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往く河の流れは  作者: 数日~数ヶ月寝太郎
二章 無念収めた匣の蓋
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21

「只今戻りました」


「長く空けてしまってすいません」


 僕とシノが扉を開けると見知らぬ男女二人が出迎えてくれた。


「お帰りなさいませ……失礼ですがどちらのお客様でしたでしょうか?」


 あれ?シュライト家お抱えだから人手に渡るはずないし、新しい人かな?


「わー!シュウ君にシノちゃんお帰りー!!」


 奥から顔を出したアリーシャさんがシノに抱きつく。遅れてぽふぽふとポーリーが僕の足にしがみ付き、ワシワシ上ろうとするのを抱きかかえる。


「戻りました、アリーシャさん」


 客に抱きつくという従業員にはあるまじき出迎えに、見慣れぬ男女が呆気に取られるが、すぐに気がつき挨拶をしてくる。


「そうでしたか、あなた方がシュウ様とシノ様でしたか。我が宿をシュライト家にご紹介下さったばかりか、妹にこのような魔道具まで買っていただいたそうで、真にありがとうございます」


 いえいえ、と言いかけて気がつく。妹?


「という事は、アリーシャさんのお兄さんですか?」 


「はい、兄のディートです。こちらは妻のネリア。そこに居るのが息子のルードです」


 ポーリーの後を追いかけて、シノに抱きつくアリーシャさんの膝に笑顔で抱きついている御子様の名前もわかった。以前食事の席で何度か出た名前だった。挨拶を返して驚かれ、話を聞くと首都の宿屋で仕事を学んで、三十歳を迎えたので跡を継ぐべく帰って来たのだそうだ。アリーシャさんは婚約して嫁ぐし、丁度良い頃合だとおじさんとおばさんも喜んだらしい。ただ、家は近所に借りているそうだ。


「とはいえ、夕方で終わる仕事ではありませんから、こちらに御厄介になることも多いのですけれど」


「それでは今後もお世話になりますね。宜しくお願いいたします」


「こちらこそお願いします」


「しましゅ!」


「ふふ、ルード君も宜しくお願いね」


「あい!」


 部屋に戻り、荷物を広げてはたと気付く。


(ディートさん一家へのお土産が無い)


 当然といえば当然だ。僕達と入れ替わるようにこの街に着いたんだから予定になんか入っていない。しかし、ルード君のあの笑顔……考えろ!

 そして当然のように夕食に呼ばれた。食後にお土産を渡していく。


「おじさんにはこれ、マフラーです。おばさんにはストールを。あと色違いですがお揃いの手袋を」


「おお、これはありがたい。これから寒さに向かっていく事になるからなぁ」


「アリーシャさんには私からこれを」


「わー、綺麗な宝石箱!ちょっと小さいかなーって思ってたんだよね、今の」


 中身が増えた、と……ガルさん、あなたまたなんかやらかしましたね……

 当然のように食卓に居るガルさんに顔を向けると遠い眼をしていた。


「ガルさんにはショットグラスです。仕事終わりの憩いの一時に使ってください」


「おお、すまねーな!いやー、シュウがくれたから仕方ない。俺、頑張って使うよ!!」


「ちょっと、ガル……」


「いえいえ、一日にそれ一杯くらいならアリーシャさんも許してくれますよ」


「そうね!仕方ないからそれくらい許してあげるわ。それ以上飲んだらわかってるわね?」


「これ……一杯っスか……一日に……」


 気分の上下が激しいカップルは見てて楽しいなぁ。皆くすくす笑ってる。


「ディートさんとネリアさんには首都の物ではないんですが……」


 ちょっと申し訳なさ気にがま口を二つ差し出す。裏地に帆布を、表地に袴の切れ端を使って以前に作った物だ。落ち着いた藍色に銀の金具が輝いている。


「僕が作った財布です。お土産というよりはお近付きのしるしに」


「わ、綺麗な色ですね……生地も良い物だわ。シュウ君、本当にいただいて良いの?」


「ぜひ使ってやってください。口は大きめに作ってあるのでご不便は無いかと思います」


「ありがとう、シュウ君、シノさん」


「ぼくはー?」


「ふふ、ルード君にはねー、明日一日お父さんとお母さんの言う事を聞いて、良い子にしてたら良い物あげるわよー?」


「あい!いいこにすりゅ!」


 良いお返事だったので、代わる代わる皆に頭を撫でられていた。




 翌日はダフトさんの工房へ。無事に帰って来た僕達を大喜びで迎えてくれた。

 旅先での話を聞かせ、素性は明かせないものの凄腕との立会いと、これも内容は伏せたが会議に出席した話をした。ダフトさんは僕達の武器や鎧を見た事で、鍛冶仕事の質が少しづつ上がっていると嬉しそうに報告してくれた。傍を見ると確かに輝きの増した剣身が砥石と共に置いてあった。


