族平民の別などあるまい」


 その日も遊びに来ていたデッコーさんのお嬢ちゃんも頭を撫でられ、お菓子を貰ってぬいぐるみ四匹に埋もれていた。ルード君は膝の上で絵本を広げ、ドリスさんに読んでもらってご満悦だ。読み聞かせているその優しい眼に、ネリアさんも安心したのか、お茶を出して一礼してから仕事に戻っていった。

 これからドリスさんの来訪頻度が増えそうだと、寝入ってしまったお子様達をシノと二人で住居スペースに運びながら思った。




 さて、帰ってきてから初の狩りだ。

 朝宿を出て、狩猟再開の挨拶を兼ねてギルドに顔を出したところ協力要請があった。


「お帰りなさい、シュウさん、シノさん。護衛任務お疲れ様でした。今から狩りですか?」


「はい、そのつもりです」


「では、もしよろしければ御協力をお願いしたい事があるのですが」


「なんでしょう?僕達でできる事であればいたしますよ」


「おそらく旋風狼だと思うのですが、少し数が増えてきているみたいなんです。余裕があれば一、二頭でも構いませんので狩っていただけないでしょうか?」


 シノを見ると頷きが返ってきた。


「わかりました。幸いまだ獲物も決めていませんので、今日はそれをメインに狩ってきます」


「ありがとうございます。狩猟前に寄ってくださるとこういう時に助かりますね」


 そうか、前世で読んだこの手の話じゃ依頼を受けて狩りに行くんだもんな。ランク制度で魔物もランク分けする案は出したが、それだけでもドリスさんは買い取り素材予測が細かくできると喜んでた。ならば事前に予定を聞いておけばより細かく予測も立つはずだ。本格的に制度が施行されれば、護衛などの依頼と同様に狩猟の依頼もあった方が良い。問題はこれを僕からドリスさんに言うか、この人から言うように仕向けるかだが……


「そうか、皆さんここに来るのは狩りの後ですもんね。急な連絡事項とかある時に困っちゃいますよね」


「そうなんですよ。以前の選抜隊にしても、わざわざ居所探して駆け回ったんですよー?行っても狩に出掛けちゃってて無駄足踏んだ人も多いし!」


「それは難儀ですね……行く前に寄ってくれれば少なくとも留守は判ったのに」


「ええ、今までの習慣でそういう物だと思い込ん、で……」


 仕方ないよね、そういう物だと思い込んでるのは両方だもんね。

 なにやらブツブツ言い始めた受付さんに、お仕事頑張って下さいとその場を離れて狩場に向かう。確か生息地は川を越えた西の森の奥だったな。

 奥のはずが、森に入り込んで少し行くと気配が漂ってきた。


「こんな浅い場所まで来始めてるのか?シノ、数と配置は?」


「八匹ね。前方扇形に五、その奥に一、右後方に二。奥の個体が司令塔ね」


 答え合わせをする。余裕がある時は二人の情報にズレがないかを確認する癖がついていた。


「後ろが殺られれば逃走の指令が出るな。前を切り開いて司令塔手前で」


「一網打尽ね。解かった。間合いが長い私が前方中央三匹の内の左二匹を。置いてかないでよ?」


「旋風狼だからシノが斬ったら全速に上げるよ?じゃ行こう」


 抑えてはいるがかなりの速度で囮に突っ込む。途中で交差して予定をこなし、斬った後に両翼に向かうと見せかけて速度を上げて司令塔へ。迎撃に身構えた両翼は着いて来れずに後ろの二体と合流して駆けて来る。


「シノはそのまま!」


 僕だけ急制動をかけて振り向きざまに先頭を切り伏せる。飛び掛ってきた二頭を右に交わしながらその内の一頭の腹を切り上げると、着地した一頭はこちらを向いて気を引くように唸るが、引っかかる訳も無くさらに飛び込んでくる一頭の頭を斬り飛ばす。唸り声が聞こえなくなったので振り向くと、シノが首を貫いていた。


「まだ集団での狩りに慣れてないのかしら?」


「数が増えた事で、若い狼達が外に弾き出されたのかも」


 思ったよりも呆気無く終わった戦闘に、獲物の解体をしながら感想が漏れる。


「それならある程度の徒党を組めば、外側は所属員で対処できるわね」


「うん、僕らは中間から奥にかけて周ろうか」


「そうね。餌も出来たし、ここからは気配を消して罠を仕掛けましょう」


「賛成。魔法で匂いも消すの忘れないでね?」


「うん。いっぱい来ると思うからリュワも手伝ってね」


「わかったー!シノー、首に巻き付いてて良いー?」


 その後、森の奥で三グループ二十二頭を狩ってその日は帰路についた。

 念入りに作ったおかげで身体制御が楽になったのか、リュワは狩りの時は二番目の身体の方が良いようだ。精緻な魔法制御と複数展開で、数をこなす狩りでは僕達の主力になっている。


「お帰り。シュウ君、シノちゃん」


「ただいまです。少し張り切りすぎまして、数が多いですけどこれ、お願いします」


「はい、ちょっと待っててね。おお、仔狼の毛皮もあるね!」


 それね……泣きそうになりながら仕留めたんですよ……心が折れそうでした……


「そうそう、いつもの部屋にお呼びがかかってるよー。なんか『言ってる事とやってる事が違うではないか!』って仰ってたけど、今日こそ怒られるのかなー?」


「ははは……覚悟してノックします」


「それがいいかもね。はい、疵無し、立派な毛皮と柔らかい仔狼、合わせて三十。また幾つか処置する?」


「いえ、今日は全部買取でお願いします。二等分でください」


「お、シノちゃんに贈り物かな?」


「だと私も嬉しいんですけどね。ルード君かな?」


「あー、月明館の若旦那の?シノちゃんも子供には勝てないか。はは」


「私も可愛くて仕方が無いので、今のところ誰も勝てませんね」


 雑談しながら渡された報酬を貰って二階へと向かう。

 他人に華を持たせるのって難しいと思いながら。

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