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「雇い主からの指示書だな」
シュライト家の応接間で僕とシノ、ドリスさんに御祖父様のハワードさんがテーブルを囲んで封筒の中身を読んでいた。
ドリスさんの兄君達は長男のカイルさんは城で御役目、騎士団から休暇を貰っていた次男のキースさんは、隊長さんと共に足を折られた男の尋問に地下牢へ。
冒険者である僕達の挨拶に驚いてくれる毎度の儀式ももう済ませてある。
「うむ、過去の小競り合いでこちらの魔物素材の装備を目にして真似たが、装備した者が異常をきたしたのだろう」
ドリスさんの言葉に答えるハワードさんが推測を口にする。
「ハワード様、それではやはり雇い主は公国ですか?」
さらに問うシノに肯定の答えが返ってくる。僕の手元にはドリスさんから指示書が回ってきた。
「連合首都に潜入。繋がりのある商人に依頼した仕事を囮に、ドリス様を拉致。身柄を楯にノヴェストラ公を脅迫。魔物素材を装備に転用するノウハウ、及び機材があれば金銭と共にそれを要求して速やかに持ち帰れ、ですか」
手紙に公国の証は無いが、状況から見て間違いないだろう。隣からぎりりと歯軋りが聞こえるが顔は向けない。怖いから。
「おのれ、公国め。私だけならまだしもガストル様にまで害を為そうとは……八つ裂きにしてもまだ足りん!!」
あの、本音漏れてますよ。
「人質の身は好きにしろ、ですか。貴族とは思えぬ下種な輩ですね……」
僕から指示書を受け取ったシノが呻くように呟く。シュライト家の皆様はこれには答えず苦笑いを浮かべる。
「問題は公国の息のかかった者が首都で商いをしているという事でしょう。しかも騒ぎを起こした二人を牢から出せる程の立場を持っているようです」
話の方向を修正する。
「シュウ殿、それについては目星は付いている。入出門にも通達を出した。出ようとすれば留めておけとな」
先程呼ばれた騎士の方への指示はそれか。
ハワードさんが僕に向き直る。ドリスさんを救ったからか、それとも孫の友人だからか知らないけれど、ハワードさんもキースさんも僕とシノに敬称をつけてファーストネームを許してくれた。
「あの、僕たちはまだ若輩者です、名前は呼び捨てて下さい。身の置き所に困ります」
「ははは、わかった。孫達にもそう伝えておこう」
「キース兄様が締め上げている、そろそろ依頼を下ろした連中の名も出尽くした頃だろう。会議が始まるまでに釣り上げて裏を取る」
「うむ。警備隊にも、あの二人に係わろうとする物が現れたら名と顔を控えて突っ撥ねてくれ、とシュライト家から要望を出しておいた」
この指示は隊長さんから報告を受けた直後にもう一人の騎士さんを走らせていた。
「しかし、何故ドリス様だったのでしょうか?会議で集まるお偉方なら誰でも良さそうな気がします」
ここで丁度下から戻ってきたキースさんが、手甲の血を拭きながらシノの疑問に答える。
「人質として一番価値の高い人間を狙ったのだろう。交渉が成らない時の連合へのダメージも考えてある」
「と言うと?」
「公国侵攻の時の縁もあって、我がシュライト家とノヴェストラ家は親しくさせていただいていてな。シュライトの姫ならノヴェストラ公も頷く可能性が高いと踏んだのだろう。公が頷かなくてもドリスを害すれば両家の繋がりに罅が入る。連合の軍の両輪たるシュライトとノヴェストラ、それを繋ぐ軸を断ち切れば付け入る隙もできてくるとな」
ソファに身を沈めながら続けてキースさんが口を開く。
「しかし御祖父様。先日ドリスが功を上げた傭兵の狙いといい、今回の誘拐騒ぎといい、公国は仕掛けてくるということでしょうか?」
「うむ……双方ともまだ準備に類する事柄だが……遠からず何か動きはあるかも知れんな」
ここで場の雰囲気が一旦落ち着く。
しかし、居座って気ままに質問しているが良いのかな?護衛とはいえ、指示書の内容まで見ちゃったんですけど……
「申し上げます!ガストル・ノヴェストラ公爵閣下がお見えになられました!続いてカイル様、ご帰宅です!」
「お通ししろ」
僕たちは座から立ち上がりドリスさんの脇に跪く。扉が開くと同時に昨日聞いた声が響いた。
「ドリス殿!暴漢の襲撃を受けたとお聞きした!御身はご無事か?!」
おろ、ハワードさんへの挨拶よりも先にドリスさんですか。しかも随分焦ってらっしゃる。姐さん、これは脈ありな反応じゃねえですかい?
