15
夜遅くまで続いた宴は、ハワードさんが強請った杯を執事さんがこれ以上はいけませんとやんわり叱ったところでお開きとなった。
騎士の宿舎にでも泊まれるのかなと思った僕が、シノだけでも母屋の方にとお願いすると、
「何を言っておるのだ?シュウもシノも部屋はこちらに用意してあるぞ?」
というハワードさんの言葉に続いて御案内とばかりにメイドさんにお辞儀をされて、恐縮しきりだった。案内されたベッドに寝そべる。
(シュウー、身体変えたいー)
(ちょっと待っててね)
結界を施しリュワの身体を鞄から出す。
「美味しそうなー、料理だったねー」
味覚を得てからリュワの食欲はどんどん増してきている。この前は月明館の部屋で食事中に憚りに中座して、帰ってきてから空になったお腹に詰め込んでいた。シノと二人で笑いながら、マナー違反だからしちゃいけないよ、と言ってからはお腹が満たされるとそこで止めるようにしているが。満漢全席食ってるんじゃないんだから。
「そうだね、美味しかったよ。そうだ、おつまみに出た簡単な料理だったら残ってたから、少し分けて貰って来ようか」
「ほんとにー!シュウー、ありがとー!」
待っててねと言い残し、警備に詰めている騎士の方に厨房の場所を聞く。メイドに伝えますので、部屋で休んでいて下さいと言われて戻る。やがて少量のおつまみを数種類持って来て貰って、リュワ用の食器を出して横から少し摘む。
「リュワ、最初に会った時になんで僕に話しかけてくれたの?」
むぐむぐと口いっぱいに頬張った物を飲み込んでリュワが答える。
「んっとねー、シュウの在り方がー、他のと違っててー、面白かったからー!」
「違うってどういう風に?」
「他のはー、そこに在る事をー、当たり前に捉えてたんだけどー、シュウはー、うーん」
ちょっと悩んで食べ物を口に頬張り、嚥下してから言葉が続く。
「シュウはー、どう在ろうか悩んでるみたいだったー」
どきりとする。あの頃から僕は気付きながら誤魔化していたのか……今は秀の人生を修として生き繋ぐと決めたから、苦笑が浮かぶ。
「そっか、珍しかったんだね」
ごくりと大きな音を立てたリュワが次の標的を選びながら喋る。
「んっとー、面白かったのはー、迷っているけどー、それでも太くー、在ろうとしてたからー」
リュワがフォークを刺した料理を、僕も一口貰う。
「在り方を強く求めるのは皆同じじゃないの?」
「そうなんだけどー、シュウはー、なんていうかー、太く伸びてく方向をー、決めてるみたいだったー」
そうか、生を全うするというのは誰でも同じだけど、僕には目標がある。いろんな人が僕に見せてくれた姿が、今の僕の目標なんだろう。
「ありがとうね、リュワ」
「何がー?ご馳走様でしたー!」
この身体でシュウと一緒に寝る、と言うリュワと身体を横たえるとその日は眠った。
翌朝はシノに起こされた。リュワは左手に絡まって僕の傷を治してくれていた。
アレストでシノが縫ってくれた着物に二人とも着替えて食事に出向く。物珍しげに見ている騎士さんやメイドさんに、故郷の服なんですけど御屋敷の外には黙ってて下さいね、と口止めをして、僕も着物が、とか朝御飯も食べたかった、と言う仔虎の姿に戻ったリュワを宥めながら挨拶をして席に着いた。
「髪を纏めたシュウは初めてだな。うむ、凛々しい」
とドリスさん。食事中はカムロの文化について話す。これは男装で女性はまた違う服であるとか、食事には箸を用いるであるとか。丁度良いかと失礼を詫びて箸に持ち替えて実演する。僕とシノが二本の棒で器用に摘み、割り、解して食するのを興味深そうに見ていた。
「訓練場はこっちだ」