「これが今作っている剣ですか?素晴らしい輝きですね」


「うむ、ここからもう一段研ぎをかけるがな。その後は拵えを整えて御領主様にお届けじゃ」


 ケネスさんからの注文か!丁度良いや。


「ダフトさん、これ首都土産です。使ってやってください」


 鞄からウォルナット、紫檀に黒檀等々の木材と、滑刃獣の牙を一本取り出す。


「首都の工房問屋に寄ったところ、上質な木材を見かけましたので。象牙は道中倒した魔物の物です。処理はもう終わっています」


「おおお、これは素晴らしい!御領主の注文という事で何にするか、ちと迷っておったところじゃ」

 

 喜んでもらって何よりだ。


「シュウ坊と嬢ちゃんが良い宣伝になっての。工房の注文数も右肩上がりじゃ。二人には礼を言っても言い足りんわい」


「こちらもまた無理難題を言うと思いますがお願いします」


「歓迎じゃ!!」


 暫く話して工房を離れ、今度は北門へ。残念ながらモーリスさんは居なかった。休憩室にも誰も居なかったので、仕事の邪魔しちゃ悪いなと、土産と書置きを置いて出た。


『シュウです。首都土産を置いていきます。休憩中に皆さんで楽しんで下さい』


 物はチェスだ。象牙を二本使ってチェスの駒を。黒檀の板でチェス板を作った。休憩室だから遊び道具でも良いだろう。多少手荒く扱ってもいいように強度付与も施してある。

 その後は商業区を回ってルード君へのプレゼントをシノと選びながら、居住区のデッコーさんの家に。ご挨拶してくれたお嬢ちゃんの頭を撫でてお人形さんを渡す。手足は可動し、強度は増してあるのでキッキスの玩具にも、おままごと要員にも大活躍だろう。奥さんには日傘を、仕事中のデッコーさんには革製のグローブを。お茶を一杯いただいてお暇した。

 月明館に帰り着き、ただいまと言うと小さい足音が寄って来る。


「おにたん、おねたん。ぼくいいこにした!」


「ルード、まずはお帰りなさいだよ?」


 きらきら顔のルード君にディートさんが優しく教える。


「あい!おかえりなしゃい!」


「ただいま、ルード君。上手に御挨拶できたね。はい、プレゼントだよ」


 見繕った絵本を数冊渡す。


「ありあとごじゃいましゅ!」


 頭を撫でて笑みを返し、恐縮して礼を言うディートさんに、僕達はこれ以上の事を皆さんにして貰ってますので気になさらないでください、と返して部屋に戻る。

 暫く経つとノックが聞こえる。おそらくガルさんだ。昨日、落ち込みつつも翌日の夕食に誘ってくれたので、こっそり早めに部屋に来てくださいと伝えておいたのだ。


「お仕事お疲れ様です」


「あー、休憩室に良いモン置いといてくれたみたいだな。隊長や皆から礼を預かって来たぜ」


 まだ少し気分が沈んでるな。そんなあなたにはこれだ。


「昨日はアリーシャさんの手前、渡せませんでしたが、こっちが本命の土産です」


 と、首都の酒を三本渡す。


「一本はモーリスさんに、もう一本はレスターさんにお渡して下さい。三本とも飲んじゃ駄目ですよ?」

  

 拝まれた。


「うおお、ありがてぇ!シュウ、ありがとな!まだ時間あるな……本部で隊長とレスター……は自宅か。渡して俺の分は家に避難させてくる!」


 結界張っといて良かった……扉を少し開け、廊下を確認して音も無く滑るように出て行くガルさん。気配は極限まで薄まり、シノでも気が付かないだろう。

 

「どんだけ必死なんですか……」


 変化した物もあるけど、やっぱり帰って来たんだな。安らぐ心に落ち着く居場所。騒々しい人も物静かな人も、温かくにこやかに迎えてくれる。

 そのまま前に歩こうが、振り向いて道を戻ろうが、着いた時に前を向いて到着できればそれで良いじゃないか。

 ノックの後にシノがリュワを抱いて入ってくる。


「シュウ、リュワからお願いがあるそうよ」


「シュウー、僕まだー、お酒飲んだ事ないー。飲んでみたいからー、持って帰ってー?」


 こうやって、何処に行っても新しい事を探してくれる仲間が居るなら、知らない場所でも知っている場所でも笑って過ごせるはずだ。

 僕は笑って良いよと返す。

 リュワがやったー!と喜ぶ。

 シノが呆れて、アリーシャさんに怒られちゃうかもねと言う。

 それも初めての経験だな、と思いながら笑って頷いた。

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