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沈黙を破ったのは面白そうに場を眺めていたガストルさんだった。
「各々方、少し落ち着いたようであるし昼食の時間としよう」
その言葉に部屋から下ろうとするが、僕達四人の分もあると引き止められる。息抜きさせて下さい……
食事しながら質問が飛んでくる。多くは僕達の経歴だ。キャルさんやロウガーさんも興味深そうに顔をこちらに向けている。いつもの経歴を口にすると今度は武芸者と言う点に興味が集中した。
「良ければ簡単にギルドの実績など教えてくれぬか?」
「二人共、私から説明して良いか?」
というドリスさんからの問いに頷く。不味いようにはしないだろう。極簡単に他の所属員と足並みを揃えていた頃の戦績を話してくれた。
「ペースはそうでもないが一回での狩猟収入が大きいな」
「うむ、鉄甲蟲や錐突鳥もそれだけ屠っているとなれば一流クラスだろう」
「二人共、何故ウチで登録しなかったのだ?」
「本当に。移籍金を弾んでも欲しい人材だのう」
冗談交じりの会話が飛び交い、キャルさんやロウガーさんもここ数日の僕達の話を披露する。お偉方の会議だからもっと殺伐としているかと思ったが、若い組織特有の懐の深さなのか、僕達四人を居辛くさせるような雰囲気も無かった。
食後の一服も終わり皆さんそれぞれ表情を引き締める。午後は導入を前提とした話になっていた。
「アタシとしては小競り合いでの非常召集に一定ランクを定めてもらいたいね。新入りが人相手に心の傷を負うのを見てるからさ」
「俺も新入りに関しては初狩猟時に一定ランク者の付き添いをつけてやりたい。金の無い新入りが、最低限何が必要なのかの判断もできるだろうしな」
お二人共下への面倒見が良いタイプなんだな。
「最初は三、四段階くらいのランク分けで良いのではないかな?あまり細分化するとそれのみに頭が向くようになるかもしれん」
「私もそれで良いと思いますわ。戦闘技能に関しては実績を、内面性に関しては受付担当員からの評価を基準にするのが良いかと」
「全員下からではいかんのか?」
「仲間内で上昇スピードに差が出れば焦る者も出てくるしのう」
「ふうむ……とすれば導入後に所属員に評価基準の説明と、納得がいかない者への個別の説明も必要になるな」
「その辺りは各ギルド毎の判断でよろしいのではないでしょうか?所属員数にも多寡がありますし、ギルドの空気もあるでしょうし」
「いっそのことランク制度希望者を募って少数でのスタートでも良いかもしれんな」
「そうですな、実際に同数を狩った者同士で収入に差がつけばやる気も出るでしょうし、強制を嫌う者が多いのも事実ですからな」
「問題は徒党を組んで狩を行っている場合のランクであろうの。そういった者達も多い」
議論は続き、ドリスさんの目論見どおりに事が運んでいる。途中からは大軍を率いた経験のあるガストルさんも意見を求められ、発言も多くなっていた。
差し込む夕日で部屋の中が赤くなる頃に、本日はこれまでと議事進行役の御老人が告げ、ガストルさんを挟んで反対側の書記の方が机に突っ伏したところで、笑い声と共にお開きとなった。
先に部屋を出て廊下で頭を垂れる僕達に、最終日の慰労会を楽しみにしていると告げながら、お偉方は去って行く。
今日は馬車に乗せられて、喜色満面のドリスさんが抱きつかんばかりに褒めてくれた。
「二人共良くやってくれた!数人は難色を示してもっと時間がかかると踏んでいたのだがな!」
「トドメはシノの一言でしょう。あれで皆様動かされてましたよ」
「うむ、あの言葉は響いたな!」
「私もお役に立てたようで幸いです」
「今日は我が家で食事といこう!せめてもの礼だ!」
ガラガラと回る車輪の音に跳ねる馬車。それがいつもより心地良い物に感じる。シノの言葉は僕にも響いた。
他者からの理解。夜も明るいあの世界で、僕は誰かを認めていただろうか。両親も祖父母も僕を認めてくれていた。では僕は誰を?
