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往く河の流れは  作者: 数日~数ヶ月寝太郎
一章 案ずるより絡むが易し
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1

 傾く日が木々の影を木立の中へと伸ばし、周囲の雰囲気を不安なものへと変えようとする中、僕の歩みは少し急いていた。

 腰に吊るした竹筒の中身がチャポン、と音を立てる。

 良くこれだけの水で海へ落ち延びようとしたな、と思ったがあの混乱の中ではそれも仕方ないかと思い至る。


「現在地の把握もしないとだけど……まずは水だな」


 一度は木立の奥へと足を向けたが、水の量を確認してからは木立の浅い場所を海岸線に沿うように歩いていた。闇雲に分け入るよりは海沿いを行くほうが川に行き当たり易かろうと考えたからだ。

 運良くその考えが当たり、日没前に河口に辿り着いた僕は 夜間の移動を避けそこで夜を明かす事にする。


「まずは火を起こして、っと」


 昼間、木立の中で手ごろな太さの枝を落として背負子を作るついでに集めておいた枯れ枝を組み、荷物を探る。


「……火の気が無ぇ……」


 枯れ枝に鉈の刃を立てて滑らせ木屑を作ると、鉈の背に石を打ちつけ火花で着火しようとするが上手くいかない。


「日が落ちる前に火を起こしたかったが仕方ない……すんなりできるかは怪しいけど、魔法の実践と行くか」


 姉さん先生、と呼ぶと機嫌が良かった中年のご婦人の顔とともに、教えてもらった事を思い出す。

 この世界でそこそこの術師だったというその魂が言う事には、魔力と呼ばれる力を使って思い描く現象を引き起こすのが魔法らしい。問題はその魔力をどこから引き出すか、と言う事だが




『身体の存在する位界と幽体の存在する位界があってね。物質界と幽界って言ってたんだけど、その幽界に存在する力を物質界に顕現させる事が重要なの。自己と他の境界がハッキリしてる物質界に比べて、幽界は極めて境界が曖昧なのが問題なんだけどね』


『良くわかりません……幽体って魂のことではないんですか?』


『違うのよ……なんて言ったら良いかな……ここに在ろうとする力、精神力と言った方が判るかな?とにかくそういうあやふやな力が存在する位界なの。幽体のない身体は植物状態になるし、身体が朽ちても存在しようとする幽体は幽霊、と呼ばれる存在になるわね。身体と幽体、どちらも魂がなくては存在し得ないものなの』


『はぁ……』


『実感しづらいわよね……これまでの精神修養で瞑想してたと思うんだけど、やってるうちに無の中の個をはっきりと自覚できたときはなかったかしら?』


『うーん、こう、はっきりと自己が確定したような、在るべくして在るんだみたいな感覚は感じましたけど』


『ふむ、ならその状態からもっと研ぎ澄ましながら拡散させて、周囲の把握に努めてみなさい。探ろうとしては駄目よ?君の感覚に倣うならば全ては在るべくしてそこに在るのだから。それを知りなさい』




 悟りでも開けるんじゃねぇかってくらい座禅を組んだなぁ……同時に存在する無数の自己を一つとして感じろとか、なんだそれどこのジェダイ?ってなこともしたし。複数同時展開がどうこう言ってたな、あん時は……ともあれやるか。

 枯れ枝を一本手にして、スッと自己の裏側に気を向ける。

 何も無い世界に自己とその他の力の流れを知ると、ぼやけるそれらの境界がペンで線を引いたように感応する。常に混ざり変化しようとするそれらの属性を境界に沿ってノイズが入らないように手繰り寄せる。幽体と身体を繋ぐ無数の意志の力に乗せて顕現させる。

 瞬きの間に手にした枝の先に火が着いていた。


「おおー!これで良いのか!『魂の記憶を持ったままだからあやふやな力の繰り方にも適正が高くなるはずよ!』って姉さん先生言ってたもんな……」

 

 着いた火を組んだ枯枝に差し込み火を大きくしながら、初めて行使した異能と呼べる力に嬉しくなった僕は、荷物から干物を取り出すと炙り始めた。

 噛み千切り十分に咀嚼して、腹に収めると水を一口含み喉を潤す。座ったまま眼を閉じ、幽界から気配を偽装する結界を顕現させて、周囲を監視しながら眠りについた。

 



 時間の経過とともに散りかけた結界の感覚に目を覚ますと、夜闇に青色が混ざりかけていた。

 明け方の澄んだ空気を吸い込み、意識をハッキリさせる。頭上の枝にかけておいた背負子を下ろし、干肉を一切れ齧ると用足しの後に火を始末する。日が昇り、明るくなってくると刀袋の中身を確認する事にした。


