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休みを挟んだ会議も、ドリスさんの機嫌を見る限りでは、順調に日程を消化しているみたいだった。
僕達はその後は呼ばれる事はなかったが、キャルさんとロウガーさんから
「まったく、アタシ達を引き立て役にしやがって。アレストギルドは酷い所だよ」
と可愛がりが増えたのには参った。僕が指示した訳ではないじゃないですか……
他の冒険者も僕達が挨拶した時の各支部長の顔を伝えられて、俺も見たかった、と悔しがっていたので、出て来た時の出迎えの台詞を考えてあげた。
「『シュライト様、我々の為に連日の御役目をありがとうございます』とこう言えば、あの時よりも珍しい顔が見られるかと思いますよ」
その顔を見ても笑わない事を約束させた。からかわれたと思われるくらいなら言わないほうがマシだからだ。
「流石にそれぐらいは弁えてるって。言ってる内容は事実だしな。ギルドが無けりゃぁ俺達なんて所詮チンピラだ。街中で石を投げられないだけの感謝はしてるよ」
「まぁな。それすら解ってねぇバカならこんな所まで連れて来てもらえねぇって」
「じゃあ安心ですね。貴族様だろうが御年寄りだろうが、褒めてもらったり感謝されれば嬉しいと思いますよ?皆さんだってそうでしょう?」
皆一様に頷く。トップクラスの人達だ、個人依頼の経験などもあるのだろう。依頼人の礼を受けた事も。
「ま、楽しみは楽しみとして堪能させてもらうけどね。初日の支部長の言葉に従ってやろうじゃないか」
キャルさんがにやりと笑う。続いて他の冒険者が、俺も昨日言われたんだぜ、などと悪巧みに拍車がかかる。そう上手くいきますかね?僕の予想では最後に照れるのは冒険者だと思うんですけど。僕もそっちに誘導しますし。
「シュウ、良い事だから止めないけど……少し悪い顔になってるわよ」
そういうシノも悪戯顔になっていた。キャルさんに呼ばれて御辞儀の仕方を教えている。護衛の騎士さん達まで笑みを浮かべているのはどうなんだろう……あ、一人建物の中に入っていった。ノリノリじゃないですか。
時間が経って支部長方が一人ずつ姿を現す。最初のターゲットに冒険者が向かい、腰を折り礼を述べる。多少ぎこちないけど練習の甲斐はあった。驚いた顔でこちらを見てきたので、口の動きで『褒めて』と伝える。
肩に手を乗せて嬉しそうな顔でなにやら言葉を交わしている。やっぱり最後は冒険者が照れていた。これで怯む人がいるかな、と思ったがその後もこの光景は繰り返された。
会議で疲れた顔を幾分柔らかくしながらそれぞれ帰って行く。
「なんだ、私には無いのか?」
最後に出てきたドリスさんが悪戯っぽく笑うが
「この流れでの僕とシュライト様ではいつものやり取りになってしまいます。然るべき時に」
「それもそうだな。楽しみにしておこう」
建物内では熱を帯びた会議が、外では騒がしい冒険者の交流が進み、最終日。にこやかに出てきた各支部長と共に、姿を現したガストルさんが労いの言葉を口にする。
「各支部長と護衛の騎士、所属員の諸君。皆ご苦労だった。此度の会議はそれぞれにとって実に有意義な会議であった。慰労会は一同で行おう」
一斉に頭を垂れて応の返事を返す。一度宿に帰り会場へと向かう。
「ほぼ決定だな。次回の会議までに所属員の実態と、ギルドの雰囲気をより深く掴んで、各ギルドで纏めた方針の摺り合わせだ」
「遷都に間に合えば良いですね」
「途中からこの制度の中心に納まった事案だ。皆が意地でも間に合わせるさ。必要になれば臨時会議の招集もある」
会場はノヴェストラ家だった。一応建物内に支部長と筆頭護衛騎士、中庭で騎士隊と所属員、と分けられていたが、仕切る扉は開け放たれて呼ばれて内に入る分には支障は無かった。
「多分おめーらはあっちに取られちまうからな。明日の夜は空けとけよ?」
冒険者の皆さんにそう言われて、事実その通りになった。
「ギルドに利を示してくれた二人だ。シュウにシノ、何か望む物はあるか?」
ガストルさんに聞かれたのでさっきから頭に響く要望を口にする。
「それでは。浅ましいお願いですが、今夜のお料理を一人分、包んでいただけませんでしょうか?」
周囲から暖かい笑い声が降ってくる。
「ははは、無欲なことだ。後で温かいものを包ませよう」
一通り挨拶に回る。グラスの中身は果汁ジュースだ。挨拶先で少量の酒を勧められるが
「シュウには博打癖がございます。酒の味まで覚えさせたくはありませんので、恐れ多い事ですがご遠慮申し上げます」
シノがブロックしてくれた。ありがたいんだけど博打癖ってのは酷い……
「わはは、それはいかんなシュウ殿。連れに咎められるようではもはや趣味とは言えんぞ?」
「は、ついつい博打には熱くなる性分でして……控えるように心掛けます」
「ほほほ、私からもシュライト様に御注進申し上げておきますわ」
「なに、若いうちは多少痛い目を見たほうが良い事も多いわい。ワシも昔は……」
回るまでも無く囲まれた。貴族ってこんなフレンドリーな人達の事だっけ?