とキースさんに先導されて一同は廊下で繋がった別棟へと移動する。体育館に移動してるみたいだと思ったが、ドアを開けられて尚更その思いが強くなった。天井は高く床は板張りで、訓辞を行うためか奥が一段上がっており、バスケットゴールがあればまんま体育館だな、と懐かしくなる。更衣室で鎧に着替え、皆さんに一礼して説明を始める。
「まずは真剣での試技をご覧に入れます。その後僕とシノが型を、そして木剣に持ち替えてガストル様のお相手を仕ります。如何でしょう?」
了解を得たのでダフトさんの時と同じ事をシノに的を投げてもらって実演する。シノも同様に長巻でこなすと案の定、刀披露の流れになった。
「剣のようにそのまま振っては本来の切れ味にはなりませんので、引く様に斬ります」
ガストルさんが二、三度振ったが西洋剣技には無い動きに慣れないようだった。
そして流れるような型というか、もう剣舞だな、これ。シノと二人でこなしてから木刀に持ち替えてガストルさんと対峙する。
「では、未熟者ですが一手お相手仕ります」
ガストルさんが剣を肩に担ぎ、僕は下段に。腕を下ろし剣を立て斜めに構えるとこちらは脇に。腕を引き剣先をこちらに向けると正眼に。
「成程、しっかりした理のある剣技だ……」
僕はあまり打ち合わせる事はしないが、一応ね。
「お互い頭で考えても仕方ないか。では本番といこう」
ガストルさんが打ち込んでくる。左半身から突っ込んで剣が切り上げられる。左足を引き剣筋から身を逸らすと頂点からの振り下ろしが来る。
一歩踏み込み、剣身の間合いから詰めると胴薙ぎを狙う。ガストルさんは引き面の要領で無理矢理剣身の間合いに僕を引き戻す。
止むを得ず薙ぎの軌道を上げて打ち合う。ゴッという鈍い音と共に木製武器が噛みあう。
(マジか、引き打ちで僕の身体能力と打ち合うのか、この人……化け物だ)
真剣に筋トレしようと心に決める。勿論しなやかさを損ねない範囲でだが。
「ほう、体勢を崩されたとはいえ私と打ち分けたか!」
「僕としては打ち合わないことを身上にしているのですが……」
「ははは、それを許せばシュライト家の方々の、私に対する評価を下げることになる。させるわけにはいかんよ」
一呼吸置き、今度はこちらから飛び込んで突く。相手の左腕が一瞬強張り、打ち払われるかと思ったが横に回られる。そのまま剣が振り下ろされるが腰を捻って切り上げる。
僕の左肩に剣が、ガストルさんの右脇に刀が。同時にトンと軽く置かれてそこでお互いに剣を引いた。
「お見事でした。ありがとうございました」
「私こそ良い経験になった」
「通常は楯もお持ちになるのですか?」
「突きの対処で判ったか。その通りだ」
やっぱりあの時の強張りは無意識に楯を身体が求めたのか。
この後キースさんとシノの手合わせがあったが、長巻の斬撃力をいなしきれずに時間切れ引き分けとなった。判定があればシノだろうな。
「こちらの長尺の大剣と似たような武器と思っていただいてもいいと思います。尤も長巻は刀と同じですので斬れ味は上かと」
「それに振り回した遠心力が加わるのか……難物だ」
「シュウよ、槍はどのような物がある?」
賊の調べを優先する事に城から許可を貰ったカイルさんから質問が来る。カイルさんの獲物は槍ですか。
「そうですね、形状はこちらと似たものが多いですが鎌槍や十文字槍といわれる物もあります。穂先の根元から両側もしくは片側に伸びる枝刃があり、突くのみならず押し引きで削いだり、横に振って枝刃を突き立てたり……」
武器と鎧談義になる。調べはそっちのけなんだけど良いのかな。
「この籠手は良いな」
手甲の鉢割にドリスさんが食いついている。
「殴った時の力の係り具合によっては、こちらの手首を簡単に傷めますのでお勧めはできませんが……」
結局この日も夕方まで引き止められ、夕食の残りを包んでもらって宿に帰った。