「川縁歩くからな。水場に来る肉食獣とばったり鉢合わせの前にしっかりした武器が欲しい」


 見つけた防具は身につけていたが、武器は藪を払う鉈のままだった。

 残り少ない水を補給する目処が立ったことで、落ち着いて刀の状態を確認する余裕が生まれていた。


「ではでは、業物拝見仕る」


 にやけながら刀袋から取り出す。

 深緑の柄巻きに鷹の姿が見事な鍔が姿を現す。

 良いではないか、と呟きながら袋を下にずらす様は紛うこと無き悪代官だった。

 黒い鞘に収まった刀身は振ってもカタとも音は鳴らず、ハバキの状態も良さそうだ。落ち着きのある拵えに暫し目を奪われた後、厳かに刀身を抜き放つ。


「うはぅ……」


 変な声が出た。

 薄めの鳥居反りが優雅さを、厚めの身幅と重ねが武骨さを醸し出し、その身には錆どころか曇り一つ無い。峰を返すが音もガタつきもせず、柄は手に吸い付いた。


「目釘も異常なし。成程これは……無駄にするのは惜しい」


 案内役の彼の言葉を繰り返し、剣を教えてくれた師匠の顔を思い浮かべる。

 徐に立ち上がると重量と重心を確認して振る。成長途中のこの身体には少し大きいかと思ったが、底上げされた身体能力のせいか振り回される事はなかった。

 

「ぉぉおお、これはテンション上がる!!」


 振り回しながら一日中はしゃぎたい心地だったが、無理矢理押さえ込み、腰に刀を挿す。


「じゃぁ、行動開始。とりあえず川沿いだな」


 刀袋を守り刀の小箱に収め、手早く荷物をまとめると背負子を背負って歩き出した。


 河口から三時間ほど川の流れをなぞる。途中、何度か小型の野生動物を見かけたがこちらに気付くと逃げていった。

 

「小動物がいるって事はおっきいのもいるよなぁ……」


 川面に視線を向けながらここまで来たが、魚にも周辺の動植物にも異常が見られないのが確認できた。飲んでも問題なさそうだと判断して視線を上げると一息つけそうな川原が目に入る。

 荷物を下ろし、清浄に澄んだ水を口に含み掬い上げた手と口内に異常がないのを確認して夢中で飲んだ。喉の渇きが消えてから竹筒を沈め水を補給する。


「現代人の感覚が今抜けたな」


 川から直飲みした自分に苦笑して腰を下ろす。

 

「鍋でもあれば一応煮沸してから湯冷ましにして飲むんだが……まぁ、大丈夫だろ」


 川の左右に目を走らせるが木々の奥は相変わらず深そうだ。

 次に森が切れたら川からそれて街道探索するか、橋のような人工物が見えるまでこのまま川上を目指そうか、と悩み始めた時だった。

 藪からぞろりと細長い影が這い出てくる。


「む、百足?」


 臙脂色をもっと暗くした甲殻に包まれたそれは、この身体の胴回りと同じぐらいの太さの馬鹿でかい百足だった。

 目が合ったと思った瞬間にはもう足元に這い寄ってきていた。


「うひひいぃぃ!!」


 生理的な嫌悪感が口から悲鳴を吐き出させる。

 身体を後ろに引きながら道々藪を払っていた鉈を反射的にムカデの背に叩きつけるが、甲殻がよほど硬いのか濁った音で弾かれる。


「無理無理無理!普通、森の中なら熊さんだろ!何でこんな気持ち悪いの相手にしなきゃなんないんだ!」


 硬い手応えと響いた音が僕の頭を混乱から引き戻すが、嫌悪感は拭えない。 

 そうするうちにも二度三度とこちらに這い寄ってくる。

 百足の動きは蟲だけあって読みづらいが反応できない速さではない。

 僕はそれに気付くと覚悟を決めた。


「くそ、気持ち悪いが試し斬りの相手にしてやはああぁぁ、口から粘液出さないでぇぇぇぇ!!」

 

 ただの粘液か毒液かは判らないが、確かめたくも無い。

 最悪の予想で動く事を念頭に置く。


(まずは基本だ、頭を落とそう。それでも暫くは生きてんだろうな……巻きつかれるのだけは絶対にイヤだ!)


 腹を括ると剣術修行で身についた動きを身体が再現しはじめる。左足を引き半身になり心持ち腰を落とす。左手は鞘を握り、右手はそのまま鉈を構える。


(背中側から斬りつけても下手すりゃまた弾かれるからな……)


 こちらの気配が変わったことを察知したのか、百足はこれまでよりもスピードを上げて這い寄ってきた。

 足首を捕らえる軌道で少し頭を上げ、顎を開いた瞬間。

 百足の頭のさらに下から鈍い鉈の刃先を開いた顎の間に叩き込み、そのまま頭をカチ上げる。

 強化された膂力で打ち込んだ鉈は刃先が深く突き刺さり、百足の頭を僕の胸の高さまで持ち上げ無防備な腹を晒させる。

 打ち込んだ次の瞬間には右手は鉈から離れ、柄を握ったと同時に抜き打ちの光が奔る。

 巻きつきを避けようと必要以上に距離を開けた時には頭は下に落ちていた。

 

 のたうつ胴体が動きを止めた後も僕はじっと見ていた。警戒しているのではなく、単純に気持ち悪かったからだ。


(これはほんとに業物だ……あの甲殻を切っても刃こぼれ一つないし、血振りで汚れも全て落ちた……)

 

 念の為、刀袋に入っていた懐紙で拭ったが紙には何も付かなかった。


「しかし、刀には劣るとはいえ鉈の刃を弾く甲殻か……なんかの役には立つかな?」


 斃した時から悩んでいた事を口に出す事で決心し、嫌々ながら死骸に近寄り棒でつついても反応がない事を確認してから、鉈を手に解体を始めるのだった。

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