「いや、それにしても先日は驚いた。我がギルド所属員の礼に適った挨拶とは」
「それよ。社交の場までは無理としても騎士とのやり取りならば十分じゃ」
「私も驚きましたわ。以前に一度学ばないかとの誘いに、即答で否を返したあのキャルが!」
「目的がハッキリしていたからでしょう。支部長の皆様に感謝の念を伝えたいという心根は真の物でした」
「うむ、出来心の悪戯とは思えなんだ。シノ殿の言葉が実感できたわ」
「皆様の御眼鏡に適った先輩方です。私には当然の事のように思われます」
「そうであれば喜ばしい事だ。ギルド設立から二年……間も無く三年か。組織を伸ばす事は勿論だが、所属員を育てる事も考えねばな」
「そうですね。無頼漢を集めたお山の大将、等と思われては堪りませんしね」
所属員と組織長の思いが噛みあうなら大丈夫そうだな。そこからは首都に来る道中のドリスさんとの会話が繰り返される。
いつの間にかドリスさんとガストルさんも傍にいた。慌てて頭を下げるが、今更だなとガストルさんに笑われる。なんでも事前に面識があったことを変に勘繰られない為に、会議中は言葉少なく見ているだけにしたそうだ。
「成程、主街道の危険の排除と騎士団による巡回警備か。多少の人員の補充は必要だが、普段は訓練だけの余剰人員も上手く使えるな」
「それだけではありませんぞ、公。個人でも周囲の地理を把握しておく事は、いざという時の備えにもなりましょう」
「商環境を整えていただければ、人と金の流れも円滑になります。僕からシノへの贈り物の質も上がるでしょう」
「シュウ殿はまず博打を控えて金を貯めねばな!わっはっは」
実のある話と冗談が交互に入り乱れて、その割合が冗談の方に傾き始める頃に宴は終わりを告げた。尤も、料理を貰って帰るからには宴の続きがあるのだが。
次の夜はほぼ冗談しかなかった。
「うははは、あん時の支部長の顔ったら傑作だったぜ!!」
「アタシは涙ぐまれちまったよ。調子狂っちまった」
「それほど喜んでもらえたんなら良かったじゃないですか」
「そりゃそうなんだけどさ……」
こっちの皆さんは僕が酒を飲まない事を知っているので、言い訳の必要はなかった。
「ウチの支部長が各支部間の交流がどうとかで、今度そっちに行くかもしんねーわ」
「マジか!お前は来るのか?来るんなら案内は任せな!」
「よっしゃ頼むわ。それとそっちのギルドにシノちゃんみたいな娘、居るか?」
「居るわけねーだろ。鼻折ってくれそうなのなら居るけどな!!ぎゃっはっは!」
シノもいじると面白いと最終日近くで気がついたお兄さん方は、残り少ない時間で精一杯からかう事にしたようだ。昨日のお礼に話を逸らす。
「受付には居るかもしれませんよ?」
「無茶言うなよ天敵。俺らに洟も引っ掛けねーよ、あいつら」
「向こうの物腰に引っ張られるからですよ。口調はともかく、柔らかい感じで接してれば、二月程で結構評判良くなりますよ?」
「シュウは人気あるもんね、お姉さん達に」
「「「「「「「「天敵さん、もちっと詳しく!」」」」」」」」
やっぱり興味はあるんですね、皆さん。
「まずは最初に『忙しいところ悪いけど、頼む』って言えば良いんですよ。それで最後に『いつもありがとう』って言えば。イラついててもつっけんどんにされても、口調荒くしたり怒ったりしちゃ駄目ですよ?あと、受付が女性じゃないからって態度変えちゃマイナスになりますからね?」
「あれか、要は支部長ん時と一緒か?」
「そうですそうです。仕事とは言え、皆さんの持って来た素材を丁寧に扱ってくれてるでしょう?感謝すれば良いんですよ」
「まぁな、手酷く扱われて価値を下げられた事は無いしなぁ」
「んで、そーすっと評判上がんの?シノちゃん的にその辺どうよ?」
「そうですね、女性としては優しく気遣ってくれて丁寧に扱われれば悪い気はしませんよ。良くしてもらった相手が印象に残るのは女性でなくとも皆同じですし」
「だから!アタシも居んのに何でシノに聞くんだよ!」
「だから姉御は正体が……痛ぇ!マジで痛ぇって!!ごめんなさいぃぃぃ!」
うおお、もの凄い綺麗にキまってる!助けなきゃ曲がらない方向に曲がっちゃう!
「キャルさんも、気になる男性が居るなら少し頼ってみるのも良いかも知れませんよ?」
「ア、アタシは別に……それにヘタな男よりアタシの方が強いし」
「腕っ節だけの話じゃなくて、相談事とかでですよ。それで最後にお礼を言われれば、結構男としては嬉しかったりしますよ?」
「ま、まぁ覚えとくよ」
なんか妙なセミナーみたいになったけど、深夜まで騒いでお開きになった。
帰り道にシノがポツリと呟いた。
「みんな、上手くいくと良いね」