「ガストル様、ご心配いただき恐縮です。幸い護衛の者達に助けられました。私の気が緩んでいたせいで、ガストル様にもご迷惑をおかけするところでした。この身を恥じるばかりです」
力が入っていたのだろう、ガストルさんの肩が落ちる。
「御無事であったか、良かった・・・カイル殿、妹御は御無事だ」
「閣下、ご案じいただきありがとうございます。ドリス、これに懲りたら街歩きは止める様にな」
ですよねー。
挨拶の後、僕達にも着席が許され事情を話す。
「ギルドの秘事が狙いか。会議の際に各支部長に身辺に気をつけるように通達を出さねばならんな」
「それで、シュウ。賊の遺体はどうするつもりだ?」
カイルさんが疑問を口に出す。
「はい、これは図々しいお願いなのですが……」
あの立会いの一部始終を話す。戦闘とか殺し合い等とは言いたくない。
「……というわけです。皆様にとっては縁者を狙った卑劣な暗殺者かもしれませんが、僕は彼と約束しました。何卒、弔いのお許しを願います」
座を降りた僕にシノが続こうとしたが止め、床に跪き頭を下げる。
ハワードさんから言葉がかかる。
「頭を上げよ。シュウが武芸者として死力を尽くした相手であるし、我々も亡き者を辱める趣味は持ち合わせてはおらん。丁重に弔うがよい」
「ありがとうございます。エイクスにも何やら気にかける相手が居た様子です。遺体は焼き、骨はその者に預けようかと思います」
これにも了解をもらい、庭の隅で荼毘に付す許可ももらった。
「ガストル様、この後もお役目があるのですか?」
誰、この人?と言いたくなるようなドリスさんがガストルさんに尋ねる。顔は赤く、身長差があるとはいえ上目遣いでもじもじしている。シュライト家の皆様は、と見回すと皆一様に笑みを浮かべている。
おい、なんか聞いた話と違うぞ。縁談持ってこられて迷惑してるんじゃなかったのか?
「いや、万一の事があればと仕事は全て任せてある」
「では、ご要望のあった懇談の場をシュライト家で整えさせていただけませんか?」
「おお、それは良い。このところ公とゆっくりお話しする機会も無かったことであるし、ご迷惑でなければ御泊りいただいても構いませんぞ!」
ハワードさんのテンションも上がる。うえ、僕たちは宿には帰れないのね……まぁ、エイクスの事もあるし丁度良いか。
「そうですな……ではお言葉に甘えさせていただきます」
ノヴェライトの騎士に家への伝言を頼むとガストルさんはこちらに向き直る。
「酒の肴もここにある。先程の話を聞くに酒が進みそうな二人だな」
なんか、デセットさんと同じ匂いがする……
それから夕食までは仔虎を出してほのぼのしつつ、雑談する。アレストの情勢やシュライト家現当主のケネスさんの話などは食事中も続き、食後に中座してエイクスの遺体を火で清めていく。流石に血縁者を狙った暗殺者と言うことで皆様は家の中だった。
「終わったか?シュウ、シノ」
ドリスさんに終わりましたと答えると、キースさんが威勢の良い声を出す。
「良し、酒も肴も揃えたぞ!ゆっくり話を聞こうじゃないか。我が妹の友人達のな」
ドリスさんが気を利かせてくれたのかメイドさん達は部屋の外へと退いていく。代々仕えているという執事さんが給仕役で残った。どう話すか迷ったが、ドリスさんに話した事をなぞりながら話し始める。これから先も世話になる事もあるだろうと言うのも理由だが、何より家族と想い人だ。ドリスさんの……友人の心中に、親しい人にも話せない秘密を抱えさせるわけにはいかない。
出自を明かした僕達に、再び口調が改まる一同だったが、冒険者のシュウとして扱ってくれと再度のお願いに全員が頷いてくれた。
「ほう!カムロ式の武器防具か!すまぬがシュウ、シノも後で見せてはくれないか?」
カイルさんの言葉に皆から良く言った!と視線が集まる。そういやドリスさんにも全身は見せた事は無かったな。
「お望みとあらば否はございません」
「では私からも良いか?明日で良い、手合わせ願えぬか?」
ガストルさん、一気に砕けましたね……
「木剣での立会いならば構いませんが……人目につかぬ場所はございますか?」
「あるぞ。昔はあそこで俺も兄貴も、御祖父様と父上にこれでもかとしごかれたもんだ」
キースさんの言葉に頷くカイルさんの横でドリスさんも頷いている。女性の身でギルドの荒くれを従えるドリスさんの秘密をまた一つ知ってしまった。
その後は中断したところから話しを続ける。さすが武家の男衆、話が傭兵達の件に差し掛かるとやれいけそこだと盛り上がり、酒を注ぐ執事さんも忙しそうに笑ってる。
シノと二人で話を回しながら、ふとドリスさんを見ると誰よりも生き生きした顔で興奮していた。
可愛い事には変わりは無いが、もうこの人わからなくなって来た……