今日の会議で……いや、昼でも暗い森の中で、あるいは夜闇を照らす篝火に浮かび上がったあの村の血溜まりの中で、それでも前を向いていられた僕の誇りは、理解し合おうとした皆が与えてくれた物なんだろう。
数日前にここに乗っていたエイクスも、誇りを持ったまま逝った様に見えた。だから僕は彼の身体を焼いて舞う火の粉を見ていられたんだな。
不思議と三人は黙ったままで、楽しげな車輪の音に身をゆだね、シュライト家までの道程を行く。僕達を誇らしく思いながら。
翌日は会議は休みだった。食事の後そのまま泊まったシュライト家のベッドで眼を覚ます。
昨夜はささやかな祝勝会だとドリスさんは言ったが、あれでささやかなら本気になった貴族はどれだけ凄いんだろう。酔ってコレットを抱き締めていたドリスさんは、二日酔いでダウンしているらしいので、シノとシノの鞄から顔を出したリュワと三人で街歩きに行く事にした。
「今日は邪魔が入らないと良いわね、シュウ」
「ほんとにねー、この前みたいなのは勘弁して欲しいからね」
(シュウー、美味しそうなー、匂いがしたらー、教えてねー)
会話しながら午前中はゆったりと町並みを見て歩く。大きく歴史深そうな教会や、遠くからだけど王城を眺めて、声を上げる売り子の説明を聞いたり、絵を描いている人を後ろから覗き込んだり。
昼御飯は持ち帰りできる物を買って、公園の一角で結界を張り三人で。良く考えれば外でリュワが食事をするのは初めてかな。いつにも増してニコニコしていた。
午後からは目をつけていた店に入って買い物を楽しむ。
「どう?シノ。気に入った指輪はあった?」
「うーん、こっちは可愛いんだけど、シュウがつけるにはなんか違うかな?」
「これとかは?」
「リュワには少し辛いかも。こことか尖ってるから動いた時に刺さっちゃうよ?」
「やっぱりシンプルなのが良さそうだね」
「あ、これは?」
そういってシノが指差す指輪を見れば、三本の銀線を編み込んだデザイン。
「うん、良いね。これにしよう。すいません、これを三ついただけますか?」
その後はアレストの皆へのお土産を見繕ったり、食料品店に行きリュワに説明しながら保存の効きそうなチーズやらベーコンやらいろいろ買い込む。宿でちょっとづつ味見するんだそうだ。
日用品を扱う店でシノに櫛……というか、コームを買う。イメージの和櫛より刃の長さが短く間隔も広めだけどこれしかないので仕方ない。処理してもらった牙があるからまた今度作ろう。象牙の櫛だ、高級品だな。
うろうろしてると質屋を見つけた。何気なく奥を覗くと書物らしき物が結構な数ある。ちょっと覗いてみようとシノに声をかけ店内へ。
「この書物、どういった物なんですか?」
店主に聞くと教えてくれる。
「とある変わり者の御貴族様の持ち物だったんだけどね。内容は問わずだよ。剣技や戦術の指南書から、歴史、文学、医術書や料理や恋文の例文集まで。何でも書物そのものがお好きな方だったみたいだねぇ」
「医術書なら薬学の事も載ってるのかな?」
(この前ー、シュウ怪我したもんねー)
リュワが血もしょっぱかったー、と感想を送ってくる。
「薬学なら別に一冊あったね……ほら、これだよ」
「それでは料理と合わせて三冊ください」
「あいよ、坊ちゃんの後学の為だ。金貨3枚と角銀貨5枚でいいよ。立派なお医者になって私がくたばりそうになったら助けておくれ」
「そんなに何十年も先の事はお約束できませんが、励みます」
ちょっとおべんちゃらを言うと金貨3枚に値が下がった。それでも十分利はあるんだろうけど。
その店を出たら日が傾き始めていたので宿へと向かう。帰りに屋台でリュワの希望を聞きながらのんびりと帰る。
昨夜の宴に比べればこっちは本当にささやかだけど、僕達も祝宴をあげよう。三人お揃いの指輪をつけて。




